第12話 未だ蝶は輪に入れず

 モルフォは虫かごに放り込まれ、全身を揺さぶられたような衝撃を味わった。


「うっ……うっ、はっ!」

 唐突に夢から覚めるようにモルフォが瞼を開けば、眼前に白銀の壁が大写しとなる。

「おう、目覚めたか?」

 腹部辺りから知ったゼロの声が届く。

 起き上がろうとしたモルフォだが、全身は閉所に押し込まれたように身じろぎが行えない。

「動くなって、まあ動けない、が正しいだろうな」

「あ、そうか……」

 モルフォは唯一自由に動かせる眼球でどうにか状況を把握する。

 雪崩に呑み込まれたように、その身体は今大量の瓦礫に埋もれている。

 ゼロが覆いかぶさる形で屋根代わりになってスペースを作っていなければ、今頃モルフォは瓦礫に圧し潰され、窒息していただろう。

「お~い、ロボ、生きてるか? おう、無事か。ああ、こっちもモルフォ共々、埋もれているけど無事だ」

 安否確認のためゼロはロボとテレパシーのような通信を行っている。

(なんか危ない独り言呟いている人に思えてきた……)

 失礼極まりないのは重々承知している。

 もし技術が進歩して、電話を携帯できるようになれば、道行く誰もが独り言のように通話を行うようになるのは想像に難くない。

(学校の校則でもポケベルは持ち込み禁止だし、その電話も同じになりそう)

 ポケベルとて授業中に鳴り響けば授業は中断され没収。モルフォの通う学校では反省文が待ち構えている。

 携帯する電話も同じ規則に当てはめられそうだ。

「かなり深く埋まっちまったな」

「あれ、ミサイル、よね?」

 空を駆ける一条の流星群、血相を変えて駆けだしたゼロとロボ、大規模な爆発からして当てはまるカテゴリーは一つしかない。

「ああ、下手に通信波出したから居場所を特定――ロボ? ああ、モルフォに聞こえるようオープンにするわ」

 ノイズが一鳴きすれば、ゼロの兜からロボの声が聞こえだした。

『二人とも無事で何より』

「ロボくん、大丈夫なの?」

『はいおう、二人の右側より一〇メートル先に同じく埋もれているな、けど、舞い上げられた瓦礫に絡まっちゃまって、動きが取れねえんです。もう棒きれみたいなのが脚の関節に嵌って、どうにか圧し折ろうとしているところなんだよ』

