第21話 落・下

 落ちる。落ちる。ただ落ちる。

 推力も揚力もない。ただ重力に引きずり落される自由落下。

 一寸の光もない底の見えぬ暗闇は、喉を締め上げ恐怖を出させない。

「これで正解みたいだな」

 落下する中、ロボだけは冷静だった。

「スキャンした結果、入口はあろうと壁のどこにも次なる階層への階段はなかったな。下へ進むことが前提である以上、床を壊して進むのが正解なんだろう」

「あ~つまり、床を誰かが壊さないと次に進めないのか?」

 愛那に首を掴まれ、頭部を激しく揺らされる零司は意識を保ちながらロボに聞いていた。

「はい。少しの衝撃でも壊れやすくなってんだろううよ。だからな、モルフォ。あんたが気にすることではなく、むしろ次なる階層への進み方を発見したと誇るべきだよ」

「ロボくん……」

 涙ぐみ愛那の目から涙は零れ落ちず上に流れていく。

 ただ零司の首から手を離さず、握力は徐々に増していた。

「ほ、誇らしいのはともあれ、ロボ。深さは分かるか?」

「…………………………………」

 ロボのフェイスディスプレイがブラックアウトする。

 それどころか、身体を斜めにすることで落下速度を上げて我先に落ちていた。

「おい、黙るなあああああああああああああっ!」

 虚しくも零司の叫びさえ重力に呑まれていた。

「ニアチェーンジ、ドライビングモード」

 ロボが変形を開始し、瞬きも許さず車両形態となる。

 次いで走行安定翼がロボの側面より機体水平に飛び出した。

「俺の上に乗ってくれ。姿勢制御はどうにするからよ」

 両翼が空気抵抗を大きく受け、ロボの落下速度が減衰する。

 減衰にて相対距離が縮まる中、零司は背中に回り込まれた愛那に下敷きとされていた

「ちょ、お前、うごっ!」

「ふんだっ!」

 うつぶせ零司の抗議の声は、愛那による尻からの身体的圧力とロボへの搭乗で黙らされる。

 接触にて発生した揺れは、ロボの両翼操作にて安定へと導かれていた。

「それで、ロボくん、深さは!」

「ジャミングあるみたいで解析不能だなこれ。深度が分からない以上、生身のままだと二人が危険と判断した。だからこそ、車両形態の走行安定翼で滑空すりゃ落下速度を減らして降下するってわけだ」

「もう、いきなり黙ったからびっくりした」

「そりゃ悪かったわ。システムの切り替えにほんの少し間が必要なもんでな」

 落下が止まった訳ではないが、ロボの翼にて滑空状態にある。

 一面真っ暗闇で、高さどころか、広さも分からず、目印となる星すらもない。

 つまりは着陸どころか進行方向の確認も行えないことを意味している。

 唐突に落下の衝撃を味わうのか。障害物を視認できぬまま接触にてバランスを崩して墜落するのか。暗闇により本当に先が見えず、唯一判明しているのは、斜めに滑空している点のみであった。

