第26話 希望を繋げ!

「ハーツ・クリスタル――オーバードライブ!」


 ロボの熱情を発露させたかのように、ボディは赤い輝きに包まれる。

 その輪郭が揺らめいた時には既に、ゼロとモルフォを敵の手から解き放ち、フィールドの上に解放していた。

「人形が魂燃やせぬと思ったか!」


「その姿は――っ!」

 絶望の摂取者は息をのむ。

 モイライサーバー<ラケシス>にはロボの世界のデータが蓄積されている。

 サーバーにあるちんけな意志など、この箱庭世界に取り込んだ時点で残らず頂いている。

 味は格別ではなかったが、粗悪なおやつと思えば悪くはなかった。

 問題は味ではない。

 あの赤く輝くお人形は一体なに?

 ただ身体の色を変えただけで手元から食事をかすめ取った理由を証明するデータが何一つ出てこなかった。

「説明不要!」

 発言と同時にロボはフィールドを蹴り、赤き残光だけを残して掻き消えた。

 絶望の摂取者は瞬時に行動パターンを算出させ、予測位置に右手より天の血族の燃え盛る血を吐きだしている。

 燃え盛る血はフィールドを焼くだけでお人形を焦がさない。

「どこにっ!」

 視界脇を赤い光が走る。

 絶望の摂取者は即応して左手で薙ぎ払うも、まとわりつくのは赤き残光であり、その大元であるお人形が両手に構えた豆鉄砲を速射してながら距離を詰めてきた。

 放たれる豆が当たる度、絶望の摂取者の思考にノイズが走り、表皮に亀裂を走らせる。

「この、ぐううっ!」

 捉えた――はずがまたしても赤き残光であり、絶望の摂取者は側頭部に衝撃を受ける。

 お人形は美味しくもない無機物の蹴りを入れてきた。

「お人形遊びは大概にしてください!」

 忌々しさのあまり、絶望の摂取者は怒り叫ぶ。

 人形で遊ぶではなく、その人形に遊ばれる。

 算出しようとその原因はおろかルートですら算出できない。

 五指より鋭利な爪を伸展させて振り下ろすも、かすることなく爪先に赤い残光がまとわりつくに留まり、爪全てが音もなく空を切っていた。

「こんな、こんなことが――っ!」

 ありえない。起りえない。意味が分からない。

 お人形ですよ。美味しくもない無機物のお人形さんですよ。

 絶望の摂取者が取り込んだモイライサーバー<ラケシス>はお人形の世界にある最高峰の量子コンピュータ。

 あらゆる事象を量子的に算出するはずが、たかだが美味しくもないお人形の行動を掴めずにいる。

 美味い食事を奪われた怒りとメニューにない食事に絶望の摂取者は驚き目を見開くしかなかった。


 残存時間二〇セコンド。冷却システムフル稼働。熱量蓄積九八%。視覚情報に一部ノイズ発生。フレーム強度しきい値を突破。

 エアクスのハーツ・クリスタルより生じる膨大な熱により、ロボの可変ボディが悲鳴を上げる。

 まだ持つ、まだ行ける。赤き輝きを纏うロボは己と友を信じ続ける。

(頼むぜ、ダチ公ロボ!)

