第六章 占いの行方(1)

 養花殿の者たちが奉納するうすものが出来上がった。ほんの座布団程度の大きさだが、手に乗せれば肌色が透けて見えるほど薄い布だ。無垢、という言葉が良く似合う。要所要所に織金しょっきんで模様が織り込んであり、大極宮の明り取りから差し込まれた光にきらきらと輝いていて神々しい。まるで玻璃や真珠の類のようにも見えてくるから不思議だった。

 アルマが完成に喜んでいると、ドルラルはさも当たり前のように誇らしげだった。ドルラルの後ろには側仕のサィンとハワルが控えており、鼻を高くする彼女をほめそやしている。

 アルマは見る必要もないのに、声を耳にするたびにハワルが気になって仕方がなかった。昨晩のことがあってか、どことなく顔がほてって惚けている感じがする。それがまた少女であるにもかかわらず、一足先に大人のきざはしを登ったかのように艶っぽく感じた。

 だが、ドルラルは己を気にしているのだと勘違いして、度々織物の師である恩義を売りつける。

「さあ、もう一仕事ですわよ。最後に全員の羅を継ぎ合わせますのよ。あなた、それくらいは出来ますでしょ?」

 白い絹糸を通した長針を手渡される。養花殿に来てから毎日教養を学ばされ、棒や弓だけが能でなくなった――と思いたくて頷いた。トゥルナの娘たちが機織り機を隅に寄せ終えると、トズをはじめとする王妃候補の者たちは中央によって互いの羅を寄せ、エルデニネの号令を待った。

「光り輝く天つ神よ、凡ての存在を知る万物の父よ、魂と真理を成す者よ、我らは其が一に帰依いたします」

 祈りの章句が始まりの合図だった。アルマはドルラルの手元に注視しながら共に歌唱し、ぎこちない手つきで布を縫った。全ての布が縫い合わさって一枚になると、エルデニネは折りたたんだ羅を胸の前で恭しく掲げ、ドルラルの側仕であるハワルに手渡した。

「さあ、次はあなたたちのお役目ですよ。皆さん、天声壇に参りましょう」

 エルデニネが大極宮の出入り口に向かうと、皆が呼びかけに従った。ハワルは頬を紅潮させながらうっとりと羅に魅入る。

「お嬢様、私もお役目がありますので失礼しますね。天声壇は養花殿裏の祭壇です。以前に一度案内いたしましたね」

 オルツィイもやけに浮かれたようすだ。

「これから何をするの?」

「天還祭の姫神子の選定です。姫神子に選ばれた方は天還祭の本祭の主役になるんですよ。これまではほんの小さな子供のうちに隔離されて、歌舞や詩作を学んでいたそうなのですが、今回は養花殿から輩出せよというお達しなのです。私も選定のお手伝いをさせてもらえるんです」

 礼を取り足早に去ろうとするオルツィイを呼び止めようとして、隣のドルラルに止められた。

「おやめなさいな、アルマ。祭祀や神事はあの子たちトゥルナの領域ですわ。普段下働きばかりしている彼女たちが唯一活躍できる、そうね、オルツィイの言葉をお借りするなら主役になれる場なのですわ」

 ドルラルは組んでいた両腕を解いてアルマを天声壇に促した。未だ付き合いやすいとはいい難いが、減らず口を叩きながらきちんと必要な知識を分けてくれる。

「トゥルナ族が神事をするの? トズ族の方が向いてそうだけど」

 ドルラルはアルマの言葉にため息を吐いた。

「いいですこと? あなたの仰ったことはトゥルナへの侮辱になりますわ。お気をつけなさい。トズは異能を神より頂戴すると同時に神意を異能によってはからねばなりません。恩寵を承りながら祭祀にてお伺いを立てるのは神への不敬になるのですわ。ですから、異能に寄らぬ神意を求めるならばトゥルナの役割です」

 アルマは胸を指で刺され、頷くしかできなかった。

 天声壇への道中、ドルラルは小言まじりにこれからの神事を説明した。

 天還祭の姫神子は先程オルツィイが説明した通り、以前は皇帝とその側近が独自で資料に当たり、幼いうちに卜占や資質を見抜いて選ばれてきた。これは昨晩ハドゥが説明していた通り、二番手の血縁の少女が選ばれていたからなのだろう。部族より掠奪してきた娘全てが姫神子になるのか、或いは天還祭までに生きていなかった場合の補充は分からないが、ともかくそういうことになっている。

 だが、今回、皇帝は選定方法を変えた。前回の天還祭で姫神子として掠奪された少女が不在というのもあるだろう。そのため、王宮内の神事を担うトゥルナ族に役割が課された。

 トゥルナには『天卜鶴典てんぼくかくてん』と呼ばれる代々伝わる占いの書があり、全ての祭祀や結果の読み方はこの書に因るという。

 此度は選ばれた九人が一斉に月型の占い具を投げ、その表裏や落ちた方向を観察して姫神子の資質を問う。加えて、もう一人が骨を燃やしてできたひび割れを読み解き、天還祭自体の運行を占うのだという。

「今回はハワルが代表して卜占をいたしますのよ。身近からこのように重要なお役目を頂く者が出るとはわたくしも鼻が高いですわ」

 だからエルデニネは出来上がった羅をハワルに手渡したのであろう。主人の好敵手であるエルデニネに励まされながら感無量の表情すら浮かべていたのは、神事が不遇ともいえるトゥルナの数少ない活躍の機会だからなのだ。

「そうなんだ。そういえばさ、ドルラルはどういう異能を持っているの?」

 エルデニネの能力が予知であることは周知の事実だが、第一の好敵手ともいうべきドルラルや他の好敵手の面々の能力はいまいち判然としない。それどころか、噂にも流れてこない。

「あ、他意はないんだよ。ただ、どんなすごい能力なのかなと思っただけで……」

 エルデニネ派とドルラル派は後宮の二大派閥ともいうべき存在だから、エルデニネに次ぐ偉大な才を天から賜っているはずだ。さぞかし自慢げに教えてもらえるのだろうとアルマは構えた。しかし、ドルラルは答えなかった。

 それどころか、体をわなわなと震わせて、ともすれば泣き出しそうな、或いは静かに怒りを抑えているかのように唇を噛みしめた。真冬の雪の中に佇むかのように色を失って、必死で感情の溢流に耐えていた。

「あ、あなたもわたくしを嘲るつもりですの……」

 いつものつんけんした態度とは違う。ドルラルは喉の奥からやっと声を絞り出して、恨みがましくアルマを睨み付けた。

「違うよ!」

 アルマは激しく首を左右させて否定した。何が悪かったのか皆目見当がつかないが、己が重大な過失を引き起こして彼女の矜持を深く傷つけたことだけは明らかだった。まるで存在を否定されたかのように、瞳の奥に恨みの炎が煌々と燃え盛っていた。

「ごめんなさい……! 能力を尋ねるのが礼儀違反だとは知らなかったの」

 何度か謝ると他意がないことが伝わったのか、ドルラルは己を落ち着かせようと何度か深呼吸を繰り返した。苛烈で矜持の高い女性だが、相手に掴みかかるような愚か者ではない。

 強張った表情が融けないまま、ドルラルは視線も寄越さずにアルマの脇を通り過ぎる。

「いいですこと。わたくしにそういった好奇の目を向けるのはおよしになって。……誰しもが予知のように重宝される能力を授かるわけではないですのよ」

 悔し混じりに吐き捨てた。アルマは暫く背中を見送って、自身もオルツィイたちの待つ天声壇へ向かった。

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