第17話 ゼロの矜持
「こ、ここは――っ!」
唐突に夢から覚めるように、気が付けば、ゼロは良く知る街の中に立っていた。
「帰ってきたのか?」
己が住む世界、己が戦士として戦ってきた世界。
周囲を幾度となく見渡せば、アスファルトで舗装された道路があり、様々なビルディングが軒並み並んでいる。
この繁華街を見間違えるはずがない。
何しろ初めてゼロとして怪人と戦った場所だからだ。
「けど……――?」
見覚えのあるはずが、どこか既視感が走る。
繁華街にも関わらず、人っ子一人もおらず、休日は歩行者天国として開放される道路が綺麗すぎた。
綺麗すぎる謎を思い出そうとした時、ゼロは記憶の空白にたどり着いた。
同時、大型公共モニターより緊急速報が流れ出す。
〈緊急避難警報、ゼロ出現。付近住民は大至急避難してください〉
流れるテロップにゼロは我が目を疑った。
「どういうことだ?」
怪訝さが言葉となる。
本来、流れるのは怪人出現警報のはず。
理由を確認する間もなく、警察の特殊車両がサイレンを鳴らして急停車。次いで車両より降りてきた警察特殊部隊に銃口を向けられる。
「おいおい、これはなんの冗談だ?」
警察と争う理由などゼロだけに何一つない。
何度か共闘の流れになったが、警察は消滅の力を持つゼロを警戒して一定の距離を取っていた。
「ゼロ、お前には政府より殺害命令が発効されている!」
あろうことか陣頭指揮を執るのが隣人の神崎光太警部だ。
ゼロは我が耳を疑った。
「殺害ってなんだ? おい、おっさん、性質の悪い冗談――っ!」
ゼロの問いは一発の銃声に上書きされ、衝撃が脇腹を貫いた。
「がっ、ぐ……な、ん、で……」
ゼロは脇腹を抑えてうずくまる。
撃たれた。撃ち抜かれた。ゼロが纏うアーマーは高密度分子の集合体である。そう易々と鉛玉程度で撃ち抜かれる軟なものではない。
「対ゼロ用銃弾、効いているぞ!」
部隊の誰かがそう口走ったのをゼロは耳にした。
「撃てえええええええええええええっ!」
神崎の号令により銃声が一斉に鳴り響いた。
ゼロは裏路地に身を潜ませていた。
「なにが、どうなっているんだ……」
幸いにも致命傷を避けていようと、銃創の身体では遠くまでの移動は出来ず、全身を焼くような痛みにただ堪え続けるしかなかった。
「これは……――なんだと?」
風で流れ着いたのは古新聞。
日付よりも一面記事に瞠目した。
〈政府、ゼロを人類の敵として排除を決定〉
信じられない記事だった。
「天の血族が壊滅?」
霞む目で記事を読めば、ゼロの活躍にて天の血族は一人も残さず消滅。
ゼロの力に前々から危惧を抱いていた政府は世論の後押しを受けて、人間を守るために殺害を決定したとの記事であった。
「
ともあれ家に帰ろう。
うるさいけど、かわいい自慢の妹がいて、共働きで家には不在だけど我が子を案じる両親がいて、発明大好きで時折暴走するけど尊敬する
「あれ? あと一人、誰かいたような……?」
誰か足りない。誰かが思い出せない。
思い出そうとするも思考は鈍化し、身体は意志に反して動かない。
身体から熱は消え、冷たさが広がっていく。
「ねえ、どうして?」
ふと妹の、
顔を見上げれば、最愛の妹、壱子がゼロを見下ろしている。
「どうして、お兄ちゃんがゼロなの?」
「……ヒーローっては正体が秘密なのがお約束だろう」
いつの間にかアーマー装着は解除され、ゼロは北斗零司なる少年の姿に戻っていた。
「酷いよ……騙していたなんて、隠していたなんて……」
否定はしない。妹を巻き込まぬよう正体を秘匿し続けた。
壱子から責められようと、零司は反論しない。
「私を傷つけておいて、もう誰も傷つけないとか言って、今はその力でみんなを怖がらせ、傷つけている。どれだけ自分勝手なの?」
壱子の右眉近くには小さな傷跡が今なお消えずに残っている。
小さき頃、些細な口喧嘩の果てに、ふと投げたおもちゃが当たったことで生じた消えない傷。
一時期、妹から笑顔を奪った傷が再び零司を苦しめる。
「嫌い、嫌い、お兄ちゃんなんて、人を傷つけることしかしないお兄ちゃんなんてお兄ちゃんじゃない! 同じよ、笑いながら平気で人を殺す天の血族と同じよ!」
「……――そうかい」
力を持つ以上、力を持たぬ者からすれば善悪関係なく脅威でしかない。
