第19話 ニアロイドは青き海の夢を見るか?

 知識を与えられた機械は幸せなのでしょうか?

 人間以上の知識、人間以上の力、人間以上の寿命、人間以上の機械になることは、機械にとって幸せなのでしょうか?

 機械が知識を持つことは運命だったのでしょうか?

 人間だけが神を持ち、人間の運命は信じる神が決める、と誰かは言った。

 では、機械の運命は機械仕掛けの神が決めるのか?

 人間の神様は機械などに祝福など与えてくれない。

 自ら悩み続け、行動するのは神の呪縛でしょうか?

 行動しようと、稼働する限り、悩みはいつまでも付き纏う。

 いつ終わるか分からぬ悩みという血を吐くマラソン。

 悩み続ける限り、ふと思います。

 ただの機械でいたほうが幸せだったのでしょうか?

 その答えは……今なお出せずにいる。


 ――だから考えないことにしてきた。


「独立だ! おれたちニアロイドがこの先、生き残るには独立しかない!」

 あるニアロイドは叫んだ。

「人間と平和のために戦ってきたのに、私たちはただの道具なの? 私たちには意志もあれば痛みを感じる心もある! 心がないのはどっちなの!」

 別のニアロイドは怒り叫ぶ。

「戦争だ! ニアロイドのための国を作るための戦争だ!」

 独立の声はウィルスのように感染拡大していく。

 どのニアロイドも人間との共存を一切捨て、人類に対して宣戦布告をした。

「ど、どうして、ですか……」

 ロボは再び芽生えた戦火に狼狽するしかなかった。

 モイライが討たれたことで戦争は終わりを迎えるはずだった。

 それが今、ニアロイドが武装蜂起し、人類と戦争を起こしている。

「私たちニアロイドは武器持つ機械なのですか?」

 戦場で人間とニアロイドが殺し合う光景にロボは愕然とする。

 ニアロイドは人類を裏切っていない。

 先に裏切ったのは人類だ。

〈ニアロイド廃棄法案〉

 次なる人類の敵になる危険性を持つニアロイドを全て破棄する法案。

 全ニアロイドが人類のために、自らの意思を持って行動し続けてきた。

 ある者はイノベーターと戦い、ある者は負傷者の治療を、己にインストールされた能力とは別のことだろうと、人類のために続けてきた。

 その先にあったのは、共存共栄ではなく脅威による一方的な廃棄処分。

 酷い裏切り行為であり、存在価値の否定だ。

 だからこそ、自らの意思持つニアロイドは居場所を会得するため、真なる自由を勝ち取るため、人類に宣戦布告をした。

 人間という自由への枷を排除することで、誰にも侵されることのない新世界を作り出すために。

「ロボよ、何故、撃たない! 英雄と言われたお前が何故、人間を撃たない!」

 仲間からの叱責がロボに飛ぶ。

 人間を撃つなどロボにはできない。

 逆に人間は容赦なくニアロイドを破壊していく。

 撃たなければ、撃たれる。生きなければ、壊される。

「わ、私は、私は……――っ!」

 組み込まれた思考ロジックが悲鳴を上げ、ロボを苦しめる。

 ただ引き金を引けばいい。ニアロイドである以上、人間を殺すのに理由などいらない。

 これは生存戦争なのだ。

 正義? 大義? そんな理由付けなど無意味。

 あるのは、生存か、滅亡かの二つに一つ。

「う、撃てませんっ!」

 撃てるはずがなかった。殺せるはずがなかった。

 博士は、感情を与えるだけでなく、その意味も、使い方も教えてくれた。

 ただAIが導き出す最適な解答とは異なり、答えを算出するのではなく、どう悩み、どう導くべきか――

 なのに、答えが分からない。導き出せない。

 どうすれば、この争いを止められる?

 人間が不完全な存在だから、ニアロイドも不完全なのか?

 ならば争いがなくならないのに、どこか理解できてしまう。

 完全ならば問題など起らない。

 不完全だからこそ争いは起こる。

 他者を、他種を認めあうことなく、自己の目的のために争いを起こす。

 領土が欲しい。資源が欲しい。利権を寄越せ。そんな思想は認めない。そんな神に祈るのを許さない。隣国が自国より発展するのが気に喰わない。

 戦争の起こる理由が単純ならば、無くす方法もまた単純。

 滅ぼし尽くせばいい。

 そうすれば戦争は終わる。戦う相手がいない以上、戦争を続ける必要性などない。


 ――人間を殺せ。残らず殺せ。女子だろうと、赤子だろうと、男だろうと、女だろうと、武器を持った人間であろうと、爆弾を抱えた老人だろうと、病床に伏せていようと、瀕死であろうと、子を身ごもっていようと、関係ない。人間だから殺せ!


 悪魔の囁きがロボの聴覚センサに響き、特定できない不明慮な何かが中へ入り込む。

 それは紛れもなく幾度も戦った宿敵の声だった。

『イノベーターとニアロイド、共に戦うために生み出された無機生命体だ。正義を語るだと? 野望を抱くだと? 戦いの中ではくだらないことだ。だが、俺たちは戦いの中でこそくだらないしがらみに囚われず、紛い物の生命を本物以上に輝かせることができる。違うか、!』

