ニアロイド編 第8話 未来から過去へ

「はい、奪還任務お疲れ!」

 研究室に帰り着いたニアロイドたちを蒼夜が出迎える。

 ただ、各機の表情は暗く、機械であろうと困惑の空気を纏っていた。

「マスター、これはどういうことですか、何故、モイライサーバーから黒いハーツ・クリスタルが?」

 各機を代表してロボが音声を振るわせている。

「まあ、単に言えばデッドコピーだな、これ」

「デッドコピーってどういうことだよ、ソーヤ、説明しろ」

「今から説明するから落ち着け、ランスロー、エアクスを抑えててくれ」

「合点承知!」

 蒼夜の指示を受けたランスローがエアクスを後ろから羽交い締めにした。

「あ、こら離せ!」

「博士の命故、ご容赦を!」

 もがくエアクスだがランスローはがっしりと掴んで離さない。

 さてと、蒼夜は椅子に座れば、天井を見上げて黙考する。

「どこから話せばいいのやらって、何故、サーバーにハーツ・クリスタルがあるか、だよな」

「後、デッドコピーの理由もだよ!」

「あ、それ単に盗まれたから」

「盗まれたって、製造元にか!」

「そういうこと」

 モイライサーバーは元々、ガイア・インダストリー社の製品である。

 如何なる経緯で自我を芽生えさせたのか不明であるが、ロボやエアクスは開戦前から件の会社と因縁があった。

「けど、いつ盗んだんだよ? 研究所内に一歩も入れずに蹴り飛ばした記録あるぞ、俺?」

「いえ、この場合、物理的ではなく、データとして、でしょう」

「ん~なんと言えばいいか、一部を盗まれ、盗用されたとしか答えきれないな」

「歯切れ悪いな」

「仕方ないだろう。事実確認したくても、肝心なガイア・インダストリーはもうないんだし。確認できたのは盗んだ、ただそれだけ」

 蒼夜はぼやくしない。

 何しろ開戦と同時、モイライ最初の拠地としてガイア・インダストリーは接収され、社員全員、イノベーター化。後にヨーロッパ戦線にて欧州連合と交戦により全員戦死なのだから、確認のしようがなかった。

