ニアロイド編 第7話 決着

 ゼベルガが駆る<テュポス>から何かが放たれる。

「だったらどうすると言うんだ!」

 一発ではない。

 ヒトデ型をしているからこそ、五つの先端より同時の五発が放たれている。

 不可視の重力波だと直感したエアクスは放たれる寸前、<アヴァランチ改>のスラスタを全開にして距離を取らんとした。

 衛星軌道上を周回する各人工衛星が見えざる巨人の手で握り潰され鉄屑となる。

 漂う残留物を目印にセンサーで捉えれば、反対方向に放たれた不可視の砲撃が弧を描くよう大きく湾曲している。

 何らかの技術で軌道に干渉することで湾曲させているのだろう。

「ったく、曲がるとか厄介だろう!」

 悪態つきながらもエアクスはモジュール操作に処理を集中させる。

 距離をとっていなければ今頃、エアクスは漂うデブリの仲間入りを果たしていたはずだ。

「さて、どうするかは――今から考える!」

 鍵は手元にあり、鍵穴は見えているのだ。

 ならばこそ、後は如何にして鍵穴に鍵を突き刺し、回して開けるかである。

「残る武器はミサイル四三発にビーム砲小が二門で大が一門、そしてフェイタルセーフ用のソードと。残弾は充分だが、ウェポンアームが二つともやられたのは痛いよな~出かける時、武器積んどけばよかった」

