第14話 蝶は決意を羽ばたかせる

 鳶のように旋回するサーフボートからモルフォの苦情がゼロに降り注いでいる。

 集音センサを使わずとも何を言いたいのか、望遠機能で表情を把握できるのだから困ったもの。

 一番に困ったのはオートからマニュアルに切り替えるシステムがゼロから欠落していることだ。

「……ロボ、悪いが今から伝えるコードをシールド・ウェポンⅡに送信してくれ。今の俺にはシールド・ウェポンに対するシステムが欠落している」

「――ゼロからコード譲渡を確認。シールド・ウェポンⅡに送信するぜます」

 コードは無事、届いたようでモルフォを乗せたシールド・ウェポンⅡはゆっくり旋回を繰り返しながら高度を下げ、ホバーリング後、瓦礫に着陸した。

「……それで、二人とも何か言うことは?」

 瓦礫に足裏をつけたモルフォは目尻と口調を鋭くして男二人に問いかけた。

「すまん、忘れていたっ!」

「申し訳ございませんでしたよ!」

 笑って誤魔化すゼロと折り目正しく頭を下げるロボ。

 誠意のないゼロにビンタを今一度叩き込もうかと逡巡するモルフォであるも、シールド・ウェポンⅡなる板切れがなければ激突は免れなかった。

 だが、ゼロの投擲とド忘れが根本的原因なため、モルフォは行き場のない怒りをやはり元凶へとぶつけることにした。

「避けるなっ!」

 残念、モルフォのビンタはゼロに回避される。

「いや、避ける!」

 ゼロは逃げるようにシール・ウェポンⅡなる板切れを盾にして隠れれば、ガチャガチャとやかましい音を立て、裏面に引っかかっていた物を瓦礫の上に放り出していた。

「ともあれ、取り戻せてよかったし、記憶にしっかりと使い方が残ってるのも助かった」

 ゼロはシールド・ウェポンⅡの裏と思しき面に背中を預け、カチと噛み合う音をさせた。

「おお、こいつのシステムは無傷だ。これならあの技が使える!」

 感嘆とした声を上げるゼロがいた。

 モルフォからすれば板切れに背中を預けて喜ぶ不審者にしか見えない。

 あの板切れに激突から救われた経緯があろうとも、忘れられていた事実を忘れられるほどモルフォは大人ではなかった。

「ゼロブラッドがたっぷり充填されているから飛べる」

 女の勘がモルフォにまたしても不安を与えてきた。

「ロボ、敵は?」

「前方に六、右より四……さらに後方から五、確認したぜ、接敵まで残り三分ですだ」

「増えてるし!」

 モルフォの表情が絶句しているに対して、ロボは平坦だった。

「先の戦闘が呼び水となったのでしょだろうよ」

「ならば行うことは一つだな」

「まあそうなりますわな。<ヘイル>はもう使い物になりませんし、致しかないとしても……」

 擱座した<ヘイル>に歩み寄ったロボは五指で装板を引き剥がす。

 どうやら使えそうな部品を探しているようだ。

「ふむおう、このミニガンは使えそうだな」

 えぐり出すように<ヘイル>から取り出したのはミニガン。

 束ねられた複数の銃身をモーターの力で超高速回転させ、弾薬を送り込み撃ち出させるガトリングガンの一種。

 ガトリングガンを小銃弾サイズにスケールダウンした小型軽量版。

 ミニとつこうと重量は二〇キログラムを超え、人ではなく航空機で使用されている。

 一秒間に一〇〇発と速射性が異常なほど高く、生身の人間が被弾すれば痛みを感じる前に死んでしまうほど。

 それがオリジナルのミニガンであるが、ロボが持つミニガンは違っていた。

 複数の銃身が束ねられている共通点があろうと、ただ一見しておもちゃと思えるほど超小型で、弾薬を送り込む給弾ベルトはなく、モーターなどが内蔵された部位は缶ジュースより小さい。