「三つのコピークリスタルでオリジナル一個分だから、完全なコピーはできなかったぽいがな」

 ニアロイドたちはただ顔を見合わせて困惑するしかない。

 盗用された事実に怒りをぶつけようと、ぶつける相手はいない。

「まあ、俺からいえるのはここまで、だな」

 歯切れが悪いとニアロイドたちは感じていた。

 何か隠していると表情の機微から読みとるも深く問い質さんとするのは一機を除いていなかったりする。

「おい、ソーヤ、まだ隠してることあるだろう! 話せよ!」

 納得できぬエアクスがランスローに羽交い締めされようと、なお食ってかかる。

「ランスロー、エアクスをリペアルームに連行」

 リペアルームは人間で言う治療室である。

 パーツ交換が必要なほど重大な損傷でない限り、カプセルに入る形で装置が修復作業を自動で行う。

 元は宇宙船内に搭載される修復装置であった。

「おい、てめえ、後で覚えていろよ!」

「おう、後でな」

 連行されるエアクスに、蒼海は手をヒラヒラ振って見送っていた。

「ほれ、ロボに、デュナーも、おまえたちだって損傷しているんだ。リペアルームに行って修理してこい」

「分かりましたが、私もエアクス同様、納得できません」

「そうだぜ、博士」

「まあ、気持ちは分かるが、俺がいえるのはここまで――なんだよ」

 規約か何かあるのかとロボは表情から察知する。

 だからこそ、現状を踏まえて、ひとまずの後退を選択した。

「分かりました。ひとまずは下がります」

「おい、ロボ」

「ですが、戦争が終わったらしっかりと説明してもらいますからね」

「ああ、それなら問題ない」

 博士からの返答に規約があるとロボは確信する。

 デュナーもまた察したのか、ロボ同様下がっていた。

「やれやれ」

 静寂を取り戻した研究室で蒼夜のぼやきが再度こだまする。

『終わったか?』

 モニターに明かりが灯り、総司令官の顔が映り込む。

「当然、納得はしてくれませんでしたけど」

『仕方ないだろう。それより今先ほど、軌道エレベーターを調査していた部隊から連絡があった』

「ってことは地下にアレが見つかったと?」

『ああ、既に起動した後であったがな』

 報告を聞くなり蒼夜は顔を引き締める。

『大量に仕掛けられた爆発物が起動後に爆発するよう仕組まれていたようだが、不発に終わったようだ。今、解除するよう指示を出している』

 不発なのは史実でも変わらずのようだ。

 いや、不発の事実こそ不変なのが正解なのだろう。

「やれやれ、親として来て欲しくなかったんだがな」

『ぼやくのはお前の悪く癖だよ』

「人の癖を把握するなんて流石は総司令殿」

『ちゃかすな。お前とさくらとは高校時代からのつきあいだろう』

「まあ、ね」

 仕切り直すように背伸びをした蒼夜はディスプレイに向き合った。

 心ない者が蒼夜と総司令の仲を冷やかしてくるが、高校時代の先輩後輩の仲でしかない。

 特に、妻であるさくらと仲が良いのは今も昔も変わらない。

 あの鉄面皮に、と驚かれる輩もいるが、ああ見えて、かわいいもの好きな先輩なのだが、戦争により非情に徹せねばならぬだけだ。

『こちらもある程度は人払いはしておく』

 ただ一言告げて、総司令官は通信を切るのであった。

「はい、お願いしますね、先輩」


 一週間後……

「えっちら、ほっちら!」

 軌道エレベーターの基部ステーションに少女のかけ声が響く。

 見張りの兵士が気づき、一〇歳の少女がコンテナボックスを三つ電動カートで運んでいるのを目撃する。

 子供が一人で来る場所ではない。

 ましてや来るなど連絡を受けていない。

「は~い、ストップだよ」

 やんわりと声で制止しながら兵士は少女を呼び止めた。

 かわいらしい顔立ちに、ハーフコート姿、肩を越えるほどある髪をツインテールにしてまとめている。

 見張りの兵士はどこかで見た顔立ちだと既視感を覚えた。

「はい、IDカードです」

 呼び止められた少女は頬を膨らませることなく、手慣れた様でカードを兵士に取り出していた。

「え、えっと青海茜、ああ、青海博士の娘さんか」

 既視感の正体を兵士は思い出す。

 最重要人物の家族だ。

 兵士は一度だけ、護衛任務に就いたことがあった。

 顔立ちは母親似であるが、目元は父親似だ。

 ただ子供一人が遊びに来る場所ではない。

「上にいるパパに忘れたお弁当を届けに来たの!」

 はにかみながら少女は鞄から布で包まれた弁当箱を取り出していた。

 青海博士は今日この日、高軌道ステーションで調査に入っている。

 奪還に成功した軌道エレベーターだが、戦争原因であるモイライサーバーは後二基残っている。

 残る二基はどこにあるのか、その調査を行っているのだ。

