ファイシス編 第四章:<死に至る病(ゼツボウ)>

第25話 魂燃やす

 如何なる希望すら呑み込む底なしの暗闇の中、絶望に抗う三つの光があった。

 三つの光は誰もが笑顔を守るために戦うヒーローだ。

 出自も、その目的も、種すら異なる三つの光は、ヒーローであること、誰かの笑顔のために戦い続ける希望であるため、この箱庭世界に糧として取り込まれた。

 箱庭の主である絶望の摂取者は三つの光を食さんとする。


 そして箱庭の最下層にて、希望を抱くヒーローズと絶望を食する主との最終決戦が始まった。


「ゼロナッコオオオオオオオッ!」

 ゼロは声に覇気を込める共に右拳にゼロブラッドを集中させる。

 狙いは絶望の摂取者の顔正面。

 何一つ策もない真正面からの拳を撃ちつけんとする。

「うふふふ、甘いのですよ!」

 絶望の摂取者の頬が亀裂で歪む。

 押し広げるように現れたのは苦痛に呻く天の血族たち。

 一斉に口を開けば、迫るゼロへと向けてどす黒き液体を吐き出した。

 正体は天の血族が体内に宿らせるユニブラッド。

 ロボのお陰でゼロブラッドの出力が回復していようと全体的に低下している。

 真正面からユニブラッドを受ければ、力負けし消失しまう。

「やっ、やばっ――なんてねっ!」

「光よ、彼の者を守る盾となれ――シールド・レイっ!」

 突撃を緩めぬゼロの正面を光の粒子が集い、盾を形作る。

 迫るユニブラッドを光の盾が弾き飛ばし、無傷のゼロはなお突き進む。

「続けて、力を与えよ――バイパワーっ!」

 モルフォが唱えたと同時にゼロの拳に光が集う。

 これは対象の力を倍加させるモルフォの魔法。

 ゼロは絶望の摂取者の懐へと飛び込めば、己の肩幅より広い華奢な顎に向けて拳を天へと突きあげた。

「ぐうぬううううう、あああああ、なんて甘く美味しい拳ですかあああああっ!」

 顎の一端が消失しようと、絶望の摂取者の表情は苦痛に塗れるどころか恍惚に輝いていた。

「なら、ついでにこれでも喰らえや!」

 絶望の摂取者の右側面より仕掛けるのはロボ。

 両手で構えるミニガンより怒涛のビームを雨嵐に放つ。

 着弾先は絶望の摂取者の消失した顎の一端だ。

「ん~これはダメですね。無機物ですから味が何一つしません」

 着弾にて発生した黒煙の中より落胆する声が響く。

「美味しくないものを頂いたお礼です。今度は私が――いただきましょう!」

 黒煙を突き破るのは五指開いた巨大な右手。

 獲物を探し求める大蛇の様に、フィールドに腕を這わせながらゼロに急迫する。

「んなくそっ!」

 五指を広げて迫る中、ゼロは足の先端にゼロブラッドを集中。その指先へと向けて突き入れるような蹴りを放つも、爪を割るように内から現れた天の血族にゼロブラッドが集中していない足首を掴まれた。