「これはコンデンサですなんだ。つまり実体弾ではなくビームを放つタイプなんだよです。まあ、小さくても威力、連射力は折り紙付きなんだですよだ」

 ゼロの疑問を読むようにロボは答えを返す。

 ただ実体弾ではなく、小型化された携行式光学兵装なのは次の行動を踏まえれば大助かりである。

「ロボ、接敵まで後どれくらいだ?」

「残り一分」

 目視で確認できるまでに敵は近くまで迫っている。

「よし、ならよ!」

 亀の甲羅のようにサーフボードを背負ったゼロは、瓦礫に足をひっかけることなく、モルフォとロボの腰に手を回しては背後から抱き寄せた。

「今度は何よ!」

 異性から抱き寄せられるなりモルフォはゼロを睨みつけてきた。

 異性からの抱きつきであるため心拍数は上昇するが、モルフォの現状では利用された不満と未知への緊張が生んだものである。

「意外と軽いな」

「平均並みよ!」

「ロボのこと、言ってんだがな?」

「超分子結合素材のお陰で従来と比較して重さは半分以下なんだなこれがです」

「比較対象ないから、俺には分からないっての」

「では比較データを転送するぜします」

「それは後でいいから、索敵と弾幕のほうを頼む」

「ぐぬぬぬぬっ!」

 男二人はモルフォを蚊帳の外にしてデータリンクでなにやら行っている。

 何度目の蚊帳の外だろうか、モルフォは歯噛みしながらも数えるのを止めていた。

「発進!」

 モルフォとロボを抱きかかえたゼロの言葉にて板切れの尾より火が噴き、瞬く間に瓦礫から水平に遠ざかった。

 と思えば徐々に傾き、一定の高度を維持しながら水平に移動を開始する。

「二人も抱えて飛べるの!」

「シールド・ウェポンⅡは長距離航行用のゼロブラッド増幅兵装だ。こうした長い移動には便利だぞ」

 気づけばモルフォはゼロの首に両手を回して落ちぬようしがみついていた。

 異性に抱きついているに関わらず、胸の高鳴りはなく、あるのはまた落ちるのかという落下への恐怖だった。

「大丈夫だって、何回も上空からの急降下で助けたことがあるし落としたこともないぞ」

「本当でしょうね!」

「助けた相手が錯乱して暴れたせいで落ちたことはあるがな」

 不安を煽って来たゼロ。

 モルフォは暴れずにいれば落下の心配はないと冷静になりながら自分を落ち着かせた。

「けど、やっぱり高いのは無理!」

 モルフォはゼロに抱きつく力をなお込める。

 高度何メートル、なんて報告、耳を塞いで聞きたくない。

 実際に耳を塞ぐのは手を使うため、結果として落ちてしまう。

 だから万が一知ろうと堪え続けるしかなかった。

「ロボ、周辺に階段はあるか?」

「……サーチしましたがよ、どこもかしこも瓦礫の山なんだなです。加えて、先より強いジャミング発する機材があるようで所々サーチが妨害されているますな」

 仮面越しの苛立ちをモルフォはゼロから感じ取る。

 間近にあるゼロの仮面。

 異性の顔が間近にあるというのに飛行による心拍数しか上昇しない。

「階段のかの字もないとなると……モルフォ!」

「な、なに、ぬあにっ!」

 ゼロの突然の呼びかけにモルフォは舌を絡ませた。

 訂正、舌を噛んでしまった。

「なにやってんだ、お前?」

「う、うるしゃい」

 モルフォは痛む舌先で辛うじて反論するも強がりにすらならなかった。

「無線機で交信はできないのか?」

「あ、そうか、第四階層まで行ったのなら……」

「瓦礫世界のどこに次の階層への階段があるか知っているはずだ」

 頷くよりも早く期待に駆られたモルフォは、ポーチから通信機を取り出した。

 周波数を操作して発信される通信波を拾おうとするが一向に繋がらない。

「さっぱり」

「だめだ、この魔法少女(笑)」

 モルフォはゼロに仮面の下から鼻先で笑われた気がした。

 通信が繋がらないのはモルフォのせいだとされるのは、どこか癪に来る。

「もしかしたらよ……」

 ふとロボが含みある音声を出力した。

「お二方、この世界に足を踏み入れた時の通信を思い出してみてくれよださい」

「え~っと確か……」

 モルフォは思い出すために記憶の回廊へと足を踏み入れた。

 この瓦礫世界は、各宇宙から引き寄せられたヒーローたち装備品の捨て場所。

 奪われた力がどこかにあろうと、それは敵対する者を引き寄せてしまう。

「違う、違う!」

 モルフォは頭を振るえば、記憶を一歩手前まで巻き戻す。

 この瓦礫世界はヒーローたち装備品の捨て場所。

「そうか、塵も積もれば山となる!」

 第一階層から第二階層まで如何にして移動したか、モルフォは思い出す。

 次階層へと進むには階段を降る必要がある。

 捨て続けているならば、自ずと降り積もり、瓦礫の世界を形成するに至ったはずだ。

