第10話 発・端
発端は、パピヨン流星群に乗って地球に現れた黒き蝶であった。
「黒い蝶、ですだか?」
ロボがよく分からず反芻した。
「うん、黒い蝶。その蝶はね、黒く発光しながら白い粒子をまとっている蝶なの。その黒い蝶は自分たちをハオス・アゲハって名乗ったわ」
「宇宙から来た地球外生命体ですか?」
「うん、最初はね、誰もが未知との遭遇とかでお祭り騒ぎだったわ。世界に類を見ない発見とか、意志を持つから友好を結ぼうとか……でも友好式典の時、ハオス・アゲハはいきなり人間たちに憑りついたと思ったら、見たこともないバケモノになって暴れ出したの。ううん、暴れるってのはおかしいかも。そのバケモノは人間であろうと動物や車でも、どんどん吸収して大きくなっていくの」
「吸収して、合体していたのですか?」
「整合性もない、特徴もない醜悪な肉塊になってなお襲い続けるの。ハオス・アゲハは、このバケモノを
「間違っているぜすよ」
ロボが他世界の敵事情であろうとあっさり否定して見せた。
「融和とは二人以上の者が気持ちを通じ合わせ打ち解け合うことだってのです。確かに融和には融けて混じり合う意味もあるけどですよ……仮に生物的に一つの種として融合を果たしても待っているのはただの孤独でだ。融和とは言わんだ」
「うん、そうだってルチェ・アゲハは言ったわ」
「ルチェ・アゲハ? アゲハがつくならばハオス・アゲハと何らかの関係が?」
「例えるならルチェ・アゲハが光でハオス・アゲハは混沌なの。元々は戦争続く遠い惑星で、融和による平和をもたらすために生み出された個にして集、集にして個の発光生命体。ある日を境に二つのアゲハに別れたの。片方は他者との意識を疎通させ融和させようとするルチェ・アゲハ。もう片方はあらゆる種を一つとして融和させようとするハオス・アゲハ。私にこの魔法の力を授けてくれたのはルチェ・アゲハだったわ」
ぎゅっと薄手の布を掴むような音がゼロの集音センサに届いた。
顔を俯かせたモルフォが服の裾を掴んだのだと気づかぬ鈍感なゼロではなかった。
「あの時、友達に引っ張られて式典会場にいてね、そのままハオスリアに襲われて……目の前で助けてくれた友達が呆気なく呑み込まれて、そ、それから私も……」
「大丈夫ですか? 辛いなら話すのを止めても構いませんよ」
「優しいのね……」
「ん~どうでしょう。俺私はただ最適な選択をしているだけだです。優しい、厳しいというは正直に言えばよく分からないんだよです」
無自覚なのだろうともロボの気遣いは、言葉通り相手を重んじているものだ。
モルフォはロボのお陰で一先ず落ち着いたのか、再度語り出した。
「ルチェ・アゲハが取り込まれた私を助けてくれて――まあ、正確には地表落下の際に、一先ずの逃げ場として、私の中に幽霊みたいに憑依していたって言えばいいかな。そのお陰で魔法という力を授けてくれたの。ハオスリアは強すぎてルチェ・アゲハじゃ戦えない。だから、どうしても代わりに戦う人が必要だった……選択する暇はなかったわ。あの時は無我夢中で戦って、それで……誰かに助けられたからこそ助けたい。その想いはハオスリアを元の姿へと戻していたの」
「つまり、融合を解く分解ですか?」
「正確には浄化。ルチェ・アゲハとハオス・アゲハは対の存在だから、互いの力が反発し合うの。その反発を利用してハオスリアの融合を無効化。それが浄化のメカニズムだってルチェ・アゲハは言ってたわ」
「ゼロと天の血族、ゼロブラッドとユニブラッドの関係みたいですね」
「そ、そうね……」
モルフォの声が下降したことにロボが地雷を踏んだのをゼロは気づく。
肝心なロボは気づいていないから性質が悪かった。
ロボよ、ゼロが天の血族を如何にして消滅させたのかをメモリに記録していないのか、今すぐ起きて問い詰めたかった。
が、空気を読んで敢えて寝たふりを続けるゼロがいた。
「浄化されて元に戻った人たちが抱き合って喜ぶ姿を見て、嬉しかった。こんな私でもできることがある、こんな私でも人々を笑顔に出来るって……でも」
まだあるのか、身体を横にしたまま寝たふりを続けるゼロは内心うんざりした。
「いくら浄化で救おうとね。ハオスリアを元に戻せる力があると知るなり、誰も彼も求めて来るの……」
「まあ起こりうる典型的な事態ですな」
力を持つ者は必ず持たぬ者から羨ましがられ、恐れられ、その力を求められる。
対等、平等ではない無い故に。
ゼロとて不死である天の血族を消滅という形で殺せる矛盾を超えた力に恐怖された一方、その力を求められもした。
