ニアロイド編 第6話 激・突

 核兵器の全撤廃。

 これこそ世界が共存共栄の道を進むきっかけとなる歴史的出来事であった。

 確かに軍事力がゼロになったわけではない。

 だとしても、忌むべき兵器の撤廃は確かな未来の礎を築き上げた。


「ってのに、なんで物騒なもん持ってんだよ、チクショー!」

<アヴァランチ改>に搭乗するエアクスは悪態つくしかない。

 核兵器は全廃されたと同じく、原材料は採掘されぬよう厳重に封印された。

 一時期、<モイライ>の支配領域に封印された鉱山があったのだ。

 AIならば効率優先で採掘していても何らおかしくはない。

「とんだ憂さ晴らしだよ」

 大穴を引き当てるとエアクスは予測できなかった。

 衛星兵器でも破壊しようと飛び立てば、衛星兵器とドッキングしたゼベルガと邂逅。

 ライブラリデータとマッチしないことから、新しく製造された兵器だろう。

「おう、ゼベルガ、いかすヒトデに乗ってるな!」

 ご近所さんに会ったような軽快な音声をエアクスは発する。

 衛星兵器は端と見て海洋生物ヒトデに近い形をしていた。

 星形の中央部には下半身を埋め込むようにして革ジャンを着込む筋骨隆々の男が搭乗している。

 何よりエアクスが警戒するのは推進部らしき箇所から一切の熱量が感知されないこと。

 衛星軌道上で落下もせず滞空状態を維持していた。

「推進部から熱量感知できないとかどういう仕組みしてんだ?」

「お前に教えるのは精々名前だけだ」

 ご丁寧にコードが送られてきた。

<テユポス>と。

「そーかい、ならさー」

 何度も戦場でぶつかりあった仲なのだ。

 言葉よりも武器で語り合うほうが手っ取り早い。

「ぶっ壊して回収した残骸調べさせてもらうわ!」

<アヴァランチ改>の推進機関が唸り猛進する。

 対して<テュポス>の推進部位は静謐を保ったまま、稲妻のような鋭角的な軌道でエアクスを翻弄する。

「んにゃろーちょこまかと!」

 足止めのために背部コンテナからクレイモア内蔵ミサイルを発射するも、<テュポス>の側面より放たれた幾本もの光線が織り込まれた織物のように交差し、一発も残らず鉄球を溶解させていた。