いつ、どこで、その力に我が身が晒されるのか、大切な人が奪われるのか、怯えなければならない。
いくらその力で平和を得ようと、倒すべき敵を倒しても、力そのものが存在する限り平和は訪れずにいた。
「俺はガキかもしれない。力を持ったガキだろうよ」
青ざめた唇から言葉を紡ぐ。
「お前があいつらに襲われて初めて変身した時、戸惑ったけど嬉しかった。この力で守れるって、助けられるって……同時に、笑いながら生命を奪う奴らにむかついた」
殴るのも、殴られるのも痛い。
与えた痛みは必ず自分に返って来る。
「結局、行動原理が単純なんだよ……奪うから守る。攻めてくるから戦う。奪わせないために奪い続ける。なあ、壱子、教えてくれよ」
薄れ行く意識の中、零司は壱子に問う。
「俺が持つのは傷つける力か? 俺が振るうのは奪い取るための力か?」
「みんなを悲しませる力よ」
涙含ませた声で壱子ははっきりと断言した。
「違うな――」
零司は壱子の答えをはっきり否定する。
壱子の顔に見たこともない歪が生まれたのを見逃さなかった。
「誰もが望んでいる力がある――その力ってのはな……」
鉛のように重い身体を無理に立ち上げた零司は壱子に迫る。
「みんなの笑顔を導く力! それこそ、誰もが望んでいる本当の力だ!」
戦って、助けて、行動を続けようと、実際は助けられ続けていた。
笑顔でいる子供たちがいた。
ありがとうと、ただ一言言ってくれた子供がいた。
親は怯えようと、子供は臆せず、笑顔で一輪の花を贈ってくれた。
そんな子供たちがいたからこそ、励まされ、勇気を与えられた。
「そんなの自分勝手な理屈よ!」
「理屈じゃないんだよ――ヒーローは!」
零司は自分の胸板を強かに叩きつけて叫ぶ。
「……てめえの言葉には反吐が出る」
零司の冷え切った心を憤怒の感情が熱を与えていく。
「一般社会では天の血族は怪人で統一されているんだ。天の血族という正式名称、誰も、妹ですら知らないんだよ。知るとすれば、俺か、Ziか、石板解読したジジイの三人だけなんだ。もし仮に知っているのがいるとすれば――血族当人か、この世界〈ファイシス〉で話を聞いていた奴だけだ!」
失った熱が身体に再度集う。
失った記憶が再起される。
失った魂が燃え上がる。
「お前が一番卑劣なのは、人の心の隙間に入り込んで弄ぶことだ!」
壱子が半歩下がるのを零司は見逃さない。
基本故に零司は危うく騙されかけた。
この壱子は壱子ではない。最愛の妹の形をした何かだ。
相手がボロを出してくれなければ、兄ですら本物と間違えていただろう。
「人間を、笑顔のために戦うヒーローを舐めるな! 確かに俺は妹を傷つけた過去がある。笑顔を奪ってしまった罪がある。それでも――俺は過去に囚われ、引きずっているんじゃない。過去があるからこそ、今を――先へと進めるんだ!」
妹の面を被る偽者に零司は容赦なく拳を繰り出した。
「霧っ!」
拳を受けた壱子の身体は黒き霧となり散る。
「そういうことか……」
裏路地もまた霧散し、零司は濃霧立ち込める空間に一人立っていた。
脇腹に傷一つなく、ただ変身を解除された零司がいる。
「望むものを見せ、そして突き落とす……典型的だな」
希望と絶望は比例する。
高ければ高いほど地に激突した時のダメージが尋常ではないように、希望を望めば望むほど、絶望へ落ちた際の精神ダメージは計り知れない。
「精神攻撃は基本というが、俺がそれなら、あの二人も……」
なんらかの精神攻撃を受けているはずだ。
誰もが望むものを見せられ、今までの行動を否定されるだろう。
「なあ、Zi、俺がしていること、間違ってないよな?」
腕時計に問おうと返答などない。
「まあ、あんたのことだ。きみはきみが正しいと思うことをやり続けたまえ、とか言うだろうな」
零司は霧の中を一歩、また一歩と歩き出す。
『うん、レイちゃんはレイちゃんのしたいことすればいいのよ』
歩む中、霧の中より響く懐かしき声。
記憶を奪われ、忘れていた幼馴染みの声。
零司は声に背中を押されるように前へ前へと進む。
「――だからさ、例え正義が相手でも俺は戦う!」
この霧が再び道を惑わそうと零司にもう迷いはなかった。
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