住む世界が異なろうと戦う発端となった出来事、力を求める者の出現など似通っている箇所は似通っているようだ。
「笑顔を守るためなのに……時折、何のために戦っているのか分からなくなるわ」
「世界が違えども抱く問題は同じようだですね」
ロボは渡りに船と自らの状況を語り出すのであった。
「ロボくんも?」
「はい。俺私の世界では――まあ、そちらからすれば映画の世界になるでしょうが、人類対コンピュータの戦争の真っ只中です。あ、先に言っておきますけどよ、俺私は人類軍所属ですのであしからず」
人類に味方する機械となれば猜疑心の目は避けられない問題だろう。
「私の世界では〈モイライ〉なる量子サーバーが自我を持ったことで、人類革新の名の元に人間を誘拐してはその意識を抜き取り、サーバーに保存しています。しかも<モイライ>は〈クロートー〉〈アトロポス〉〈ラケシス〉の三つのサーバーから成り立ち、インターネットと機械を掌握された人類は開戦時、苦戦を強いられてきました」
「意識って、それなら身体はどうなるの?」
サーバーに意識を保存するなどサイバーパンクの世界だ。
ゼロは安易に、老いも飢えない電脳世界こそ人類革新だとコンピュータが唱えているのを想像できた。
「しっかりと再利用されています。意識を抜き取った肉体は現実世界で稼働するためのボディ、言わばアンドロイドをより人間らしく見せるための有機細胞の素材として利用されるのです……<モイライ>はこの身体こそ、人類を超え、人類の革新した存在――イノベイターと呼んでいました」
ふとゼロに既視感が走る。
有機素材、人間らしいアンドロイド。
つい最近、該当するものに接した確かな記憶がある。
(あっ……)
既視感は確証に至るも、話の腰を折るためゼロは口を閉じた。
「なにそれ……」
モルフォから憤る声音をゼロの鼓膜が拾う。
人間を素材扱いするなど怒り以外に何が浮かぶだろうか。
加えて、どこが革新なのか、そのサーバーには独善しか詰まっていないのだろう。
「元々イノベイターは宇宙資源採掘用基盤体として開発されました。宇宙空間は無重力、真空、宇宙放射線、太陽の熱など生身では到底耐えきれぬ劣悪な環境。よって安全が確保された船内より脳波コントロールでタイムラグなく作業を行う人型プラットフォームが本来の正しい運用方法なんだよです。戦争が始まってからはよ、<モイライ>に賛同して自らイノベーター化した者、戦闘プログラムをインストールし、人類軍に対して潜入、破壊活動などに使用されているんだなです」
「人間らしいなんて、どう見分けるの?」
「それこそニアロイドの出番なんだです。ニアロイドもまた外宇宙開発のために生み出されました。ですが、どういうわけか、俺私自身も、開発者である博士自身も原理をよくわかっていないんだよ、機械でありながら〈モイライ〉の支配を一切受けず、高度なセンサすら容易に突破して人間の中に紛れ込むイノベイターをニアロイドの目は容易く看破してしまうんですだな。お陰でニアロイドは本来の開発目的から大幅に路線を変更され、対〈モイライ〉やイノベイター用として運用される運びとなってんだなです。まあ、お陰で肩身狭い人類軍の中でニアロイドは一定の立場を得ることができたですよ」
「辛くないの?」
「辛い? 確かに人類軍の中にはいつ裏切るのか不安を抱く者もいて、ガン飛ばしてくる輩もいるけどよ、中には人間であろうとしっかり私たちニアロイドを信じてくれる人たちがいるってです。その人たちがいるからこそ、俺私たちは戦えるのです」
信じてくれる者がいるからこそ戦い続けられる。
世界が異なろうとその者たちの支えがあるのは同じだった。
「結果として今まで劣勢であった人類は残存勢力をまとめ上げて抵抗組織、人類軍を結成、開戦から半年、三つのサーバーのうち、現在で〈クロートー〉を、過去で〈アトロポス〉の破壊に成功しました」
「え、過去?」
モルフォの目が点となる。ゼロは仮面の下で口を開けてしまう。
「はい、正確には二二年前の過去です。自らの制御を受け付けないニアロイドに危惧を抱いた<モイライ>はタイムマシンで過去に刺客と<アトロポス>を送り、開発者を抹殺しようと試みました」
「そ、それって、タイムマシン作品とかにある過去改変ていうの?」
「はい、博士が殺されれば我々ニアロイドは誕生しません。ましてや<アトロポス>が過去に常駐すればそれだけ<モイライ>の支配は盤石となりますだよ」
「でも、こうして今もロボくんはいるんでしょう?」
固唾を呑み込みながらモルフォがロボの音声を待つ。
「はい、何しろ、俺私とエアクス――まあ仲間と共に過去に飛びましたから」
