第6話 蚊帳の外の蝶

 進んでも逃げても氷の世界に終わりは見えず。

 出会うのは怪人や怪獣などの敵ばかり。

 何度遭遇したか、何度撤退したか、ロボ車両形態に乗り続けてからかれこれ一時間あまり。

 この世界の手がかりの手の字すらまったく見えなかった。


「あ~尻が痛い」

「本来なら後部に専用シートを接続するんだがよ、この状況で贅沢を言わないでくださいだ」

「それは悪かった」

 車両形態で走り続けるロボには感謝し続けても感謝し足りない。

 もしロボがいなければ襲い来る敵に応戦せねばならず、自ずと消耗していただろう。

「消耗抑えるのに逃げ続けるのはいいが、まともに戦えないから万が一の時、きついぞ」

「ゼロ、聞くけど現状、戦う力はどれほどありますかだ?」

「基本、物理で殴るだけだ。技とかの名前は憶えているが、使い方を奪われているってのが現状痛い」

 現状に頭を抱えたいゼロだが、今(脇に)抱えているのは二基の破損したロケットランチャーである。

 殴って倒せるのならば苦戦もなければ撤退などしない。

 天の血族に有効打となるゼロブラッドは循環システムそのものが欠落している故、循環して量を増殖させたくても増殖させられない。

 何より左右の腕に武器が仕込んであったことに喜ばしくも、使い方がわからなければ意味がない。

「ハード、システム共に博士製だ。これならちっとはプログラミングを勉強しておくべきだった」

「助手と言ってたですな」

「助手といっても、フィールドワーク中心だ。怪人が出る前は、街中とか歩き回って、博士の発明品のテストをしていた、はずなんだよな」

 記憶を奪われた弊害か、当時の出来事は朧気だ。

「確かに覚えているのは、世間では高名な発明家でも、女子高生好きのクソジジイだったし、発明も当たり外れが激しかったってことだな……」

「そんな博士に何故、助手入りを?」


「親のコネ」


 ゼロの気軽な一言に一瞬の間が氷の風景と共に流れた。

「呆れの視線は流して……経緯を離せば、俺、高校行ってないんだよ」

「ニート故か」

「装甲、瘡蓋カサブタみたいにひっぺ剥がすぞ?」

 ゼロはジョークとして受け止めたからこそジョークで返す。

(ニートってなに? お肉の親戚?)

 モルフォは後方で一人、話に置き去りとなっていた。

 ニートとは、Not in Education, Employment or Trainingを縮めた用語であり、就学・就労・職業訓練のいずれも行っていないことを意味する。

 ありたい体に言えば、無職、または自宅警備員、ひきこもりだ。

「中学卒業して、三年ほど世界を巡っていたんだ。その間に、高卒認定は取得していたから、帰国後、どこの大学に入るか、悩んでいた先、親が助手の就職先持ってきたんだ」

 好々爺とその発明品に振り回される結果となったが、助手の話をゼロが受け入れたのには別なる理由があった。

「しばらく助手として博士の手伝いをしたら、希望大学に推薦状を書いてやるって条件つきでね」

 よもや、変身して怪人と戦う羽目になるとは思ってもいなかった。

「……まあ変身は成り行きだけどな」

 記憶に欠落はある。

 あるも、初めて変身した時の記憶は確かに残っていた。

「博士の孫娘とその友達の買い物に付き合わされた日のことだ」

 声に重しを増しながらゼロは語る。

「天の血族が現れるまで、各地で起こる殺人は猟奇殺人として扱われていた」

 瞼を閉じれば、穏やかな休日が崩れ去る光景を嫌でも思い出してしまう。

「歩行者天国の中、突然の悲鳴が上がった思えば、異質な人間が笑いながら逃げ惑う人々を殺していた。当然、俺は二人を抱えて逃げ出したが……」

 ターゲットにされた。 

 天の血族は笑いながら命を奪い取らんと迫る。

 ただの助手に抗う力などない。

 恐怖の中、どうにか孫娘たちだけでも守ろうとした。

「その時、助けたいかって声がして、後は声に導かれるまま変身。ゼロとなって天の血族を消滅させていた」

「その声の正体が件のZiだな?」

「ああ、その通りだ。博士から仕事用に渡された腕時計が突然喋れば、ベルトになって変身だなんて、どこの特撮ヒーローだって思ったさ。後は博士とZiから事情を知り、戦う決意を固めた自分がいるわけよ」

