第2話 奪われた力

「……人の死は何度見ても慣れないな」

 慣れて欲しくない。

 人が当たりまえに死ぬことなど。

 力を持つ以上、救うこと、戦うことが絶対の条件であろうと、ゼロは実際に全ての人間を救えたわけではなかった。

「今は、こうすることしか出来ないが……」

 詫びながら騎士の瞼を閉じ、両手合わせて冥福を祈った。

「さて、どう動くかな」

 ゼロはこれからを考えた。

 証言通りならばゼロは弱体化していることになる。

 怪獣なる敵に襲われるのは避けられないだろう。

 それでも非力になっただけで無力になったわけではなかった。

「もしかしたら他に生存者がいるかもしれないな」

 騎士は宇宙セカイだと言った。

 つまり、ここはゼロが住む宇宙とは別宇宙――SFチックに考えれば並行世界となる。

 ならば量子通信が届かぬ理由に説明がつく。

 この場にいる理由と原因を見つけ出すのは後だ。

「……そいつらとの合流を考えよう」

 まずは生き残ることを最優先とする。

 次に同じような境遇の者たちと合流する。

 問題は、怪獣なる敵の存在だ。

 騎士の証言ではいくら身を潜めようと正確に位置を把握して襲い来ると言った。

 襲い来る以上、戦う以外の道はないが、抗い倒せば怪獣の力を増加させる危険があるとも言った。

「センサは……やはり無理か」

 ゼロは周辺地形を把握しようとスキャンセンサを作動させるも、センサの基幹システムが丸ごとロストしている。

 本来なら自身を起点に半径五キロメートル内の地形の起伏と人の行き来を正確に把握出来た。

 現実、実際のスキャンはその半分も満たず、地形把握はおろか怪獣なる敵の現在地が把握できない。

 周囲は氷の世界。

 鏡のように幾重にも反射するゼロの姿は方向感覚を麻痺させた。

「不幸中の幸いは、集音センサが無事なことか……」

 正確な位置は把握できないがゼロの近辺を歩く音を幾つも捕捉できる。

 また足音とは異なる音――言わば車の走行音が徐々にその音を増している。

 走行音に混じる悲鳴らしき声をセンサが拾い上げる。

「声色から女っぽいが……これは?」

 憶測は危険を招く故抱かない。

 ただ事実だけを直視する。

 音が増すならば近づいているのを意味していた。

「とりあえず、静かな方に進んでみるか」

 集音センサを頼りに進もうとした時、頭上を影が覆う。

 経験による勘が氷の床を蹴る。

 次いで先ほどいた立ち位置に走るのは氷の亀裂と破砕音。亀裂より舞い上がるのは細かな氷の破片。その中心にいるのは――甲虫のような鎧を全身に纏う者だった。

 いや甲虫と融合した人の形をした者だった。

「天の血族っ!」

 仮面越しにゼロは息を呑む。

 ゼロに不意打ちをしかけた者の正体。

 騎士は死ぬ間際、取り込まれた者の個人的な敵もまた取り込まれていると言った。

 ゼロにとっての敵は紛れもなく天の血族だ。

『虚無、てめえ、ここどこだっ!』

 脳を貫く怒声がゼロに届けられたことで、通信システムは無事なことを知る。

 受信したのはテレパシー。

 彼の者ら種族に言語という概念はなく、意志疎通を脳波によるテレパシーで行っている。

 博士曰く、距離関係なく意志疎通を行っているとのこと。

 ゼロがその脳波を受信し、言語として理解できるのは単に普及した量子通信端末が奴らのテレパシーを拾っているだけにすぎなかった。

「生憎、俺が知りたいよ」

 会話すら成立する気のない種族にテレパシーを交えるなど無駄なこと。

 天の血族は人間を退屈まぎれに殺す。

 目についたから、そこにいたから、そんなくだらない理由で大勢の人間をゲーム感覚で殺してきた。

 世界を征服する気もなければ、頂点に立つ気もない。ただの戯れ。ただの退屈しのぎ。

 同じ種族であろうと基本、結託することもなく、序列や階級のない自由主義の塊。

『答えろ、答えなければ殺す! 答えても殺す!』

 普段以上に殺気を滾らかせている。

 天の血族は遊びで人を殺すが、ゼロに対しては本気で殺さんとしている。

 何しろ先代の戦士――つまりはゼロの前の戦士により天の血族は封印された。

 ゼロがこうして鎧をまとい、天の血族と戦えるのは他でもない先代の戦士が未来に遺した石板、その石板より目覚めたZiと、情報からゼロ・アーマーを構築した博士のお陰だ。

 もっとも現代に天の血族が復活した原因は、封印の遺跡が人間同士の紛争で破壊されたことであった。

「さて、困ったな……」

 敵は既に戦闘形態。

 天の血族の姿形はあらゆる動植物の遺伝子を体内に取り込んだ姿、いわゆる怪人の姿を持ち、殺した人間の皮をかぶって人間社会に紛れ込んでいる。

 戦闘を重ねる度に蓄積されたデータから導き出された事実。

 片腕で大型トレーラーを持ち上げる腕力、蝙蝠はおろかクジラの声すら把握する聴力、富士山の頂すらひと跳びで辿りつく脚力、視力は一説では月のクレーターすら把握し、高い知能は文明の開きがあろうと瞬く間に学習、順応して潜んでしまうほど高い。

 なによりも恐ろしいのは、食事と睡眠を一切必要としないことと血族誰もが無性であること。

 食事と睡眠を必要としない理由は、体内に特殊な血液を循環させることで活動エネルギーを確保。例え致命傷や部位欠損に陥ろうと、血液そのものが傷を負った瞬間から完全回復する。この血液が循環する限り、老いもなければ死もない不老不死の無性。

