瑛国天還抄―ラズワルドの姫神子―

にっこ

 昔、古老から聞いた話だ。

『天の神が地上の女に恋をした。

 地上の女は絹のように美しい髪、宝石のように美しい瞳、若枝のように伸びた手足、獅子のような胸、壷のようにくびれた体、朝露のように光り輝く爪を持っていた。

 地上の女には足りないものがなかった。チルーかもしかのように健やかな四肢、書物のような知識、雲を読み、風を読み、はたを織り、刺青を描く。山羊や羊を追い、乳を搾り、粘土の家をつくり、集めた草藁で寝る。

 女には両親や兄弟がいたが、夫はまだいなかったので、天の神は女を娶ろうとした。

 女が放牧して一人の時に、天の神は鳥の姿から人の姿に変身した。

 だが、天の神が人の姿になったのを草木たちが天の神の妻の一人である地の女神に告げ口した。

「天の神は人間の女にご執心だよ」

 地の女神は怒った。大地が乾いてひび割れ、作物が枯れるので天の神は地の女神に贈り物をして許しを乞うた。その時の贈り物が柘榴と言われている。

 地の女神は天の神に呪いをかけた。

「人の子を得たいならば、人間が寝静まった夜、空に星の川がかかる時だけ人の姿を許しましょう」

 こうした理由で天の神は星の川が見える晴れの夜だけ人の姿に変身できる。いつもは鳥や他の動物の姿をしているのだ。

 天の神は星の川が出る夜だけ地上の女の元に通った。幾度も通ううちに地上の女は天の神と仲睦まじくなり、やがて子を宿した。

 だが、地上の女が子を宿したことを知ると、放っておかれた彼の妻たちは口々に責めたてた。天の神は地上の妻だけを大切にして、他の妻をないがしろにしている。妻は平等に扱うべきだと羽をむしられた。

 羽の剥げた天の神は崖に住む大鳥から新しい羽を奪った。だから、崖の大鳥の頭には羽がない。

 妻たちの怒りを買ってしまった天の神は地上の女にこう告げる。

「そなたに会うのは星の川が一番美しい時期の三日間にする。しばしの別れだ」

 天の神は片手だけ鳥の姿に変えて星の川をさっと羽で撫でつけた。すると、筆先で顔料を集めるように、みるみるうちに紺色の夜空と星の川が天の神に集まって一つの拳大の石になった。

 天の神はそれを砕いて、三等分にした。天の父、地の母、新たなる子、の三人のものである。

 地上の女は男児を抱いて泣いた。天の神はその涙の筋を掬い上げて新しく夜空に架けた。こうして星の川は二股になっているのである。

 天の神は青き星の石を地上の女に託した。天の血を継いだ女の男児は成長すると一族をまとめ上げる英雄となった。そういうわけで、青き星の石を持つ者たちの祖先は丁重に敬わなくてはならない。天の神の血をついでいるので、石が伝わる家から我が一団は酋長を選ぶようになったのだ。』

 星の降る夜、古老がした話だ。

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