 もっとも博士は助手を戦わせることに責任を感じていようと、ゼロは逆に感謝していた。

 変身できなければ、今頃、孫娘たちと殺されていた。

 戦う力がある。何より笑いながら他の笑顔を奪う輩を許せない。

 ゼロが戦い続ける理由はただ一つ。

「おれはただみんなの笑顔を守るために戦っている。涙なんて見たくないんだ」

 家族を殺され、涙する人々の姿が深い悲しみを抱かせる。

 笑いながら命を奪う怪人の姿に煮え滾る怒りを抱かせる。

 だが、悲しみに沈まなかった。怒りに呑み込まれなかった。

 あの時、たら、ればと、背負わなかった。

 二つの感情をいがみ合わせながら、怪人と戦い続けた。

「まあ、現実は難しいがな……」

 ゼロの言葉は軽かろうと、声音には息苦しさがあった。

 救えなかった後悔がないとは、断言できない。

 ただ背負わぬようにしているだけで、救えなかった後悔は置き去りのままだ。

 拾うのか、忘れるように切り捨てるのか、今のゼロには答えを出せない。

「ゼロブラッドを増幅できない現状、天の血族との戦闘は危険だが、不老不死故、倒さなきゃならん……」

「ふむ」

 どこか嘆息するロボの音声が走行音に混じる。

「お尋ねするけどよ、そのゼロブラッドってのは、ハードはあってもソフトが欠落していると?」

「ああ、循環できれば増幅できるんだが……」

 ゼロが断言すると同時にロボは急に黙ってしまった。

 黙ること三秒、ゼロの網膜に接続許可を求めるブラウザが投影された。

「なんだこれ?」

「どうやら上手く接続できたようですね」

「この接続許可はお前からか?」

「はい、そのアーマーには量子通信機が内蔵されているようなんで、アクセスしてみました」

「そういや国際救難チャンネルで通信したもんな」

 同じ量子通信ならば、接続できぬ道理はない。

 世界規模で規格が異なろうと、調整すれば解決だった。

「中のシステムを閲覧させてもらえないだろうでしょうか? もしかしたら修復及び再構築できるかもしれませんだ」

 思わぬ提案に、ゼロは仮面の下で目を丸くした。

「プログラミングできるのか?」

「おうええい、自分の動作を最適化するための調整は日々怠らねえだっての です!」

 別段、ゼロはおかしいとも、不気味とも思わなかった。

 人間とて自らを鍛えるため身体を作り変えれば、健康のために体内を綺麗にすることだってある。

 ニアロイドが自らを調整するのも、人間が鍛えると同じだと率直に直感した。

「なら接続許可」

「許可に感謝します」

 それから走ること一分。

 加減無視の大音声がゼロの鼓膜を揺さぶった。

「おおお、これは凄い! スゲー!」

「だああああああ、いきなりなんだ!」

 突然の驚き声に、ゼロにしがみ付くモルフォの身体がビクリと跳ねた。

「あ、悪い悪い、失礼した。音量を下げる」

 徐々に音量は鼓膜に程よい位置にまで下げられた。

「それで、何だよ、今の声?」

 苦笑しながらゼロはロボに尋ねる。

 しがみつくモルフォも尋ねたそうに口を開きかけるも、今一歩、輪に入れず置いて行かれた。

「いえ、残っていたプログラムが高密度で無駄がないので、驚いているところです」

「俺からすればお前のほうが驚きなんだがな?」

 人間性の高いロボットなどゼロの常識を凌駕する存在だが、ロボからすればアーマーに組み込まれたシステムのほうが驚愕に値するようだ。

 人類で初めて医学のために人体解剖を行った者の心情と似たようなものなのか、生憎ゼロはただの助手なのでそこまで察せなかった。

「私の世界でもこれほど高度なプログラミングを行える人間は早々おらん。私が知る限り世界で二人だけなんだ」

「それで、どうだ?」

「閲覧したけどよ、多くがシステムの枠だけを残して綺麗に消えているな。けど、枠だけ残っていたのは不幸中の幸いだ。とりあえず優先順位としてエアコン機能とそのゼロブラッド循環システムの二つを再構築してみるよ」