(未来のロボット……)
ゼロは笑うのは不謹慎だと堪える。
「俺私とエアクスを過去に連れてきたのは博士の娘だったよです」
「娘って何歳?」
「一〇歳……まあ早熟で活発なお父さんっ子でしたから、父親ために何かをしたかったんだろうよです」
一騒動あったが、結果として刺客とサーバーの破壊に成功した。
「ですが、始まりにしかすぎませんでした」
「そうか、未来で戦争が始まるからか……」
「それもありますけどよ、破壊した<アトロポス>の残骸の一部が当時の人間に回収されていたんだよです」
「あれ? それって相当に危なくない?」
モルフォが危機感を表情と顔に乗せる。
残骸とはいえ、未知なる技術が詰まっている。
残骸をリバースエンジニアリングすれば、高い技術を確保できるはずだ。
「後に、残骸を回収したメーカーが<モイライ>を製造するに至り、娘から未来のデータを得た博士がニアロイドを開発するというわけなんだよです」
「グルグル回ってない? 未来より来たから過去で開発出来て、開発したから未来があるってこと?」
「まあ、初歩的なタイムパラドックスです」
未来から解答が届いた故に、過去で製造できた。
ただロボは仮に未来からデータが持ち込まれずとも、結果たる因果は変わらぬと予測していた。
「ずっと疑問に思ってたんだよな。何故、博士は株で稼げたのか、何故、敵の襲撃を正確に把握できたのか、何故、<モイライ>サーバーにハーツ・クリスタルのデッドコピーが使用されていたのか……未来から持ち込まれたものなら全て辻褄があうんだな、これがです」
「なら、ロボくんも、私たちみたいに、相対する相手と力の元が同じってことになるの?」
「まあ、そういうことになるんだな、これがです」
使い方一つ違うだけで、元が同じながら道は全くの正反対となる。
ヒーローとヴィランがコインの裏表なのは因果か宿命か。
ゼロは仮面の下で歯噛みした。
「ですが最後のサーバーである〈ラケシス〉は見つからぬまま膠着状態に陥っています。その度に人間、ニアロイド問わず多くの仲間たちから俺私は助けられてきたんだってよです」
つまり、ロボが言いたいのは――
「ですからよ、モルフォ、一人で戦っていると思わないでくれ。仮にその力を狙われ続けようと、一人でもあなたに感謝し、あなたを信じてくれる人が必ずいるはずですだ」
ロボには乙女心を解析するシステムはないようだが、人の心情をおもいはかるシステムはあるようだ。
ただゼロの中でZiの言葉とロボの言葉が重なった。
「信じることを信じ続けろか……」
「えっ?」
うっかり呟いたゼロは時既に遅し。
モルフォの驚く声がして、気づけば顔を上から覗き込まれた。
「もしかして起きてた?」
ゼロは仮面をつけているため、モルフォからその寝顔を確認できないからか、顔を眼前にまで近づけられた。
整ったまつ毛まで確認できる距離。改めて間近で見れば整った小顔でゼロの観点からして美少女の分類に入る。
もっとも変身後、の話であるため、元の姿を知らない。
何より男として目が行くのは豊満な谷間。
これ以上見ると、記憶が既視感で刺激されるだけでなく、心拍数と男が勃ちそうなのでゼロは観念して飛び起きた。
「ああ、起きているよ」
「正確にはモルフォがためいきをついた時から起きていたようです」
恐らくはデータリンクで睡眠状態や心拍数を知ったのだろう。
データリンクは便利だが余計な部分までリンクで伝える弊害をゼロは知った。
「もしかして、話も?」
ゼロは全部聞いたと正直に頷いた。
「モルフォ……」
だからこそゼロはモルフォに伝えねばならない。
「自分にいまいち自信が持てず、クラスでもわりと浮いた存在でも、誰かのために行動するお前をおれは凄いと思うぞ?」
裏表のない本心だったが、肝心なモルフォは顔を俯かせたまま全身を震えさせていた。
「あれ、もしかしてこのパターンって……」
励ましたつもりのゼロだが、モルフォの様子により地雷を踏んだと知る。
「ええ、そうですよ! クラスでは少し浮いていますよ! 人の輪に入るより入らされるのが多いですよ! でもだからこその、みんなの笑顔を守る魔法笑女ですよ!」
言い返すモルフォの顔は半泣きである。
ゼロが抱いた蚊帳の外になりやすい理由は思った通りであった。
日頃は目立たぬとも変身することで新たな自分となる。
変わりたいと願うのは誰であろうと持つ願望なのでゼロは否定しない。
モルフォを輪へと引っ張ってくれる友達がいる辺りボッチでないようだ。
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