ファイシス編 第二幕:<発疹(キッカケ)>

第9話 休憩

 深い深い階段を下りた先にあったのは――


「なんだここは?」

 小部屋に一番槍となったゼロは見たままを口にした。

 学校の教室ほどある広さと高さのある部屋。

 調度品など一切なく、右側に食い千切られたように破損したコンテナボックスが置いてある。

 貨物列車などでよく見るタイプだ。

「ん? このコンテナボックスは……」

 ロボがフェイスディスプレイを意味深に光らせる。

「どうしたの、ロボくん?」

 モルフォが横から顔を心配そうに顔を覗かせた。

「該当コードを確認――このコンテナボックスは人類軍の補給物資です」

 どうやらこのコンテナボックス、ロボの世界の物のようだ。

「しかし、獣に食い千切られたような破損があるぜですよ……マッチングデータあり、コンテナボックスにある痕跡がタイシスなる獣の歯型と一致しますぜ」

 ロボはコンテナボックスの歪んだ扉の隙間に一〇指をかければ、引き裂く要領で開く。

「……危険物反応なし……ですが」

 フェイスディスプレイをライト代わりに光らせるロボはコンテナボックス内を睥睨する。

 データリンクでゼロがロボの視界を覗き見れば、コンテナボックスは有機無機問わず、箱ごと食い散らかされていた。

「これもタイシスの仕業か?」

「ええああ、ご丁寧に日記まで残していますだぜ」

 ロボはハードカバーの日記帳を掲げて見せる。

 ページを開けば、達筆な日本語が記されていた。

「ふざけた言動で達人並みに字が綺麗とかふざけてんのか」

 毒づきながらもゼロはページに目を通した。


 ぐしへへへ、美味い、ぐふん、上手い具合にヒーロー共の餌が手に入ったぞ。

 これを休憩室に置いて準備完了。


 腹減った! だが、これは食べちゃダメだ! 食べちゃダメだ! 食べちゃダメだ! 食べちゃダメだ! 食べちゃダメだ! 食べちゃ――おう!


 ちょっとだけ、うん、ちょっと、ちょっとだよ、うん、ちょっとずつだからね。


 あ~またやってしまった。僕ちんはなんて罪深いんだ。

 おお、神よ、許してください!

 よし、懺悔したから次食おうか!


「ざけんなっ!」

 蚊でも潰さんばかりの要領でゼロはページを閉じた。

 空腹に耐えかねてコンテナボックスごと食い散らかした。

 暴食、悪食も大概にしろと腹が空くよりも腹に来る。

「ですが、全部ではないようだです」

 コンテナボックスの中からロボが一抱えあるケースを運び出した。

 外傷は一つもなく、封を切られた痕跡もない。

「人間用の補給物資ですから、中身は当然……ええ、レーションと飲料水ですだぜ」

 人類軍とロボの言動から鑑みて、この物資はロボの世界の物なのだろう。

 ロボは開封したケースからブロック状の袋とボトル入りの飲料水を取り出し、ゼロとモルフォに渡す。

 受け取ったモルフォが礼の前に疑問を口にする。

「レーションってなに?」

「レーションとは端的に言えば野戦食だぜです。軍隊が作戦行動中に配給する糧食だすぜ。今回のタイプはショートブレッドタイプだすぜ」

 聞き終えたモルフォは封を開け、口に四角柱状の固形を口に入れた。

「んむ、サクサクだけど、口の中でポロポロする――ん、これチョコレート味だ」

 一欠けら口に含んだモルフォが感想を述べる。

「味は悪くないけど、お水が欲しくなる」

 一つ食べ終えたモルフォはボトルの封を開け、中の水で喉を潤した。

「おや、ゼロ、あなたは食べないのですか?」

 三つ目に突入しているモルフォに対して、ゼロは封すら切っていなかった。

「ああ、腹とか空いてないからな」

「ですが、先はかなり長いぞですよ。少しでも食べとかないと……」

「いや、そうじゃなくてな、腹がすくことなんてないんだ」

 含みのあるゼロの発言に、ロボは小首を傾げ、モルフォはレーションを口の加えたまま目をパチクリと開いていた。

「アーマー内に流れる感応流体エネルギー、ゼロブラッドは循環している限り、生命維持に必要な栄養素を生み出し続けている。それどころか疲労を回復し、睡眠すら不要とする。文字通り不眠不休で活動し続けることができるんだ」

