第27話 決・着

 ゼロは、ロボを潰さんとする絶望の摂取者の手を広げた両腕で抑え込んだ。

 左右より迫る握力に白きアーマーが悲鳴と亀裂を上げるも気合でどうにか抑え続ける。

「ゼロ! それにモルフォ!」

「助かった。ありがとう」

 ゼロが意識を取り戻したのはロボが赤く輝きだした時だ。

 赤く輝く姿にゼロはヒーローとして直感する。

 あの輝きは諸刃の剣であり何かしらの問題があると。

 だから全身を苛む痛みの中、意識を奮い立たせ、同じように目覚めたモルフォと共に立ち上がった。

「我と彼の者、その位置を入れ替えよ、チェンジ!」

 モルフォ持つカードが輝き、ロボの立ち位置はモルフォと入れ替わっていた。

 指定した対象とモルフォの座標を入れ替える魔法カード。

 今回は絶望の摂取者からロボを遠ざける術として使用された。

 代わりにモルフォを掴みあげんとする絶望の摂食者であるも、割って入ったゼロが横から脇に抱えて猛加速でかっさらう。

 ロボの位置まで戻ったゼロは手慣れた動きで脇に抱えたモルフォを降ろしていた。

「後は任せろ、ロボ」

「うん、休んでいてロボくん」

 負った痛みはゼロ、モルフォとも回復していない。

 白き鎧は幾重にも亀裂が走り、蒼き衣服は幾重にも切り刻まれている。

 それでもなお立ち続ける理由は一つしかなかった。

「ヒーローがヒーローを助けられないなんてシャレにもならん」

「ヒーローだからこそ助ける、そして助け合うの!」

「……ありがとう、恩に、き、る、ぜ――ジジジ……」

 ロボの二つ目から光が潰え、冷却システムの駆動音だけが残された。

「行けるな、魔法笑女モルフォ・マジア?」

「もちろんよ、アーマードセイバー・ゼロ」

 これ以上交える言葉はいらない。

 あるのは行動のみ。

 絶望の摂取者を打ち砕く。

 絶望を食させはしない。希望を奪わせはしない。

 阻止できるのはこの場にいるヒーローだけ。

「さて、第二ラウンドと行こうか」

「もう計算通りなんて行かないわよ」

 ヒーローは地に膝をつけようとまた立ち上がる。

 理由はただ一つ。

 何度でも立ち上がるのがヒーローだから――


「行くぞ、ゼロナッコオオオオオオオッ!」

 ゼロの右拳にゼロブラッドが集束する。

 狙いは絶望の摂取者の顔面。その端正に整った鼻っ柱。

 当然、狙いなど絶望の摂取者に看破されており、側面からモルフォが魔法攻撃に移ろうとしているのすら同じであった。

「同じことの繰り返しですか? ああ、美味しくない!」

 絶望の摂取者は右腕より天の血族を生やし、その腕でゼロを拘束させんとする。

 同時、左腕の裂け目からはハオス・アゲハを解き放ち、モルフォを閉じ込めんとした。

「モルフォっ!」

「魔力充填完了! 我と彼の者、その位置を入れ替えよ、チェンジ!」

 杖をカードに叩きつけたモルフォの立ち位置がゼロと瞬時に入れ替わる。

「おんどりゃっ!」

「縛れ、封じよ、連鎖の顎、バイチェイン!」

 ゼロはハオス・アゲハが群がろうとアーマーの頑強さに物を言わせて突き進み、裂帛の気合と共に拳を左腕に叩きつける。

 モルフォは掴みかかる天の血族を光輝く鎖で拘束して見せた。

「んなっ!」

 拳を受けた左腕の肉の一部が消失したことに絶望の摂食者は度肝を抜いた。

「ゼロくんっ!」

 光輝く鎖の一端を掴むモルフォが叫び、ゼロへと投げ渡す。

「続けて……――っ!」

 その一端を掴んだゼロは、己より何倍も体躯がある絶望の摂取者を引きずり寄せた。

「な、なななあ、なんですか、その力はっ!」

 モイライサーバー<ラケシス>が機能しない。

 いや機能しているが行動パターン算出にエラーばかり表示される。

 おかしい。あり得ない。起りえない。

 ゼロも、モルフォもその力はダメージもあってか先と比較して低下しているはずが、それ以上の力を見せつけている。

 だが絶望を糧とするからこそ、絶望の摂取者は理由に気づいた。

「ああ、それですよ、それ! 絶望に抗う希望! 何事にも屈せぬ反骨の意志! その意思は時として強大な力を生む希望となり、私への至福の糧となる!」

 屈せぬ強き意志は時として当人が持つ力を何倍にも引き上げる。

 逆に意志が弱ければ元来持つ力を引き下げる。

 彼らは、絶望の食事は仲間の奮闘によりその意志を何倍にも高まらせ続けている。

 モイライサーバー<ラケシス>での計算が追い付かないはずだ。

 エラーが出るはずだ。

 ああ、食べたい。今すぐその高まりに高まった意志を絶望に落として貪り喰らいたい。

「せいやああああああああああああああああああああああっ!」

 食に一瞬だけ心奪われていた絶望の摂取者は、自身の身体が宙に投げ出されているのを知る。

