第3話

三.[オカルティスト]


 つけっ放しのパソコンが、コロコロと静かな音をたてている。深夜一時。蒼惟はベッドに寝そべって、本を読み耽っている。


 彼がそれに興味を持ったのは、ゲームやマンガから。様々なゲームやマンガ、映画の中で、様々な姿で登場するけれど、何もかもごちゃ混ぜで味噌も糞も一緒になっているそれら。悪魔。


 始めはネットでソロモンの霊から調べてゆき、徐々に専門的になった。すぐにネットでは事足りなくなった。そこにある情報はちっとも体系的ではなかった上、正確さに欠けていた。

 つまり、そこでも味噌も糞も一緒。古代の伝承と、中世に捏造され付加された情報がごちゃ混ぜになっていた。


 中世という時代は洋の東西を問わず妖術と悪魔崇拝の時代である。

 西洋ではそれは魔女狩りという形で顕現した。この時代の魔女狩り領主や司法官達は、ファンタジー脳を駆使して、非常に恣意的な捏造を行っている。それがもっともらしく現代のオカルト書に載っていたりする。

 本当の姿が知りたければ除外して考えなければならない。


 蒼惟が知りたいのは本当の姿。そもそもの始まりの。


 出来る限りルーツに溯り。余計なものは省く。キリスト教だけでなく、様々な文明に登場する神や悪魔を比較して捉える。バールのことを知る爲に古代セム人の言語を調べたりしながら。

 それについて知りたければ、調べるべきことは多岐にわたる。


 今読んでいるのはゾロアスター教の二神、アーリマンとアフラマズダについて書かれた本。


 現代のオカルティスト達は、アーリマンがサタンであり、アフラマズダがルシファーであると言う。一体どんな事柄を証拠や根拠としてそれが分かったかは知らないが、要約すれば以下のような事である。


 アーリマンであるサタンは闇の神であり、闇としてこの宇宙を支配している。対してアフラマズダであるルシファーは、光の犠牲神であり、光としてこの宇宙に散らばり、人間の霊的本質となっている、という。


 アーリマンは人間を物質至上主義的思想に捕え、物質世界と肉体に付随する欲望の僕とする。アフラマズダは逆に、人間に創造力を与え、人間を高い霊的世界に引きあげようとしているという。


 言わば、ルシファーとサタンが人間を間に対立している光と闇の二元論的構図。



 しかしながらサタンは旧約において、神への忠誠心を試す天使の名だった。アラム語のマナシーナは「サタン」を意味するとともに「試みる者」という意味でもある。

 起源三世紀、聖書がギリシャ語に翻訳された時、叛逆者を意味するディアボロスという言葉が使われた。それ以降、サタンは神の敵対者という解釈がなされる。ディアボロスはデーモン・デビルの語源となる。


 ルシファーに至っては全くの誤訳である。それはLux(光)とfero(生む・運ぶ)の二つのラテン語から構成された言葉で、この場合の意味は「明るく照らす」程度の意味。明けの明星の訳である。それが聖書の記述の誤解釈と相まって、存在しない堕天使の名と成った。

 キリスト教文化圏においてはサタンと混同され、グノーシスにおいてはサタンと対立する者と成った。


 ではそれらはいないのか。全くの妄想の産物なのか。


 答えは三つ。


 一つはいない。


 一つはいる。いるけれど人間のことは構っていない。


 もう一つは、やはりいる。いて人間の精神や想像に大きな影響を与えているが誰も気づいていない。


 地獄の大魔王で悪魔の群勢を率いる、などというファンタジックな伝承は考慮しない。


 教父達は、あるいはグノーシスの賢者達は、それがいることを感じたのではないか。感じたソレを、既に名前のあるソレだと考えたのではないか。


 たとえば音楽もまた目に見えないがその有る無しで人の気分はガラリと変わる。有る無しばかりでなく、その調べにも因り。同様の形で、目に見えず耳にも聞こえないが、在るのではないだろうか。常に在るから感じることができないだけではないのだろうか。


 深い祈りの中で、あるいは瞑想の中で、聖者は、賢者は、感じたのかも知れない。それがいることを。


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