第11話 瓦礫の世界

 モルフォは階段を降りながら唇を苦く噛みしめた。

(うう、どうしよう、これ……)

 階層突破特典として、奪われた記憶と力が返還される。

 モルフォも例に漏れず、返還されたのだが、返還されたものが問題だった。

(そりゃ、色々な相手がいるのなら自衛手段は必要だけど……)

 困惑と自責の念がモルフォの心を圧迫する。

 確かに魔法笑女として浄化をメインに戦ってきたも、純粋にただ倒すために戦ったことも零ではない。

(まさか、取り戻した力がこの魔法だなんて……)

 力を取り戻したことに嬉しく思うも、取り戻した力の中身を知れば、純粋に喜べない。

 この魔法は使うだけで笑顔どころか阿鼻叫喚の余波を生み出してしまう。

 一度だけ使用して以来、強すぎると封印した力だ。

(うん、この力は、使わないようにしよう……)

 願わくば使う機会がないことを祈った。

(そういえば、二人はどんな力と記憶を取り戻したんだろう)

 仲間としてつい気になってしまう。

 いや、モルフォが何よりも心乱し気になってしまうのが、休憩所で睡眠から目覚めたゼロの発言だ。

『もしかして、俺、結婚あるいは婚約してんのか?』

 聞けば、義理の父親となる男性に反対された記憶だとか。


 ――いいか! お前などに娘はやらん! 絶対にやらん!

 ――お義父さん!


 ドラマでよく見る結婚を反対する義理の父親そのものである。

 成否はゼロ自身の記憶が曖昧なため不明だが、ここに来てモルフォは己の心が乱れる理由が分からなかった。

(そ、それにロボくんの場合、なんというか落ち着いた口調から、ちょっと活発的になっている気がするのよね)

 階段を先に降りるゼロとロボの背中を見つめながらモルフォは考える。

 二人の身振り手振りの動作から、テレパシーのような無線通信を行っているようだ。

(便利よね……)

 世界が違えば技術も違うのは頭では分かっていも、疎外感が隠し切れない。

 モルフォの住む世界が、ゼロやロボの世界の技術に追いつくには最低でも一〇〇年はかかるだろう。

「お、出口だ!」

 モルフォの思索を打ち切るのはゼロの声だった。


 階段を降りれば、眼前に広がるのは瓦礫の山という山だった。

 空は薄闇色に染まり、うっすらと霞が瓦礫の世界を包み込んでいる。

 太陽など見えずとも昼間の様に明るく、ましてや地平線はおろか水平線すら見えないほど広大な瓦礫の世界であった。

「なんだ、ここは……」

 ゼロはただ茫然と広がる世界にどうにか言葉を絞り出す。

 足元に広がる瓦礫を適当に拾ってみれば、なんらかの機械の部品や鎧のような欠片もあれば、派手な装飾が施された鞘と思しき物まであった。

「修理すれば使えそうなものばかりだなです」

 ロボが機械の部品らしき物を手にしてはツインアイを瞬かせている。

 スキャン機能で如何なる道具か調査しているようだ。

「なんらかの発射装置のようだこれ」

「ミサイルか何かか?」

「残留物からして可能性は高いなです」

 撃ち出す代物がなければ意味はなく、ロボはゴミのように投げ捨てた。

 他の瓦礫と接触音を発したのと通信機からノイズが走ったのは同時である。

『――ジジジ、き、聞こえますか――』

 モルフォは通信機を握れば、すぐさま応答する。

「は、はい、聞こえます!」

『ガガガガ――その声でご無事なのが分かります。時間的に考えて、今は瓦礫広がる第二階層ですか?』

「そ、そうです! 辺り一面瓦礫が広がっています!」

 少々落ち着きの欠けたモルフォは声高に応答している。

 ふと通信機から流れるノイズが急激にクリアとなった。

『――ならよく聞いてください。目の前に広がる瓦礫はこの宇宙に取り込まれた人たちの力、つまりは武器や道具です。箱庭の主は奪った武器などをこの階層に捨てているのです』

