第9話
アオイは毛皮の敷物の上に座った。はじめ胡坐をかいて座ったが、正座に座りなおした。箱のうえのお膳は、お粥が入ったお椀や、蓋のついた汁椀や、鮎の塩焼きが乗ったお皿など。ゴボウの漬け物が乗った小さなお皿もあった。汁椀は朱の漆塗り。他の器は白と茶の釉の焼き物で、文様は素朴な飛び鉋文だった。粗野で野太い印象の器。
自分のお膳を抱えて戻ってきた少年は、アオイの座り方を見て言った。
「どうしてそんな儀式の時みたいな座り方してるの。それじゃ足が痺れちゃうじゃない」
「え……?」
「普通に座れば良いのに」
少年は箱膳を床に置き、自分の敷き物を敷いてその上に胡坐をかいて座った。アオイは首を捻りつつ苦笑して座りなおした。
頂きます、と言って、並んで食べ始めた。汁椀の蓋をとると中は鯉こくだった。
「へぇ。鯉こくじゃないか。美味しそうだな」
アオイが言うと、少年は笑って言った。
「恋こく、って何言ってんのさ」
「え? これは鯉じゃないの……」
「恋? コエだよ」
「へぇ……」
コエってどんな魚だっけ––? 考え込んでいると、少年は言った。
「それに、食べ物を見て美味しそうとか言っちゃ駄目なんだよ」
「え? そうなのか?」
「そうだよ。生き物を食べるんだよ。美味しいとか不味いとか言ったら罰が当たっちゃうよ。ただ黙ってありがたく頂くんだよ」
「そ、そうだな……」
確かにもっともな事だと思った。こんな基本的な礼儀作法まで忘れてしまっている自分を、多少情けなく感じた。
「あれれ。アオイさまは箸の持ち方が全然じゃないか」
少年はまたしても見咎めた。
「え……?」
「こうやって持つんだよ」お手本を見せてくれた。
「こ、こうか?」
「違うよ。こうだよ」
「うーん。こうかい?」
「そうそう」
「でも、難しい。食べ辛いな……」
慣れない持ち方でお椀と格闘する彼を見て、少年はにこにこ笑っていた。
「うーん。難しいぢゃないか……」
牛蒡がつかめなかった。記憶は無いが、こんな持ち方は初めてするはずだと思った。鮎の塩焼きの身をほぐしながら訊いた。ふと、気になり。
「これは鮎だよな?」
「アユ? 年魚だよ」
「ネン、魚?」
「そうだよ」
「うーん……」
それはどう見ても鮎だった。どうして違う名前なんだ? 頭が混乱した。そう言えば精霊の名前も違っていた。シルフではなく……。
「実は昨日の夜、フィオラパが来たんだけど……」
「えっ⁉︎」
世間話のつもりで言ったのに少年は目を丸くした。
「本当っ⁇」
「あ、ああ……。え? それって珍しいことなのか?」
「当たり前じゃない。タパタイラさまにお話ししなきゃ」
ユタミツキ少年はご飯を大急ぎでかきこむと、手を合わせご馳走様と言って立ちあがった。自分の箱膳を抱えてあわただしく部屋を出て行こうとし、戸の前で立ち止まりふり返った。
「ひょっとしてアオイさまは魔道師さまなの?」
「魔道師……? いや」
記憶にない。魔道師っているのか、と思った。
少年は首を捻り「二十年前に此処に泊ったシュスローさまの前に現れて以来なんだ。フィオラパが人の前に姿を現すのは。勿論聖女さまは別だけど。憶えてないだろうから教えてあげるけど、シュスさまは大魔道師さまだよ。そうそう。ご飯を残しちゃ駄目だよ」そう言い残して出て行った。
アオイはフィオラパの言葉を思い出した。あの時解らなかった言葉の意味が解った。
移動ジュって移動呪って事だったのか。使えるようにしてくれると言っていた。じゃあ、俺は移動呪が使えるようになるんだ。で、移動呪って、何が出来るんだ––?
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