 ロボが再構築してくれたゼロブラッド循環システムのお陰で、ゼロは以前と遜色なくゼロブラッドの恩恵を受けることができた。

「まるで天の血族みたいですね」

「ゼロブラッドの開発元は奴らだ。なら性能は同じになるだろうよ。ただ違うのはプラスとマイナスで、混ざり合えば対消滅を発生させることだ」

「どっちが怪物か分からないね」

 無神経か、それとも無意識か、ともあれ、余計な発言主はモルフォだ。

「ああ、よく言われる」

 失言だと自覚したモルフォがロボの背中に隠れるも、ゼロはばっさりと切り捨てた。

 力に善悪などない。

 あるのは使用者が破壊者か、守護者か、どちらの方向に舵を切るかだ。

「ならば、丁度いい、手伝ってくだされだ」

 ロボは破損したロケットランチャーを抱えながらゼロにデータを転送してきた。


「はぁ~」

 覚醒と微睡みの狭間にいたゼロはモルフォの溜息にて目を醒ました。

 いくらゼロブラッドの恩恵があるとはいえ、内容量が減れば、比例して疲労と睡魔が押し寄せてくる。

 再生産率が一〇〇%でない以上、当然の帰結だった。

(ああ、そうか、俺は……)

 身体を横にしたままゼロは思い出す。

 データリンク機能を呼び出せば、少し離れた位置でロボがロケットランチャーを分解し、中枢部品を取り出している。

 解析結果によると表面は溶解しようと幸いにも中枢は無傷であることから、あり合わせながら武器を組み立てようとしていた。

(左腕のゼブレードでコンテナボックスを切り分けたんだった。それでゼロブラッドが減って眠気が……)

 図画工作の要領で、硬い金属製のコンテナボックスを指示通り、板状に切り分けた。

 まるでプラモデルだと、率直な感想を抱く。

(あれ、俺、なんで左腕のこと……なるほど、そういうことか)

 第一階層突破の特典だと気づく。

 左腕部装甲に内蔵されている剣の名はゼブレード。

 右腕部装甲に内蔵されているフックの名はジッカー。

 近接戦闘用に内蔵された固定兵装だ。

 当然、その使い方も思い出す。

 ゼブレードは刀身にゼロブラッドを走らせ、切断力を上げる。

 ジッカーもゼブレードと同じ効果を持つが、ワイヤーつきの射出兵装であり、単独で飛翔できぬゼロの貴重な対空装備として使用された。

(そういや怪獣って食えるっけ?)

 トカゲの肉は淡泊だが、怪獣はどうか。

 いや、怪獣である以上、食べられる保証はないが、獣と名の字がついているため、食べられるのではないかと期待してしまう。


「なら――ちゃん、料理できるの?」


「当然、キャンプ料理はお手の物。ちなみに得意料理は現地のトカゲを使った煮込みカレーだ」


 小柄な少女に揚々と語る光景が励起される。

 この後、誰かに釘を刺されたのだが、霞がかかったように思い出せなかった。


「ねえ、ロボくん、ちょっといいかな?」

 モルフォが壁際で作業中のロボに呼びかけた。

 ゼロが切り出した金属板を組み合わせるも、作業の手を一時止める。

「……どうしましたか?」

「歳の近い男の人とどう接すればいいのかな?」

「性別男の私に聞くかです?」

「だってロボくん、男でも機械だし、そ、それに……怒るかもしれないけど生身の男の人じゃないってのもある、かな」

「生身の男は苦手ですか?」

「ん~苦手というか、接し方が分からない、かな? あ、別に男性恐怖症とかじゃないよ。私の世界ってさ、女男の比率が二万対一で、総人口だって六〇億を超えていようと、男の数は三〇万なの」

