第4話 多次元宇宙

 ロボと名乗ったロボットにゼロは改めて礼を言う。

「とりあえず助かった。改めて礼を言う」

「いえ、お礼を言うのはこっちのほうだ……ん~少々お待ちを――言語機能に問題があるようで、語尾に障害が……」

「その程度、俺は気にしないぞ」

「感謝する――します」

 傍と聞いて言葉遣いが揺れる程度のため、気に留めるゼロではない。

「状況を察するに、あんたたちも俺と同じくこの宇宙に取り込まれたみたいだな」

 ロボットと蒼髪の発する言語が日本語なのはこれ幸いときた。

 多くのシステムが欠落している今、言語変換機能にリソースを割らなくって済む。

「宇宙ってどういうことよ……」

 涙目の蒼髪がワイヤーに縛られたまま氷の床に放置されている。

「あ、悪い、悪い。そっちからも話聞いとかないとな」

 軽く謝罪したゼロは、蒼髪に巻き付けたワイヤーを解いた。

 改めて視界を上下させるゼロは、少女の服装にどこか違和感を覚える。

 フックがひっかかろうと破れぬ蒼いスカートワンピースは身体のラインを浮き出させるほどフィットし、胸元や袖口には金色の刺繍が施されている。ヤベースゲーと語彙力低下を促すたわわな胸元には蝶のような模様があり、抱きしめたい欲情をそそられる腰には斜めに巻かれたベルトと直方体のケース、そしてポーチがさげられていた。

「蒼髪を追いかけていた理由が盗まれた身体を取り返すためとして、普通ロケットランチャーぶっ飛ばすか?」

「足止めに手頃なのがそれしかなかったもので」

「あーそれは仕方ない」

「仕方なくない! 怖かったんだからね!」

 蒼髪から涙目で飛ぶ抗議をゼロは流す。

「気づいたらこの氷の世界にいており、変な生物に中枢コアを抜き取られて放置されていたんだ。考えるのを止めかけた時、あの忍者――まあ、スパイロボットが近場を通りかかってたのを好機に、ハッキングして代理のボディとしたんだよ」

「へ~これもロボットなのか、お~ホントだ。金属特有の打音がする」

 彫像と化した忍者の胸部をゼロは試しに軽く叩けば、金属特有の軽快な打音が返ってくる。

 忍者型スパイロボットなら、諜報活動を主とする故、一切の音を発しない理由にも説明がつく。

 頭巾を取り外せば、その素顔は蝋人形のように精巧に造られた顔つきであった。

「ボディを探しに探して、ついに見つければ、乗り逃げされ……何度も、返すよう通信を送ったのですが、届いてなかったのでやむを得ず……だけどよ、ゼロと邂逅したことは幸運だった。出会っていなければ今なおロケットランチャーを撃ちながら追いかけていたぜ、でしょう」

「忍者でロケットランチャーね……撃ち放題のロケットランチャーとかどういう仕組みしてんだ?」

「簡単だ、です。生産されるエネルギーを活用してロケットランチャー内でロケット弾を製造しているだけなんだです」

 夢のような事実にゼロはマスクの下で目を丸くした。

「マジ?」

「マジ」

「????」

 蒼髪一人を蚊帳の外に置き、一定の間が過ぎる。

「つまりあれか、エネルギーが続く限り、弾を自己生産、自己消費できるってか、スゲーな」

 ゼロブラッドと類似する性能のようだが、あくまでエネルギーであって、物質化するまでの技術など知らない。

「どういう仕組みだ?」

「あ、詳細は企業秘密ですだ」

 ゼロは脱力感に襲われ、腰砕けになりかけた。

 ロボットなのに妙に人間臭い。

(博士が見たら死ぬほど喜ぶぞ)

 工具両手に分解解析させろと迫るに違いない。断言できる。

 高名な発明家である博士ですら人間と同じような思考を持つロボットを開発できずにいるからだ。

「やっぱり見た通りのロボットだから、ロボなのか?」 

 ロボットだから名前はロボなのは安易だと感じた。

「いえ、ロボはスペイン語で狼を意味するんです。私の生みの親がシートン動物記のファンでしたので、ロボと名付けた経緯があります。まあ、半分は狼のロボ(LOBO)とロボットとのロボ(ROBO)をかけた遊び心もあるようだがですが」

