ファイシス編 第三章:<咳(コウゲキ)>

第16話 濃・霧

 次なる階層へと続く階段に入り口はあっても着地点は見えず。

 

 ゼロはモルフォを抱き抱えながら階段を跳ねるように下り続ける。

「どああああ、どっ、とっ、おりゃああっ!」

「ひ、ひいいいっ!」

 まるで地下鉄に続くエスカレーターを駆け降りる疾走感。

 ゼロは足を滑らせぬよう気合を入れ続け、抱き抱えられたモルフォは兜の下で必死の形相を浮かべながら振り落とされぬようしがみ付いている。

 その後方からロボが追従する形で駆け抜けていた。

「あっ、ゼロくんの兜が!」

 跳ね続け、駆け続けたことで生じる振動により、モルフォからゼロの兜がすっぽ抜けてしまう。

 そのまま兜はボールの様に壁や階段に当たって跳ね続け、後方のロボに迫る。

「はいおう、お任せだよ!」

 ロボは激突するヘマをすることなく、迫る兜を両手でキャッチする。

「ではそらよ、行くぞだです!」

 踏み込みような音声と共に背後からロボが兜を手にゼロへと飛び掛かる。

 右手で握りしめた兜を駆け抜けるゼロの頭部目がけてダンクシュートよろしく叩き込んでいた。

 その力加減は絶妙なまでに調整されており、駆け降りるゼロに微塵の影響を与えていない。

「後よろしく頼むぜます」

 ただ兜は元の装着主に嵌るも前後逆であった。

 ロボに託されたモルフォは腕を伸ばして兜の向きを入れ替える。

「おう、助かったぜ、二人とも」

 一瞬の暗転に肝を冷やしたゼロだが、ロボとモルフォの見事な連携に舌を巻く。

 ゼロの網膜に各種データが投影され、階段の終わりが近いことが判明した。


 長い階段を駆け降りれば、まるで鈍重なカーテンのように次なる入口は黒き濃霧に覆われていた。

「濃霧注意報発令だな」

 ロボは顔表面のフェイスディスプレイにテロップを表示した。

 なんでも一種の外部出力デバイスであり、先の休憩所でシステムを再構築したそうだ。

 ゼロからすれば顔文字を進化させたシステムにしか見えないが敢えて口を噤んだ。

「降水確率は?」

「0%ですだな」

 ディスプレイフェイスに数字を表示しながらロボはモルフォに答えた。

「先がまったく見えん。五里霧中とはまさにこのことだな」

 仮面の下で表情を曇らせるゼロは、データリンクでロボのセンサを借り受けて濃霧の奥を見通そうとする。

 だが、霧によりスキャン不能と出たため早々と諦めた。

「ゴリラ夢中? ゴリラなんてどこにいるの?」

 すっ飛んだモルフォの発言をゼロは無視をした。

「霧に探知を妨害する成分が含まれていると予測だなこれ。熱量、動体反応、赤外線、果てには音ですらこの霧は遮断しているようだなです」

 PiPiPiと電子音を発したロボはフェイスディスプレイを警戒色の赤に光らせた。

「つまり、どこに敵がいるか、分からんってことか」

 自然とゼロの声音は圧を増して警戒を帯びる。

「ええ、それに今までの経緯からして敵は種類を問わず逆に私たちの位置を正確に把握できているでしょう」

「ねえねえ、ゴリラどこ?」

「ああ、もう、うるさいっ!」

 右肩アーマーを指先でつついてきたモルフォにゼロは呆れのあまり声を張り上げた。

「ぶうっ!」

 だからか、モルフォは両頬を不満そうに膨らませている。

「モルフォ、あなたの魔法で探知は可能ですかよ?」

「ん~普段通りなら隠れ潜んだ対象を探すカードはあるけど、今は……それに、私が落し物とか探す時にしか使わないのよね。あのカード」

 ゼロとロボは顔を見合わせて困惑するしかなかった。

「やっぱ、魔法笑女じゃなくって魔法少女(笑)だ」

「あ~また言ったっ!」

 肩をすくめて呆れるゼロと髪を逆立てるようにして怒るモルフォの姿に、ロボは側頭部、人間で言うこめかみを指先で抑えていた。

「ともあれ進みましょうぜ。流れ通りならばここは第三階層。ここを無事に通り抜ければ、協力者が囚われている第四階層にたどり着けるはずです」

