第15話 蝶は支えられて飛び立った

「ひ、酷い……」

 モルフォは泣きたくなった。

 ただ泣いたら負けだとも思った。

「モルフォ、幾つかお聞きしますがよ、その魔法の効果と範囲は如何ほどにだよ?」

「え、えっとね、このカードは破壊魔法が込められているの。効果範囲は使用者の意志で拡大縮小できるけど、拡大して使う場合、リザーブしていない魔力も消費するわ」

「有効範囲は例えるならどれくらいだで?」

「一度、突発的に使っちゃって、海原に大きなヘソ……確か、テレビで半径五〇キロメートルの穴だって言ってたわ。あ、勘違いしないように言っておくけど、元々この魔法は、ハオス・アゲハが無機物に憑りついた時の除去魔法だからね!」

 だからこそ、ゼロがロボに意見を求めるのは当然の流れであった。

「ロボ、どう使う?」

「範囲が絞れるなら掘削機のように使うのが確実かと。ですから渦を描くようにして一点に威力を集中させることで、瓦礫を、更にその下にあるジャミング領域に穴を穿てれば効率的なんだなです。予測効果範囲と比較的標高の低い瓦礫位置を算出するぜです。しばしお待ちくださいよ」

 瓦礫の低い位置を狙うのは厚い瓦礫の山よりもエネルギーロスが低く、尚且つ、貫通力を維持したまま奥底を狙えるからであった。

「でも、後ろの敵はどうするの!」

「そいつらは俺がどうにかする! というか俺しか倒せないだろう!」

 執拗に追跡を続ける天の血族の攻撃頻度はなお高まり、モルフォの眼前を黒き炎の矢がまたしても霞めた。

 というのに不思議と恐怖が芽生えなかった。

「また倒したとか怒ってビンタかますか?」

「怒らないしビンタもしない」

 前とは違う。

 モルフォはゼロの事情を知った。

 ゼロもまたモルフォの事情を知ったはずだ。

 ああ、互いに理解し合うとはこのことなのか、モルフォはその片鱗を感じ取った。

「算出完了、ゼロ、そのまま真っ直ぐ飛行してくだされい! モルフォはいつでも使用できるようお願いしますだよ!」

 シールド・ウェポンⅡより出力上がる唸り声が響き、モルフォは更なる加速に舌を噛まぬよう奥歯を噛みしめる。

 つい先ほどまで高所であるのを理由に悲鳴を上げていたはずが、今のモルフォの内に高所へと恐怖心はない。

 ゼロの腕がモルフォを落とさぬようしっかり抱きしめているからか、それともゼロの仮面をかぶったことで勇気を分け与えられたからか、正直よく分からない。

 確かなのは、今のモルフォなら、なんだって出来る。

 一歩踏み出すどころか天まで行けるという湧き上がる可能性、いや希望があった。

「指定ポイント到着! モルフォお願いしますぜ!」

「なら、ゼロくん、手を離して!」

 ロボから座標データがモルフォに転送される。

 バイザー部に映る遥か眼下にある赤い点。この地点だけ他の瓦礫の山と比較して一〇〇メートルも低い。ただし許容誤差は一メートル前後。着弾点がずれればその分、他の瓦礫により威力が減殺される可能性があった。