「まるで三毛猫みたいだねですな」

 ゼロは驚くように両目のライトを瞬かせる。

 三毛猫なる猫より雄が生まれる確率は低く、一説では三万匹に一匹の割合だと言われていた。

 モルフォの住む世界は男女比率の差が著しいのだろう。

「だから、男の人って凄く珍しくて、ただ男の子として生まれただけで国から生活が保障されるし、ケガとか病気しても最優先で治療が施されるの……も、もし亡くなったら世界各国のニュースのトップに出るほど、なんだから……」

 天然記念物同然の扱いだと、ゼロは率直な感想を抱いたが、語尾が窄まったことに違和感を抱いたが、深く読まなかった。

 種に男と女しかいない以上、片方が絶命すれば自ずと種の滅亡へと繋がる。

 無性生殖できる天の血族が種として完成しているのが分かるも、人の命を笑いながら奪う種族を認める気などゼロにはなかった。

「ではお聞きするけどます、モルフォの世界ではどうやって種の存続を行っているのだかですか?」

 乙女にドストレートな質問をぶつけてくるロボに、乙女心を理解するプログラムはないようだ。

「な、なにって、え、えっとね……」

 ゼロの予測通りモルフォは口ごもる。

 背を向けて眠るゼロは、ちらほらとモルフォの視線が突き刺さるのを感じ取った。

「……男の人ってさっき言ったように色々と優遇されているけど、その分、義務が生じるの。その一つが、え、えっと精通、つまりは、女の生理みたいに子供から男になったと分かったら、その……ん~……精子! その精子を定期的に採取される義務があるの!」

 半ば妬けの発言であろうと乙女が口出すのはどこか笑いを込み上げさせるも、辛うじてゼロは踏み留まる。

「そ、それで子供が欲しいと望んだ女性と人工授精で、こ、子供を作るの。中には男の人と結婚する女の人もいるけど、夫婦になるのは本当に極まれだし、法律上、一夫多妻だって認められているわ」

「男の奪い合いは凄そうですだね」

 安直であるが、ゼロの脳内で男を巡って女同士、決闘する姿が浮かぶ。

「実際凄いわよ。女同士で男を奪い合い殺し合ったとかのニュースも珍しくないし、幼い男の子を誘拐したとか、男が物にならないから殺したとか実際起こったことよ……」

 モルフォの声は沈痛に染まっている。

 ゼロは二万対一の世界を知らないため、今度は婚期に飢えた女どもがゾンビのように男を襲っている光景を想像してしまう。

 想像力が足りないのか、ありすぎるのか、問題はそこではないと片づけた。

「まあ、私の場合、親と呼べるのはママだけだし、パパと呼ぶ男の人はあくまでも精子提供者。一応、家族が望めば厳正な審査後、パパの情報を知ることができるけどママは敢えてしていないみたい」

 自分の常識、他人の非常識。農家の常識、都会の非常識。ゼロの正義はモルフォの非正義。その例に暇はない。

「モルフォが戦う理由は婚期に餓える女から男を守るためですか?」

 ロボのぶっ飛んだ質問にゼロは危うく吹きかけた。

 違うだろう、と飛び起きたいゼロだがなお堪え、寝たふりを続けた。

「違う! どうしてそうなるの!」

「違うのですか? てっきり魔法なる不可解な力を使うのでてっきり」

 このニアロイドなるロボットのCPUはどのような処理能力を持つのか、興味をそそるものだが、今はモルフォの力たる魔法のほうがゼロは気になった。

「……私が魔法の力を得たのは本当に些細なきっかけなの」

 モルフォはここで語り出した。

 住まう世界はゼロやロボと比較して、携帯する電話や量子通信は創作物であること。

 女の比率が高いため、政治や企業の重要職に女性が多いこと。

 一部では女男差別が社会問題化しており、男だからと職場や学校で冷遇される場合もあること。

 モルフォの住まう国は平和だが、遠い国では紛争が起こっている等々。

 男女比率は異なろうと文化的に差異はあまりみられなかった。

「ある日ね、宇宙から黒い蝶の群れが流星群に乗って現れたの」


 それはモルフォが魔法笑女となるきっかけの事件であった。

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