 ゼロは発言を撤回した。

 加えてシートン動物記の電子絵本を幼き頃、読んだような気がした。

「それに俺、私は確かに機械ですが、ロボットというのは語弊があります」

「というと?」

「私はニアロイド。ハーツクリスタルなる人工結晶石集合サーキットを搭載された新世代アンドロイドです。そうですね。分かりやすく説明するすれば……」

 ロボは顎下に右親指を添えれば天井を見上げて黙考する。

 人間臭い。本当に人間臭い。AI搭載ならば的確な解答など出されるはずだが、その仕草は悩んでいるようにしか見えない。

「悩み、考え、そして自ら決定して行動起こす。この三つの法則ロジックを与えられたロボットの総称と理解していただいて結構だです」

「悩むロボット……SFかゲームだなもう」

「あなたは見た通り人間のようですがね」

 チカチカとロボは顔面を点滅させていた。

 ただ点滅させているだけなのだが、ゼロは鎧の内を見られているような不思議な感覚を抱く。

「ああ、人間だよ。こんなアーマー装着しているがな」

 顔を見せたいが戦闘中に兜を脱ぐ気はない。

 そも、兜をどうやって脱ぐのかすら忘れていた。

「それで、ええっと……」

 次いでゼロは蒼髪に自己紹介を求めた。

 視線に気づいた蒼髪は涙目を袖で拭い、取り直しては名乗る。

「あ、私? 私は魔法笑女まほうしょうじょモルフォ。モルフォだよ」

 名を聞いた瞬間、ゼロは仮面越しに頭を抑えながら違和感の正体に気づいた。

 ワイドショーを毎年賑わす、開催数三桁の夏と冬の年二回行われる大規模同人イベント。

 テレビやネットにはアニメや漫画の格好をする者たちが映し出されるが、モルフォの格好はまさしくそれだ。

「ま、魔法少女?」

 ショーワですか? それともヘーセーですか?

 仮面の下でゼロは無意識ながら冷やかに目を細めた。

「違う、違う。少じゃなくて笑のしょう。私はみんなを笑顔にする魔法笑女なの」

 くるりんとスカートをひるがえして、モルフォはかわいくポーズを取って見せた。

 先ほどまで涙目だったのに変わり身が早い。

 見ていると痛いので、一先ず分かった情報をゼロは整理した。

 ニアロイドなるロボットの存在など知らない。

 魔法少女ならぬ魔法笑女なる痛い女子も知らない。

 ただスペイン語、シートン動物記、小や笑の漢字。

 看取った騎士から得た情報と結合させれば、別世界、別地球の人間と考えればしっくりきた。

「並行世界って本当にあるんだな」

「正確には多次元宇宙マルチバースだな」

「多次元宇宙?」

「おうえい、自分が住んでいる宇宙とは異なる宇宙。限りなく近くに隣あいながら果てしなく遠い宇宙のことだです。そう……葡萄はわかりますか? あの実一つ一つが一つの宇宙であり、実のように無数の宇宙が隣り合っている。ですが宇宙の壁は厚いため、隣あう宇宙に行けません。本来ならば――」