(これ、全部が、かよ……)

 どれほどのヒーローが〈ファイス〉に取り込まれたのか、ゼロは仮面の下で絶句した。

『ですので、この瓦礫世界のどこかに奪われた力が無造作に捨てられています』

「広域スキャンエラー。あまりにも広すぎて俺私のセンサでは把握できねえません」

 奪われた力を取り戻せる希望を抱こうと、現実は意図も容易く打ち砕く。

 端すら把握できぬ瓦礫世界の中から奪われた力を見つけ出すよりも、広大な砂漠の中より縫い針一本を見つけ出すほうが確率的に容易いだろう。

 無論、確率の話であり、力奪われた現状、砂漠の中より針すら見つけるのは至難の業。

 望遠鏡で星空を覗いて新たな星を発見する確率の方がなお高い。

「現状の最大望遠では半径一万キロメートルが限度ですが、どこもかしこも瓦礫の山だなこれがです」

 ロボのスキャン範囲を世界地図に当てはめれば、東京を支点にイギリスのロンドン、アメリカのシカゴ、フランスのマルセイユまで把握できることになる。

 ゼロはトランシーバーとの通信を邪魔せぬよう、ロボとの機密通信を開始した。

(規格外だな、そこまで必要なのか?)

(はいおう。なにしろ元が宇宙開発用なんでその応用なんだな。三五〇〇キロメートル以上の衛生軌道上には〈モイライ〉の放ったレーザー衛星が隠れ潜んでいるからよです。〈モイライ〉のお陰で既存のコンピュータとネットワークが使用できないんで、ニアロイドの索敵システムは防衛のために必要不可欠なんだよです)

 つまりは現状のサーチ機能は半分以下しかなく、本来ならば人工衛星すら見通せる機能を持っているようだ。

(あと一五六時間四五分三六秒あれば索敵システムを完全修復できるんだがですが、他にも再構築すべきシステムがあるから、範囲を絞って再構築したんだよです)

(それだけでも大助かりだわ)

 システム再構築の話を一先ず置き、通信の音声へと耳を傾けた。

『この階層は第一階層と同じように怪獣が闊歩していれば、あなた方と敵対する者もいます。特にあなた方と敵対する者はあなた方が持っていた力に引き寄せられるようで、私も敵対する者を掻い潜って力を取り戻した経緯があります』

 ゼロの脳裏に選択なる言葉が浮かんだ。

 力を取り戻すか、取り戻さぬか。

 各々の敵対する者を目印代わりに利用すれば奪われた力を取り戻せる可能性がある。

 同時に敵のど真ん中に自ら突っ込む自殺行為でもある。

 力を取り戻すために動いた結果、敵に殺されては意味がない。

(力に引き寄せられる……染みついた匂いか、気配で己の敵と勘違いしているのか?)