 憂さ晴らしで飛び出してきたのを今更恥じるエアクス。

 しかし、釈明はさせてもらおう。

 誰が全廃された故にないはずの核ミサイルを新たに用意した輩と出くわすと予測できようか。

 いや、できない。予測できる存在などいない。

 あのセファーですら予測できない――かもしれない、だろう。

「まあ武器なんて探せばいくらでもあるんだけどな」

 冷静に処理を働かせればたどり着く解は案外単純である。

 ただ一方で実行するには多少の下準備が必要とした。

「よ~し、腕の見せ所だ!」

 下準備として寝込んだ仲間に機密通信を送るのであった。


 攻撃と防御を同時に行えない。

 水銀人形と化したモイライサーバー<クロートー>に対してロボとデュナーは波状攻撃を繰り返していた。

「せいっ!」

「はっ!」

 ロボが敵正面より牽制の銃弾を放ち、別方向からデュナーがビームの光線を放つ。

 銃弾が不可視の壁に阻まれ、ビームもまた飛沫粒子となって飛散、床を焦がす。

 堅牢な壁は無敵ではない。

 飛び散った実体、非実体問わず、確かな創傷を敵に刻んでいた。

『ええい、ちょこまかと!』

「ええ、ちょこまか動くのは得意なんで!」

「小さい機体なのは不満だったけど、こう小さいと被弾率抑えられるからな!」

 ニアロイドボディが一五〇センチなのは単に宇宙での活動を前提として開発された結果である。

 宇宙では一キログラムの物体を動かすのに同質量の力を必要とする。

 また絶え間なく動かし続けるにも運動エネルギーが必要とされ、同性能同出力、なおかつ小型であることがエネルギーロスを抑えることに一役買っていた。

「ほらよっと!」

 デュナーはハンドガンの銃口を向けた。

 撃つ、と見せかけた空撃ち。

 滞留する破片などの微細粒子が渦を巻き、デュナー正面に不可視の壁を形成する。

 形成したと同時、水銀人形の足下から硬い音が跳ね上がり、わき腹に直撃した。

『な、なんだと!』

 水銀人形のわき腹が鰐にでも食いちぎられたようにえぐられている。

 損傷箇所は瞬く間に修復されるも、モイライサーバーから驚愕のさざ波が漏れる。

「どんどん行くぜ!」

 デュナーがハンドガンを乱射し、整った床を荒れ地へと変えていく。

 頑丈な床に亀裂が走れば、衝撃でえぐれ、鋭利な金属片が山のように立っている。

 そこを狙い澄ますように飛ぶのがロボの銃弾だ。

 計算され尽くした弾道で飛来する銃弾は不可視の壁の隙間をピンポイントでくぐり抜け、水銀人形に食らいつく。

『跳弾など、小癪な手を!』

「失敬な、勝利に対して処理を働かせていると言ってください」

 迎撃に重力波を放つ水銀人形だが、チャージから発射までのタイムラグを完全に解析されており、攻撃する瞬間にビームの着弾を許す。

 ビームは右肩を大きく削れば実弾と異なり、水銀ボディの再構築が

行われずにいる。

「ビームが一番聞くようですが」

「逆に届き難いのもビームだな」

 非実弾である故、実弾のように跳弾による命中が狙えない。

 だが、それでいい。

 敵は跳弾を大事の前の小事として流すはずだ。

 ビームを警戒して防御に重石を置くと予測していた。

「後は動くか、動かぬか」

 賭けであるが賭けるに値する。


「最初の威勢はどこに行った!」

 エアクスの後方より猛撃を繰り返すゼベルガ。

 搭乗する<テュポス>から無数の光線が放たれ、意志を持つかのように湾曲して矢のように迫る。

「次なる威勢のためのチャージ中なんだよ!」

 不利な状況だろうと減らず口は減りそうにない。

 右に、左に、<アヴァランチ改>を振ることで狙いを絞らせない。

 時に後方へとミサイルやビームを放ち牽制、敵機に距離を詰めさせない。

「よし、そろそろだな」

 機密通信から完了の合図。

 指定ポイントまで移動しろと届けられる。

 重力の井戸に引きずり込まれぬよう高度を保ちながら、ゼベルガに追われ続ける。

「よし、反撃行くぞ!」

「どう攻撃しようが、俺には届かん!」

「ああ、俺だけじゃな!」

<テュポス>からまたしても不可視の攻撃が放たれんとした瞬間、真横からの衝撃に攻撃を中断させられた。

「な、攻撃だと!」

 この衛星軌道上で戦闘を行っているのは二機のみ。

 ただ周囲には多種多様の人工衛星が軌道を周回しているだけだ。

「ぐうっ! なんだこれは!」

