第3話 遭遇

「ぐべしっ!」

 灰色の車両に跳ね飛ばされたゼロは氷の床を激しく横転する。

 衝撃で右腕装甲部から金属が滑るような音が響いたところで、仰向けに倒れこんだ。

『くっははははっ! 無様だな、虚無!』

 甲虫怪人の嘲笑が耳障りだ。

 装着するアーマーのお陰で激突の損傷は軽微だが、中身であるゼロは軽い眩暈を起こしていた。

「くっ~な、なんだよ、今度は!」

 気合で意識を立て直したゼロは怒り叫ぶ。

 加害車両の灰色の車両は、衝突の衝撃で搭乗する蒼髪の少女を乗せたまま激しくコマのように回転していた。

 のも束の間、車両側面にある一対の垂直翼を手のように動かせば、回転を空力で抑制、姿勢を整えている。

「ふにゃ~」

 車両の回転が止まろうと、目の回転が止まらぬのが蒼髪の少女。

 整った顔立ちであるが、髪色に劣らず、顔が真っ青ときた。

「次から次に!」

 悪態つくゼロだが、現状を見失わない。

 甲虫怪人と激突車両、どちらの危険度が高いか、明白だからだ。

(待てよ……現状、怪人の相手は得策じゃない。ならば……)

 力の使い方を忘却している今、まともに戦えない。

 あの車両で離脱するのが得策ではないか。

「それなら!」

 寄らば大樹の陰、乗りかかった船だ。

 ゼロが一歩踏み出したと同時、ひゅるるる~と放物線を描くような音が響き、足元で爆発した。

「今度はなんだ!」

 次から次に事が起こる。

 望遠センサが胴体反応を捕捉したとゼロに通告、灰色の車両と同じルートを追うように走っている。

「じ、時速一〇〇キロだと、だが、この影は!」

 急速に近づく影は人の形をしていた。

 秒刻みで形は鮮明となり、左右の肩に四角い筐体を担いで走る黒き忍者を視界で捉える。

 全身黒装束の忍者は口元に巻物代わりか、透明な水晶体を咥えていた。

「に、ニンジャ、だと!」

 人間が時速一〇〇キロで走るなどありえない。

 何より、センサが忍者に警告を鳴らす。

 あり得ぬ速度で走りながら、一切の音を発していないこと。

 筐体の正面には四つの丸穴が覗き、ご挨拶と言わんばかり丸みを帯びた先端を飛び出させたこと。

「おいおい、まさか!」

 息を呑む間もなく、筐体四つの丸穴から先端が全容を露わとした。

 筒状の物体が後尾を激しく燃やしながら飛び出した。

 四方八方で爆発の波を巻き散らしては熱放射がゼロを容赦なく焼き尽くす。

「ろ、ロケットランチャーかよ!」

 敵に向けてくださいと、取扱説明書にある武器だ。

 四方八方に当たり散らしていることから、無誘導弾の類のようだが、ろくに狙いもつけず見境なしに放たれている。

 爆発の炎に包まれるもゼロは辛うじてアーマーの性能に助けられた。

「ひ、ひいいい、きたああああああああああああっ!」

 間一髪で爆発の炎から逸れた蒼髪の少女は意識を取り戻しており、灰色の車両で離脱しかけていた。

「あ、待て、コラっ!」

 あの蒼髪と忍者は敵対関係なのか、類推する間すら今は惜しい。

 幸いにも今なお降り注ぐロケット弾から生じた爆風により、甲虫怪人は抑え込まれている。

 だから、駆けだすも右腕が唐突に引っ張られた。

「くっ、何だ!」

 ゼロの右腕が伸び切っている。

 原因は右腕部装甲より伸びるワイヤーだった。

 先端には釣り針のような鋭い返しがついており、亀裂走る氷の壁面に食い込んでいた。

「アンカーかよ、んなくそ!」

 力づくで右腕を引っ張れば、氷の亀裂からワイヤーの先端は解放される。

 同時、これは使えると判断した。

「あるものはなんでも使う!」

 ゼロはワイヤーを掴めば、頭上で激しく回転させる。

 アンカー付きワイヤーが何故、アーマー内にあるのか、記憶がないのだから確認しようがない。

 だとしても、窮地を脱する一糸とする。

「どりゃああああああああっ!」

 回転で勢いをつけたフックを遠ざからんとする灰色の車両に投擲する。

 風切り音を放つフックの先端が食い込む感触をワイヤー越しに伝えてきた。