「頼むと言いたいが、運転しながらするのか?」

 信頼に値する運転テクニックだとしても、ながらは事故を誘発させる。

 一昔に問題となった、ながらスマホが典型的な例だ。

「心配無用。プログラミングにかかる負荷は全体の二%にも及びません。人間でいうなら運転しながらバックミラーやサイドミラーを確認するようだ」

 例えがよく分からないが、注意を怠らないのだけはよくわかった。

「ただ残ったシステムを参考にして組み上げるので、私の腕ではオリジナルより劣るかもしれん」

「いやしてもらうだけでもありがたいさ」

「そう言ってもらえると助かります。あ、それとだなね。システムの最奥にロックされた領域を見つけました」

「ロック? どんなのだ?」

「Ziと名付けられたシステムです」

 ゼロは仮面の下で眉根を跳ね上げた。

「Ziだと! ロック解除はできるか!」

 もし解除できれば、持ち前の知恵を活かして強力なアドバイザーとなる。

 この状況をいくばくか好転できるはずだ。

「いえ、強固なロックに弾かれてしまいます」

 流石のロボの腕でもロック解除できないようだが、ゼロは責めなかった。

「仕方ない。Ziには悪いが目覚めの優先順位は下。エアコン機能とゼロブラッド循環システムの再構築を最優先させてくれ」

「とりあえずエアコン機能の構築が完了しました。後はご自分で調整してくれください」

 頼んだ矢先に完了させている。

 人間と異なるからか、一分もかかっていない。

 視線誘導デバイスも一部復帰しており、ゼロは気温に合わせてアーマー内の温度を適切に調整した。

「次にゼロブラッド循環システムだがよ、物が物なので少々時間を頂きまますぜ」

 そう音声を出力したロボだが、五分後、完全とは言い難くも循環システムの再構築を終えていた。

 五分が少々の時間感覚なのにゼロは目を見開き、舌を巻いた。

 ゼロブラッド循環システムを組んだ博士でさえ、その構築だけでも一ヶ月を必要としたからだ。

「私の腕ではオリジナルと比較して循環率は五〇%を下回ってしまいますが、これでも天の血族なる相手に後れを取ることはないでしょう」

 常時と比較してゼロブラッドの回復率は半分以下。

 いやそもそも、本来ならば使用した時点で完全回復している。

 天の血族にゼロブラッドを打ち込めること自体、有効打となり生存の希望に繋がった。

「次は、左右の腕部装甲内にある武装の収納と展開だですね。これはもう残っていた思考操作デヴァイスとリンクして使用できるようにしたぜ」

 改めてゼロの腕部装甲に内蔵されている武器を確認する。

(左腕に剣、右腕はフック付きアンカーか……)

 乗っておいてなんだが、ロボには足を向けられそうにない。

「ただ集音センサ以外のセンサ類は枠自体が欠落していたので、私俺とのデータリンク機能を勝手ながら組み込ませてもらったぜ」

「なるほど、一から組むより元からあったのと繋げたほうが早いからな」

「理解が早くて助かりますだ」

 ゼロはロボとのデータリンクを確認。

 網膜にロボが把握しているはずの宙域マップデータが投影される。

 迷路のような地図が表示されているのは、広域スキャン機能による賜物だろう。

 赤い点は怪獣などの敵影であり、中央にある黒い点はロボを示していた。

「これは便利だ」

 ゼロが本来持つセンサと比較して、ロボ搭載のセンサは範囲が比較にならぬほど広く、精度が高い。

 何しろ半径五〇キロメートルを索敵可能ならば心強く、それだけの代物を小型化させる技術に舌を巻く。

 博士が知れば喜ぶこと間違いなしだろう。

「お? FM無線の発信を確認」

「ああ、こっちも確認した」

 暗号化されていないオープン回線だ。

 距離はここより一〇キロメートル離れた地点。

 通信内容を確認したくともノイズが多く、まともに聞き取れなかった。

「行ってみますか? もしかしたら我々と同じ境遇の者かもしれません」

「行くだろう。普通」

 罠とは考えにくかった。

 怪獣に道具を使うような知性は感じられなかったため、自然な流れでこの宇宙に取り込まれた者が無線機で救援を呼んでいると考えれば、不審さなど抱かない。

「モルフォもいいよな?」

 ゼロは背中にしがみつくモルフォに声をかけるも返答はなかった。

「お~い、モルフォ?」

「あ、うん、ふ、ふたりがいいなら、いいよ! いいわよ!」

 モルフォは顔を俯かせていたが我に返っては言葉を滑らせていた。

「……」

 ゼロは蚊帳の外であったモルフォに敢えて何も言わず、FM無線の通信波と敵位置に注意を傾ける。

 男二人の会話に蚊帳の外になってしまうのは仕方ないが、ゼロは相容れぬ正義を知った一方で新たな隔たりを感じてもいた。

 その隔たりを日常生活で見たような既視感もまた。

「そういや、ロボ、お前って男、女どっちだ?」

 機械音声的に男性寄りだが好奇心で聞いてみた。

「骨格フレームは男性用ですので性別上、男だってのです」

 人間の男女は外見の肉付きだけなく骨格も異なるが、ニアロイドも同じなのは驚いた。

「悩み考えるなら、まず性別を持ち、個としての支点を持てというが生みの親である博士の言葉です。何しろ人間には男と女、その二種類しかいませんからそれに倣ったようです」

 ニアロイドの生みの親は、よほど開明的で賢智に長けた人物のようだ。

 悩み、考えた結果、SFに定番の人間に反旗を翻す危険性もあるというのに、よほどニアロイドの可能性を信じているのだろう。

 いや、訂正しよう。可能性を信じているからこそ、かもしれない。

 ゼロの方の博士も発明を続けるのは、社会をより良くするための善意だと以前語っていた。

 可愛い女子高生好きを第一に持ってくるジジイである辺り、女子高生のために社会を良くしようとしていると疑ったのは一度や二度ではない。

「男か……」

 モルフォがゼロの背後で呟いたようだが、ロボの走行音に上書きされた。



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