第三話

――――二週間前。それは八坂にとって何でもない休日であった。


いつもと変わらずマンガを読み、動画を見て、そしてご飯食べてお風呂に入る。そんないつもと変わらぬ休日を過ごし終わったこと、八坂が抱える違和感は現れ始めた。


いつもと同じ時間帯に床につき、しばらくスマホをいじっているとだんだん眠くなってくる。そしてそのまま寝る。ここまでは特に問題ないのだ。


こここら異変は起き始める。


夢なのだ。この日以来、同じ夢を何度も見ることになったのだ。その夢も、またオカシナものなのである。


まず気がつくと、辺りは霧がかかったようにボヤけた草原に立っているのだ。当然だが、こんな場所に行ったことは一度もない。全くもって見たことのない土地。


そんな場所で一人、突然立たされているのだから驚き戸惑うのは当たり前だろう。それでもなんとか、あてもなく彷徨っていると必ず同じ場所へたどり着くのだ。


そびえ立つ絶壁。そこに開いた巨大な穴の洞窟。この洞窟には不思議なことに階段がついてある。奥深く、地下へと続く長い階段が。

そしてなぜかその階段に引き寄せられるように足が勝手に進んで行くのだ。


事実、この奥になにがあるのかは気になっている。見てみたいという気持ちもある。だがこんな得体の知れない穴に進めるような度胸は、残念なことに八坂にはないはずだ。


だけれで進む。勝手に進む。


やがて一番最初の段へと足を踏み入れようと一歩を前に差し出す。


その時に、突如として腕を誰かに毎度掴まれるのだ。急なことに振り向くと、長い髪の少女おぼしき影が、笑みを浮かべながらこっちを見て離さないでいる。


顔は霞んで見えない、服装はかろうじてワンピースであるのが分かる程度。背丈は自分よりも下。そんな影に突然掴まれるのだ。怖い以外の感情を表せられる人間はいないだろう。


口から大きな声をあげそうになるその瞬間に、必ず、どんな時間であっても目が覚めるのであった――――




八坂はこの場所へ来た理由を述べ終えると、前に置かれたコーヒーを軽く飲み、喉を潤した。


「うんなるほど、オッケーオッケー。だいたいここに来た理由は分かった」


最初こそ不安だったミクの態度も話が始まれば、神妙な顔つきで、しっかりと聞いてくれていた。今も同じ顔で何かを考えている。



……のだが、これはツッコミを入れるべきなのか八坂は一度ソレを見る。ミクの目の前に置かれたコーヒー、この場合はコーヒーと言うべきなのか。


大量に入れられた砂糖は液体に溶けることはなく、むしろ液体を砂糖が吸収していったため、カップの中には飲み物などは入っていない。


あるのはコーヒーを全て飲み込み、ベチャついた砂糖だけだった。これはあれなのか、わざとなのか? 


「で、八坂くんがその夢で悩んでいるのは分かったけど、何を私たちに求めているのかな?」


八坂にそう問いかけながらカップを持ち上げる。


飲むの、それを飲むの!? それほとんど砂糖でしかないよ。飲むじゃなくて食べるの方があってるよ。


「おーいどした、ジャリジャリ。八坂くーん、ジャリジャリ。聞こえてますかー? ジャリジャリ」  


食べたよ……、この人やりやがったよ。てか音がヤバい。砂なの? 砂を食べてる音じゃないのこれ。砂糖の『糖』の部分は間違いなく消してんでるよ絶対。


「やーさーか、くん!」


目の前でパン! と手を叩かれて、八坂は目の前の衝撃から復帰することができた。


「大丈夫かい? なんかこの世のものとは思えない光景を見た顔してたけど」


「えぇ、大丈夫です。確かに異質なものを見ましたが大丈夫です」


「そうならいいけど、気分が悪いならいつでも言っていいからね」


分かりましたと答えるも、その異質なものはミクさんが作ったんですがねと思ってしまう。それでどんな話をしてたのだろうか。あまりの衝撃で流れが飛んでしまった。


「それでえーと、そうそう。八坂くんが来た理由ね。何を求めてここに来たのかな?」


ミクさんに再び問われたことで、話の流れを取り戻すことができた。しかし何を求めてか。どう言葉に表せば良いのだろうか。


単にこのオカシナ夢を見続ける原因を知りたいのだが、そんなことはできるものなのだろうか。こればかりは聞かないかぎりは分からないだろう。


「えっと、夢を見る原因というのを知りたいのですが……。そう言うのって分かるものなんですかね?」


「あぁ分かるとも。夢とはいわば無意識の集合体だ。しかし無意識は何か意識的認識をしなければ発生しないわけだ。つまり確固たる意識的原因があるはずだからな」


突然、違う人間の声が八坂の質問に答える。渋く、低い男の声をした方へ思わず体を向けてしまう。



そこに居たのは外人だった。



身長は明らか自分より高く、百八十センチはある。顔もハリウッド俳優のように整っており、暗い金色の髪を短く切り揃えている。全身はスーツに包まれており、出来る人の雰囲気をかもちだしている。


えっと……、誰?



「あっ所長、お帰りー。どうでした何かお買い得なものはありましたか?」


所長? てことはこの人が……。


「ようこそ足を運んで下さったご客人。私がこの事務所の所長、ハワード・アランだ。どうかゆっくりしていってくれたまえ」


流暢な日本語で、彼は八坂に挨拶をしたのであった。

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