 あと少し、あと少しだけ。

 仲間が、ゼロとモルフォが意識を取り戻すまでの間だけ。

 為せる――と燃える心が強く確信させた。


「なんですか、このお人形は!」

 荒々しく絶望の摂取者は狼狽している。

 それでいい。乱せ、乱せ、その意思を乱せ。

 乱せば乱すほど攻め込みやすくなる。

「説明不要と言っただろうが!」

 説明など必要ない。

 ましてやロボは絶望の摂取者に説明する気など毛頭なかった。

「確かに俺はよ! 生身のない無機物だろうが! けどよ、無機物が魂を燃やせぬと思うなら、それはただの傲慢だっての!」

 今ロボは、ハーツ・クリスタルを意図的に熱暴走させている。

 そして性能を強制的に底上げさせている。

 開発者からは誰よりも心が強い故、モジュールユニットと接続すればオーバーフローを起こすと説明を受けた。

 だから考えた。

 モジュールユニットはオーバーフローによる爆発する一方、ボディは一度たりともオーバーフローした記録がない。

 故に思いついた。

 ニアロイドボディならば全開以上の出力に耐えきれるのではないか。

<ファイシス>に取り込まれ、自分をロボを思い込んでいたエアクスだが、バックアップにより己を取り戻せば、暴走させるシステムを構築した。

 当然、暴走は諸刃の剣。

 ボディへの負担は重く、長時間使用すれば各エネルギーバイパスは焼き切れ、最終的にハーツクリスタルすら損壊すると予測演算が出ている。

 ハーツクリスタルの損壊はニアロイドの死。

 死を恐れぬと言えば嘘になる。

 死は恐ろしい。

 何よりも恐ろしいのは恐怖に心を委縮させ、何一つ事を起こせぬまま仲間を失うことだ。

 そのような未来、ロボは認めない。

 モイライは確定された未来を算出する。

 ならばこそ、あらゆる事象を算出しようとするその算出を上回る行動を取ればいい。

 確定した未来を算出するは言わば、可能性たる未来を狭めること。

 可能性に揺らごうとニアロイドは人類の良き隣人として共に未来を歩んでいく。

 狭められた未来に先はない。

 未来は広がってこそ未知たる未来を作る。

 そして、ロボは仲間たちが目覚める未来を作り出していた。

「お人形にこんな力があるなんて!」

 右手に握るハンドガンより放たれる銃弾が絶望の摂取者の左人差し指を吹き飛ばす。

 間髪入れず、左手のハンドガンで左指の損傷部を狙い撃つも、映像の逆再生の様に損傷部は完全再生している。

 その再生した部位は先と同じように吹き飛んでいた。

「人形とて魂を持つ! 魂燃やす赤き輝きをその目に焼き付けろ!」

 絶望の摂取者は銃創を刻まれると同時、銃創を回復させる。

 銃撃の乱舞は衰えるどころか、勢いを増し続け絶望の摂取者を蹂躙する。

 撃ち抜き、弾き、内部で破裂させる。

 天の血族の不老不死を取り込んだのが仇となり、絶望の摂取者は無間地獄に悲鳴を上げる。

「これで――」

 赤き燐光を放ちながら、ロボは絶望の摂取者の顎下に踏み込んだ。

 二挺構えたハンドガンの出力を最大まで上げ、高威力の一撃で首を吹き飛ばさんとする。

 引金を引きかけたと同時、赤い輝きが潰える。

「なっ、ここにきて!」

 冷却システムオーバー。

 ハーツ・クリスタル保持のため強制停止。

 あとほんの少し、引金を引けば銃弾は放たれる。

「あと少し、あと少しなんだ!」

 動け、動けと念じようと、ボディは一切動かない。

 データリンクでゼロの意識が覚醒状態に近づきつつあろうと、まだ完全ではない。

 希望を、可能性を繋げるあと一歩で、ボディに組み込まれていた元来の安全装置が、ロボのシステムを強制的に停止させている。

 当然の帰結だろう。

 熱暴走で性能を何倍にも高めようならば、安全装置がハーツ・クリスタルを保持するために、熱暴走の原因を強制的にシャットダウンする。

 また高熱を帯びているため、強制冷却が済むまでの間、ロボは意識があろうと指一つ動かせない。

 システムの処理全てが冷却へと回されるからだ。

「うふふ、あと一歩のようでしたが残念です」

 ほの暗い怒りを宿した声音で絶望の摂取者は嗤う。

「あなたのような食事を邪魔する悪いお人形はスクラップにして差し上げましょう」

 絶望の摂取者は両手でロボを握りつぶさんと迫る。

「さようなら、お邪魔なお人形さん」

 ロボは動けない我が身を呪った。


「それは困るんだよ」

「仲間をやらせない!」


 ――希望は、繋がった。

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