第5話 相容れない<なにか>

 頭上より迫るはワニのような大顎を持つ怪獣。

 右腕はなく、胴体には歯型のような傷痕を持つ身体にゼロは既視感を走らせる。

「こいつが――怪獣!」

 ゼロを喰らいつかんと大顎開く怪獣に、カウンターのアッパーで顎を殴り飛ばす。

「くっ、やっぱりそう簡単にはくたばらないか!」

 仮面の下でゼロは顔をしかめる。

 手ごたえは拳より伝わる痛みで確かにあった。

 だが、怪獣は顎に一撃受けようと、眩暈を起こすことも背を向けることもなく何事もないように立ち上がっては尻尾を揺れ動かしている。

「に、逃げないと!」

 モルフォが緊迫の声で震えるよりも先に、ロボは姿を先の車両形態へと変形させていた。

「戦わないのか!」

「力を削がれた現状で戦うのは得策ではないだよ!」

「だが、逃がして――くっ!」

 ゼロは真横から飛んできた黒き炎を掠めるようにして回避した。

 流れ弾となった黒き炎は忍者ロボットに直撃、ネジ一本残さず焼失させる。

 その熱波に晒されたロケットランチャーの筐体は飴のように溶解していた。

『見つけたぞ、虚無!』

 撒いたはずの天の血族が執拗に現れた。

「相手は逃がしてくれないようだな!」

 怪獣と天の血族は互い眼中にないようであり、よりにもよってゼロに狙いを定めていた。

「こ、このカブトムシもどき、殴り飛ばしてロケット弾をぶち込んだはずだ!」

「あいつらにミサイルなどの実弾兵器は一切通用しない。通常兵器で攻撃したとしても傷ついた瞬間から完全に回復している」

 降りかかる黒き炎を右に左にと避けながらゼロは告げた。

「早く乗って!」

 とっとと車両に乗ったモルフォが必死の形相で叫ぶ。

 だが、ゼロは敵に背を向ける気などなかった。

「こんのトカゲ野郎がっ!」

 鋭利な爪先を滑るようにして回避したゼロは背後に回るなり、その尾を掴み上げ、力任せに氷の床に叩きつける。

 両手に黒き炎を纏う天の血族が飛びかかろうと、怪獣の尾を引き上げ、盾代わりとした。

「なんて頑丈なんだ!」

 怪獣は黒き炎の直撃を受けようとその鱗に傷一つ生じていない。

 仮に撤退しようとも敵は執拗に追跡し続けるだろう。

 天の血族も、怪獣も一体だけとは限らない。

 逃げ続ければいずれ追い詰められるのが火を見るよりも明らかだ。

 明らかであろうと今、倒さなければ逆に倒される。

「だが、どうやって倒す?」

 ゼロブラッドは循環システムが欠落している。

 怪獣は見た目以上に頑丈だ。

 この寒い中、何事もなく活動していることから爬虫類は寒さに弱い常識は通用しない。

 考えろ。考えろ。

 ゼロは自分が特別賢く、特別強い人間だと思っていない。

 強いのは纏うゼロアーマーのお陰であり、今まで天の血族相手に勝ち続けられたのもZiのアドバイスがあってからだ。

 考えるのを止めれば、ゼロは戦士以下、凡人以下。下手すれば未満だ。

 見極めろ。観察しろ。勝機は必ずそこにある。

「Ziならどうアドバイスする?」

 天の血族の吐く黒き炎が氷の床を溶かし、足元を滑りやすくする。

 怪獣は足爪をスパイク代わりにしてゼロへと迫り、鋭利な爪を幾重にも振り下ろす。

 後退するように回避するゼロだが、溶けた氷の床に足を滑らせ、背面を打ち付ける。

「くっ!」

 狙いすましたかのように真上から天の血族が拳を振り下ろしてきた。

 ゼロは全身をバネのように跳ねさせることで拳から逃げる。

 氷の床の上を激しく横転するゼロは体内の血液とは別の血液が一か所に溜まるのを感じとる。

「……まさかっ!」

 今のアーマーはゼロブラッドを溜めるだけのバケツのようなもの。

 バケツ。

 バケツとは本来、水を汲み取り溜める道具だ。

 だが、別なる使い方も使い手次第である。

「試してみる価値はある!」

「なんで逃げないの!」

 モルフォが切羽詰った声で叫ぼうとゼロには聞こえない。

 足裏に力を集中させたゼロは溶けた氷の床を力強く踏み抜いた。

 当然、そんなことすれば力が地に伝わらずに滑るのだが、それこそゼロの狙いだ。

「回転した!」

 ロボの驚く音声がしようと関係ない。

 ゼロはスリップした力を応用して全身をコマのように回転させていた。

 両手を羽根のように大きく広げ、なお加速させ続ける。

 生じた遠心力により左の指先に血液が集まるのを感じると同時、別なる血――すなわちゼロブラッドもまたアーマーの指先に集まるのを感じとる。

「これなら――行ける!」

 何故、水の入ったバケツを回転させると中の水はこぼれないのか?

 それは回転させることで遠心力という外に向かって働く力が発生するからだ。

 足を滑らせて横転した際、ゼロはゼロブラッドが遠心力で引っ張られるのを感じ取った。

 ならば意図的に身体を回転させれば、発生した遠心力に引っ張られたゼロブラッドを一カ所に集められるはず。

 一種の賭けであるが、賭ける価値のある賭けであった。

「さあ、天に穢れし魂よ、怪獣共々消え去れええええええええええっ!」

 コマのように高速回転していようとゼロは戦闘で培われた勘により、天の血族と怪獣の位置を把握できる。

 最初に怪獣を弾き飛ばせば、その弾き飛ばした先に立つ天の血族に衝突させた。

 衝突にて大きく姿勢を崩す敵に、回転を維持したままゼロは手刀を作り、指先に集中したゼロブラッドを頭上から叩き割るように打ち込まんとする。


 だが、手刀は敵に届くことはなかった。


「なんか出たああああああああっ!」

 手刀を追い越すように左腕装甲から両刃の剣が飛び出し、ゼロから驚愕が飛び出した。

 刀身は怪獣の頭部を割り、密接する天の血族に刃先を届かせている。

 腕越しに異なる血が混ざりあうのを感じ取れば、すぐさま剣ごと腕を引き抜いた。

『ぐ、ぐぐぐ、虚無めえええええええええええええええええっ!』

 ゼロブラッドは瞬く間に天の血族のユニブラッドと混ざり合ったことで白き虚を生み出し、怪人の身体を内から吸い込むよう消失させていく。

 密接していた怪獣もまた巻き込まれ、何一つ遺骸や遺品を残さず消えていた。

「ふう……やってみるもんだな、剣が出たのは……結果オーライだ」

 仮面越しにゼロは胸を撫で下ろす。

 右腕にフックつきアンカーと来て、左腕には剣が内蔵されていた。

 恐らく、遠心力で飛び出したのだろう。

「記憶にないのが疎ましいが、問題は……」

 ゼロは視界脇に網膜投影される残存メーターに目を向ける。

 残存ゼロブラッド七%。先の一撃で三%消費した。

 循環にて増殖できない状況下、乱用は避けなければならない。

「よ~し、移動する――ぐっ!」

 ゼロは剣先を押し込む形で腕部装甲内に収納させる。

 次いで振り返れば強烈なビンタを味わった。

 仮面越しであろうと直接素肌を叩かれた痛みであり、あろうことか叩いたのはモルフォときた。

「どうしてそんなことができるの!」

「はぁ?」

 ゼロはモルフォに叩かれた理由が分からなかった。

 ましてや激怒する理由もまた。

「なにって敵を倒しただけだ」

「だから、どうして倒したの! 相手も生きているのよ! 簡単に命を奪うなんて信じられない!」

「奪わなければ奪われる。ただそれだけだ」

「話し合おうとしないの!」

「なに言ってんだ、お前?」

 話の通じる相手ならば話し合おう。

 だが対話とは本来、対等に話し合うもの。

 対等ではない者同士で行えば、片方がその立場や力の差に屈服させられるしかない。

 対等ではない者は猜疑心を育み、その相手を信じないし信じられない。

 仮に丸裸で来られようと裏切られた場合、抵抗できないからだ。

「お前は聖人かなにかか?」

 ゼロはこの魔法笑女なる者と相容れない<なにか>を理解できた。

 やはり(笑)がついた魔法少女だ。

「あいつらと対話しろ? ……バカか!」

 頭に夢と理想と現実見ずのオガクズが詰まっているようだ。

「どんな相手だってしっかりと話し合えば分かり合えるわ!」

 怒り方によりモルフォなる魔法少女(笑)は敵を倒すのではなく救うのだろう。

 安易に奪うな、安易に殺すな。

 現場に居もせずカメラ前でペラペラ持論と非難しかしない自称専門家のようで腹に来る。

 だからこそ、ゼロは現実を言ってやった。

「……三〇万四八〇四人」

「な、なによ、その人数?」

「さっきの甲虫の怪人、そいつら天の血族に殺された一般人の数だ」

「多いですね」

 ロボが驚嘆するように口を挟んだ。

「ああ、多い。何しろ、奴らが一週間、世界各地で殺しまわった数だからな」

 封印より目覚めた天の血族は世界各地に広がり、遊びで人命を奪い続けた。

 ゼロが鎧を纏って戦いだしたのは半分成り行きであり半分は宿命だ。

「……二〇〇〇年以上の昔だ。奴らは天の島と呼ばれる浮遊島を自力で築くほどの高度な文明を持っていた。当時の人々は天高く浮かぶ島に住まう奴らを神や悪魔と恐れ敬い崇めていたそうだ。もっとも奴らにとって地上に住まう人間は退屈まぎれの玩具。繁栄しすぎたお陰で退屈となり地上に殺戮という娯楽を求めるようになった。発展した技術で不老不死となり無性で繁殖でき、動植物の遺伝子を組み込んで得た強靭な肉体を会得。さて、銃すら効果のない相手とどうやって相手する?」

「は、話し合えば……」

 バカかとゼロは仮面の下で今一度吐き捨てた。

「確かに対話による解決は最良の手段だろうよ。けどよ、相手が強大な力を持つ上に、命を遊びで奪う価値しかないと思っているならば、戦って打倒するしかないんだよ」

「――――」

 モルフォから反論などない。

 いや噛み絞めた表情から悔しさが滲み出ており、反論できないが正しいだろう。

「ではゼロ、一つ質問だが、当時の人々はどうやって生き残ったのだですか?」

「簡単だ。先代の戦士が奴らを残らず島ごと封印したからだ」

「どうやってですか?」

「確かに当時の人々に対抗手段はなかった。だが、天の血族は自らの対であり弱点であるアーマーを開発しては地上に落とし、どう抗うか楽しもうとした」

「それは、それは」

「当時のアーマーは安全装置もない試作型の危険極まりないものだ。適合しなければ鎧内の感応流体エネルギー、ゼロブラッドに身体を蝕まれて死に至る。仮に適合しようと、死ぬまで鎧は脱ぐことができず命を削られていく。だが、たまたまその鎧を拾った人間が適合、命を削られることなく天の血族に対抗し、消滅できずとも島ごと封印して見せた。そして万が一封印が破られた時を想定して未来へ危険を記した石板を遺した。おれが先代の戦士と呼ぶ男のことだ」

「なるほど、その石板からあなたのアーマーが開発されたのか?」

「ああ、正確には石板を解析してゼロアーマーを完成させたのは博士だがな、俺はただの助手だよ」

「助手って、ならきみは幾つなのよ?」

「あ、おれか? ……一八だが?」

 天の血族に唯一対抗できるゼロの正体が、一八歳の研究所員助手だという真実を知る者はいない。

 謎の戦士、怪人を倒す怪人、どこから来てどこに行くのか、警察やマスコミは日夜その正体を追っている。

 もっともインターネットが発達した世界。情報は必ずどこからか漏れるが、その基幹システムを構築したのが他でもない博士であるため、仮に正体がインターネットに流出しようと自動削除されるシステムが裏で組み込まれていた。

「嘘、年上……」

「この状況で年齢性別は関係ないだろう」

 ゼロは絶句するモルフォに呆れ、兜の頭頂部を搔いた。

「関係あるのは、敵は倒さなければ倒されるし被害は増える一方だってことだ」

「ほ、本当に、た、倒すしかないの?」

 ない、とゼロは首を縦に振ることで断言した。

「天の血族は誰もが残虐かつ狡猾で闘争本能の塊だ。如何にして人間を楽しんで殺すか、どう命を奪って退屈を凌ぐか、それしか考えていない。時には無知な市民を味方につけて背後から殺戮した時もあった」

 ゼロは忘れられぬ日を語り出した。

 戦士として戦いだして二週間、市民は謎の戦士と怪人に警戒を抱いた。

 一方、どこから怪人の正体が太古より目覚めた古代種族である情報が流れるなり、保護活動が発生する。

 怪人に人権を与え、この世界で良き隣人として共に暮らそう。

 俗に言う擁護派の誕生であった。

 善意なのだろうと、自分の価値観で行動する迷惑省みない能天気な言動だ。

「当然、その怪人を消滅させる俺はそいつらからすれば怨敵だ。天の血族との戦闘に平気で割り込んで妨害を何度も受けた。あろうことか、友好への礎になったと被害者や遺族を嘲笑った。天の血族はそいつらを使えると思い、時代の無知を装って近づいてきた。結果は分かり切っていた……友好を広めると謳った会場で大々的に殺戮を行った。見せしめ、だったんだろうな……現在に生きる人間に対しての」

 何より腹立たしいのは幾度となくゼロを妨害しておいて、現場に駆けるなり助けを求める哀れな姿だ。


 た、助けて、た、助けてくれ!

 な、何故だ、わ、私たちは良き隣人として!

 ゼロ、ゼロ、来てくれ!

 ゼロおおおおおおおおおおおおおおおっ!


 声という声は今なお耳に焼き付いて離れない。

「あの時、現場にいたのは八万人規模。だが、実際に救えたのは四人だけだ……」

 救う価値と救わぬ価値との境界は何なのか、悩み苦しむことになる。

 後味悪いので一応は助けたが、カメラの前でだけ、まだ擁護を叫ぶ姿に殺意を覚えた。

「この事件で擁護派はほぼ壊滅。世界中に生放送されていたことで誰もが対話は不可能であると悟り、以後の戦闘で邪魔が入らなくなった」

 天の血族が出現した際に避難を促す警報アプリのインストールが携帯端末に義務付けられた。

 市民生活の安全確保を名目に防犯カメラの設置台数が増加した。

 避難シェルターすら設置されるようになった。

 警察に新型武器が導入され対怪人課が設立された。

 それでも犠牲者の数を抑える程度にしかできなかった。

「お前がどんな力で戦い、人々を救うか知らないが、俺は否定しない。だから、お前も俺を否定するな」

 トドメの一刺しにモルフォが後退る。

 顔を俯かせてスカートの裾をきつく握りしめていた。

「ただ一方的に相手を否定するのは自分に酔っている証拠だ」

 言葉は仮初の弾丸だ。

 一度放たれれば、ブーメランのように戻ってくることはない。

 まだ出会って日の浅い相手に言いすぎたとの自覚はある。

(Ziがこの場にいたなら、小言が一〇は飛んでいたな……)

 第一声に、きみは荒んだ心を相手にぶつけているだけだと来るだろう。

 否定はしなかった。できなかった。

「あ~もうそういうことだ! 色々な事情を自分の価値観で否定してくるなってこと!」

 半分は苛立つ自分に言い聞かせていた。

「あ、うん……」

 モルフォはただ顔を俯かせて短く返すだけだ。

「では乗ってください。センサに接近する敵影が四つあるぞです」

「どのくらい走れる?」

 ゼロ同様、エネルギーに何かしらの不備を抱えている可能性があると思った故だ。

「稼働エネルギーについては問題なしだ。ニアロイドはエネルギーを自己生産、自己消費するサイクルがありますだので、無補給で走り続けられます」

「溶けた飴細工になったミサイルランチャーみたいにか」

 同じ世界の技術なのだから、近似した効果はあろう。

 ただ、忍者ロボットは既に焼失、ミサイルランチャーは熱波に炙られたことで表面を溶解させている。

 いくら撃ち放題といえども発射口を潰されればただのガラクタだ。

「ああ、貴重な武器が……ですが」

 ここでロボはゼロに頼んできた。

「幸いにも中枢は無事のようです。恐縮ですがゼロ、その二つを回収してくれよ、ませんか」

「修理できるのか?」

 二基のロケットランチャーを抱えたゼロは尋ねていた。

「中身を開けて確かめてからだ。というわけでとっとと乗ってくれださい」

 ロボに促されてゼロは車両に搭乗する。

 モルフォも顔を俯かせながらであるが、ゼロの背後に乗っては震える手で白きアーマーを掴んでいた。

「では加速」

 車輪が氷の床に食い込み、駆けだした時にはロボ車両形態の速度は一〇〇を超えていた。

「叩いてごめん……」

 耳元でモルフォが囁いたのをアーマーの集音センサが拾い、ゼロに届けていた。

「誰だって怒ることはある。俺だって言いすぎた」

 例え相容れぬものがあろうと理解し合えぬとは限らない。

 相容れぬならば相容れぬ部分を理解し合えばいい。

 理解しようとせず、ただ一方的に力を振るうのは天の血族と同類だ。

「もう過ぎたこと、終わったことだ。気にするな」

 微かだが背後から頷いたような音を集音センサは捉えた。




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