 その人工衛星が磁石で引き寄せられるかのように、ゼベルガに激突していく。

 通信衛星や気象衛星、発電衛星問わず、アポジモーターによる推力で激突を繰り返しては爆散していた。

「ええい、うっとおしい!」

 ゼベルガの怒りが不可視の力場として広がり、迫り来る人工衛星を破壊する。

「遠慮するなって、おかわり沢山あるぜ!」

 二門の砲塔からビームを放つエアクスはゼベルガを一点に縫いつける。

 ビームは直撃寸前、不可視の壁に阻まれ飛沫粒子となり飛び散っていく。

「貴様、人工衛星をハッキングしたな!」

「あるものは有効活動するもんだろう!」

 使えるものはなんでも使う。

 数がやや多いため、制御下に置くには下準備を必要としたが、整えば後はぶつければいい。

「こんな豆鉄砲で俺を止められると思っているのか!」

「ならドでかいのくらいな!」

 ゼベルガは四点からの高熱源反応を感知する。

 該当データあり。

 モイライが地上攻撃用に打ち上げたレーザー攻撃衛星だ。

 開戦当初は、制空権確保により有利に立ち回れたも人類側が導入した無効装置のせいで、今ではただ軌道を周回する置物と化していた。

 それをあろうことかニアロイドは利用してきた。

「受け止められるのなら受け止めな!」

 四点から同時に放たれる高威力レーザービーム。

 ゼベルガは瞬時に重力波で我が身を包み込むように展開させる。

「ぐ、ぐううううっ!」

 直撃の余波は周囲に漂うものを溶解させ、<テュポス>のシステムに過剰な負荷を与えてくる。

 四方向から放たれる光の圧力は衰えず更なる苦悶を漏らす。

「おらおらおらおら!」

 レーザービームの間隙を潜り抜けるようにエアクスが<アヴァランチ改>で迫る。

 展開した砲門からビームやミサイルを放ち、更なる負荷をゼベルガ駆る<テュポス>に与えてきた。

「こ、このままでは!」

「ほらよっと!」

 レーザービームの熱に装甲を曝されたエアクスがソードを展開、ゼベルガ正面の不可視の防壁に突き刺した。

 ソードの先端は当初は硬い抵抗を受けるも、<アヴァランチ改>の推進力の助けもあって、<テュポス>本体に先端を届かせる。

「おらっ!」

 届けと、ソードから手を離したエアクスは<アヴァランチ改>から飛び出し、ソードの柄に強かな蹴りを入れた。

「ぐおっ!」

 ソードはゼベルガの腹を貫き、<テュポス>に身を潜り込ませた。

 ヒトデに夥しいスパークが走る。

 エアクスは蹴り離すように距離を取れば、<アヴァランチ改>に再搭乗する。

 後はアクセル全開の推進器にて離れていた。

「こ、このままでは――な、何、くっ、ならば!」

 誰かと話すそぶりを見せたゼベルガは光に包まれた。

 だが、エアクスは見逃さなかった。

「あ、こら、首だけで逃げるな! 気持ち悪いぞ!」

 消失の光から離脱するようにゼベルガは首だけで移動している。

 首元や耳穴から推進材を吐き出しながら戦域より離脱していく。

「ふん、今回はお前の勝ちにしてやる!」

「な~にが勝ちだ! まだ終わってねだろう!」

「切り札の核ミサイルはレーザーに飲み込まれて消えた! ならば、最後の手段を使うしかないだろう!」

「なんだよ、最後の手段って!」

「教えるほど俺は暇じゃないんだよ!」

「ならとっ捕まえて尋問するだけだ!」

 エアクスは遠ざかっていくゼベルガの首を追いかけるも、<アヴァランチ改>の出力が急速に弱まっていくことに気づく。

「あ~くそ、推進材が切れかかってる」

 全力で噴かし続けたのだ。

 後少し早ければ、レーザー攻撃から逃げきれなかっただろう。

「高軌道宇ステーションまで動いてくれよ」

 軌道を微細に調整しながら、重力の井戸に引きずり込まれぬようエアクスは<アヴァランチ改>を発進させた。

 同時、とある疑問を働かせる。

「けど、最後の手段ってなんだよ?」


『ええい、何番煎じだ!』

 水銀人形の左右から挟撃する形で肉薄するロボとデュナー。

 互いの手には近接用ソードが握られ、不可視の防壁に潰されぬよう鎬を削っていた。

「いえ、これで最後です!」

「ああ、準備が整ったからな!」

 不可視の余波に曝されたロボとデュナーの装甲はへこみ、亀裂が走っている。

 だが、彼らニアロイドには今までのような後退はなく、むしろ前に突き進んでいる。

『ならば潰すまで!』

 不可視の防壁に接触するソードの刀身に細かな亀裂が枝分かれで走る。

