第13話 蝶は高く飛び、そして落ちる

「接近警報、上空より高速で接近する物体ありだ――この反応はイノベイター……そ、それに<ヘイル>だと!」

 ロボの驚愕音声を上書きするのは空を揺るがす爆音。

 ジェットエンジン特有の爆音であり、モルフォが顔を上げれば、第一に目につくのが戦闘機の翼を持つ戦車だった。

 第二に目がつくのは中央部に搭乗するのが、絵に描いたような中間管理職の中年サラリーマン。

 頭髪寂しく、上司と部下の板挟みにより生じた顔の皺、疲労溜まった死んだ魚の目をしている。

 完全週休二日制など程遠く、始発だろうと満員電車に揺られ押されて出社、上司から無理難題を受けては、失敗した部下をフォロー、取り引き先を何件も梯子しようやく退勤しようと、帰り着くのは自宅ではなく会社近くのカプセルホテル。その姿は否応にも哀愁を誘う。

 手に鞄さえあれば完璧なのだろうが、生憎、手に持つのは重火器。

 六本の銃身が円状に束ねられた重火器を眼下のモルフォたちへ向け、銃身が回転した後、銃弾の驟雨が放たれた。

「あれもイノベイターかよ! 見た目まんま人間じゃないか!」

 降り注ぐ銃弾の雨嵐をモルフォ抱えたゼロが叫びながら走り続ける。

 激しく瓦礫の上を走るゼロに抱えられたモルフォは、改めてイノベイターを見上げるも本当に人間にしか見えない。

 正確にはゼロやロボのように望遠機能を持たぬモルフォは、それなりの高度にサラリーマンの輪郭を視認しただけであった。

「おうはい、イノベイターだです。データリンクで確認できるはずだぜす」

 ゼロの隣を並走するロボが律儀に答えた。

 モルフォにデータリンク機能という情報を共有する機能などないので現状を正確に把握できなかった。

「しかも、よりによって人類軍うちの装備を使いやがって! 使用料払いやがれ!」

「あの戦車に翼生えたのお前のところの装備なのか?」

「あれは<ヘイル>! ニアロイド専用強襲砲撃アームドモジュール! 戦闘機の機動性、大火力による殲滅、戦艦並みに増幅されたエネルギー出力により、ヘイルのように全身に内蔵された砲弾を敵に降らすローリスク・ハイリターンの兵装なんだ――ただよ!」

 ロボから送信される<ヘイル>のデータと空飛ぶ<ヘイル>とでは外見がマッチしなかった。

「あ~くそ、なに改造してんだゴラ!」

 冷静さあるロボから粗野な苛立ちが飛ぶ。

 意外な一面に驚くのは状況が許さない。

「本来の<ヘイル>は地上戦用特化だぞ! それを側面にジェットエンジンを取り付けて航空戦力に変貌させやがった!」

 降り注ぐのは銃弾から爆弾に様変わり。

 背後で派手な爆炎が上がる度、ロボからもまた爆発した怒りが飛び出している。

「物騒な力を奪われたもんだな!」

「さて、どう対処しようか!」

 現状、逃げ続け、走り続けるしかない。

 弾切れを期待しようと、敵に改造を施された<ヘイル>には弾薬を機体内部で製造する機構が組み込まれているようだ。

 ロボのライブラリデータに保存された弾薬の積載量と消費された弾薬の数が不一致とのデータがゼロに送信されていた。

「ったく、くたびれた顔で活き活きとバラまきやがって!」

 悪態つくゼロだが走るのを止めない、止まらない。

 止まれば即ち的となる。

 ただ、砲撃の嵐から逃げ続けるゼロとロボに緊張感など皆無だった。

 モルフォは逆に緊張と揺れの連続であり、ゼロが瓦礫を飛び越えて着地する度に発生する揺れが、言語化してはいけない物を腹の下から強制的に誘発させていく。

「どうする? 戦うか? それとも逃げるか?」

「逃げるのが最適ですが相手は空を飛んでいます。どこまでも追いかけてくるでしょう」

 制空権は握られている。飛行できない以上、不利は否めない。

 何より常人と比較して身体能力が高かろうと、飛行する敵から逃げられるなど不可能だ。

 もっともモルフォには被弾よりも内部からの炸裂が危険領域だった。

「対空ミサイルとかないのか!」

「あるんならとっくにぶっぱなしとるわ!」

 ロボは苛立ちを声に晒すのに対して、モルフォは胃の中身を外へと晒しそうだ。

「そうだ!」

 ゼロが閃きで口を開いたのと、モルフォが口を抑えたのは同時であった。

(嫌な予感……――っ!)

