第四話
「ハワード・アランだ。どうぞゆっくりしていってくれたまえ」
唐突に現れた男だったが、その身だしなみや立ち振舞いは、完璧と言って差し支えないほど洗練されたものであった。
「どうも。俺、いや自分は八坂一樹と言います。よろしくお願いします、えっと…………」
「アランで構わない。そちらの方が君たちの国では言いやすいだろう。それに俺でも構わない、君が気を使う必要など何もないのだから」
あまりにも丁寧な口調。こんなの気を使うなと言われても、無条件で敬語になってしまいそうだ。アランさんはキレイな姿勢のまま扉の方へ目をやると呆れた様にため息をついた。
「ミク、君はいったい何をしでかしたのかね? あの残骸はなんだい、それと火薬臭いが何を爆発させたんだい?」
残骸に火薬。きっとあのクラッカーのことを言ってるのだろう。そいえばアソコは掃除せずに、そのまま話始めたから散らかったままなのか。
そして聞かれた本人はというと、特に悪いことをした様子もなく平然としながら答える。
「久しぶりの来訪者だったんでついテンションがあがっちゃいまして。だから」
だからのあとに言葉が続くことはなく、そこでミクの話は打ち止められた。アランさんは上司なはずだよね。しかも所長なら雇い主である相手なはず。
当然アランさんは眉間を押さえて、悩ましい表示をしている。しかし呆れているだけで、怒ってる雰囲気はない。かなり懐が深いのだろう。
「ところで所長。アレは、アレは買ってきましたか!」
「アイスなら買ってきたぞ。抹茶で良かっただろ。冷凍庫に入れてあるから後で食べるといい」
えっ! アンタ所長をパシりに使ったのかよ。これは怒ったようが良いと思うよアランさん。いくらなんでも深すぎると思う。
「…………さて、済まないな内輪の話ばかりをしてしまって。少年は夢の原因がどうとか言っていたが、その話を詳しく私にも教えてはくれないかね」
「あっじゃあその話を聞いてる間に私はアイスを、」
「せめてドアのゴミを片付けてから食べてくれ。まぁ全ての掃除をまかせているから、強くは言えないのだがね」
はいはいとテキトーな返事をしながらミクは席を立ち、そそくさとどこかへ行った。自由だな、あの人。それと掃除したら食べていいんだ。
「ふぅ、ところで何か迷惑になるような行為をされなかったかい? 彼女は少し突飛な行動をすることがあるからな」
少し、ですか。
まぁ変なことはしてたけど、別に迷惑はかかってはないから大丈夫だな。……サーモンは気になるが。
そんな俺の表情を見てか、少し長く目を閉じて軽く息を吸ってから話始めた。
「何をされたかは察しがつかないが、どうやら精神的に問題が出てないようで良かった。では早速で悪いが聞かせてもらっていいかな?」
そう促されたので、俺はミクさんに話したことと同じことを再びアランさんにも話した。さっきと同じことを話ているのだが、なぜか今の方が緊張してしまい、途中に何度で噛んでしまった。
二回目ならむしろ話しやすくなるはずなのだが、なんというか空気が違う。だからなのか、話づらいと感じてしまう。
先ほど彼女が座っていた席にアランさんはいるが、まるでビジネスマンが新しく提携したい会社でプレゼンをしている気分だ。
実際にそんなことをした経験はないのだが、きっとこういう気持ちになるのだろうと思う。その後も噛み倒しながらも説明を終えた。
終わったというのに、まだ少し緊張してしまっている。向こうは真剣な表情で顎を手で触れて考えている。その姿は、雑誌の表紙を飾れるほどカッコ良いと思えた。
「――――なるほど確かにそんな夢を見れば不安になるものだ。草原に階段と少女か…………」
少し口を開いたと思えば、また再び黙りこんでしまった。
なんだろう、とても気まずい。自分のために考えてくれてるのは分かるが、ここまで黙られると不安になってくる。
それも相手がイケメン外人であることが、余計そうさせるのだろうか。
その後もしばらく沈黙は続く。しばらく続いた後、ようやくアランさんは口を開き始めた。
「少年に問題がないのなら一度、家を見させてもらってもいいだろうか? どうも少女の部分が引っ掛かってしまうのだよ」
家、そうか家か。
八坂は少し悩む。そもそもここに来ているのは自分の判断、親には当然言っていない。
突然、――――正直悪いが怪しい人たちに来られても困るだろう。
だが確か、明日の昼頃から自分一人だけになるはずだ。見ると言ってもそこまで長時間に、夜中までかかることはないだろう。
「明日でもいいですか? 明日なら誰もいないのでゆっくり見れると思うのですが」
「分かった。では明日、少年の家に行かそう。それでは住所を教えてもらってもいいだろうか?」
そう聞かれたので俺は素直に住所を教えようと…………。
「あの『行か“そう”』ってことはアランさんが来るわけじゃないのですか?」
少し気になったので聞いてみた。もちろんただの日本語のミスであろう。たとえミスじゃなかったとしても一緒に来るのは当然だろう、えぇそうでしょう!
「いや私は行けないので彼女一人で行かせるつもりだが、何か問題でもあったかね」
いや問題はないけども、けどもね。そう、けどもなんだけども。けどもなんだよ。何が言いたいのか上手く言葉にまとまらないが、相手はそんな様子も感じ取ってくれた。
「まぁ不安になるところもあるだろうが、彼女は優秀だ、私が保証しよう。なにより少年の悩みを解決するには不可欠なのだよ、家を見るという行為は」
まぁそう言われたらそうだから認めざるを得ない。蛇の道は蛇、専門家であるこの人たちの判断に任せよう。
俺はその場で納得し、住所とスマホの電話番号を教えた。そしてそのまま詳しい時間帯を決めたあとに、俺は事務所を後にした。
結局アイスを食べに行ってから、ミクさんが戻って来ることはなかった。案の定、掃除もしていなかった。
俺は帰りの電車で明日のことともう一つ、あることを考えていた。
――――サーモンは一体どうなったのだろうか。
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