「異常事態ってことは理解しているさ」

 何者かが異なる宇宙に住まうゼロたちを未知の世界に取り込んだ。

 そう考えれば矛盾は芽生えなかった。

「ロボだっけか、そっちの技術では、その多次元宇宙ってのに行き来出るのか?」

「いや、私の世界は宇宙開発を契機とした軌道エレベーター建造やニアロイドを開発する機械工学技術は高いのだがですが、別宇宙を超える術はありませんです」

 だが、先の説明、まるで観測すら行っていたような説明に矛盾がつく。

「軌道エレベーターってなに?」

「地球と宇宙を繋ぐエレベーター!」

 横から口を挟んできた蒼髪改めモルフォにゼロは一喝するよう答える。

「エレベーターぐらい知ってるわよ! 動く階段でしょう!」

 モルフォから怒りの反論が飛んできた。

「ポケベルも知らない人に言われたくないわよ!」

「モルフォ、動く階段はエスカレーター……」

「あっ……」

 ロボの指摘に、モルフォの顔は瞬く間に羞恥で真っ赤となる。

「っか、ポケベルってなんだよ?」

「ライブラリに該当データありだ」

 ロボが律儀に答えてくれた。

 ポケットベル、通称、ポケベル。

 電話ダイヤルによる特定の手順にて、電波で小型受信機にメッセージを送る無線呼び出しサービスを行う機器。

 一九九〇年頃に個人需要が最盛期を迎えるも、後に登場した携帯電話に押されて規模を縮小、二〇一九年にサービスは完全終了した。

「さ、サービス終了って、だってみんな普通に使っているわよ!」

 真っ赤から蒼白になった顔でモルフォは狼狽する。

「話聞いてないのかお前、世界が違うっての!」

 隣家が自宅と異なるように、隣り合う世界もまた違う。

 ならば、普及するツールが異なるのもまた当然であった。

「一九九〇年代って俺、生まれてないぞ」

「同じだです」

「ちなみにそっちの西暦は何年? 俺のところは西暦二〇九九」

「西暦三〇一九年ですだ」

 そして、有機と無機、二つの視線がモルフォに集う。

「と、東暦とうれき一九九〇年……」

 どこか気まずそうな声音であった。

「東暦ってなんだ?」

「恐らく西暦に該当するのだと。西暦の西は西ヨーロッパの暦から取られています。紀元前と後の区切りはキリスト誕生ですだ。当時、最大勢力のキリスト教の本拠地が西ヨーロッパのローマにあったです。東なのは東ヨーロッパに本拠地があったんだろう」

「SF作品とかだと平行世界は微妙に違うというが、かなり違うところは違うみたいだな」

 幸いなのは住まう世界が異なろうと、意思疎通がどうにか行えることだろう。

「ちなみに、スマートフォンって知ってるか?」

「普通にありますよ?」

「え……な、なにそれ?」

 モルフォ一人だけ話に置いていかれるのが、どこか気の毒だ。

 別に仲間外れにする気などさらさらないのだが、文化の違いが疎外感を否応にも生み出してしまう。

 ゼロとロボは目を合わせば何度か頷きあう。

「話を戻す。捕捉しておくが私が多次元宇宙の情報を知っていたのは、忍者の身体を得て、モルフォを追跡する三六時間前、多次元宇宙を行き来しているというデータが入った記憶媒体を入手したからなんだです」

「……その記憶媒体の持ち主は?」

「既に事切れていたよ」

 あっさりと説明するロボに、死を語るのに躊躇う人間との温度差をゼロは感じた。

「未知の言語が故、解析に時間は必要でしたが、ロケット弾撃つ片手間でも解析できた。その結果、私たちの他にもこの宇宙に取り込まれた者がいる可能性は高いようです」

「だろうな……」

 ゼロは看取った騎士を思い出し歯噛みした。

 どこの宇宙かも分からない。

 何故、この宇宙にいるのか。

 何故、力と記憶の一部を奪われたのか。

 取り込んだ者の目的は何か。

 同じ境遇の者と合流すれば何か分かると期待したが、残念な結果に終わった。

「蚊帳の外すぎる……」

「黙っていろ、魔法少女(笑)、話が拗れる」

 どんな魔法を使うかは知らないが、盗んだ車両で走り出す痛い魔法少女(笑)なのはよく理解できた。

 加えて、どこか相容れない<なにか>を戦士の直感でゼロは感じ取ってもいた。

「なんか笑の字、変なところにつけなかった?」

 女の勘は恐ろしい。

 仮面をつけていようと素顔を看破されたような気分だった。

「ともあれ、同じ境遇同士揃ったんだ。ここからどう脱出するか情報を集めるべきだろう」

 現時点では情報が不足しすぎている。

 この宇宙の探索及び取り込まれた者との合流による戦力強化が妥当な線だった。

 ただ、間に合わせの数合わせの面が強いのは否めないだろう。

「ゼロの意見に賛成です。他にも生存者がいる可能性も……――接近警報!」

 唐突にロボの顔面が赤色灯へと変わり、警告音を発した。

「上だ!」

 警告音声に従いゼロが見上げれば、天井に張り付く爬虫類を目撃する。

 特撮巨人ヒーローに出てくる怪獣を大人ほどの体躯までダウンサイジングさせた体躯を持ち、何よりワニのような大顎を開いては舌なめずりしている。

 右腕はなく、胴体には歯型のような傷痕があった。

「こいつが――怪獣!」

 警戒を孕んで身構えたと同時、ゼロ目がけて怪獣が飛び降りてきた。

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