第一幕 夢でたまたま

第一話

電車に揺られながら、ある場所へと向かう一人の少年がいる。

 

彼の名は八坂一樹やさかかずき、某高校に通う一般的な高校生である。


そんな高校生がこれから行くのは、とても学生が休日に向かうようなところではない場所である。

 

東京都蜷川区とうきょうとにながわく。明治時代からの建物が多く残る、歴史的価値の高い街として知られている。

 

美術館や記念館なども多くあり、ビル街にある時計台は、今と昔が混ざり合っているという理由で、近代化を象徴する建物の一つとして有名になってきている。今では海外からの観光で来る人もいるとか。


しかし、例えどんなに歴史があろうと、趣がある風景があろうと、バカみたいに騒げる場所がなければ、高校生などは寄り付くハズもない。本来なら一樹もここへ来ることなどなかったであろう。


そう本来ならば。


だが彼には理由があった。ここへ来なざればならない理由が。多くの人がその理由を聞いたらどうなるだろうか? 呆れるか、笑うか相手にしないか。


どうなるにしろ「そんなモノのために訪れたのか?」と言うに違いない。それこそ彼自身も、ここへ来るのには最後までためらっていた。今でも少しそうだ。だがもう腹は決めてある。何よりもうすぐに、蜷川駅へと着く頃合いだ。


それから数分もしない間に電車は目的の駅へと着いた。そこからは少年は、スマホにある地図を元に改札をくぐり、南出口から出てきた。この地図を見る限りではそれほど遠くはない。


だが不安なのは、少し大通りから外れた場所にあるのだ、その目的地は。駅近くのバス停やタクシー乗り場をあとにし、人が多く向かう、例の時計台がある方向へと進む。


やはりというべきか、キャリーバックや大きなリュックを背負う海外からの観光客とすれ違う。様々な言語の話声が聞こえてくるも、何を言ってるのか、そもそも何語であるのかは分からない。


かろうじて、英語だろうものは単語単語で理解できたが、会話の内容を理解するまでのことはできなかった。


当然である、英語を現役で学んでいるとは言っても、英会話を学んでいるわけじゃないのだ。本物の会話なんて理解できるわけがない。そんな事を考えながら、彼は時々立ち止まり、地図を確認しながら歩みを進めて行く。


やがて多く見えた観光客も少なくなり、どこにでもあるような住宅街へと景色は変わっていく。


やはり土地柄もあるためか、木造の家々も目立つ。この様な家は、自分の近所では全くとして見かけることは無いだろう。そんな事を考えながら横目で家を見る。 


だが、そのような家は目立っているだけで多いわけではない。はやり現代風の家が圧倒的に多い。もっとレンガや木造の家が多いと思っていた彼にとっては、少し拍子抜けする景色だった。


そんな道をただ地図に載ってある通りに進み続ける。 同じようの風景が続くため、途中で立ち止まることも多かったがなんとか位置を確認し、また進む。


そしてたどり着く、目的の場所へ。


その建物は三階建てほどのビルで、外壁はレンガであしらっている。まさにこの街向けといった感じである。そして壁や周りは汚れていたり、ゴミが落ちていたりしていると思っていたが、かなりキレイに整えられていた。


むしろこれほどキレイだと、何か間違って来てしまったのではないかと不安になるほどに。改めて、合っているかを確認するために、壁に埋め込まれた看板を確認する。


そこには自分が望んでいた通りの文字が掘られていた。


『ハワード奇怪研究事務所』



間違いない。間違いないのだが…………


ここまで来たのに、少年の心は揺れ動いていた。それはそうだ。いわばこれはオカルトに分類されるような事務所である。


何か怪しい宗教団体が活動しているのではと思わずにはいられない。ここに入ったが最後、自分も無理あり加入させられてしまうのではないか。


だが少年は、八坂一樹は、その考えを払拭するために必死で思いだす。


そもそもこの少年がここに来るきっかけとなったのは、この事務所にホームページがあったからだ。そこには当たり前のように除霊などの文字が踊っていたが、社員日誌も普通に載っていた。


それを見る限りでは、決してここは裏側の事務所ではないのは確かだ。


何より…………。


少年はこのような場所でしか相談することが出来ない悩みを思いださせる。このようなふざけた悩み。そもそも悩みようなことではないことを話せるのは恐らく近場ではここしか無いであろう。


少し深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。そして覚悟は決まった。


そしてビルの中へと入っていく。


この事務所はビル全てを所有しているらしいが、話などを聞くことができるのは二階らしい。あまり高くないので、エレベーターに乗る必要はないのだろうが、すでに一階で停まっていたために乗り込む。


そしてエレベーターの中で少年は再び不安が沸き上がりそうになるも抑える。なによりあの日誌を信じることにしよう。ほとんど仕事内容は語らず、昼飯の話しかしていなかったけどアレを信じよう。


ピンポンという音が鳴ると同時にドアは開く。


さぁ、ここまで来たんだ。あとは話を聞くだけだ。男を見せるんだ八坂一樹!


一人心の中で自分を鼓舞しながら、事務室と書かれた札のあるドアの前へ立つ。緊張で汗ばんだ手を握りしめ、二回ノックする。


「しっ、失礼します」


言う必要は無かったかもしれないが、これも礼儀だ。少し上擦った声で挨拶をしてからドア開ける。



パンッ、パンッ! 



二発の破裂音と共にあたりは硝煙が漂い、火薬の匂いを流す。そしてそれと共に色とりどりの紙ふぶきと紙テープが空を舞う。


「――――はっ、はい?」


「ようこそいらっしゃいませお客様! ありがとね、ホントにありがとね。もう一度言うありがとう!」


入ってきた八坂に、感謝の言葉を怒濤の勢いで浴びせる女性。 


その格好はかなりカジュアルで、薄いパーカーにジーンズ。その両方ともがヨレヨレになっており、かなりの月日を使ったのがよく分かる。スニーカーも同じく使い古されており、物持ちの良さがよく分かる。


そんな彼女の手には二つのクラッカーが煙を吹いていた。


「もう最近、ホンットに暇過ぎてね。危うく壁に話しかけそうになった日が何度もあったのよ。しかしこうして来てくれたおかげで、しばらくはその心配はしないでよくなったよ! ささ、入った入った」


高いテンションと早口で、話を遮るタイミングを掴めないうちに、少年背後へと気づかれる間に回わりこみ部屋の中へと押して入れられる。


「さぁ、お客様! 一体どんな悩みでここへ来られたのでしょうか。どんな悩みであっても、この森瀬未空もりせみく。なんなりと解決へ導いてあげましょう!」


あまりにも激しいテンションの彼女を前に、八坂一樹はこんなことを考える。





――――来る場所、間違えた…………。


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