 女の勘がゼロの閃きに不安を直撃させるよりも先に後方が爆発。衝撃が瓦礫を舞い上げれば、空気を叩く破裂音がモルフォ担ぐゼロの身体を浮き上がらせる。

「な、なによ、今の!」

 この着弾が女の勘を瓦礫と共に消し飛ばした。

 お陰で内なる爆弾は炸裂せずに済んだ。

「レールガンだよ! イノベイターは基本兵装として口内にレールガン発射機構を隠し持っていますんだ!」

「着弾音が遅れて聞こえたのはそのためか!」

「弾速は極音速ですだがよ、レールガンの構造上、次弾発射までのタイムラグがあるし、狙いが正確すぎるから弾道予測は容易く可能なんだです!」

「え~なに、よく聞こえない!」

 ゼロとロボは通信リンクで音声をやりとりしているようだが、モルフォに通信デバイスなどない。

 だから、いくら叫び問おうとモルフォの声はレールガンの着弾に上書きされた。

「モルフォ!」

 きゃっとの悲鳴を上げる暇もなく、モルフォは宙に投げ出されるも抱きかかえる形でゼロの元へに帰還していた。

 夢見たお姫様だっこであるが、残念、堪能する状況は上空の敵が許してくれない。

「上、上っ!」

 イノベイターは口の中より砲口を露出させたまま、<ヘイル>や手に持つ重火器より砲弾を雹の如くばら撒いてくる。

「大盤振る舞いすぎるだろう!」

「むっ、怪獣及び天の血族の接近を確認!」

 ロボとのデータリンクで各方向から接近をゼロは確認する。

 着弾音が引き寄せる呼び水となったのは当然の流れか。

「おいおい、怪獣六に天の血族四とかきついぞ!」

 データリンクできないモルフォにとって敵との距離が把握できないのは痛かった。

「この流れだとハオスリアも出そう……」

「言うな、縁起でもない! って、俺も人のこと言えないか!」

 ほんの数分前、レーザー衛星を発したばかりだ。

 言葉は言霊。

 良いことを発すれば良いことが起り、悪いことを発すれば悪いことが起るとされた。

 ゼロの敵は天の血族、ロボの敵はイノベイター。

 モルフォの敵であるハオス・アゲハとハオスリアが一度も現れてない以上、出現を予期するのは良かろうと、実際に現れたならばこの場は文字通り混沌と化すことが安易に見えていた。

 いつの時代、如何なる状況でも不吉な予測は歓迎されないものだ。

「ロボ、接近している敵との接触時間は!」

「猛スピードで移動しているため、今より五分後にまとめて接触するってのです。後ですね、それ以上のスピードで接近する熱源あり。識別は不明です。こちらは三分後に接触するぜです!」