 右腕に巻きついた鎖を持ってゼロにより力の限り引き上げられていた。

「え、え、えええっ!」

 絶望の摂取者が次に気づいたのは横への回転運動。

 ゼロは手に持つ鎖を幾重にも頭上で回転させ、生じた遠心力に負けずフィールドに足裏を張り付かせて踏ん張っている。

「モルフォおおおおおおおおおおおおおっ!」

 ゼロの叫びと同時、絶望の摂取者は逆さのまま頭頂部よりフィールドに叩きつけられた。

 その先には時計回りに回転する光輝く円がある。

「烈日の破滅の音よ、響け! アブリタレイトっ!」

 絶望の摂取者はこの円を知っている。

 浄化にて救うモルフォが唯一持つ救いではなく破壊の魔法。

 思い出そうと、この巨体が光り輝く円に接触するなり大規模な爆発に呑み込まれていた。

「こ、この程度で……」

 痛い。痛い。身体中が痛い。

 絶望の摂取者は全身を蝕む激痛の中、両手を黒きフィールドにつけ、その身を支え立つ。

 おかしい。美味しい食事がいつの間にかおかしくなっていく。

 抗い、抗い、抗い、希望を絶望へと転化させないことに腹にくる。

「ゼロブラッド出力オーバーマキシマムブレイク!」

 ゼロの叫びに絶望の摂取者が顔を上げた時、瞳に映るのは右足裏を白く輝かせながら急迫する姿であった。

 そして、絶望の摂取者の背後に立つのは――

「混沌に繋がれた魂魄よ、この光にて浄化する」

 杖を高らかに構えたモルフォだ。

 天の血族の力により受けたダメージは瞬時に回復していようと、先の爆発ダメージは身体に張り付き、次なる動きを鈍らせる。

「絶望よ、虚無の終焉に至れ! ゼロナロクっ!」

真極光の救済アウラ・サルースっ!」

 消滅の光と救済の光。

 ゼロの助走を込めた跳び蹴りと、モルフォより放たれる光が絶望の摂取者へと同時に放たれた。

「あら……?」

 眩い二つの光が絶望の摂取者の視界を揺らす。

 絶望の歯ごたえを味わう歯が噛み合わない。

 絶望を五臓六腑に染み渡らせるための器官が、身体が崩れていく。

 絶望させるための繋ぎ留める囲が浄化される。

 飢えに飢えた食への衝動が消し去られていく。

 当たり前だろう。

 絶望の摂取者は自分が行った融合の問題を把握している。

 強き点を取り込んだのならば、弱点も同じく取り込んでいるからだ。

 企み通りならば、いくら弱点であろうと、有り余るパワーで圧倒による絶望に至らせていたはずだ。

 ゼロブラッドとユニブラッドはマイナスとプラスの関係。互いに衝突すれば出力が少しでも上回るブラッドが競り勝ってしまう。

 現に出力全開のゼロブラッドを打ち込まれて体内を巡るユニブラッドと対消滅を起こしている。

 ルチェ・アゲハとハオス・アゲハは光と混沌の関係。

 光は本来あるべき姿に戻し、混沌はあり得ない姿へと導く。

 分子よりも細かな霊子レベルで融合されていようと、その光は霊子レベルで分解、そして本来ある形へと再構築する力がある。

 ニアロイドと<モイライ>は同じ機械でありながら、広がる可能性と狭められた可能性の異なる解を算出する。

 いくら量子レベルで解答を算出しようと新たな不確定要素が演算処理を乱し続け、求める解を算出させない。

「あら、あら、あら?」

 絶望の摂取者は自らの足で立つどころか、両手ですら身体を支えきれない。

 燃える、燃える、血が燃える。

 虚無へと誘う血が体内を循環する唯一無二の血を消し去っていく。

 腕が、脚が、崩れて落ちて―――取り込んだものが本来ある形へと戻っていく。

 演算処理がフリーズする。最良の解答を求めるも動かない。

「どうして、食べられない、の……ですか?」

 崩れ落ちる絶望の摂取者は焦点の定まらぬ目で自問した。

 取り込まれた天の血族たちが燃え盛る血にもだえ苦しみ消えていく。

 檻に取り込んだ黒揚羽たちは群れを成して飛び去り、光となって何処かへと去っていく。

 サーバーに不具合が走る。青だ。

 青い背景と白い無数の文字が表示される。

「ど、どう、し、て……?」

 すぐ目の前に最高の絶望が、美味しい食事が立っているのに一口も食べられない。

 酷い、酷すぎる。

 ただ飢えを癒したいだけなのに、お腹を膨らまさせたいだけなのに。

 何故、どうして、どうしてなの……。

「わ、私は、ただ、美味しい、しょく、じ、を……」

 霞む目で捉えた食事に腕だけでも伸ばそうと、既に腕すら消えていた。

 

 フィールドに残ったのは希望を絶望へと変え、食そうとした絶望の摂取者の頭部だけであった。

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