「そうだですよ。ならば、第三階層への階段は瓦礫の奥下に埋もれている可能性が高いよです」

「この下……」

 モルフォはロボの発言に誘われる形で、うっかり眼下の瓦礫世界を見下ろしてしまった。

「ひ、ひいいいいいいいっ!」

 猫のような叫び声を上げてたモルフォは全身の産毛を逆立たせ、ゼロの身体に力強く抱きついてしまう。

「さて、どう穴を掘るかね」

「サーチしてみたがよ、深度一〇〇メートルから先は広範囲でジャミングが施されているから、正確な数値は測定できませんでしたぜ」

 悲鳴を上げるモルフォをゼロとロボはさほど気にする様子はなかった。

「ゆっくりと手がかりを探す時間はなさそうですし……はい、接近警報」

 ロボより警告音声が発せられた。

「同高度後方よりこちらと同速度で接近する機影あり。数は三。データを転送します」

「データを確認した。ちぃ、よりにもよってこいつらかよ」

 ゼロの舌打ちから後方より接近する敵の正体がモルフォは読めた。

「バサバサとはためかせやがって、鷹か鷲か、あれはクワガタか?」

 敵襲にて我を取り戻したモルフォは下を見ぬよう後方を見た。

 距離がまだあるため、人型の輪郭が近づいている。

 正確な姿は捉えられずとも人型と異なる点、つまり翼や羽らしき部位があるのを発見する。

「もしかして天の血族! 嘘、あれって空も飛べたの!」

「あいつらはあらゆる動植物の遺伝子を組み込んだ種だって説明しただろう!」

 ゼロの一喝にたった今思い出したモルフォは口を噤んだ。

「どうするのよ?」

「どうするって、俺一人だけならシールド・ウェポンⅡのお陰で空中でも戦えるが、お前たち二人を降ろすわけにはいかないだろう」

 敵との相対距離はなお縮まっているとロボが報告してくる。

 このままでは空中戦となるが、仲間二人を文字通り抱えているゼロには不利しかないのはモルフォでも安易に把握出来た。

「おおっと!」

 後方から突き刺すような黒き炎が矢のように飛んで来るもゼロは左右に揺れるような動きで難なく回避する。

 一度や二度ではなく、九、一〇と連続して黒き炎は放たれ続け、その度にゼロは右に左にと回避運動を取る。

「弾道計算は任せてください。弾道を予測して適切な回避ルートを算出します。後、ついでに弾幕も忘れないぜです」

 着弾回避にはロボの弾道計算が関わっていた。

 タイミングを見計らうように、ロボは手に持つミニガンからぶつ切りのビームを放ち、敵を牽制する。

 後方より迫る敵群は放たれたビームの群れを散開して回避すれば、応射の矢を放ってきた。

「ひゃああああああっ!」

 モルフォの眼下を黒き炎の矢が通り過ぎるなり、情けない悲鳴を上げる。

「あ~くそ、あいつら、狙いが正確さを増してやがる!」

「なんて適応力!」

 苛立ちのゼロ、驚嘆のロボだが、モルフォが抱くのは怖気だ。

 ロボが果敢にミニガンで弾幕を張ろうと、発射から着弾までのラグを完全に見切ったのか、先と打って変わりゆっくりとした動きで回避運動に入っている。

「これじゃじり貧だ!」

「次に降りる階段の位置が分からない以上、この状態が続くのは好ましくねえよです」

 今打てる手を打ち続けようと、過程が最良であって結果が最悪に至る危険性がある。

 どこかしらで状況を好転させる手を打たなければ、討たれるのは自分たちだ。

「逃げ続けるのはいいけど……」

「ああ、上空の騒ぎを聞きつけて、敵がわんさかと飛んでくるだろうな」

 モルフォはケーキに群がる蟻の大軍を想像してしまい、脇下に冷や汗を流した。

「今の俺私の装備では弾幕は張れても狙撃は無理だよです」

「さっき使ったハンドガンはダメなのか?」

「あれは中距離用なんだよです。遠距離用のバレル装備すれば可能だけどよ、限られた素材の中では精一杯の一品ですよぜ」

 いくら無限に弾を撃てようと、届かなければ意味がない。

「あいつら、こっちに対抗手段が乏しいと気づいたな!」

 後方より放たれる黒き炎の矢が頻度と密度を増していく。

 比例してゼロの回避運動もまた複雑さを増していく。

 ロボが時折弾幕を張ろうと、天の血族たちの攻撃を半歩遅らせる程度しかない。

 尚且つ、黒き炎の矢と衝突したビームは貫かれる形で瞬く間に消失、撃ち負けていた。

「予測していましたけどが、あの天の血族からすれば豆鉄砲以下ですかよ」

「光学兵器なら辛うじて追い払える。といっても傷口を焼き塞いでユニブラッドの汚染を塞ぐ面が強いがな」

「これならよ<ヘイル>からもうちっと強い武器、探しとけばよかったぜです」

 ロボは悔恨の念を零す。

 ミニガンを選択したのは、携行に適して軽量であり対空性能として申し分ないからだ。