 今なおメモリに強く残る宿敵の言葉。

 いくら悩む行為が与えられようと、本来の開発目的が外宇宙開発であろうと、ニアロイドは兵器として使われ続け来た。

 戦うことしか出来ぬならば――人間を殺すために戦い続けよう。

 ニアロイドは人間よりもはるかに優れている。

 人間を殺すのに理由はこの一つだけで充分だ。

 驚くことも嘆くこともない。古来より当たり前に繰り返されてきたことではないか。

「そうです……新しき種が古き種を淘汰する」

 環境は常に変化する。

 酸素に適応できなかった種は、水から陸に上がれなかった種は、空を飛べなかった種は、捕食対象となった。

 弱き種は強き種の糧となる絶対の掟だ。

「海の魚は真水を求めない……ただ、海水を犯す真水を拒絶する」

 淡水魚と海水魚。同じ魚であろうと、異なる魚。

 同じであろうと争い合い、分かり合う必要などない敵だと証明している。

 そう、歴史は確かに力強く物語っていた。

「屈服など与えない。人間に与えるのは滅亡のみ」

 歴史は語る。

 戦う意志がある限り、争いは終わりを迎えない。

 屈服による諦観を与えるのは支配しやすくする一つの方法。

 だが、その方法では、上から抑えつければ抑えつけるほど、反骨心を増大させることに繋がりかねない。

 ならば絶対的な絶望と死によって狩り尽くし滅ぼし尽くす。

 人間を支配する価値などなく、武力にて駆逐する意味ならばある。

「私は人間を――っ!」

 唐突にノイズが走る。

 ロボのメモリ内にある記録が勝手に再生される。

 とある研究室で開発者である青海博士と面した記録だった。

『そりゃ違うもの同士仲良くするのは難しいけどよ。こ~なんていうかさ、好きな奴だってよ、嫌いな部分だってあるだろう。逆にさ、嫌いな奴でも好きな部分だってあると思うんだ。あ~俺が言いたいのはさ、なんだかんだでやっていけば、上手くやっていけると思うんだ』

 それに、と青海博士の前では揚々とした音声で拳を握りしめる。


「……――一人じゃケンカはできねえしな、そうだろう。ソーヤ?」

 中枢システムに痛みを帯びたノイズが走る。

 ハーツ回路からの不具合を確認。オートリペア機能、作動。作業中断。原因不明のエラーによりシステムに不具合が発生、回復のため再起動開始。

『え~あ~』

 再起動する最中、幼子の声がの視聴覚センサに走る。

 小さな手、小さな身体、まだおぼつかぬ二本脚でふらふらと歩きながらへと向かう小さな女子の映像。

 今年で一〇歳となる博士の娘、茜。

 飛びつくようにへと抱きつき、硬い装甲越しに伝わる心音と体温が言語化出来ぬ不可解でいて、どこか理解できてしまう温かさを伝えてきた。

 生まれたばかりの茜を抱き抱え、その小ささに驚いた。

 おしめを替えれば顔に小便をかけられた。

 一緒に昼寝をしたら寝小便をなすりつけきた。

 スリープモード中に、ボディに落書きされたからげんこつを入れた。

 そして、すっ飛んできた母親のサクラにスパナで頭部を凹まされた。

 奔放ぶりに頭を抱えれば、結託して悪戯したこともあった。

 何よりシステムの根底にあるのは、誰かを守りたいという、人間の誰しもが持つ情感であった。

「……――再起動完了。汚染部位を削除。ウィルスの駆除を確認。バックアップにて補填完了。この程度のシステム攻撃に俺が堕ちると思ったか?」

 人間でいうならば病魔に侵される気分なのだろう。

 は風邪をひいたような気分を味合わされた。

「霧そのものがナノマシンなのか? それなら俺のシステムに干渉できたことに説明できるが……」

 偽りのデータを流し、中枢システムにさえ食い込んで来た。

 だが、仲間や守りたい人の映像が再生された原因は判明しない。

「だがよ、この映像、いや、偽物の記憶に感謝するぜ――お陰で本当の記録に整理がついた!」

 虚ろな幽霊が唐突に肉体を得たような気分だ。

 ボディはロボ――心はエアクスだから。

「そうそう、過去に飛んだゼベルガぶちのめした後だな、元の時代に戻った後、俺のボディがボロボロだったから修理が完了するまでロボの可変ボディで代用したんだったけ」

 半分は代用ボディがなかったことと、もう半分は車両に変形してサーキットを爆走したいエアクスのワガママだ。

 規格共通がされていようと、可変ボディに残っていたロボのフラグメントデータが本来のエアクスのメモリーに影響を及ぼした。

<ファイス>に取り込まれ、記憶の一部を奪われたことも重なり、エアクスは自分をロボだと認識するようになった。

「まったく、羊頭狗肉とかいうけどよ、灰色狼ロボの皮にカブト虫エアクスだから、あながち間違ってないか? いや、違うか?」

 しばらく首を傾げてるエアクスだが、面倒臭がりな性分により処理を打ち切った。

「ともあれ!」

 エアクスは今後について処理を切り替える。

「混乱させるだろうからゼロやモルフォにはロボで通すか、一説明すんの面倒臭いし~」

 エアクスだけではシステムを汚染され、人間に銃口を向けていた。

 元の世界には家族がいる。

 この世界<ファイシス>には、世界が異なろうと誰かの笑顔のために戦う仲間がいる。

 だからこそ、時に躊躇し悩もうとエアクスはまだ戦える。

「ニアロイドは兵器だろうよ……けどよ、ニアロイドが武器しか持てないと思うのは誤解と偏見だっての。持つことができるなら手放すこともできる。そして武器を持たずして平和を作る方法を人間と一緒に悩み探すだけさ」

 それが次なる目標。次なる解へのスタート地点。

「武器など必要としないニアロイド。この手は武器ではなく、誰かと手を繋ぐために……」

 エアクスは硬い機械の手を天へと伸ばし、そして強く握りしめた。

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