「いいのか!」

「大丈夫。だって、ゼロくんが受け止めてくるから!」

 モルフォは自らゼロの腕を解き、一瞬の浮遊感を得た後、瓦礫の元へと躍り出た。

 怖いと言えば嘘になる。

 だが仲間たちの支えがあれば空から落ちることも恐れない。

「醒解杖ウェヌス!」

 落下による気流で衣服が擦れる中、モルフォは力強く両手で杖を握りしめた。

 蒼き蝶のイメージを元にデザインされた魔力解放器。

 みんなの笑顔を導く先駆けとなる杖。

 この魔法は、みんなのために――そう信じるモルフォは破壊魔法を宿したカードを取り出した。

 脳内で描くイメージは螺旋描くドリル。如何なる瓦礫であろうと貫き穿つ力の形。

 魔法は心。心を形として解き放つ力。その力を言葉にして叫ぶ。


「烈日の破滅の音よ、響け! アブリタレイトっ!」


 モルフォは叫ぶと同時に杖の先端でカードを叩きつけた。

 カードより蒼き魔方陣が展開。魔方陣の中より顕現した激しく照り付ける太陽のような輝きが螺旋を描きながらモルフォの眼下へと急速に降下していく。

 指定されたポイントに輝く螺旋は吸い込まれるようたどり着く。

 耳目覆う爆発が巨大な渦潮うずしおとなり、瓦礫を呑み込み消し去っていく。

「……ごめんなさい」

 モルフォは眼下の光景にただ謝罪した。

 他に囚われたヒーローの力を、自分たちが先へ進むためにただ破壊した。

 彼らヒーローは取り戻せる可能性を抱いていたとしても、その可能性をモルフォたちが生き残る可能性のために文字通り破壊した。

 謝罪しても謝罪しきれないかもしれない。

 謝るのは偽善かもしれない。

 それでも、謝らなければどこか許されない気がした。

「あ、あれはっ!」

 眩き渦潮が瓦礫を掘削していく中、モルフォは瞠目した。

 ゼロから借り受けた仮面が映像を自動拡大し、奥底にある階段の姿を捉える。

 破壊魔法によりジャミングの源が壊されたのか、ロボからスキャンデータが届けられ、底はすり鉢状になっていることが判明する。

「ロボくん、聞こえる! 階段があった!」

 すぐさま仮面に備え付けられた通信機でロボとの連絡を取った直後だ。

「う、嘘、ハオス・アゲハ!」

 穿たれた瓦礫の奥底より無数の黒き蝶が螺旋を描きながら噴き出てきた。

 今の今まで一匹も目撃しなかったのは、瓦礫の奥底に閉じ込められていたからか。

 理由を知ろうと対抗策になりはしない。

「あ、あれ?」

 咄嗟に身構えるモルフォだが、ハオス・アゲハは敵対者がいようと、まるでいない者として扱うように螺旋を描きながら天へと昇り、そして見えなくなった。

 時間にして五秒。ほんの短い時間だ。

「モルフォ、右に避けろっ!」

 ハオス・アゲハが飛び立った理由を考えるより先に、力強いゼロの叫びが飛んだ。

 モルフォはその声に身体を突き動かす。

 自らを抱きしめるように落下の空気抵抗を減らしたモルフォは急激に感じる風圧の中、真上から放たれた黒き炎の矢を避けきって見せた。

「ゼロブラッド、出力マキシマム!」

 遥か天上からゼロの覇気放つ声が響く。

 背を瓦礫に向けて上空を見上げたモルフォは輝く白き光を見た。

「天に穢れし魂よ、虚無ゼロに還れっ!」

 あの光は消滅の輝き。

 モルフォと相反する力の輝き。

 それでもモルフォにとっては仲間の輝きであり、他でもない自分のために放たれている輝きだと理解できた。

「ゼロッシュメントっ!」

 白き流星となった輝きは三つの人型を貫通する。

 天の血族の四肢が弾き飛ぶ中、最期の力で放たれた黒き炎の矢がゼロの背中に直撃した。

「ゼロくんっ!」

 モルフォは落下する中、叫ぶ。

 だが黒煙の中より現れ出たゼロに傷どころか対消滅の箇所はない。

 代わりにシールド・ウェポンⅡの破片と内蔵されたゼロブラッドが飛散していた。

 シールド・ウェポンⅡはゼロの身代わりとなったのを知り、その身が無事なことにモルフォは安堵する。

「さあ、次の階層に行くぞっ!」

「落下速度計算、着地にかかる時間は――」

 モルフォは力強くゼロの胸板に抱きしめられる。

 仮面の下の素顔を拝見したかったが、先の白き光に目が眩んだことで顔を確認できない。

 チャンスはあると、モルフォは微笑みながらゼロの鎧に顔を埋め、呟くのであった。


 ――ありがとう。ゼロくん……。


 一方で天へと消えたハオス・アゲハの行方が気になった。


 最高につまらない。クソだ。クソが量産されている。

 糞尿クソ喰らえの噴飯ものだ!

 ソファーに座って一部始終を眺めていたタイシスのご機嫌はマイナスの不機嫌だ。

「あああもうなんだよ、そんだよ、こんちくしょーだよ!」

 タイシスは苛立ちのあまり鉄格子をスナック菓子のようにガジガジと貪り喰らう。

「やっぱ、抜き取るんじゃなくって破壊しときゃ良かった! ああ、面倒くさがった自分を喰い殺したい、こいつめ、こいつめ! あべし、ぶべし、ひでぶ、ちばん!」

 罰するように短い前足で自らの顔を何発も殴りつける。

「よしお仕置き終わり! 次だ次!」

 罰し終えたからとタイシスは傷一つない顔で仕切り直す。

「無機物のお陰で、どんどん奧に進みやがって、あ~どうしたものか」

 本来の思惑通りならば、生と死の綱渡りをヒーローたちに行わせる腹積もりであった。

 対抗できる力は残してもあげようと、打破する力を残す気はない。

 失われた力の奪還による歓喜、生存と死の離別と、一喜一憂させるつもりがとんだ番狂わせである。

 タイシスの目論見はロボたる無機物のせいで崩されていた。

「そりゃないなら作るのは基本だけどよ、あ~そうか、無機物だから、バックアップってのがあったか、引き寄せるヒーローは誰も彼も有機物だったから、そこは僕ちん盲点だったわ」

 合点が行こうと納得どころか不満しか湧きあがらない。

 不満は苛立ちに転換し、またしても鉄格子をがじがじとかじり出す。

「あ~ムシャムシャのムシャクシャするな!」

 鉄格子の向こう側にあるベッドで衣擦れの音がする。

「うるさい、ですね」

 ベッドの主は喪服の女性だった。

 カラスの様に漆黒に衣服を纏おうと、女性の頬はこけ、腕は骨の形が浮かび上がれば、声は今に途切れそうなほどか細い。

「ぺっ!」

 ガン飛ばしたタイシスは鉄格子の隙間をすり抜ければ、冷たい床を走り抜け、ベッド脇に置かれたトランシーバーに歯を立てていた。

「ああ、そ、それは……」

 女性から弱弱しい悲鳴が飛ぼうとタイシスには関係ない。

 リスがクルミの殻をかじるように、タイシスは頑丈な前歯でトランシーバーを一欠片も残さず胃に納めていた。

「ふんだ! 順調に進もうと次であいつらは絶望に沈むっての、もう必要ないんだよ!」

 吐き捨てたタイシスは二足歩行でノシノシと鉄格子の隙間をくぐる。

「希望と絶望は比例する。順調に物事が進むほど、失敗した時の絶望感は半端ないのさ、その変化エントロピーこそが最高の旨味になる!」

「そ、それじゃ、彼らはここには来れないの、ですか……」

 喪服の女性の声は身体と共に震えている。

「なら、次の希望を待てばいいだろう!」

 タイシスは酷な現実を突きつけ、鉄格子をヅカヅカ歩きながら後にする。

「そう、ですか」

 悲痛な声は耳障りだが、これから訪れるディナーのためにタイシスは堪えるのであった。


 恐れは望みの後ろからついてくるSpem metus sequiturとある、ならば、その逆も然り――

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