「あ~機械だからか……」

 モルフォは今一度、ニアロイドは人間と違うのだと痛感する。

『なにしろ、車両に変形するボディだからよ、フレームの関係上、可動範囲が多いのよです』

「悪い、ロボ、俺のせいだ」

『いや、これはゼロのせいじゃないなです。着弾時間と軌道から計算しても、待ち伏せされていたようですだ』

 第二階層への入り口は一つしかないのならば、格好の的である。

 第二波が放たれない辺り、敵は攻撃に成功したと思い込んでいる可能性が高い。

『どうやらこの近辺の瓦礫に妨害電波を垂れ流している物が埋もれているみたいだな、お陰で隠蔽に役立ってるだです』

「量子通信じゃなければ通信できなかったな――ともあれ!」

 一区切り入れるように通話を切ったゼロは全身に力を籠める。

 連動して覆い被さる周囲の瓦礫から音が軋み出した。

「モルフォ、ちょっと我慢してろよ、ふんぬっ!」

 全身から溢れんばかりの気張るような声をゼロが発したと同時、アーマーのラインが明滅する。

 確か、あのラインはエネルギーの通路だと説明されたのをモルフォは思い出す。

「どりゃあああああっ!」

 覆い被さる瓦礫をゼロは抱え上げるように持ち上げた。

「モルフォ、動けるか!」

「あ、うんっ!」

 モルフォはすり鉢状となった瓦礫の坂を手足を使って駆けのぼり、脱出した。

「ほらよっと!」

 ゼロはモルフォが穴より脱出したのを確認すれば、明後日の方向に抱え上げた瓦礫を放り投げていた。

「さてと、ロボは、どこだ~?」

『あ~ゼロの左手から一〇メートル先だよです』

 オープンとなった通信からロボが現在地を知らせてきた。

「ここら、辺かな?」

 一〇メートルほど歩いた箇所に、見覚えのある右脚が足裏を見せつけるように生えている。

「よっと!」

 ゼロは大根でも引き抜く要領で、灰色の右脚を掴めば軽々と引き抜いていた。

「た、助かったぜです、ゼロ」

 逆さづりとなったロボから安堵の声が漏れる。

 見れば左脚関節部に、棒切れが入り込み、可動を妨げている。

「この棒切れのせいで動くに動けなかったんだよです」

 忌々しさを漏らすロボは関節部に入り込んだ棒切れを抜き取り、苛立ちぶつけんとばかり両手で圧し折らんとする。

「んっ~なんて頑丈な!」

 だが、割と本気で折りにかかるも棒切れは、亀裂どころかしなりもしない。

「ああああ、それっ!」

 モルフォがロボの持つ棒切れに歓喜と驚愕を織り交ぜた悲鳴をあげる。

「だめええええ、それ折っちゃだめええええええっ!」

 瓦礫に足をとられようと、血相を変えたモルフォはロボから棒切れを取り上げんとした。

「返して、それ私の杖! 大切な杖だから!」

 ただロボの握力は強く、モルフォは全身を使って棒切れ――基、杖を取り返さんとする。

「はい」

「きゃっ!」

 状況を把握したロボは素直に手を離すも、突然手を離されたモルフォは勢いのまま瓦礫の上に倒れこんでしまった。

「あああ、醒解杖かくかいじょうウェヌス、こんなところにあったなんてっ!」

 即座に起き上がったモルフォは、棒切れを抱きしめながら感涙にむせぶ。

 あたかも今生の別れをした半身と再会したような嬉しさときた。

「これで魔法を完全解放できる~使える~!」

「まあ、結果、オーライか?」

「ですな~」

 戦力が限られている状況下、とんだ幸運である。

「この手のものだと魔法で作られた杖だから折れなかったんだろうな」

「割と本気で折りかけたんだけどよ、あれぐらいなら鈍器としても充分使える強度だですぞ」

 男二人の物騒な会話をモルフォは聞き逃さなかった。

「この杖は魔法を開放するために使うの! ドラマみたいな鈍器扱いしないで!」

 鈍器では証明としてモルフォが杖を振るえば、先端に蒼き光が集い、片翼の蝶が露わとなった。

「お~まるで杖の先から花を出す手品みたいだな」

「同意だなこれがです」

 魔法を手品扱いされたモルフォはきつくゼロとロボを睨みつけた。

「そう睨むな睨むな、可愛い顔が台無しだぞ」

「そうだぜです。魔法笑女なんですから、笑顔、笑顔」

 なだめすかしてくる男二人にモルフォが次に出すのはため息だ。

「……もう行きましょう。留まっていたらまたミサイル撃ち込まれそうだし」

 モルフォは杖を縮小させてポーチにしまいながら提案する。

「ミサイルの次はレーザー衛星でも来そうだな、もう」

「超低確率で起こりそうだから困るんだですよな」

「本当に起こりそうだから止めて……」

 言の葉には言の魂が宿るとある。

 雨が降ると口にすれば雨が降ったように、レーザー衛星が冗談抜きで降りかねなかった。


「ロボ、突然だが、しりとりしようぜ」

「オチが見えているので構いませんぜ」

 またしても蚊帳の外だとモルフォは痛感した。

