第二話
来る場所を間違えた。そう八坂が思っていることなど気付く素振りもせず、森瀬未空はマイペースに、忙しなく手を動かしながら話を進めていく。
「いやね。ホントなぜか人が寄り付かなくてさー。まぁ別にそれでも食うには困らないから良いのだけど、やっぱり同じ部屋で同じことをし続けるのも無理があるのよ」
「ハ、ハァ」
「でね、することないから掃除ばかりしてたらもう業者に頼んだ後か! ってほどキレイになってるのよこのビル。一階とか外回りとか見た? 雑草も落ち葉もタバコすら無かったよね、それも全てのこの私の力のおかげなのですよ」
「はい、それであの、」
「だがしかし! いくら掃除をするといっても無限に掃除するところが在るわけでもない。もう使わない部屋も全て、毎日数分したら終わってしまうほど片付いてしまたんだよこれが。今日も朝来た瞬間から掃除を始めたけど三十分もしない間に終わっちゃたのよ、ビル一棟がだよ。しかも今日は所長がしばらく出かけるから話相手もいない。まぁこれに関しては居ても話してくれないのですが」
「あのちょっと話が、」
「だからパソコンでホームページ更新することしかないけど仕事がないから書くことがない! だからもう昼飯の話しかネタがないのよ。まぁ昼飯も近所の食堂なんだけどね。だから書くことよりネタを探す方が最近は難しいわけですよ。ネタとしたら来月に骨董市があるからそれくらいかなー、とは思うのだけど。でもそれまではどうすれば良い! なんなの、もう一人で永遠にテトリスとスパイダーしてけとでも言ってるの!? と思うわけですよ」
「すいません、俺の話を聞いて」
「最近はもうテトリスをずっと見すぎて、普通に歩いていも頭の中でバーが落ちてくるイメージが湧いてきて。ヤベッミスった、そこはダメ。とかつい口に出しそうに……、あっ、つい口に出すといえばこないだ窓を見てたらなんか黒い影が横切ったんですよ。なにかなー、嫌だなー、怖いなー怖いなー。そんなことを思ってジット見てるとまた影が通ったのですよ。窓に、窓に! 思わず叫んでしまいましたよ。これはなんだ、まさかついにこの街にもヤツがなんて思ったり。まぁ、ヤツが何なのかは私も知りませんが。それでですね、一体何が横切っているのか気になるじゃないですか。だから窓を覗いてみたんです。そしたらキレイなサーモンが」
「あの! そろそろ良いですか!」
思わず出した声は、出した本人も驚くほど大きく、周りを気にせずに好きなだけ話していた森瀬も、ようやく口を動かすのを止めた。
しかしいくら話すのを止めなかったとはいえ、怒鳴ってしまった。これには八坂自身もあまりいい気分ではなかった。
「あのすいません、急に大きな声を出して。ちょっと早く話を聞いて欲しかったので……」
「いやいや謝らなくていいから。私も久しぶりだったからつい話に夢中になってた。それじゃ、あっちのソファーに座りながら待ってて。コーヒー入れてくるから」
あっちと言って視線を移した方には曇りガラスのパーテーションに囲まれた場所があった。八坂はゆっくりとした足取りで、部屋を少し見渡しながらそこへ歩く。
その間に、森瀬はパタパタと隣にある部屋へと入って行った。
眺めてみると、事務所の中はかなり普通であった。オカルトを扱うのだからもっと不気味な飾り付けがあると思っていた八坂にとっては、少し意外であった。
机が数個あるが使っていそうなのは一つしかない。部屋の奥に木製の立派な机が置いてあるから、それが所長の物なのだろう。
だとしたらここには所長と、さっきの森瀬さんしか居ないのだろうか。そんなことを考える。他にも大きめのテレビと本棚が数個ある。
結構、暇を潰せそうな物が多い気がするが毎日いたら使わないのだろうか。そうして周りを観察したことで冷静さを取り戻し、背負っていたカバンを先にソファーへ置いた。
そして自分も座り、軽く息を吐いて、軽く前屈みになり頭を抱える。
…………………………。
(キレイなサーモンってなんだよ! めちゃくちゃ気になるところで話を遮ったじゃねぇか!?)
八坂は一瞬にして後悔の言葉が頭の中を駆け回った。確かに彼女の話は長かった。それは誰であろうと感じるに違いない。
しかし、よりにもよって一番気になるところを遮ってしまったのではないのか。一体何が起こっていたのだろうか。サーモンが何をしていたと言うのだろうか。
飛んでたの? 二階の高さまでサーモンが飛び交っていたの?
考えていると、余計にオカシクなりながら八坂は無駄に頭を働かしてしまった。
「はいお待たせー。コーヒーとお茶菓子持ってきたよ。まぁインスタントだけどね」
サーモンの衝撃に混乱していることなど露知らず、明るいテンションのまま器に入った小分けのお菓子とコーヒー。そして角砂糖のビンをお盆に乗せて戻ってくる。
お菓子と砂糖は机の真ん中へ、コーヒーは八坂の目の前とその向かいに置いた。そのまま森瀬は向かいに置いたコーヒーの方にあるソファーへと腰を掛ける。
「さてと、それじゃあ改めて。私は森瀬未空、ここでは掃除に調査、相談。まぁ基本何でもやってる人です。気軽にミクと呼んでください」
そう言い終わるまでも、終始笑顔のままで、言い終わった今も笑みを浮かべている。最初はただのオカシイ人だと思った八坂も、この人はまだ大丈夫かもと、そんな風に思った。
「それでは俺も。自分は八坂一樹、高校の二年生です。今日はヨロシクお願いします未空さん」
「あーちょっと待った待った」
「はい?」
ただ自己紹介をしていただけだが、なぜか止められてしまった。
「いやゴメンね。確かにさっきミクって呼んでとは言ったけど、できれば未空じゃなくてミクと呼んで欲しいのだよ」
えっ、どういうこと? もしかしたら何か間違っていたのかも知れない。じゃなきゃわざわざ止めなどしないだろう。そう考える。
「えっと、何かイントネーションでも」
「それは合ってる。強いて言うならアンに『E』を付けるか付けないかみたいな問題なのよ。これは」
なぜか片手を額にあて、逆の手を前につき出したポーズでそのように答える。その例えもあまりピンとこないのだが、特に発音が変わる訳でもないし、本人がそうして欲しいと言ってるのならするようにした。
「それじゃあミクさん。早速ですが良いですか?」
「ハイハイどうぞ。いつでも聞く準備はできてますよ」
コーヒーに砂糖を入れながら、八坂の方を見ずに答える。
さっきは一瞬信用しようかと思った心も若干揺れる。だが話を聞いてもらいにここまで来たのだ、改めて腹を括ろうじゃないか。グッと背筋を伸ばしてから、八坂はあの日からのことを語り始める。
「これは、二週間前から起き始めたことなんです――――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます