ファイシス編 第一章:<死(ハジマリ)>

第1話 始まりは死

 ゼロは出て行け!

 この人殺し!

 古き隣人を守れ! ゼロから守れ!


 殺された被害者をどう思うかだと?

 古き隣人と繋がるきっかけとなったんだ。よかったじゃないか。


 た、助けて、た、助けてくれ!

 な、何故だ、わ、私たちは良き隣人として!

 ゼロ、ゼロ、来てくれ!

 ゼロおおおおおおおおおおおおおおおっ!


 終わりなく響く批判と救済の声。

 古き隣人として迎えながら、自らが死を招き入れたと気づかない。

 事の顛末など分かり切っている。

 不老不死の奴らにとって人間は玩具。

 如何にして生命を弄び、悲鳴と絶叫の心地よさに胸を躍らせるか。

 それをあの人間たちは理解していなかった。

 誰もが分かり合える。時代が違おうと同じ人間同士、手を取り合える。

 相手が手を伸ばしてきたからこそ、我々も手を伸ばそう。

 血塗れの一大ショーの土台として利用されていると気づかずに……

 

「はぁはぁはぁ、クソがっ!」

 白き鎧を鮮血に染めた戦士は苛立つ声で壁面を殴りつけた。

 雪のように白銀の鎧は返り血で汚れ、かってのような清廉さなど微塵もない。

「だから言ったんだ! 対話以前に話すら通じないと! 利用されているだけだと! 散々、邪魔しておいて、殺された人たちを嘲笑しておいて、自分が殺されかけたら助けてだと! ふざけるな!」

 批判と救済の声が戦士の中で混じり合い、耳に焼き付いて離れない。

 助けた! 助けた! 助けた!

 だが、誰も死んだ! 死んだ! 死んだ!

 死んだのは戦士のせいだ! 戦士が助けなかったせいだ!

 的外れな批判が無形の刃として幾重にも突き刺さった。

「そ、それでも、俺は――っ!」

 戦うのを止めない。助けるのを止めない。

 戦士が戦うのは守るためだ。

 笑顔を――

「ってここ、どこだ、ここ?」

 白き鎧の戦士は我に返るなり、二度自問した。

 眼前に広がるは透明な氷の壁。足元に広がるは透明な氷の床。頭上に広がるは透明な氷の天井。至れり尽くせりの氷のフルコースだ。

「ここは、一体……」

 ただ歩くだけで体力が削り取られる様な感覚が全身を蝕み、ただ呼吸をするだけで息苦しさが首を締め付けてくる。

「さ、寒い……空調システムはどうなっている?」

 戦士の鎧は如何なる環境でも対応できる空調システムが組み込まれている。

 薄着のまま業務用冷凍庫に足を踏み入れたような寒さが鎧越しに身体を震わせた。

「設定、設定、あれ?」

 設定温度を調整しようと視線誘導デバイスが機能しない。

 システムエラーかとシステム項目をチェックすれば、設定温度だけではなく、何項目ものシステムが欠落している事実に直面した。

「ど、どういうことだ、これ?」

 欠落の多さに戦士は狼狽するしかない。

 バックアップで補填しようとするも、バックアップそのものが欠落していた。

「あ、そうだ、Ziズィー、おい、Zi!」

 思い出すように戦士はベルトのバックルに呼びかけた。

 幾度となく呼びかけるも反応がない。

「寝ているのか?」

 Ziはこの鎧に宿る意識体。

 正確には変身ツールとなる腕時計を器としている。

 戦士以上の博識と大人としての冷静さを持ち、戦闘の度に適切なアドバイスを行ってきた。

 戦闘時はともあれ、非戦闘時はあれこれ口うるさいのと、紀元前生まれの年長者だから、さん付けしろが口癖だ。

「お~い、Zi~」

 反応がない。死んだように反応がない。

 万が一、本当に死んでいるのなら鎧は文字通りの抜け殻となり戦士は中身を曝け出すことになる。

 装着していること自体、Ziが存命している証明であった。

「あああ~っ! もうどこだよ、ここっ!」

 自棄を起こした戦士は白き兜越しに頭をかきむしった。

 ふと、いかなる時でも冷静であれ、とのZiの言葉を思い出しては深呼吸で我が身を落ち着かせた。

「状況を整理しよう」

 戦士は鏡のように氷に映る自分の姿に呼びかけた。

 まず名前の確認。

「アーマードセイバー・ゼロ」

 戦士の名はゼロ。間違いない。

 紀元前の封印より目覚めし古代種族、天の血族に対抗するため、博士によりこの白銀の鎧、ゼロ・アーマーを与えられた戦士の名。

 本名?