 つまり男女という性が血族には存在しない。

 塩基配列に乱れ一つなく、無性繁殖が行えるなど種として完成されている。

 では、何故、種として完成された生命体が、ゼロを親の敵のように殺そうとしているのか――理由は簡単である。

 ゼロの持つ血の力は不老不死である天の血族に消滅という終わりを与えるからだ。

「ゼロブラッド、残量一〇%か」

 鎧内を循環する感応流体エネルギー、ゼロブラッド。

 唯一無二で天の血族に有効打となる血の力。

 だからこそ当初は有利に立ち回れたも、力の源泉が同じだからこそ、天の血族は自らの血をゼロに有効打となるよう改良を施してきた。

『虚無、無視するか!』

 エネルギー残量チェックを無視と思い込んだ怪人が拳を振り下ろす。

 ステップを踏むように後退して回避するゼロだが、身体の動きが鈍さを感じ取る。

 本来なら軽く回避運動に移れるはずが、振り下ろされた拳により発生した衝撃波が鎧を震わせた。

「くっそ、循環機構が停止してやがる!」

 天の血族に匹敵する運動性能はゼロブラッドあってのもの。

 出力低下ならばゼロブラッドを鎧内で循環させれば増殖効果でエネルギーを回復できる。

 できるも循環システムそのものが欠落している。

 システム面の調整は全て博士が行っており、高度なシステムを組む腕と知識をゼロは持たなかった。

「これ、下手するとやばいぞ!」

 ゼロは怪人より放たれる拳や蹴りを、持ち前の勘で身を屈めるように右に左にと避け続ける。

 怪人の動きからして鈍りや力の喪失は一切ないため戦局は劣勢に立たされる。

『ぐがああああああああああっ!』

 怪人が吼え、全身を走る血管が激しく脈打つ。

 右手が激しく痙攣するように震えては、その指先に赤黒い血を集わせてきた。

「やっべっ!」

 その右手が発火。赤黒き炎を宿した拳をゼロは右横へと滑り込むように回避した。

「今、受けたら俺が消滅する!」

 天の血族が体内に持つ特殊血液ユニブラッド。

 性質的にはゼロブラッドと対極に位置する血液であり、ゼロが鎧内で循環させているのに対し天の血族は直接体内で循環させている。

 ゼロブラッドとユニブラッド、双方とも空気に触れれば瞬く間に超高温で燃える高い発火性と吸い込めば即死する猛毒性を持っている。

 天の血族が体内で猛毒にも等しきユニブラッドを循環させても平気なのは体組織そのものを遺伝子レベルで適応させているからだ。

 先の攻撃のように自らの意志で血を武器として応用することも出来た。

「こうなったら、ゼロナックルで……」

 力強くゼロは右拳を握りしめる。

 怪人が行ったように、ゼロもまた拳にゼロブラッドを集束させて放つゼロナックルなる技がある。

 使い勝手も良いため使用頻度は多いのだが、ゼロはふと記憶の空白にたどり着いた。

「あれ? ゼロナックルってどう使うんだ?」

 拳を構えたことで怪人はゼロの次なる行動を悟ったのか、距離をとっては警戒するよう身構える。

 その間がゼロに空白を認識させる時間を稼いだ。

「確か、拳にゼロブラッドを集めて……集めて、あれ? ならどうやってゼロブラッドを集めるんだ?」

 集めかたが分からない。

 加えてゼロブラッドの循環システムはそのものが欠落している。

