第13話

四.[導き]


 廟堂に戻ったアオイは、リュウ少年に案内してもらってタパタイラの部屋へ行った。


 タパタイラは文机に向かい書き物をしていた。


 彼が姿を現すと向き直り「入りなさい」と言った。リュウ少年は黙礼して立ち去った。


 アオイは部屋へ入り、向かい合って座った。開口一番訊ねた。

「教えてください。蠻族とはなんですか」


 タパタイラは一瞬口を噤んだ。口調から彼が何を知ったのか推測できたようだった。優しい声で問い返した。


「ユタから聞いたのかね?」


 アオイは無言で首をふった。


「うむ……」

 タパタイラは静かに頷き、教えてくれた。記憶を失っている彼に理解できるように、やさしく。


「それらは人に似た姿ながら、人とはまったく違う種族。人間には発声できない言語を喋り、程度の低い独自の文明を持っている。元々この世界に広く居た者達ながら、人に棲み処を奪われ、深い森の奥や山の奥に移り棲み、潜むように暮らしていた者等」


 朧に思い描いていた姿をまったく裏切られた。人ではないという。人でないなら、その姿がまったく想像できない。


 そしてもう一つ。凶暴で野蛮な奴等だとばかり思っていた。今の話の通りなら、人に全く非がないわけではない。


「処が今より二十年前、一人の愚かな人間が闇の原理神召喚に成功し、マヌシニの王となった。以来、その闇の霊力が世界の隅々にまで及び、蠻族が人を襲うようになった。今では蠻族はこの世界の至る所に潜み、徒党を組み、町や村へ攻め込んでいる」


「マヌシニの……王……?」


 巫術師はやさしく説明してくれた。

「やはり憶えておられぬか。その者はもとは若き魔導師。世を恨み、数えきれぬ人命を犠牲に闇の原理神を召喚し、己を悪龍と化した。イロキノと呼ばれている。その禍々しい霊力を浴びれば、蠻族の如きは我を失う」


「それで蠻族が人を襲うようになったのですか?」


「然様」


「それは何処に?」


「はるか北方の凍原、カアイガマテにいる。その地下深くに籠もり、世界を焼き滅ぼす術を修めようとしている」


「焼き滅ぼす……」


「うむ。その術、終末の焔が一たび灯されれば、どんな方法をもってしても消しようがない。普通の焔ではない。万物を蝕み、万物を灰にしながら広がり続け、最後にはこの世界を蔽いつくす」


「じゃあ、こうしている間にも……」


「いや。いくら高い霊力を得ようとも、元々人間であった者が、容易く修め得る術ではない。さらに、終末が近づけば妖霊星カイハアが怪しく瞬く。今はまだその気配はない。その時については国中の巫術師が占った。三十年、三十一年という答えもあったが、最も多かったのは三十五年後であった。悪龍イロキノ誕生は二十年前。つまり、今より十五年後にそれが起こる可能性が高い。まだ少し猶予はある。とは言え、油断は許されぬがの……」


「その龍は倒せないのですか……」


「倒せぬ。今はまだ……」


 絶望的な言葉ではなかった。今はまだ。アオイは言葉の続きを待った。


「二年前に冥界入りした聖女マナハナウラが、マアシナの御子を宿し、産んだ。今、二人目を宿している。その子等であれば、龍を倒せる呪文と剣が使える。マアシナの霊力を宿す御子であれば、人間には使うことの出来ぬ呪文と剣が。その子等を受け取りに冥界へ入る爲、今、五名の勇者が世界中を遁走している。冥界への扉を開く呪文の、呪文材料を集めるため。アオイ殿。貴殿が定めに関係し、宝珠を与えられるならば、我等に力を貸してくださらぬか」


「俺が……、俺が役に立つんですか……」


 巫術師は頷いた。

「貴殿が、今、この時に、此処に現れ宝珠を与えられる事は、紛う方無く定めの導き……」


 自分に何ができるのかわからなかった。自信など微塵も無かった。けれどその有る無しは関係なかった。


 俺に出来ることがあるなら––。


「やらせて、やらせてください。俺にも––」


 双眸に涙を滲ませ、頬を震わせて言った若者に、巫術師タパは優しく頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る