 ゼロで間違いないはずだ。何故、本名を疑問に思うのか。

「アーマーに欠損、破損個所はなし」

 氷を鏡代わりにして全身を確認する。

 返り血で汚れていようと、本来は雪のような白銀のボディアーマー。

 その表面を走るのは黒きライン。

 激しい戦闘でも頭部を保護するフルフェイスタイプのマスク。

 真空の宇宙空間から高水圧の深海、果てはマグマの中まで活動を可能とする高い耐久性を持ちながら装甲そのものの薄さは二ミリセンチと薄く、尚且つ羽毛のように軽い。

 超硬質と最軽量の特性を併せ持つこの金属のお陰で全体的にスマートとなり、極地環境に対応するだけなく、戦闘においても高い防御力を発揮する。

 ハル? なんだそれは?

 今は考えることではないと切り捨てる。

「どこも、問題は……あるな」

 アーマー表面を走るラインが黒なのが問題だった。

 本来ならばラインに走る色は白銀。

 ラインはエネルギー流動経路であり、残量によって変色する。

 黒は鎧内部で循環するエネルギーが残り僅かであることを意味していた。

「記録映像の確認」

 兜側面には記録用カメラがある。

 例え意識を失っていようと常時稼働のカメラならば氷の世界に立つ理由が判明するはず。

 可能性を抱いて映像データを呼び出すが記録データは全てロスト。

 目覚めたと同時に記録が自動スタートしているも参考にはならない。

 次いで座標チェック。

 一面が氷の世界ならば寒冷地帯なのだろうと、GPSで現在地を照合するもエラーが走る。

「GPSの接続先を確認できないだと?」

 妨害電波の類は検出されない。

 いやそもそも鎧に内蔵された通信システムは博士直々の量子通信。

 赤外線や光、電波ではなく、どこにいようと正確に、なおかつ妨害や盗聴さえ受けない強固な通信システムのはずだ。

 考えられる原因は二つ――

「一つは量子通信さえ妨害するなんらかのシステム……」

 もう一つはありえないと考えるも、あり得ないことはありえないと訂正した。

「その通信が届かない未知の場所か……」

 さて、どうすべきか、と戦士は自問する。

 考え続けて場に留まり続ける意味は低く、情報を集めに動いて現状況を理解する必要がある。

 一方で現状況を把握できないならば、下手に動くのは危険だ。

 未知の場所だからこそ何が起こるのか分からず、一歩のミスが死を招く可能性に繋がりかねない。

「あ~もう通信できんだけで決めるのに二の足踏むなんて、ホント、Ziの言うとおりだ」

 情報が無い故に自らの意志で決断できない利便性の弊害。

 戦士は日常生活のあらゆる行為をネットワーク上で行えるようになった社会の中で育った。

 ネット接続された端末さえあれば、ショッピング、スポーツ観戦、ビジネス、行政などへの納税や手続きが可能など行えぬものはほとんどない。

 異なる言語であろうと同時翻訳システムのお陰で世界中の誰とでも交流できる。

 一方で通信システムに何らかの不具合が発生した際、パニックが起こったのは隠せない。

 実際、戦士が生まれる二〇年前、事件が起こった。

 あらゆる基幹ソフトとセキュリティを崩壊させるウィルスがばら撒かれたことで人類はインターネットという光を奪い取られてしまう。

 利便性に長け、密接すぎた故に仮想の障害は現実の障害へと結びつき、天文学的規模の経済被害をもたらした。

 ウィルス製作者はわずか一〇歳の子供であり、仮想の障害見たさに製作したとされている。

 そのパニックから一二時間後、ワクチンの開発と瓦解したネットワーク基幹システムを再建させたのが他でもない博士であり、今日ではネットワーク再誕の父と教科書に顔写真が載るほど有名だ。

 もっとも戦士からすれば発明と可愛い女子高校生が好きな好々爺クソジジイだったりする。

「うっ、ううっ……」

 集音センサが人の呻き声を捕捉した。

 正確な距離は不明。ただ戦士が立つ位置を起点として右斜めの方向からだ。

「誰かいるのか!」

 人がいるならば心強い。

 先客ならば情報を得られる可能性がある。

 戦士は周囲を警戒して声のする方へ氷の床を進めば、インクをぶちまけたような血痕を発見、次いで壁際に倒れ伏す人物を目撃した。

「おい、大丈夫――うっ!」

 戦士は駈け寄るも、その姿に口元を抑えた。

 その者は中世時代に出てくる騎士の格好をした男だった。

 顔つきから年齢は三〇代前後、金髪碧眼の欧州系のようだ。

 纏うのは兜抜きのフルプレートであるが、左脇腹は鎧ごと大きく食い千切られ、右腕は欠損していた。

「言葉はわかるか? 一体なにがあった?」

「や、奴に、襲われた……」

 幸いにも言葉は通じた。通じようと男の目に光はなく呼吸も荒い。

 負傷した部位を抑えた左手は赤く染まり、その量から推測して緊急治療の必要があるも助かる見通しは低い。

「き、貴公も、囚われ、た、のか……」

「囚われた? どういう意味だ?」

「私は、もう……ダメだ。だから、貴公に、こ、これだけは伝えておきたい……」

 絶え絶えの呼吸で男は何かを伝えようとしている。

 戦士は応急処置をせず奥歯を噛みしめ、その言葉に耳を傾けた。

「この宇宙セカイ英雄ヒーローの力と記憶の一部を奪う……いくら抗おうと、抗うほど、奴らは力を増、す、げほげほっ!」

 男は派手に咳き込んだ後、吐血した。

「力と記憶?」

 ならば戦士の鎧に組み込まれていたシステムが幾多も欠落していた理由に説明がつく。

 加えてこの氷の世界に足を踏み入れた記憶がない理由もまた。

「仮に奪われた力を取り戻そう、とまたしても奴らは力を増す……そ、そう、それまるで、血を吐き続ける、終わりなきマラソン、……」

 終わりなく繰り返す悪循環。

 例えば敵を倒すために強大な力を手に入れたとしよう。

 ところが敵はその力を超える力を手に入れた。

 対抗するために超える力を得ようと、敵もまた超える力を得て現れる。

 どちらも倒れることなく終わりなく続く。パワーインフレの無限ループ。

 抵抗及び打破できようと抜本的な解決策はない。

「なら教えてくれ、奴とは一体?」

「や、奴は、KAIJYU……」

「KAIJYU? 怪獣か?」

 自然と脳内変換された。

「その姿に統一性は、なく、あちらこちらを徘徊、している……見かけと言動に騙されるな、KAIJYUはいくら身を潜めて、いようと、正確に己の位置を把握して喰らわんと襲い来る……かくも私も、奴の不意打ちを受け、このあり、さまだ……」

 この男の損傷は、KAIJYU、改め怪獣なる敵に襲われて生じた傷だった。

 男が纏う鎧は戦士が纏う鎧と遜色ない頑強さがあるように見える。

 それが易々と鎧を食い千切り、その身に致命傷を与えることから油断ならぬ敵と認識するしかない。

「さ、さらに、この宇宙に、は、取り込まれた者の敵もまた、とり、こまれている……」

 発言から推測するに、男と敵対関係にある相手もいるのだろう。

 如何様な敵か分からないが、状況は悪化に傾いているのは確かだ。

「お、王よ、も、申し訳ございません。一三五代目、ガウ、イエイ、ここ、までのようで……す……――」

 男は最期に主へと詫び、そして二度と言葉を発することはなかった。

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