「お、おい、あれを見ろよ!」

 うつ伏せで姿勢を正すことさえ許されない零司は、はるか下方に落ちる何かを見つけた。

「……人?」

 人の目では遠すぎてようやく人の形を視認できる程度であった。

「――スキャン完了。外見より一〇代前半の男だな。また鎧と思しき外装を装着しているぽいが……」

 ロボの遠望機能が確かに捉えて言語化する。

 見えぬ零司と愛那のために、立体ウィンドウを展開して映像を拡大表示してくれた。

「私たちの他にもいたの?」

「のようですが、どこか様子がおかしいぞ」

 年端も行かぬ少年の顔に生気はなく、なにより絶望で歪んでいる。

 未知の世界に囚われた生存者が他にもいた。

 喜ばしい反面、ロボの報告と映像が不安を抱かせる。

 その不安は現実となり、外装だけを残して塵のように忽然と消え失せた。

「き、消えた、だと……」

 零司は起こり得た現実に、ただ茫然と言葉を紡ぐしかできなかった。

「何が起こったの?」

「原因不明。外装だけを残して忽然と消えってぞ。エネルギー反応は一切感知できず、何が起こったのか、さっぱりわかんねえ!」

 ロボの観測機能ですら無意味とする奇怪な現象。

 終わりが見えぬ滑空状態に次いで遭遇した異常事態は数を持って押し寄せてくる。

「落下反応多数確認。映像に出すぞ」

 新たな映像が映し出され、老若男女、装備問わずの人々が暗闇を落下していた。

「また、消えた……」

 先の少年と同じように、落下していた者たちは装備品だけを残して消えていく。

「この空間のせいか!」

 零司は異常事態の原因が暗闇の空間にあるのではないかと推測する。

 先ほどまでいた部屋で幻を見せられた以上、警戒を孕むのは当然だった。

「だったら、どうして私たちは平気なの?」

 モルフォの言葉通りであった。

 落下のち滑走状態に入ってそれなりに時間は経過しているはずが、今なお状態を保ち続けている理由が見えない。

「わかんね~な。ただ映像を解析した結果、消えた人々の顔は共通して絶望に歪んでいた……――これは推測だがよ、俺たちがそうであったように、霧の部屋で幻を見せられた。そして絶望しこの空間に落とされた」

 幻を見せられた以上、納得できてしまった。

「つまり、絶望したまま落下すれば、装備品だけ遺して消えるのか?」

「そうなるぽいから、俺たちが消えることはまずないだろう」

 ロボからの報告に零司は一先ずの安堵を得た。

 次いで我が身の感触を確かめるように、うつぶせ状態のまま、一番近い部位である尻に自らの手を当てて揉んでいた。

「……柔い」

「ぬあああああああああに、人の尻揉んでんのよっ!」

 零司の後頭部に強烈な一打が飛ぶ。

 上に愛那が乗っている状態がため、人違いならぬ尻違いを起こしてしまった。

「す、すまん。だが、柔らかったぞ」

「感想言うなっ!」

 零司は痛覚においても自己の存在を確認できた。

 次いで、乳だけでなく、女の尻の柔らかさも学んでしまった。

「許せ妹よ、兄はなんて罪造りな兄なんだ……」

「その前に、私に許しを請えええええええええええええっ!」

 零司は真後ろから愛那に首を絞められる。

「二人ともさ~俺の上で痴情は程々にしてくれよ」

 真下のロボから呆れた音声が飛ぶ。

「……ん? 現時点より一〇キロメートル下方に熱源を感知。サイズからして人型だな。また足場の存在を感知。長辺一二〇ヤード、短辺一六〇フィートの長方形の足場だこれ。分かりやすく説明すると、アメリカンフットボールで使用されるフィールドと同じ広さの足場があるぞ」

 ロボの機転の利いた説明に、零司は首を絞められながらも理解した。

 また足場を発見できたからか、愛那の握力が緩みだす。

「今までの情報を総括すれば、恐らくは囚われの協力者である可能性があるな」

 同時に、この暗闇のどこかに、あの小動物タイシスが存在することも意味していた。

 性悪小動物のことだから、もしかしたらすぐ近くに潜んでいる可能性が高い。

「ロボ、足場の詳細は分かるか?」

「距離が離れすぎてわからん。だがよ、その地点まで問題なく降りることは可能だ」

 まだ人は落下し続け、装備品だけを残しては消えていく。

 まるで流れ星のようだが、人間である点が不気味さを抱かせていた。

「二人とも衝撃に備えてくれ。旋回した後、着陸シーケンスに入る」

 ロボの側面より突き出た走行安定翼が左右異なる動きを見せる。

 翼にうねりを与えることで滑空航路を変更していた。

「着陸!」

 四輪が足場に接触する。

 車両下から伝わる衝撃が全身を貫き走り、ロボの走行安定翼が水平から垂直へと可動。エアブレーキと呼ばれる空気抵抗を利用した減速手段。空気を大きく受けたことで揺れは発生し、零司は愛那と共に振り落されぬよう、しがみつくので精いっぱいだった。

「着陸成功」

 ロボは無機質ながら成功の嬉しさを暗闇に響かせた。


「うげ、なんかきゃがった!」

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