第7話 タイシスくん
「へい、らっしゃい!」
FM無線の発信源にたどり着けば、珍妙な小動物が露店の前でお出迎えする。
露店の軒先には、かき氷屋でお馴染みの氷旗がかけられている。
店に立つ小動物は端と見てフェレットやテンなどのイタチ科の小動物に見えないこともないが、そそり立つ頭部に、曲面描く後ろ足が卑猥な形を嫌にでも連想させる。
何より人語を発している時点で異常だ。
「やーやーやーこんなところまでようこそたどり着いたね、皆の衆、さささ、どうぞ、どうぞ、ここには氷しかないがお着きに――あばしっ!」
併設された丸椅子に座るよう小動物は促すも、投擲された氷の塊に直撃し細長い身体をUの時に折り曲げられる。
「お、おい、ロボっ!」
あろうことか氷の塊を投擲したのはロボだ。
車両から人型に変形し、手頃な壁面から氷をむしり取って投げつけていた。
金属ボディの隙間から蒸気が立ち上り、怒りを醸し出しているようだ。
「あ~なるほど、そういうことか」
ゼロは直感で察知する。
ロボが先制攻撃を仕掛けた理由に一つ思い当たりがあったからだ。
気づいたら氷の世界におり、変な生物に中枢コアを抜き取られて放置されていた。
その変な生物があの卑猥な小動物だと仮定しても矛盾はない。
「あ~もう痛いな~これだから粗野な無機物は不味いんだよ!」
もてなしの声音から一転、いらだつ小動物はノシノシと足音を立てた二足歩行で露店の丸椅子に飛び乗っていた。
「この僕ちんがここまでたどり着いた労を報いようとかき氷屋構えて待ちかまえていたってのに、いきなり氷投げる? 投げるの? まあ普通は投げるよね~♪ だって僕ちん、おめーのクリスタル抜いて捨てたの僕ちんだもんね~ね~、大切だから二回僕ちんいったのよね、ぐししし~」
この小動物、問い詰める前に告白してきた。
声音から反省など微塵もなく、その場のノリで言っている節が強い。「お前は誰だ?」
「お前は誰だ! 俺の前に俺~!」
ゼロが誰何しようと、小動物は鏡のように反射する氷壁の前に立ち、映る自分に問いかけている。
「おう、なんだこのブサイクな獣は! あらら~僕ちんだこれ、ぶぎゃあげぎゅあぎゃっ!」
次いで、空気が爆発するような笑い声をあげて腹を抱えていた。
「な、なんなのこの動物……」
「まともじゃないのは確かだが……」
確かなのは、ロボが敵対行動をとった点だ。
内蔵センサによれば先の氷塊の投球は時速二〇〇キロ、直撃したならば担架で運ばれているレベルだ。
なのにあの小動物、粉雪レベルの接触なのか、毛皮に一本の乱れもなく、卑猥なまでに身体をピンピンさせている。
「ぐっひゅひゅひゅ~とまあ、お遊びも大概にして、ウェルカムトゥ~ヒーローども、ドッタンギッタンな<絶淵の園ファイシス>へよく来たな」
「ファイシス?」
疑問を走らせるゼロにロボが答えた。
「該当データあり、
「そう、そこの無機物の言うとおり、死の宇宙だな、ここは。だ~ってな~んにもないんだもの~そりゃ死ぬわ!」
小動物はスナック菓子を齧るように、手頃な氷柱をバリバリ噛み砕いていた。
「氷食っても栄養はなーい! あ~困った、困った! 飢え凌ぎの騎士は逃がしちまうし、僕ちん男はついてるけど、運はついてねーな」
「騎士、だと?」
小動物の発言がゼロの義憤の線を鳴らす。
「おうよ、右腕とわき腹食ったところで逃げられちったのよ~」
堂々と白状する小動物の発言によりゼロの記憶が想起される。
この宇宙について死の間際まで語ってくれた騎士の負傷ヶ所と小動物の補食部位が一致するからだ。
「あ、その顔だと、逃げた騎士と出会ったんだ。んでその騎士は死んだか? ああ~残念、踊り喰いしたかったのによ~逃がした騎士は美味しかったってか~ぷぎゃぎゃぎゃっ!」
仮面越しに表情を言い当てる小動物は一挙一動のイラつきをゼロに与えてくる。
「亡骸は、もう喰えないな~あ、一応さ、どこでおっ死んだ場所教えて――ちょべし!」
感情を肉体は抑制できず、ゼロは硬く握った拳を小動物に叩き込んでいた。
拳圧が露店を揺らすも、肝心な小動物は平然と立っている。
「てめえが元凶か!」
「そうです。私が元凶です!」
小動物は小さな右手でゼロの拳を何事もなく受け止めている。
割と本気で放ったというのに、一歩も動いていない事実がゼロに衝撃を走らせた。
「まったく、どいつもこいつもあんたも、口出す前に手を出してくるなんて、ママからどんな教育受けてんだ? 生まれた時、子宮にでも置き忘れたのかよ? ことあるごとに手をあげられちゃ、僕ちん話す機会がないっての~」
小動物は嘆息するように肩をすくめている。
言動はふざけているが、拳一つを小さな手で受け止めることから、見かけを裏切る強さを持っているのは確かなようだ。
(下手に交戦するのは危険だな)
(ええああ、俺私は気配なく突然とクリスタルを抜かれたからな、油断できない相手だ)
機密通信でゼロとロボはやりとりする。
力と記憶が十全でない現状で交戦するのは危険がつきまとう。