 今のゼロ・アーマーはゼロブラッドが封入されただけのバケツ。バケツの中より液体を出したくともポンプがないため出すに出せず、無理に出せば、ユニブラッド同様の高い毒性が装着者を蝕んでしまう。

「ヒーローの力を奪うってこういうことか!」

 直面してからこそ見えてくる事実がある。

 怪人はゼロの困惑を好機と本能的に感じたのか今度は両手、両足を燃やして迫って来た。

「くっそっ!」

 燃え盛る砲弾と化した怪人をゼロは横っ飛びで回避。

 熱波に触れただけで鎧表面が不吉な軋み音をあげる。

 ゼロブラッドの出力低下に連動して、鎧そのものの装甲強度が低下していた。

「やばい、やばいぞっ!」

 ゼロブラッドとユニブラッドは対極の関係。

 異なる血液型同士が混ざり合えば凝固するように、ゼロブラッドとユニブラッド、この二つは混ざり合えば対消滅を発生させる。

 ほんの一滴だけでいい。

 どちらかの体内に真逆となる血液を叩きこめば、後は血液同士が互いを打ち消し合う対消滅現象を発生させる。

 ゼロが不老不死である天の血族を消滅させられる唯一の方法であるが、逆に消滅させられる危険性をも孕んでいた。

「逃げるか……だが、どこに逃げる?」

 現状で戦い続けるのは死を招く。

 どこを見渡そうと氷の世界。逃げ場などなければ隠れる場もない。

 怪獣と同じように天の血族もまた正確に居場所を把握して来る危険性も捨てきれない。

 ――どうする!

 再度強く自問しようと解にたどり着けない。

『何故か知らんが弱っているな、虚無!』

 怪人の口が嘲笑うかのように大きく開き、舌の上でどす黒い液体が生き物のように蠢いた。

 ゼロは次に何が放たれるか戦闘経験で導き出す。

 ユニブラッドはロウソクの炎サイズでも生身の人間を骨すら残さず焼失させるほどの高い燃焼力を持つ。

 ゼロ・アーマーが万全の状態であるならば、真正面から受けても耐え切れるだろう。

『はっはっは、くたばれ、虚無!』

 嘲笑う怪人の口先より黒き炎が吐き出される直前、怪人の足元が突如として爆発。

 一度ではなく、二度、三度と爆発し、吐き出された黒き炎の射線軸を天井へと強制的に変更させていた。

「な、なんだっ!」

 突発的な出来事にゼロの思考は空転した。

 黒き炎により氷の天井は一瞬で蒸発、瞬く間に視界は濃霧に覆われる。

 その空転を再回転させるのは近づく走行音だった。

「もう、来ないでええええええええええええっ!」

 泣き喚く少女の声を集音センサが拾い上げる。

 マッチングデータあり。

 ほんの先ほど感知した走行音と、それに混じる女の声だ。

「へっ?」

「あっ?」

 濃霧を突き破るように悲鳴の主と走行音の主が全容を露わとする。

 走行音の音源は灰色の車両だ。

 丁度、カートサイズの車であり近未来へと切り込ませるシャープなボディ。車輪は当然、四つ。側面には垂直に立つ機械翼、運転席と思われる位置に蒼いスカートワンピースの少女が涙目でしがみついている。

 そう一〇代の少女。流氷のような煌びやかな長い髪をたなびかせる姿は、ゼロに羽ばたく蒼き蝶を連想された。

『くっ、邪魔をしおって!』

 怪人は飛び込んできた灰色の車両に苛立ちながら、氷の壁面を蹴って激突を回避する。

「ぐべしっ!」

 だが、ゼロは避け切れず、灰色の車両に跳ね飛ばされた。

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