「えっ、ちょ、ちょっと、スカートに!」

 蒼髪から悲鳴が届く。

 見れば、張り詰めたワイヤーの先端が灰色の車両ではなく、蒼髪のスカートに食い込んでいた。

「ええい、ままよ!」

 灰色の車両は搭乗者のスカートにフックが噛みついたままであろうと、ゼロをワイヤーで引っ張っていく。

 引きずられぬようゼロは力強く両足を踏ん張り、足元が氷の床であることから滑るように牽引させる。

 軟素材が千切れれば終わりだが、ほんの少しでも距離を稼ぐため賭けと出た。

「もうなんなのよ!」

 灰色の車両から蒼髪の泣き言が響く。

 必死の形相でスカートに噛みついたフックを外そうとしているも、ゼロの重みと慣性で深く喰いこんでいることから外れずにいる。

「なんか知らんが、えらい丈夫な生地のようだな!」

 引き千切れると大方思っていたが、大物を釣り上げた気分だ。

『ピ~ガガガレディガガガッ!』

 甲虫怪人と忍者から距離が開かれていく中、ゼロのアーマーに内蔵された量子通信機がノイズを拾う。

 システムが律儀に発信源を特定。

 後方で甲虫怪人を殴り飛ばして迫る忍者からだ。

 ノイズフィルタが自動機能、通信をクリアとする。

『その身体ボディ、置いてけええええええええええっ!』

 鬼気迫る通信が忍者から発せられていた。

「おい、蒼髪、あの忍者なんだ!」

「あ、あんなくノ一知らないわよ! ずっと追いかけられてんだから!」

 叫ぶようにゼロが問い質せば、蒼髪は喚きながらも律儀に答えてくれた。

 ただ、あの忍者は身体の輪郭からして明らかに男だ。

 くノ一は、確か女忍者の呼び名のはず。

 女の字の書き順が、く、ノ、一となることからそう呼ばれているはずだ。

「とにかくだ!」

 後方に目を向ければ忍者が執拗に追跡している。

 速度は変わらずの時速一〇〇キロ。

 加えて肩に抱えたロケットランチャーから更なる追跡者を増やしている。

「ったく、なんだよ、あのロケットランチャー、何発撃ってんだ!」

 穴が四つあるからこそ、最大四発のはずが、かれこれあの忍者は二〇発以上は撃ち続けている。

 ゲームクリア特典にありがちな弾数無限武器なのか、構造に興味を抱くも、今は生を抱いて進む道しかない。

「こ、こっちが知りたいわよ! ずっとずっと、追いかけてくるんだから!」

「何やらかしたんだか……」

「何もしてないわよ! ただ変な怪物に追われてたら、丁度いい乗り物見つけただけよ! そしたら今度はあのくノ一に追われるようになったの!」

「乗り物ってこの車か、だけどよ」

 あの忍者も怪獣の類なのか。

 ただ、一方で受信した通信が違和感を拭いきれない。

「ええい、ともかく速度を維持しろ!」

「なんで指示なんてするのよ!」

「この状況だ! 一蓮托生が最良だろう!」

 押し付けるように言いながらゼロは通信バンドを調整する。

 万が一の可能性もあろうと、忍者の通信とゼロの予測が正しければ、追跡は穏便に終わるはずだ。

「おい、聞こえるか、そこの忍者!」

 国際救難チャンネルでゼロは呼びかける。

 あらゆる機材で相互通信が行えるよう国際法で定められた通信周波数だ。

『――っ!』

 なおロケットランチャーからロケット弾を放つ忍者に反応あり。

 トリガーを引きかけた指が固定されたように止まっている。

「俺はゼロ。身体置いていけとか言っていたが、これはお前のなのか!」

 忍者から<YES>と電文での返信あり。

 次いで簡易データがゼロに送られてきたことで確信する。

「おい、蒼髪、止まれ!」

「な、なんでよ、止まったらくノ一に殺されるでしょう!」

「あのな、お前がかっ飛ばしている車は、元々忍者のだ!」

「証拠なんてあるの!」

「自分のだって証明するデータを受け取った!」

「はぁ? 受け取ったってどういう意味よ! ポケベルなんて持ってないでしょう!」

「ポケベルってなんだ!」

「ポケベルも知らないなんて遅れているわよ!」

 忍者と話がつけば、今度は蒼髪と話が噛み合わぬ状況に様変わり。

 ポケベルとは何か?