FM無線はヒーローへの寄せ餌なのか、警戒の微電流がゼロの表皮を走る。
「安心しな、ピンピンビンビンなおめーらを喰ったって不味いだけだわさ。僕ちんはグルメだからね、熟しに熟さないと食べないのよ」
ふざけた言動を目の当たりにしたからこそ、信憑性は低い。
気配を遮断して背後から急所を平然と噛み砕きそうだ。
「今はしねーよ、今は、ね、ぎひひひ」
小動物はギザギザの歯を剥き出しに含みある不気味な笑みをあげる。
「というか、てめーらがいらんちょっかいばかりかけるから、主役である僕ちんの自己紹介、ラーメンみたい伸びに伸びちまったじゃねーか。ラーメンねーけどよ! あ~豚骨喰いたくなったな!」
ボケとツッコミを自給自足する小動物を、ゼロたちはただ流すしかない。
ほんの少し接して判明した確かなことは、一つの波紋で、この小動物、津波を起こす質の悪いタイプだ。
用は自由奔放でわがままというわけである。
「っーわけで、事故りまくりの自己紹介な、てめーら、耳と尻穴かっぽじって聞きな、大切なことだから一度しか名乗らないからな~」
「大切なことなのに、一度しか名乗らないなんてずるい」
「あ、このバカ」
「あちゃ~」
またしても蚊帳の外であったモルフォがここに来て口を挟んできた。
確かに、大切ならば何度でも言うべきだが、この小動物にまともな会話が成立するはずがない。
「なら、かわいくバインボイーンなお嬢さん、僕ちんの名前を教えてあげるよん」
影に沈み込むように小動物が消えた瞬間、モルフォの胸元が不自然に膨らみ、そして跳ねるように暴れ出した。
「きっ、きゃあああああっ!」
モルフォの胸元から小動物の頭部が飛び出ると同時、悲鳴もまた飛び出している。
「僕の名前はタイシスくん、処女で清楚なお嬢さん、気軽にタイくんって呼んでね♪」
「離れて、離れて!」
「いやいや、こんな立派なものをお持ちなのだから、僕ちん男が反応しちゃって離れたくてもそのサガが離してくれないのよ! まさに運命の
モルフォが胸元から引き剥がそうとするもこのタイシスなる小動物、腰をカクカク振りながらも、がっしりと服を掴んで離れない。
見かねたゼロがタイシスを鷲掴みにして力の限り引き剥がしていた。
「おいおい、兄ちゃん、俺に触れると怪我するぜ?」
タイシスが口端を歪めたと同時、ゼロの身体は軽々と吹き飛び、氷の壁面に激突、亀裂走る陥没痕を生み出していた。
「が、はっ!」
アーマーすら貫通する衝撃に、ゼロは肺からの空気を全て吐き出してしまい、空気を求めて激しくせき込んでいた。
網膜に警告が投影される。
激突の衝撃で鎧が破損、ゼロブラッドの一部が外部に流失したとの警告であり、自動修復システムが損傷個所の修復を開始していた。
「だから、言わんこっちゃない。まあ、僕ちんは寛大だから加減してやったんだ。生を感涙にむせびながら頭を垂れて感謝するこったな」
タイシスは呆れを吐き捨てるように丸椅子に着地していた。
「あ~もう、毒なんて僕ちんのいるところでばら撒くなよな、こんなのどっかにぽ~いだ!」
短い前足を振るうと同時、ゼロの鎧から零れ出たゼロブラッドが忽然と消える。
如何なる手段を用いたのか、底が計り知れない。
「他にカクカクズキュンで何故この宇宙にいるのかとか説明してやろうとしたのによ、興が冷めちまったぜ。面倒臭いから、要点記したプリント置いて、僕ちんは過激に去るぜ! あでゅでぃおす~! ばびゅばびゅ~ん、飛びます飛びます~!」
屋台のテーブルに一枚の用紙を置くなり、タイシスは張っちゃけながらミサイルのように奥へと飛んでいった。
「ゼロ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、なんとかな……」
暴風が去った後のように、静寂を取り戻した氷の世界でゼロはロボに介抱されながら自力で立ち上がる。
気づいた時には壁面に叩きつけられていた。
アーマーに亀裂を走らせるまでの力を持つなど、ふざけた言動はさておき油断ならない。
「モルフォこそ、大丈夫か?」
「あ、うん――あ、ありがとう」
身を案じて声をかけたつもりなのだが、驚くように肩を跳ね上げてはゼロから距離を取っている。
嫌われたなと、ゼロは仮面の下で唇を噛んだ。
「それであいつが残した紙は?」
屋台のテーブルに置かれた一枚のプリント。
プリントアウトされた日本語が記されていた。
一:ここファイシスはキューブ状の四つの層で構成されています。
二:一層突破する毎に、特典として奪われた記憶と力が返却されます。
三:第四層がゴールです。指定ポイントまで到達できたヒーローには元の世界に帰還できる特典が与えられます。ヒーローのみなさま、頑張って目指してください。
四:ノーヒントでは味が悪いので、最下層に閉じこめたヒーローと無線機で会話できます。困った時はドシドシ活用してください。
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