第24話 武人無双篇

第二章 武人 篇

一.[リリナネとカタジニ]


 お廟へ帰る途中でとっぷりと日が暮れた。足下が見えなくなると、ユタは棒切れを拾い上げて懐から出した粉をかけた。呪文を唱えると棒がやさしい光を放ち、夜道を照らした。


「驚いたな。魔法が使えるのか?」


 アオイが目を丸くして言うと、ユタは照れくさそうに笑った。

「これは灯火の術だよ。こういうのは誰でも使えるんだ。調合はツフガしか出来ないけど」


「へぇ……」


「今日見た硝子工場とかの炉も、火力を上げる粉を使ってるんだよ。木炭だけじゃなかなか温度が上がらないからね」


 アオイは何となく何かが違うような気がしたが、それが何かはよく分からなかった。話を変えてリリナネとカタジニのことを訊いた。


「大魔導師のシュスさまと、聖女様の叔父のアヅハナウラさまと一緒に、扉の神を召喚する爲の呪文材料を集めている勇者さまだよ。あと一人イオワニさまも。イオワニさまは剣術家で道場を持っていて、僕の以前の先生なんだ」


 昨日タパタイラから聞いた人々だった。


「タパ様は「冥界への扉を開く呪文の材料」って言ってたけど……」

「扉の女神ヴェセプタを召喚して、冥界への扉を開いて貰うんだよ」

「へぇ……」その女神は、タパタイラにもらった本の挿絵にあった。


「なあ、ほら。あの時……、最後俺が転んだ時、小鬼族が串刺しにされて俺助かっただろ? あれってリリナネさんがやったのか?」

「うん。そうだよ。劍呪だよ」

「そうか……、凄いな」

「リリナネさまも大魔導師さまだよ」

「それであんな凄い術が使えるのか」感心すると、

「違うよ」ユタは笑った。「もっと凄い術が使えるんだよ。劍呪は魔導師なら誰でも使える術だよ」

「え! そうなのか」

「リリナネさまは「リピ」って唱えるだけで八本も剣が出るけど、見習いの人は「リピリピ」って唱えるんだ。重複形と言って、効果が倍になるんだって。それでも四本がいいとこなんだ」

「へえ……」


 そんなことを話しているうちに廟堂に着いた。


 廟堂ではアオイとユタの帰りを、皆首を長くして待っていたようだ。リュウ少年が案内してくれた部屋にタパタイラとリリナネとカタジニがいて、姿を見るなりカタジニが言った。糸のような目が笑っていた。


「やっと帰って来たな、色男。とっとと風呂に入ってその血塗れの服を脱いで来い。お前が来なきゃ飯も来ない。急げ」


 リリナネとカタジニも風呂上がりらしく、着替えてこざっぱりしていた。リリナネは細かに編んでいた髪をほどいていて、捩れの残る髪がまだ少し濡れていた。


 カタジニは磊落に笑った。

「大体の話をタパから聞いたところだ。そういうことなら教えたいことが山ほどある。早く風呂に入ってこい。お前が来ないと酒が来ない。急げ」


 タパタイラがアオイの労をねぎらい、手伝いの少年を呼んだ。何度か見たことある少年が着替えの着物を持って現れ、入れ替わりにリュウ少年は父親のリケミチモリを呼びに家に走った。



 その少年はラナイという名だった。ユタよりも年上で十四歳くらい。


 前を歩くラナイ少年にアオイは言った。


「案内して貰わなくても大丈夫だけど。浴堂の場所は分かってるし、その着替えを渡してくれれば……」


 ラナイ少年は冷淡に答えた。

「今、お召しになっている着物を頂いていかなければなりませんから」


「あ、ごめん。これ、もうダメだよね……。捨てるの?」

「いいえ。血抜きをすれば大丈夫です。一晩かかりますが」

「一晩? ……ごめん」


 一晩中働かせるのかと思うと申し訳なかった。しかしラナイ少年は平然と答えた。「いえ。ちっとも」


 浴堂で血まみれの着物を脱いでラナイ少年に渡し、着替えの着物を貰った。


 ユタと風呂に入っていると、耳の早い町の人から声をかけられた。近所のおじさん達。


「あんた、剣士様だったのか」

「いや……、憶えてないですけど……」

「ああ、記憶がないんだってな。心配するな。そのうち思い出すさ」

「はい」

「蜥人が南下してきているそうだ。不穏な空気あり、って奴だな。何かあったら頼むぜ。あんちゃん」

「おいおい、剣士様に向かってあんちゃんはないだろう」

「なあに。近所のよしみさ。構わんさ。なあ、あんちゃん」


「はい……」アオイは照れ笑いを浮かべた。少し嬉しかった。


 風呂を上がり、貰った着物に着替えた。灰色がかった暗い青色の着物だった。図柄は銀灰色の双頭の龍鳥。ノア。


 図柄も良かったが、アオイはそのくすんだ青色が気に入った。


「随分綺麗な青だな」


 いつもの物知り顔でユタは答えた。

「青碧(せいへき)だよ。着物の色にはみんな名前があるんだよ」


「へえ。じゃあ、リリナネが着ていた青色は?」とても薄い青で、上品だった。


「あれは青竹色。大人の竹は白っぽい青になるでしょ」


 ユタが着替えた着物の柄は鹿だった。頭に羽根飾りをのせた。


「それは、鶏冠竜?」

「やだなあ。鹿じゃないか」


 全く違いが分からなかった。


 浴堂を出ると、入り口脇でラナイ少年が着物の染み抜きをしている処だった。


 つまり。


 水を張った桶に血塗れの着物を浸し、懐から出した粉をふりかけ、呪文を唱えて立ち去った。ユタが説明してくれた。


「血抜きの粉だよ」


 だよね―、アオイは思った。

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