 通信機を使おうにも応答がない。

 恐らくあのタイシスなる小動物が意図的に妨害しているのだろう。

 協力者の安否は気にかかるが、進まなければ確認のしようがなかった。

「無作為に進めばホワイトアウトに遭遇する危険性があるなこれです」

「白? どう見ても黒だよ?」

 モルフォのズレた発言にロボは頭部をポリポリと呆れるように搔いていた。

「お前、ホワイトアウトの意味分かってんのか?」

「三振して頭の中真っ白になることだよね?」

「それはスリーアウトだ。アウトしかあってねーぞ」

 目の前に霧がある以上、モルフォ相手に切りがないため、ゼロはロボに分かりやすい解説を目線で求める。

「ホワイトアウトとは雪や雲により視界が白一色に覆われたことだで、方向、高度、地形の起伏が識別不能となる危険な現象ですよ。例えるなら……そうですね。モルフォ、あなたは目隠しをして、魔法や道具をなにひとつ使わずに間違いなく目的地まで歩けますか?」

「スイカ割りでも間違えて寝ていた人の頭、金属バッドで叩いたことあるのに、間違えずなんて無理だよ」

 とんでも発言にゼロは鎧の下で身震いする。

 魔法少女(笑)ではなく魔法少女(怖)であった。

「……つまり、ホワイトアウトとは目隠しと類似した現象となります。第三階層の規模が分からない以上、遭難する危険性は充分にあります。真っ直ぐ進んでいると思っても下手をすればグルグルと円状に進んでいたということも起こり得るでしょう」

 問題は如何にして遭難と遭遇を防ぐかであった。

「一番手っ取り早いのは、霧を吹き飛ばすほどの風ですがよ、箱庭の規模が分からぬ現状、試すのは非効率だなこれ。かと言ってもよ、転ばぬ先の杖のように進むごとに目印を設置したとしても、この霧の特性上、設置した場所ですら分からなくなる可能性もあるなこれ。まあ要は、五里霧中のち八方塞がりであるということですだ」

「六と七がないだけに六七むなしいね」

 モルフォに対してゼロとロボはしばし沈黙で返した。

「ロボ、ハリセンあるか?」

「生憎、持ち合わせておりませぬぜ」

 世界が異なろうとボケとツッコミは同じのようだ。

「没収のプロ、ヤの付く人がいなければ没収する座布団もありませんし」

 ロボは仰々しく肩をすくめては首を横に振って見せる。

「なによ、なによ、二人して!」

 プンプンと両頬をモルフォは膨らませていた。


 だからか、一同は入口を覆った濃霧の異変に気づけなかった。

「接近警報! これは――っ!」

 イの一番に異変を察知したのはロボであった。

 フェイスディスプレイに赤色灯を表示させ、警告音を発する。

「霧が足元にっ!」

 カーテンのように入口を覆っていた黒い濃霧が、這い寄るようにして足元に漂っていた。

「きゃっ!」

 濃霧が人の手の形を取れば、瞬きも許さぬ速さでモルフォを掴み上げて霧の奥底へと引きずり込んだ。

「モルフ、くっ、こいつっ!」

 モルフォが入口へと消えるなり、またしても霧は人の手の形となり今度はゼロに迫る。

 ゼロは拳を突き入れたようと霧は霧散して意味をなさない。

「警告、霧がなんらかの意志で行動している模様だこれ。恐らくはいつまでも中に足を踏み入れない俺私たちに業を煮やしたと推測――――」

 言い切る前にロボもまた霧の手により引きずり込まれていた。

「か、身体が――っ!」

 拳や脚を振るって抗うゼロだが、無尽蔵に現れる霧の手全てをさばききれず、一つ、また一つと掴み取られて動きを封じられてしまう。

「くっ、は、離せっ!」

 ゼロはアーマー越しに尋常ではない握力を感じ取ろうと、その時既に、霧の奥底へと引きずり込まれていた。


 ぷししし! ぷぎゃああ、ぷーぷっくすすすっ!

 僕ちんのためにいい夢見ろよ! そして堕ちな!

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