 ロボのデータにないならば十中八九、今一度たりとも交戦のなかったハオスリアである可能性があった。

「モルフォ、頼みがある!」

 女の第六感が不吉な結末を案じさせた。

「まずは上からバカみたいにバカスカ撃って来るバカを落とすぞ!」

「どうやって! 私、空なんて飛べないよ!」

 飛行魔法のカードは手元にはない。

「ああ、俺も飛べない。だが――飛ばすことはできる!」

 言っている意味をモルフォはさっぱり分からないが、仮面越しであろうとゼロの企む表情が不思議と透過できた。

「仰角、敵飛行高度及び速度、予測位置算出終了!」

「まさか――っ!」

 モルフォが気づいたのはロボから「データ転送終了」との音声が出力された後であった。

 身体が加速を感じるより先にモルフォはカードケースからモルフォカードを咄嗟に取り出し叫ぶ。

「わ、我と彼の者、その位置を入れ替えよ、ち、チェンジ!」

 その効果は己と対象者の位置を入れ替える空間座標交換魔法。

 本来の用途はハオスリアに囚われかけた者との位置を入れ替えることで救出する。

 使用者であるモルフォが敵の眼前に晒される危険があるため使い所の難しいトリッキーなカードである。

 利点を上げるとすれば、効果の割に魔力充填が早く、二秒の時さえあれば再使用可能な点であった。

「あ、間違えた!」

 遥か眼下にゼロを見下ろすモルフォは交換対象を間違えたと知る。

 本来なら、高く舞い上げられたモルフォと瓦礫にいるゼロを入れ替えるつもりであった。

 咄嗟の使用故、空のイノベーターとモルフォの位置を入れ替えている。

<ヘイル>搭乗のサラリーマンは転移を把握することなどできはせず、瓦礫に真正面から激突、損傷したジェットエンジンより漏れた燃料が引火し爆発を引き起こしていた。

「よし、おもわ――げほん! 計算通り来たっ!」

 ゼロのガッツポーズにモルフォは一人利用されたのを知る。

 一発ビンタを叩き込んでやろうと拳を握りしめるも、叩くべき対象は遥か眼下。

 現在進行形で落下中であった。

「た、助けてっ!」

「後でな!」

 救出の手は届かず、無情にもゼロの声だけが届けられる。

「今だ、かかれっ!」

 周囲が炎上しようと装甲の頑丈さに物を言わせて突撃するのはゼロとロボ。

 先の激突と炎上で<ヘイル>は航行不能となったのか、搭乗部からイノベイターが有機細胞である皮膚を爛れさせながら炎の中より立ち上がる。

 金属質な頭蓋骨を曝け出そうと構わず、赤い目を不気味に光らせながら重火器を構える。

 モルフォにとって今は構えるべきは万が一を想定した身構えだった。

「おりゃっ!」

 回転する銃身より無数の銃弾が放たれるより先にゼロの踵落としが銃身をへし折った。

 イノベイターは口部より銀色に輝く銃口を曝け出して光を集わせる。

 レールガンの発射口であり、狙いは重火器をへし折ったゼロ。

 骨やら気力がへし折られそうなのはモルフォだ。

「させまるかよって!」

 ロボの右ストレートがイノベイターの口内に突き入れられ、後頭部までのバイパスを穿つ。

 当然、人間ならば死に至ろうと相手はアンドロイド。バイパス一つで死ぬはずもないイノベイターはスーツの胸元を引き裂いて胸部より肋骨状の銀色フレームを露出させた。

 一本、一本が鋭利な刃物であり、口内に右腕を突っ込んだままのロボへと迫る。

 モルフォに迫るのは瓦礫の山。あと何秒、あと何メートルなど目視では測りきれない。

「人間を拘束して持ち帰るタイプのようだがですが、その程度で――」

 ロボは足元の瓦礫に左腕を突き入れれば、刀剣を引きずり出す。

 簡素な装飾が施された西洋刀剣を機械の五指で握りしめる。

「ニアロイドと同等互角の能力を持つ指揮官コマンダー型ならいざ知らず、鹵獲ハーベスター型程度で苦戦する私ではありません」

 ロボは握りしめた刀剣を振るい、肋骨状の刃物を残らず切り飛ばした。

「適当に掴んだのですが、なかなかの切れ味のようで」

 刀剣を投げ捨てたロボは腰椎部にマウントしたハンドガンを握り、銃口を展開させる。

 モルフォを追跡する際、撃ちまくったロケットランチャーの残骸より再構築された武器。

 実体弾のみであるが、エネルギー変換により多種多様の銃弾を放つことができた。

 落下中のモルフォはテレビでは放送できない自主規制が、その身によって展開されそうであった。

「ではさようなら」

 ハンドガンの銃口から放たれた銃弾は、音と火花で彩りながらイノベイターをハチの巣とする。

 ハチの巣ではなく、ミンチなのは想像したくないのにモルフォは想像してしまった。

「お、なかなかよさげじゃないか、その銃」

 ゼロはロボに賛辞を送ながら、壊れたラジオのようになお動くイノベイターの四肢を手刀でへし折っては最期のとどめにと背骨らしきフレームを蹴り砕いて瓦礫の仲間入りにさせる。

 瓦礫に仲間入りという激突が起りそうなのはモルフォなのだが、男たちは忘れている。

「おうええい、思っていた以上の性能だよです。残念にも変換ユニットが実体弾用なので、光学兵装に変換できないのが惜しいですが、この状況だよです、贅沢は言わないね」

 本当に贅沢は言わないので最低でも思い出して欲しい。

 だが、その願いすらモルフォは叶わない。

「どんな弾でも出せるのか?」

「貫通、爆発、散弾とお任せ――あっ!」

「あっ!」

 男二人の肉声と音声が見事にシンクロしたのはモルフォが瓦礫に激突する直前だった。

 このマヌケな声からして今の今まで忘れていたときた。

「このおバカかあああああああああああああああああああああっ!」

 瓦礫に激突する間際、口約束であろうと反故にしたゼロをモルフォは罵倒する。

 生き残ったら張り倒してやると意気込むモルフォは、真下から滑り込む物体により瓦礫との激突を免れた。

「な、なによ、今度はっ!」

 狼狽し、困惑する。

 手の平より伝わるのは金属の硬さと冷たさ。冷静さを取り戻させるのは正面から全身を叩きつける風。落下速度など比較にならぬ飛行速度で移動する物体は後尾に金属翼の生えたサーフボードだった。

 モルフォはしがみ付くのが精一杯なので、詳細を確認する余裕などなかった。

「あ、あれはシールド・ウェポン!」

 ゼロの驚く声がモルフォの眼下からした。

「シールド・ウェポン? あれがゼロの奪われた力ですかよ?」

「ああ、ゼロブラッド増幅兵装だ。あの形状は長距離航行型のシールド・ウェポンⅡか!」

「どうでもいいから、降ろして~っ!」

 このサーフボードの正体がなんであろうとモルフォの意志を無視してゼロを中心に上空で旋回を続けている。

 振り落されることはないが、降ろされることもない。

 この上から瓦礫立つゼロに蹴りを入れようと企むも、安易に避けられるのが火を見るよりも明らかなのと、高いところが苦手なお陰でモルフォは板切れの上から叫ぶしか出来なかった。

「降ろして~!」

 大切なことなので今一度、モルフォは叫んだ。

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