第28話
リリナネと入れ違いに、お廟の玄関からユタとリュウ少年が出てきた。
駆け寄ってきたユタは嬉しそうに言った。
「やあ、帰ってきてたんですね。リュウが剣の稽古に行ったら、先生のイオワニさまが是非アオイさまをお連れしろって。今から行ける?」
その人の名は昨日聞いていた。
「うん。行けるけど、いったんこの斬馬刀を部屋に置いて来るよ」
「じゃあ、僕たちはここで待ってるね。あれれ。戦履きをしてるじゃないか。それじゃ脱ぐのが大変だよ。僕が置いて来るから待ってて」
ユタはアオイの手から手鉾を取ると、走ってお廟の中に姿を消して、すぐに走って戻ってきた。
「じゃあ、行きましょう。すぐ近くだよ」
イオワニは例の五人の内の一人で、剣術家。道場を持っている。
壁をひとつ越えた隣の区画に道場はあった。平屋の大きな建物。母屋は土壁だが、道場は板壁だった。
板壁の内側から稽古をする少年達の声が聞こえていた。その雰囲気は、何故か懐かしく感じられた。
二人の少年は道場へは向かわず、まっすぐ母屋へ向かった。
「イオワニさまは面倒くさがり屋で、教えてくださらないのです。母屋にいらっしゃるはずです」
「お酒を飲んでないといいんだけど……」
少年達は、会うのが不安になるようなことを続けざま言った。
母屋の木戸をどんどんと叩き、
「先生ぇ、お連れしたよ。アオイセナさまだよ」ユタが呼ぶと。
ガラッと木戸が開き中年の男が顔をだした。
「おう。来たか」
イオワニは酒を飲んでいなかった。しかしそれでも充分威圧感のある人物だった。凄味があると言った方が良いかもしれない。何処となく影のある目をした、三十代前半と思しき剣術家。顎に無精ひげ、髪もぼさぼさで、やさぐれた感じ。
ニヤッと哂った。
「話は聞いている。道場へ行こう。手合わせしてやる」
「え? はい」
言われるまま、道場へ向かった。
道場へ入ると、稽古をしていた少年達がざわめいた。師匠が道場へ姿を現したこともさることながら。
「誰だい? あの人」
「リュウとユタが一緒だからひょっとしてタパ様の廟堂の―」
「じゃあ、あの剣士様? 昨日の?」
少年達の視線を少し眩しく感じながら、アオイは道場の真ん中に立った。イオワニに木剣を渡された。
ユタがそばに来て木剣に粉を振りかけた。
「この粉をかけると、当たってもクニャってなるんだ。怪我しないよ。木剣同士が当たると磁石みたいに反発するから気をつけて」そう説明して、木剣に呪文を唱えた。
イオワニの木剣にも、道場の少年が粉をかけた。
イオワニは言った。
「お前の剣法で来い。ただし、移動呪は無しだ。もしそれで俺の体を掠めることが出来たら、
意図はわからないながらも、アオイは頷いた。
しんと静まりかえった空気のなかで対峙した中年剣士とアオイ。
アオイはあの時と同じ構え。右肩を引き、左半身を敵に向け、右手の剣の剣先を斜め下に下げた。肩幅に足を開き、少し腰を沈めた。体勢次第で左右どちらの足も軸足となる。
対するイオワニは正眼の構え。それまではだらしなく見えた姿が、一変した。
ずっとそのまま睨み合った。まったく踏み込めなかった。
イオワニが口角をあげて微かに笑った。踏み込めない理由がアオイにも分った。
「気附いたか?」
「はい……」
「小鬼族如きが相手ならば、お前のその剣法でどれ程の群れでも退治できよう。しかし自分よりも腕が勝る相手ならば、その構えは一瞬遅く不利だ」
言われたとおりだった。どう踏み込んでも、イオワニの方が一瞬早く彼を捉えることが出来る。その一瞬は埋まらなかった。
「しかし、改める必要はない。そうだな……。今日から毎日ここに来て俺と睨み合え。その構えで俺を倒す道が見えれば誰が相手でも負けんだろう」
イオワニは剣をおろした。勝負が見れると思っていた少年達はがっかりしたようだった。
イオワニは年長の少年に言った。
「人形を持って来てやれ」
「はい」
少年が道場の隅へ走って行き、大きな木箱を手にして戻って来た。木箱には蓋がなく、中には剣を持った木の人形が山ほど入っていた。
イオワニは言った。
「一つを自分に見立てて、他を蠻族に見立てて、兵法を練れ。これも毎日やれ」そう言い残すと、背中を向けて道場を出て行った。
再び稽古の始まった道場の隅で、アオイはユタとリュウ少年に手伝ってもらい、人形遊びをした。
中心に自分の人形を置き、その周りを人形に取り巻かせた。さらにその周囲にもっと沢山の人形を並べた。配置を色々変えて様々な状況を頭のなかで組み立てた。
一度に相手にするのは不思議と三匹という状況が多い。昨日の戦いで分かった。もしもその三匹を交わして抜け出れば、そこにはさらに敵が居る。しかし、常に三匹三匹三匹と考えても良い。
後ろの敵が斬りかかって来る「気配」も不思議と背中で感じた。けれど時々移動呪で距離を置き、周囲の敵の位置や数を常に頭の中に入れておいたほうが良い。あの時上空から見たように。
移動呪に関するいくつかのルールも昨日分った。
移動する前に体にかかっていた重力や運動、それらは移動後の体を支配しない。最初に跳んだ時から朧に感じていたが、空に跳び、落下しながら地上へ移動した時ハッキリ分った。
どれほど重力がかかっていても、どれほど体勢を崩していても、移動すればチャラ。なら色々工夫できる。さらに。
印は胸の前で結ぶ必要は全くない。振り抜いた状態の左手でも、印を結びさえすれば飛ぶ。彼の剣術で左手は肝。バランサーの役割をしている。このルールは重要だった。
人形を動かしながら、様々な状況を想定し、移動呪の使い方、足の運び、太刀筋の流れ、それらを頭のなかでイメージした。
その日から、これが日課になった。イオワニと睨み合い、人形で遊ぶ。
さらに少年達に手伝ってもらい、実戦に見立てた稽古をした。取り囲ませ、次々打ちかかって来る木剣をかわしてすり抜けた。これは、移動呪を交えて。
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