第8話
翌朝、ユタミツキ少年に揺り起こされた。
「まったく。アオイさまは寝ぼすけだなぁ。せっかく作った朝ご飯が冷めちゃうじゃないか」
アオイは「うーん」と呻きながら体を起こし、はっきりしない頭を振った。寝る前の事を思い出し、そしてやはり自分の過去を思い出せない事に気附いてがっかりした。
「ほらほら。布団から出てください。畳んじゃいますから」
少年に布団から追い出された。少年はぱたぱたと布団を畳み、押入れに押し込んだ。いったん部屋を出ると、着物を持って戻ってきた。
「これに着替えてくださいね。その間に、僕はご飯を運んできます」
渡されたのは、白い無地の肌着風の物と、青地に刺繍入りの着物の上下。
刺繍入りの着物は竜胆色。広げてみると車輪に龍の図柄。何処となく蜥蜴っぽい龍が、染めと刺繍で背中一面に描かれていた。
首周りは詰め襟に似ていて、着物の前はヘソの下辺りまで衿が附いている。
片側は単の衿、紐の輪っかが幾つかある。反対側は、何の意味があるのか二重になっていて、大ぶりの衿が着物からはみ出している。多分合わせ目を隠す為か。
「まさか忘れてるとは思いませんけど、一応言っときますけど、白い方が内着で肌の上に着る物です。その上に絹の着物を着るんですよ」
それくらい覚えてるよ、と言おうとしたが。
肌着の方は目に馴染みのある形で、問題ない。前合わせで、左右を重ね、内紐と外紐で止める。ただ、丈が腰までしかなかった。もっと長かった気がしたが、ズボンを履くからこれで良いはずたった。自分の記憶違いだと思った。
しかし上着の方。少年が着ているのと全く同じ物。どう着るのかわからない。少年は二箇所の飾り紐で前を止めているが、二箇所止めただけであんなにキレイに前が合わさるものなのか。
部屋を出て行こうとしていた少年を呼び止めた。
「なあ。ほら、俺が目を覚ました時、異国の人かって聞いただろ」
「うん。だって奇妙な服を着ていたもの」
「その服は?」
「脱がせる時大変だったからお医者さまが鋏で切っちゃった」
「そうか……」
少年は出て行った。ぱたぱたという足音が遠のいた。
アオイはとりあえず肌着を着てズボンを履いた。それから上着を手に取った。
袖を通してみて、どうやって前を合わせるのかなと思い、例の大ぶりの衿をめくると、下に隠しボタンがあった。反対側の紐の輪っかを引っかけて前を止めると分かった。首元と胸元の二箇所の飾り紐を結ぶと衿が押さえられた。
「なるほどね……」
ズボンの丈は少年の穿いていたものより長かった。着物の丈も少し長く腿半ばまで隠れた。
着てみるとしっくりきた。目にした時の違和感は無くなった。着慣れた感覚。特に袖が開放的で気持ち良い。首周りも詰め襟というほど窮屈じゃない。しかも図柄が格好よい。
「好いじゃないか……」一人呟いてみた。
箱膳を抱えて少年が戻ってきた。着替え終わった彼を見てにっこり笑った。
「やあ。ぴったりじゃない。良かった」
箱膳を床に置き、その前に方形の毛皮の敷き物を敷いた。白い斑点が鮮やかな茶色い毛皮。鹿皮のようだった。
「さあ。ここに座ってください。でも、召し上がるのは少し待ってくださいね。僕のお膳も持ってきますから」
「一緒に食べるのか?」
「うん。だって、一緒に食べようと思って待っていたんだもの。あれれ?」少年はアオイの飾り紐の結び方を見咎めた。
「衿の紐の結び方が違うよ。蝶結びじゃなくて、花結びにするんだよ」
「花結び……?」そんな結び方は知らない。知っていたのかもしれないけれど。
「憶えてないの……?」
少年は、彼の前に立つと、手を伸ばし衿の紐をほどき、そして複雑な手順で結び直した。こんな結び方は絶対知らない––、彼は思った。
「これでよし、と」満足気に少年は言った。
綺麗な結び目だった。少年の衿の結び目と同じ形。見栄えも良かった。
「じゃあ、ちょっと待っててね」少年はそう言い残してぱたぱたと出て行った。
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