 当然、ロボは状況に対して最適な解を選んだに過ぎず、後方より迫る天の血族が非常識の死神すぎただけである。

 ならばこそ、次なる手は誰かなど一人しかいなかった。

「モルフォ、魔法でどうにかでないかですか?」

「魔法でって……分かった、何とかする!」

 ただ掴まれ、運ばれるだけのお荷物で終わりたくない。

 解放器である杖を回収できたお陰で枚数は少なかろうと、魔法を十全に発揮できる。

 多かろう少なかろうの関係はない。

 如何なる時、如何なる状況下で適切なカードを使用するか。

 ただ同じ魔法をもう一度するには、魔力が解放されたことで空っぽとなったカードに再度、魔力を充填させる必要がある。

 効果と威力の高い魔法ほど再充填に時間を有することから、二度目はないと覚悟しなければならない。

「けど、問題があるの!」

 ゼロとロボが気軽に行えて、モルフォには決して行えない文明の格差。

「なんだ!」

「私は二人と違ってデータリンクなんてものできないから、敵の動きとか距離、それがさっぱり分からないの」

 文明格差によりデータリンクを行う端末をモルフォは所持していない。

 蚊帳の外に陥りやすい原因は繋がっていないことが原因であるが、それでも仲間としての繋がりはあると思っている。

「音声で伝えたとしてもモルフォが正確に把握できぬ可能性の方が高いですよな」

 遠まわしにロボから、おバカと機械的に指摘されたモルフォは心の中で泣きそうになった。

「なら、どうするの!」

「あ、そっか、こうすりゃいいのか」

 壁にぶつかったモルフォに閃いたゼロが、自分の兜をすぽっと抜き取り、かぽっとモルフォにかぶせてきた。

「な、なにっ!」

 唐突な視界暗転にモルフォは戸惑うも兜は横へと回されたことで視界は回復した。

「兜を脱ぐなど、確かにこの発想には脱帽だです」

 モルフォはフルフェイスヘルメットをかぶせられたのだが、かぶせられた感覚を抱かぬほどフィット感がある。

(すんすん……臭い、ないわね)

 うっかりヘルメット内の残り香をかいてしまうも、汗の一つも感じなかった。

 男という生き物は体臭がないのか、それとも消臭するシステムがあるのかモルフォには分からなかった。

「な、なにこれ、うわ、沢山なにか映ってる!」

 モルフォの眼前にあらゆる各種データが表示された。

 敵との距離、現在の高度、敵の種類、果ては予測行動パターンや敵攻撃の予測軌道など。

「これがゼロくんの見ている世界……」

 網膜に投影されたデータは文明が違う故、モルフォは詳細と仕組みを把握できない。

 ふと仮面に隠されたゼロの素顔が気になった。

 残念にもヘルメットの視界確保のスペースから首元までしか確認できず、これ以上はモルフォの首が限界だった。

「ロボ、モルフォのフォローは頼む! こっちはどうにか飛んでみる!」

「任せてくれださいされ!」

「モルフォ、少々揺れるが我慢しろよ」

 それはモルフォに託すという声音。

 ゼロから託された。

 消滅する力と救済の力。

 相反する力ゆえにモルフォは一度ゼロの力を否定した。

 否定しようとゼロは名の通り全く気にせず、魔法笑女なのに魔法少女(笑)と一笑に付せば、気にしていることをズケズケとストレートで言ってきた。

 認めない、気に入らない、むかつく、女としてどこかこの男を信頼できない。

 当初はそうだったが、今ではどこか無意識のうちに背中を預けられる感覚を抱いていた。

 男だからでもない。相反する力を持つからでもない。

 同じヒーローだから。

 この理由が一番モルフォにすっと馴染んだ。

「実は二人とも黙っていたことがあるの」

 だからこそモルフォは今ここで打ち明ける。

 本来ならば使わずに済みたい魔法。

 使えば広範囲に被害を撒き散らす迷惑極まりない危険な魔法のカードについて。

「カードの一枚はね……」

 次なる言葉がモルフォの喉に閊えて口から出ない。

 それでも信じてくれる仲間に心の内を開いた。

「……破壊魔法なの」

 救うはずの魔法笑女が矛盾する破壊の力を持っていることに疑問と軽蔑を抱くだろう。

「お約束でそれかよ」

「まあ、表情からして、説明しない辺り大方予測していたがよです」

 ところがモルフォの心情と裏腹に、男二人は口では呆れていようとどこか受け入れていた。

「わ、笑わないの? 救うのに破壊とか、矛盾だとか、おかしいとか言わないの?」

「いわね~っての、というかそんな便利な魔法あるならとっと出せ、魔法少女(笑)!」

 モルフォの葛藤など知ったことかとゼロから罵倒された。

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