 馴染もうと一歩進みたくとも、気まずさが躊躇を生み、輪へ入るのを阻止してくる。

 加えて今は瓦礫の山登り。敵が迫っているから自然と勇み足になる。

 登って降りて、登って降りての繰り返し。

 徘徊する敵と遭遇しないようにロボが適切な回避ルートの算出を行ってくれているようだが、歩き続けるだけで体力は消耗していく。

 というのに、男二人は余裕でしりとりときた。

「まずおれからだ……ゼロ」

「では、ロボ」

「ボルタ・メーター」

「む、電量計ときたかよ……ならば、谷風です」

「ゼロ」

「ロボ」

「あんたら、いい加減にせい!」

 ゼロとロボ、共にロの字を持つから、どこか、いや、いつかやると予測できたはずだ。

 終わりなく繰り返しそうなのでモルフォは出せる限りの声にて、しりとりを中断させた。

「はぁはぁはぁ……」

 声を出すだけで体力は消費させる。

 モルフォは身体が倒れぬよう、両手で両膝を抑えて息を切らしていた。

「おい、大丈夫か?」

 どれほど歩こうともゼロとロボはモルフォと異なり息切れやエネルギー切れの気配を匂わせないでいる。

 ゼロはゼロブラッドの効果で空腹もなければ疲労もない。

 ロボはハーツ・クリスタルの生み出す自己生産、自己消費のエネルギーサイクルで半永久的に稼働できる。

 では、モルフォはと言うと――

「魔法とかで負担を軽減とか回復できないのか?」

「している、ならとっくにしている、わよ……」

 ポーチより取り出した飲料水を口に含んだモルフォはゼロに言い返す。

 魔法の中には回復や質量軽減、果ては重力操作などがある。

 あるも、それは本来の話。現状、無いが正しかった。

 身体能力の向上など、魔法を使用して初めて発揮するものであり、常時発動するものではないために今のモルフォは変身していることを除けば身体能力は平均的であった。

「今、使える魔法は敵から身を守る防御、対象の位置を入れ替える座標交換、対象の拘束、対象の乗り物の操作、対象の力を一定時間増加、後は……」

 モルフォは腰のケースからタロットサイズのカードを取り出した。

 蒼い蝶が描かれたカードは、モルフォカードと名付けられ、魔力をカード状にリザーブしたものである。

 本来なら六〇枚、六〇種の魔法を使用できるのだが、手元にあるのは六枚だけであった。

「本当なら移動に便利なカードもあるんだけど、ルチェ・アゲハがいない以上、新しいカードは作れないわ……」

「そうかい」

 興味なく返したゼロはモルフォの腰を問答無用で掴めば、己の右肩へと担いできた。

 一度目はミサイルから逃げるための緊急処置だった。

 二度目は予期できぬ突発的な事態に、モルフォは自分の置かれた状況を一瞬呑み込めなかった。

 スカートが異性の右頬に触れる形で担がれていると改めて知った時、緊迫感のない状況が女の恥ずかしさをこみ上げさせる。

「ちょ、ちょっと! いきなりなに!」

「暴れるな、落ちるぞ」

 ゼロから諭されようと、いきなり肩へと担がれれば誰であろうと混乱する。

「お前一人担いでも負担になんね~よ」

 強がりでも事実だとゼロの声色には自信があった。

「でも、私、ゼロくんに……」

「まだビンタの件、気にしてんのかよ、もう済んだことだ。それともあれか浮いていることを指摘したこと怒っているのか?」

「そ、それはもう、いいよ……」

「ならばよし、とっと移動するぞ」

 モルフォはゼロの右肩に担がれたまま移動する中、一つ腑に落ちぬことがあった。

「それで、どうして私、こんな風に担がれているの?」

 期待したわけではないが、お姫様だっこやおんぶに抱っこのほうがある意味効率的だ。

 ブライダル雑誌にある男性モデルが女性モデルを抱きかかえる写真に夢見たことがあるも現実と写真の遠さに痛感した。

「なにって万が一戦闘になってもすぐさま投げ捨てられるようにだ」

「……文字通りお荷物ですか、さいですか、そうですか」

 ゼロには決して把握出来ぬ遠い目でモルフォは言い返す。

 モルフォはゼロなる男の性格が仮面越しでも見えてきた気がした。

 人柄は悪くないようだが、女としてどこか気を許せない。

 許せば、ハラスメント行為を受けるような気がした。

 本来なら、女が男に行うものだが、その逆などモルフォには想像できなかった。

 住む世界が違うのなら、なおのこと――

(実際、男の人に触れられるどころか、肩に担がれているんだけどね……)

 モルフォの思索はロボから発せられる警報により断ち切られた。


「接近警報、上空より高速で接近する物体ありだ――この反応はイノベイター……そ、それに<ヘイル>だと!」

 


 

 

 


 

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