 ポケットに熊除けのベルでも忍ばせるのが今の流行か、流行に無縁のゼロには分からない。

「おい、忍者、悪いがちょっと待っててくれ!」

 通信で呼びかければ、忍者から<了承>との短文が届く。

 ロケットランチャーを撃ちまくる忍者より、暴走車両を運転する蒼髪を止めたほうが適切だとゼロは判断した。

「強引だが、致し方ない!」

 張り詰めたワイヤーをゼロは腕の力のみで手繰り、灰色の車両との距離を詰めていく。

 気配に気づいて蒼髪が振り返ろうと、もう遅い。

 飛び乗る起点として灰色の車両の後部を右手で掴み、乗り込んでいた。

「ひいいい、何乗ってんの! これは一人用よ!」

「だが、お前専用でもないだろうが!」

 手荒だが、ゼロは右腕より伸びるワイヤーを蒼髪に巻き付ける。

 細くてしなやかなワイヤーは吸いつくように蒼髪の身体を縛り上げ、その凹凸を露わとした。

 同時、ベッドの隣にいる少女の寝姿が浮かぶ。

「ウワーヤベーデケーって、俺何を口走ってんだ?」

 我に返るゼロは縛られた蒼髪を跨がす形で灰色の車両に乗り込んでいる。

「と、とにかく、こいつを止めないと!」

 灰色の車両は以前速度を維持したままだ。

 停車させようとするゼロだが、運転席にあるべきものがないことに気づく。

「この車、ハンドルもなければ、アクセル、ブレーキもないぞ。この女、どうやって運転していたんだ?」

 ふと、車両前面に張り付くカードに目がついた。

 カードはタロットカードサイズであり、四つの縁より淡い光を放っている。

「ああ、止めて、それ剥がさないで!」

「これか?」

 必死になって蒼髪が止めることから確信する。

 カードは超極薄ハッキングツールの類か。

 ゼロはテープでも剥がす要領でカードを灰色の車両から引き剥がした。

 連動するように灰色の車両は徐々に速度を落とし、最後は停止する。

「あ~もうなんてことを!」

「あ~わかった。わかった。忍者の言い分聞いてからな」

 ゼロは猫でも掴む要領で蒼髪の襟首を掴めば、降車する。

 忍者もまた肩に担いでいたロケットランチャーを氷の床に置いてから近づいてきた。

「これでいいのか?」

 忍者から<感謝>の電文が送られてきた。

 恐れで震える蒼髪を横に覆面越しに忍者の目が瞬いた。

「おっ!」

 ゼロは灰色の車両の変化を目撃する。

 車両全体に光が走るなり、側面から腕が、後部から脚が現れる。

 そう変形。車両は人型への変形を開始していた。

 上半身から飛び出るように露わとなる鋭角的な頭部。

 頭頂部より斜め後方に生える一本角、バイザーの裏から丸い目が二つ緑色に浮かび上がる。

 腕部や脚部など各部位は鋭角的でいながら無駄のないバリとシャープな肉付き、何よりゼロが瞠目するのは、人二人を乗せられる車両が小学生と大差ない身長のロボットへと変形した事実だった。

 身長(角除き)、一五〇センチと表示される。

 そして、背面装甲が開けば、窪みのあるケースをせり出してきた。

「ん……ああ、なるほど」

 忍者が口に巻物代わりに加えていた水晶体を手の平に乗せたまま固まっている。

 状況を察したゼロは水晶体を掴めば、窪みあるケースに挿入した。

『ハーツ・クリスタル挿入確認……システム再起動……しばらくお待ちください』

 律儀な電子音声がロボットから響いて五秒。

 各関節部から駆動音が響けば、ロボットはゼロと向き合った。

「助かりました。礼を言います」

「いや、この状況じゃお互い様だ」

「え、えっと、どういうこと? ロボット、が喋ってる? え、ナニコレドッキリ?」

 蒼髪がただ一人、状況を読み切れていない。

 だからこそロボットは言ってやった。

「……ボディを盗んで走り出したこと、文句を言いたいですが、状況が状況です」

 損得と現状を考えろ。

 叱りつけるのは容易かろうと、右も左も分からぬ中、出会った。

 互いが持てる情報を交換するのがベストだ。

「……申し遅れました。私の名は、エ――ロボ。改めてよろしく、ゼロ」

「ああ、よろしく頼む」

 差し出された機械の手を、ゼロはしっかりと握り締めた。


「あの~離してくれませんか~?」

「話が終わったらな」

「情報交換が最優先です」

 涙目の蒼髪の嘆願は無情にも却下された。

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