「一人で来る――ああ、護衛つきか、これは心強い」

 一人ならば要人の家族として保護せねばならぬのだが、コンテナの中身を確認した兵士は納得してしまった。

 中身はニアロイド、それも軌道エレベーター奪還に貢献したロボと、核ミサイル阻止に尽力したエアクスだ。

 休止状態だろうと、これほど頼もしい護衛はないだろう。

 三つ目のコンテナには火器類が満載であるが、モイライに対する警護ならば必要と判断する。

「ちょっと待っててね」

 優しく言い含めながら兵士は高軌道ステーションに確認の通信を入れる。

「はい、ええ、娘さんが博士の忘れた弁当を届けに来たみたいで、ええ、護衛にニアロイドのロボとエアクスを連れています。はい、わかりました」

 兵士は人間だが、別段ニアロイド嫌いではない。

 嫌悪のケなどなく、むしろニアロイドには感謝していた。

 開戦時、抵抗することさえできず絶体絶命の時、上空から飛来したニアロイドに命を救われた。

 機械だからと毛嫌いする者もいるが、良き隣人としてニアロイドは今度の未来に必要だと一兵士ながら思っていたりする。

「上にいる博士と連絡がとれたよ」

「あ、なら行ってくる」

 言うのが早いか、少女は兵士が制止するよりも早く、リニアトレインに乗ってしまった。

「あ、そっちの便は!」

 制止する間もない。

 少女は地下シャフト行きのリニアトレインに搭乗してしまった。

「あ~あ~」

 兵士は降下していくリニアトレインに困惑の声を漏らすしかない。

 地下には軌道エレベーターを支える基部がある。

 上からの報告では、地下には大量の爆発物が仕掛けられたとある。

 恐らく、軌道エレベーターを倒壊させ、人類軍に大ダメージを与えるための罠だったのだろう。

 残らず撤去したと聞いているが、万が一もある。

「緊急、あれ、緊急連絡、もしもし!」

 地下にいる警備担当者に保護を依頼するも、通信には誰一人出なかった。


「よし、誰もいない!」

 茜は左右を確認しながら地下通路を電動カートで進む。

 道中、立ち入り禁止と封鎖された通路を素通りし、目的の部屋にたどり着いた。

「お~これがタイムシャフトか!」

 両目を見開きながら茜は深き虚に感嘆とする。

 ジェットエンジンを超大型化して縦に設置した装置が威厳を放っていた。

「え~っと、これを、こうして、ああして」

 茜は電動カートの上に立ちながらコンソールを器用に操作していく。

 物心ついた頃から機械に触れ続けてきた。

 端末を操作する親の姿を眺め続けてきた。

 興味本位で覗いたことさえあった。

 今ではコンソールに届きさえすればある程度、操作するまでの術を持つようになった。

「起動成功!」

 装置はうなり声をあげ、光の渦を描き出した。

「後は年代年月時間に秒と」

 茜がこの装置と作戦を知ったのは興味本位で親の端末を覗いた時だ。

 あのモイライが軌道エレベーター地下深くにタイムマシーンを建造していた。

 人間のように思考するロボットが開発されようと、時間を跳躍する装置の開発など空想の範囲でしかないとされてきた。

 それをモイライは覆した。

 何より茜を行動に駆り立て、恐怖させたのはモイライの作戦だ。

「過去に刺客を放ってパパとママを殺すなんてさせないからね! 後ついでにシオンお姉ちゃんも!」

 過去に飛び、ニアロイドの開発者となる青海蒼夜を抹殺する。

 同時、モイライの種子と呼べるモノ――それが何か不明だが――過去の端末に組み込ませ、未来への基盤とする。

 過去改変が行われれば、ニアロイド以前に、茜すら生まれない。

 人類はモイライに支配され、イノベーター化する未来が誕生してしまう。

「よ~し、行くぞ!」

 茜をここまで駆り立てるのは、幼き故に何かしたいという願望でしかない。

 ただ、子供は非力だ。

 非力だと理解している故、茜は切り札を持ち出した。

 それこそがニアロイドだ。

 また、過去で出会う両親に未来の証明としてハーツ・クリスタルやあらゆる情報がインストールされた端末の用意も忘れていない。

「未来は誰にも奪わせないの!」

 人類の未来を取り戻すため、今一人の少女が過去へと飛ぶ。


 ぷぎゃ~過去に飛んだ結末はプロローグ参照だぎゃ~

 あ~もう、なんだこれ、ダラダラ延ばしすぎだろうよ~。

 僕ちんお腹好いてもう動けない~。

 だから、あそこに手頃な騎士いるから食っとくか!

 やっぱり、食事は直に食うのが一番だ!

 バリバリ、ゴリゴリゴリ、ぱっくん!

 剣の腕は確かだから、なかなかな味!

 あ、逃げんなゴラ!

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