 音を立てて砕け散ったと同時、二機のニアロイドはもう一本のソードを展開させてきた。

『煩わしい!』

「では終わらせるまでよ!」

 ステーション内にデータにない音声が流れ込む。

 水銀人形はサーチをかけるも該当するデータはない。

 だが、動体反応はあった。

 突入時にしとめたはずのニアロイド、ケイが胸部を損壊させた姿で真っ正面から飛び込んできた。

『死に体で何ができる!』

 左右より迫る刀身を直に掴んだ水銀人形は、正面から迫るケイに向けて重力波を放つ。

 重装甲のケイはまるで紙を捻るように歪み、スクラップとなる。

『次は……』

 スクラップになったのを見届けるなり、左右のニアロイドを圧壊させんとしたが、正面から迫るデータにないニアロイドに反応を遅らせてしまった。

 分厚い装甲ではない。

 無駄なく引き締まった装甲を持つ白きニアロイドは両手に握りしめた剣を大上段から振り下ろしていた。

『そ、その剣は!』

 該当データあり。

 ニアロイド、ケイが所持する装備と同型である。

 損壊ヶ所すら同じであり、まさかとの出力を水銀人形を行えなかった。

 左肩からわき腹にかけて刃は食い込み、刀身が開かれる。

 粒子の加速を確認、刀身をレールに走る粒子が熱を生み出し、水銀人形を溶断した。

『ば、バカ、な、この私が、ニアロイドなどに!』

「一斉攻撃!」

 半身欠損した水銀人形に向けてロボの指示が飛ぶ。

 水銀人形に内包されたサーバー<クロートー>に向けて火器が叩き込まれる。

 ビームが、実弾が、雨嵐のように放たれ、内蔵されたサーバーを容赦なく鉄屑に変える。

「攻撃中止!」

 ロボの合図と共に攻撃は停止する。

 残されたのは破損したサーバーと、スクラップとなった鎧であった。

「成敗!」

 役者ぶった演技で一体のニアロイドは剣の背面に懸架した。

「ふ~どうにかなったな」

「ええ、ケイ、いえ、ランスローのお陰で」

「拙僧、友の助けとなるとならば、この身朽ちようと!」

「あ~分かった。分かったから」

 無口から饒舌となったランスローをデュナーが宥めている。

 ロボットの中にロボットなど別段珍しくない。

 元々、ケイは要人警護用として開発された。

 爆弾が間近で爆発しようと、至近距離で攻撃を受けようと、護衛対象を守りきる頑丈な装甲が与えられている。

 モイライの攻撃を受けて再起動できたのもこの装甲のお陰であり、パージすることで中より戦闘用ボディのランスローが現れる。

 ケイの時はマスクにより無口だが、ランスローとなれば饒舌となるのが玉に傷であるが、ケイ時にはない剣を交えた素早い戦闘行動を行える。

「エアクスから通信、ゼベルガを取り逃がすも、核ミサイル阻止に成功したようです」

 ひとまず脅威は去ったことに各ニアロイドは警戒処理を緩めていく。

「エアクス殿から、攻撃衛星の掌握を任された時、心臓が跳ね上がるかと思いましたぞ」

「お前心臓ないだろう。俺もないけどよ」

 物の例えであるが、デュナーのつっこみにロボは苦笑の処理を働かせる。

「ともあれ、残るモイライサーバーは二つ。軌道エレベーターも取り戻せましたし、総司令部に連絡しなくては」

 証拠としてモイライサーバー<クロートー>を地上に持ち帰る必要がある。

 破壊に破壊を重ねてガラクタとなったため、データ修復は期待できないだろう。

「おや、誰かクリスタルを落としてますぞ?」

 ランスローが床の上に落ちる黒い水晶体を拾い上げた。

「おいおい、落ちていたら俺たち機能停止してるっての」

 肩をすくめるデュナーを前にロボは戦慄した。

「まさか!」

 誰もが問題なく機動し続けている。

 消去法で導き出される解答は一つしかない。

 ロボは損壊激しいサーバーに駆け寄れば、五指で焦げた筐体カバーを引き剥がす。

「こ、これどういうことだよ!」

「分かりません!」

 サーバーの中には後二つ、黒水晶が傷一つなくはめ込まれている。

 色は黒みを帯びようと見間違うはずがない。

 モイライサーバーにはニアロイドと色違いのハーツ・クリスタルが搭載されていた。

『ロボ、俺だ。その残骸を持って、至急、俺の研究室まで来てくれ。総司令には話を通してあるから安心してくれ』

 愕然とする中、マスターである青海博士から通信が入った。

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