 そう考えれば自然としっくりきた。

 上手く利用すれば敵との遭遇を回避するのに使えるが、この先にある第三、第四階層を鑑みれば、取り戻せるべき力を取り戻すのは得策だろうと失敗は愚策となる。

『ですので――がががが――じじじ――』

 通信は予告もないノイズにより強制的に遮断された。

「もしもし! もしも~し!」

 モルフォは通信機に呼びかけようと返答はノイズのみであった。

「さて、どう進むかね?」

 ゼロは兜越しに後頭部を搔いた。

 たどり着くべきゴールは第三階層への入口。

 眼前に広がるは広大な瓦礫の山々。

 過程を得て如何にして目的地を見つけ出そうとも手がかりはない。

 ただ進むだけでは消耗を招く。

 更には怪獣などの敵も徘徊している以上、選択によっては戦闘を避けられない。

「ロボ、階段らしきオブジェクトは掴めるか?」

 抜かりないロボのことだ。

 地形データのスキャンと同時に敵の現在地すら可能な限り調査しているだろう。

「いえ、ただ、敵の位置は把握できたぜ。そちらに転送します」

 データリンクでロボがスキャンしたデータがゼロの網膜に投影される。

 3Dグラフィックで映し出される瓦礫の地形データ。起伏が激しく、高低差は一〇〇メートルから一〇〇〇メートルとこれでは山登りだ。

 その地形データの上を移動する赤い点は怪獣などの敵だろう。

 三ヶ所ほど、赤い点が密集しており、先の通信通りならその地点に奪われた力があると見ていい。

 取り戻すために進むか、戦闘回避の疑似餌とするか。

「待てよ……」

 選ぼうと逡巡する中、ふとゼロは記憶の空白にひっかかった。

 失われた力が何なのか分からないが、力のしみ込んだ身体が曖昧で言語化出来ぬ答えを出す。

「なあ、ロボ、一つ聞くが、ニアロイドの通信可能範囲ってどれくらいだ?」

「本来なら火星どころか忘れられた惑星、冥王星まで理論上可能だです。ですが現状では半径一万キロメートルが限界だこれ」

 元は外宇宙開発用であるため、広い通信範囲を持っているようだが、現状では望遠と同じようだ。

「件の三ヶ所にこの起動コマンドを送信してくれないか? こちらに来るようにだ」

 ロボから当然と言うべきか、怪訝な顔をする人間のような表情をされた。

「一応可能だけどよですが、いくら送信したとしても受信システムそのものが欠落していれば意味なんてないぜです」

「物は試しにしてくれ。頼む」

「分かりましたです。物は試しに送信してみます。ですがセンサにはイノベイターを捉えています。この起動コード送信で我々の居場所が把握される危険性もありますだ」

 この瓦礫の山ではロボの車両形態は役に立たない。

 氷の世界の時のように走ってやりすごすことなど不可能だ。

 空でも飛べれば敵との遭遇なく移動可能だが、単独での飛翔能力、ゼロにはなかった。

「もし起動できたならば残り二ヶ所の物も回収するよう追加入力しておきますだ。ですが、瓦礫の奥底に埋まっているならば回収は不可能。その場合は諦めてくれよ。何よりも生存を優先させるからな」

 ゼロの首肯は会話終了の合図となり、ロボは送信を終えていた。

 一方でゼロは奪われた力が何なのかは、記憶の欠落により思い出ずにいる。

 ただ起動が上手く行けば、件の地点に行かずとも力を取り戻る可能性を抱いていた。

「あれ、流れ星かな?」

 ふとモルフォが薄闇色の空に走る一条の光を指さした。

 釣られるようにゼロとロボは見上げるも、揃って絶句の声を漏らす。

「うげっ! おい、ロボ、あれってまさかっ!」

「まさかもなにもっ!」

 またしても蚊帳の外であるモルフォは、絶句の意味を把握しきれていない。

「計算!」

「後一分!」

「なら全力で走るぞ!」

「きゃっ!」

 提案するなりゼロは、モルフォを肩に担げば瓦礫の上を全力で走り出した。

「ねえ、なになに! なんなのよ!」

 ゼロに揺られながらモルフォは何度も問い質す。

 ただ流れ星を見つけただけなのに、何故、この二人は血相を変えて駆けだしたのだ。

「説明を求める!」

 予算会議で政治家が問うかのようにモルフォは声を上げる。

「喋るな! 舌を噛むぞ!」

「後で好きなだけ説明するっての!」

 ゼロとロボは瓦礫の上を風のような速さで駆け抜ける。

 丘を飛び越え、山を上り下りと繰り返す。

「伏せろっ!」

 瓦礫の山の裏に駆け込むなり、ロボはひと際強い音声を発し、ゼロはモルフォに覆いかぶさる形で倒れこんだ。

「きゃっ!」

 モルフォの悲鳴は遠方より響く衝撃と轟音によりかき消される。

 次いで、衝撃が津波となって瓦礫を吹き飛ばし、容赦なく三人を呑み込んでいた。


(こ、この衝撃って、まさか、ミサイル!?)

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