「そう動くと計算させていただきました」

 にこやかに、そして嬉しそうに絶望の摂取者は甘く告げ、掴んだゼロを高らかに掲げてはフィールドに力いっぱい叩きつけた。

 あたかも硬い肉を叩いて柔らかくするかのように、何度も、何度も、何度も執拗なまでに叩き続ける。

「がああっ!」

 アーマーすら貫通する全身を砕くような衝撃が背面からゼロを貫き、意識を強制的に奪う。

「ゼロくん!」

 モルフォはゼロを助け出さんとカードを取り出すも、行動を予測していた絶望の摂取者が頭上の冠より無数のハオス・アゲハを解き放つ。

 ハオス・アゲハは螺旋を描き、黒き暴風となってモルフォを呑み込んだ。

「きゃああああああああああっ!」

 モルフォから悲鳴が上がる。

 黒き揚羽の群れは、モルフォの魔力を相殺して奪い、脱出と魔法の使用を許さずにいた。


「今助けるぞ!」

「そうはさせませんよ」

 張りつめたロボの音声を上書きするのは絶望の摂取者のにこやかな声。

 駆けながらミニガンを放つロボだが、絶望の摂取者は空いている左手から黒き濃霧を噴き上がらせ、放たれた光線の群れを霧散させた。

「くっ、ビーム攪乱膜かよ!」

 ロボより舌打ちの機械音がした。

 ビームとは粒子を束ねて放たれる熱量兵器。

 大気中の埃や塵、つまりはビーム粒子に大きな粒子を衝突させれば、その威力と進行は大きく減衰される。

 いくら高い威力を持とうと実体弾と異なるため、高密度の物質が壁となればビーム兵器は意味をなさない。

 安易であるが絶大な効果を得る対策法だった。

「なら実体弾でだ!」

 ロボはミニガンを放り投げれば、腰椎部にマウントした二挺のハンドガンを掴み取った。

 狙う先は絶望の摂取者の右腕の付け根。

 まずはゼロをその手から解放させるため銃口を向けた。

「うふふふ、撃てますか?」

 絶望の摂取者の右手が動き、ロボの銃口にゼロを押し付けてきた。

 放とうとしたロボは寸前で発砲をキャンセル。

 この処理タイムが0,0001秒。

 その処理から次なる動作に移ろうとした時には、ゼロを握りしめた拳でロボは殴り飛ばされていた。

「ぐっ、がっ、こいつ!」

 殴り飛ばされた衝撃で激しく横転するロボは、迫るフィールド端をセンサで捉えるなり、力を込めた四肢で踏ん張った。

 接触面の手足から火花を飛び散らしながら慣性を殺し、踵部がフィールド端に接した時、完全に停止する。

「あらあら、以外と頑丈なお人形ですこと」

 踏ん張ったことでロボはフィールドからの落下を免れ、スパークを走らせながらもどうにか起き上がる。

 胸部装甲への直撃を許したが、内部回路やコアであるハーツクリスタルは潰されるほど軟な作りをしていない。

「ニアロイドを舐めんなよ」

 胸部装甲がほんの少し凹んだ程度だ。

 少し痛いが痒くはない。

 加えてあの宿敵たるイノベイターとの激戦を鑑みれば、この戦闘は緩いと断言できる。

「流石は最後のモイライサーバー<ラケシス>。その高密度演算処理能力で俺たちの行動パターンを量子的に計算しその対抗策を瞬時に構築してきたか」

「あら、賢いお人形でしたか」

 悪戯の仕組みを見破った母のように絶望の摂取者は苦くほくそ笑む。

「先が読めれば対策はし易い。何よりゼロと天の血族。モルフォとハオス・アゲハ。双方とも万全な状態であるなら有効打となるだろうがよ、力が万全ではない今、脅威となっちまう!」

 絶望の摂取者の右手の中に納まるゼロは意識を失い、力なく首を垂らしていた。

 モルフォもまた全身を鋭利な刃物に切りつけられたかのようにズタボロであり、力なく左手に掴まれている。

「だがよ、てめえは一つ、致命的なミスを犯した!」

「ミス、ですか?」

 絶望の摂取者は不可解な食物を口にしたような顔をした。

 その意味は、美味くもないが不味くもない。

「それはこの場に俺が――ニアロイドがいるってことだ!」

「お口はないのに、そこまで回るなんて余程、ない舌に脂肪があるのですね」

「おうよ、各関節部の油はバッチリさ!」

 ロボは各部の装甲を展開。肩部、胸部、背部、脚部が開かれ、内部メカを露わとさせる。

「あら、心はあっても魂のない人形が何をするのですか?」

 警戒するほではなかろうとも、意図不明のロボの動作に絶望の摂取者は怪訝な声を漏らす。

 ロボの開かれた装甲の隙間より吐かれる高熱が、ボディ全体を歪める蜃気楼を生み出し、急激に赤色へと染め上がる。

 次の瞬間、絶望の摂取者は左右の手が軽くなった現実に直面した。

「あら? あらら?」

 口にしようとした食物が、横からかっさらわれたような、間抜け声を絶望の摂取者は漏らす。

 食せる興奮が生んだ幻かと、今一度左右の手を凝視する。

 だが、右手にいない。左手にもいない。

 折角捕まえた食事が呆気なく消えたのは偽りなき事実であった。

「ハーツ・クリスタル――オーバードライブ!」

 身体の内に籠る熱情を発言したかのように、ロボの全身は赤く輝いている。

 そして、足元には力なく倒れ伏すゼロとモルフォがいた。


「人形が魂燃やせぬと思ったか!」

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