「ふんぬっ!」

「させるかっての!」

 爆発光の一瞬を突くように<テュポス>が<アヴァランチ改>に肉薄する。

 ゼベルガが身の丈ほどある巨大なチェンソーを片手で握りしめ、エアクスに振り下ろすも、迎撃に展開させたブレードで受け止める。

 火花散る接触面を軸に慣性で回転する両機。

 互いに目を合わせた時、新たな武器の照準が合わされ、別なる火花を散らす。

 エアクスは頭部内蔵機関砲を、ゼベルガは両目からぶつ切りのビームを放つ。

 銃弾とビームは一発も対象に命中することなく、その全てが正面衝突を起こして消失。

 次いで刃と刃の接触も突き放される形で消失していた。

「これなら、どうよ!」

 エアクスは手頃なデブリを<アヴァランチ改>より展開した補助アームで掴み上げれば、ボールのように投擲する。

「また訳の分からん行動を!」

 当然、当たるはずもなく、無惨にも回避される。

 距離が大きく離れる中、両機とも重力の井戸に引きずり込まれぬよう搭乗機の体勢を整えんとする。

「おらよっと!」

 先に体勢を整えたエアクスのかけ声と共に<テュポス>の両脇に一対の光の柱が走る。

 正体は<アヴァランチ改>の両砲身から伸びるビーム。

 放たれるビームは照射を衰えさせることはなく、この状態を維持したエアクスが<アヴァランチ改>の推進機関を唸らせ急迫する。

「ちぃ、ビームソードか!」

 照射が衰えぬ理由に説明が付く。

 左右から挟み込むようにビームソードが迫る中、逃げ道である上下には回り込むようにマイクロミサイルの群が放たれている。

「おまけだ! 釣りはいらねーぜ!!」

<アヴァランチ改>の正面装甲が展開。

 奧より砲口が露わとなり、大口径粒子ビームが放たれた。

 光は破壊の大蛇となり、衛星軌道上に展開するあらゆるモノを飲み込み、消し去っていく。

 反応は消失。周囲に敵影はなかった。

「って、衛星軌道上で爆発させて大丈夫だったのか?」

 今更ながら敵機が核ミサイル搭載だったのを思い出す。

 核ミサイルが忌むべき兵器として扱われているのは、国一つを焦土にすることながら、同時にまき散らされる放射能が大地を汚染し人体を蝕むからだ。

 折角、領土を取り戻そうと、人が住めぬ土地ならば意味がない。

「まさか、あいつら、意図的に大地を核で汚染させて人類を宇宙に上げさせる気じゃないだろうな?」

 地上に住めぬのならば、宇宙に用意すればいい。

 あの<モイライ>が考えそうなことだ。

 またイノベーターなら放射能に汚染された大地だろうと変わらず活動できる。

 宇宙放射線の飛び交う真空の世界で活動できるのだから当然だろう。

「それもあるがな!」

<アヴァランチ改>の真後ろからゼベルガの声。

 センサーが反応を捉えるよりも先に、直感で機体スラスタを噴かす。

 機体が急旋回した時、エアクスは<アヴァランチ改>のレフトアームの関節部を切断されたと知る。

「ちぃ、なんで生きてんだよ! 直撃だろう!」

 レフトアームは慣性に従い回転しながらエアクスから遠ざかっていく。

 左側を失ったことで重量バランスが狂い、姿勢制御を試みる中、エアクスは悪態つく。

「直撃はしたさ! 直撃はな!」

 姿勢を整えるため、牽制のミサイルを<テュポス>に放つも接触面から不可視の力で圧壊される。

 第二、第三波を放とうと、汚い花火の量産に至っていた。

「サーバーといい、お前といい、なんだそれ!」

「教える義理はない!」

「だが、調査する道理はあるだろう!」

 人間ならば思考しろ。頭を働かせろ。

 エアクスは人間ではない。ニアロイドだ。

 ニアロイドだからこそ、ハーツ・クリスタルの処理を最大にしろ。

 何のために、悩み、考える機能が与えられたと思っている。

 広大な宇宙では何は起こるか分からない。

 分からないからこそ、その状況に遭遇した際、如何にして対処するか求められる。

 今が如何に対処する時ではないか。

 状況を、情報を整理しろ。

 粒子ビームの類ではない。

 熱量を感知できない。

「熱量?」

 ふと、開戦前、手伝いをさぼって蒼夜の部屋で読んだマンガを思い出した。

 感知されない熱量、ひしゃげたミサイル、稲妻のような鋭角的な機動性。

 戦闘ライブラリを並列再生、時間は戦闘開始直後。

 一部映像を停止、拡大表示、そして再生。

「こいつ、慣性で髪が揺れてねえぞ! ハゲだったらわかんなかった!」

 動くからこそ慣性は否応にも生じる。

 宇宙空間での機動は如何にして慣性と運動ベクトルを操作するかが肝だ。

 一度操作を違えれば、制動に新たな運動エネルギーを必要とする。

 だが、<テュポス>に搭乗するゼベルガは鋭角的な動きながら慣性に曝されていない。

 導き出されるのは一つだ。

「てめえ、SF作品にある人工重力を実装しやがったな!」

「ふん、今更気づいたか!」

「ああ、てめえがハゲてたら気づかなかったよ!」

「ハゲハゲうるさいぞ!」

「機械の身体だから、天然毛髪のないハゲだろう! や~い、このハゲ~!」

「尻の毛一本もない機械のお前がいうか!」

 両機は各砲口からビームを放ちながら言葉を衝突させる。

「重力で潰してんだ! 頑丈さが売りのケイがなんで装甲を潰されたのか説明がつく! これもう束ねて砲撃してきても驚かないぞ!」

 悪態つくようにボヤいたエアクスはゼベルガの機微に警戒の電流を走らせた。

<テュポス>の五つある先端の一つが裂けるように口を開いたからだ。

「んなくそ!」

 直感に従うまま、エアクスは敵機正面から<アヴァランチ改>を逆噴射で退避させた。

 だが、ライトアームの先端が不可視の巨人に握り潰されるように鉄屑となる。いや漂うモノ問わず直線距離状に空白地帯が生まれていた。

 両アームを失った<アヴァランチ改>は各スラスタを小刻みに噴射させながら姿勢を整えていた。

「おい、ロボ、お前だったらどう攻略する?」

 今なお軌道ステーションで戦う友に問いかけた。


『革新を妨げし人形よ、その礎となりなさい!』

 モイライサーバー<クロートー>を包み込むように現れた無数の部品が一機の機械人形を組み上げる。

 現れたのは液体金属で人型を成形したような姿であり、水銀の彫刻人形だとロボは率直な感想を抱く。

『潰れなさい』

 ただ一言の呟きに、攻撃を感知したロボとデュナーは合わせずして跳び去るように距離をとる。

 先ほどまで立っていた地点が歪み、砕け散る。

 低重力の空間に無数の砕片が漂った。

「また見えない攻撃だと!」

 デュナーが狙いを絞られぬよう、飛び跳ねながらハンドガンで応射するも、直撃寸前でビームの軌道を逸らされる。

「実体弾もダメみたいですね!」

 ロボが腕部内蔵マシンガンを放つも、デュナーと同じく弾道を逸らされている。

「来ます!」

 二機が銃口を下げたと同時、敵は右手を突きだしてきた。

 熱量が観測されずとも先のデータからタイムラグを参照、床を蹴って飛び上がれば、天上を走り抜ける。

 またしても立っていた位置が歪み、床をひしゃげさせていた。

「ん?」

 壁を蹴りながら回避運動を続ける中、ロボは不可解な観測データを得る。

 あの水銀人形が右手を突きだしたと同時、漂う砕片が微かな渦を巻いている。

「デュナー、周囲を構わず攻撃してください!」

「あぁ? まさか、この空間自体が奴のサーバーってオチか!」

「いいから!」

「まあいいさ!」

 デュナーは予備のハンドガンを取り出せば、二丁でビームを乱れ撃つ。

 雨のように飛び交うビームは当然、水銀人形に逸らされ、壁面に命中する。

 着弾の衝撃が砕片を生み、埃として空間に漂い始めていた。

 ロボもまた漂う砕片をかき分けるように両腕の銃器から銃弾を放ち続けていく。

『無駄なことを!』

「来ます!」

 三度目の不可視の攻撃が放たれる。

 空間内に漂う金属片が揺れ動き、見えざる巨人の手がロボに迫る。

「なるほど、そういうカラクリか!」

 デュナーのハンドガンから放たれたビームが、水銀人形の右肩に食らいついた。

「当たった!」

 被弾した右肩は逆再生のように元に戻っている。

 回避行動で壁を蹴ったロボは幻かと銃弾を放つも弾道を逸らされた。

「人工重力を応用したシステムか、これ机上の空論のはずだが実装するとは厄介だな」

 何故、ロボが周囲を構わず攻撃しろと指示したのか、デュナーは合点が行く。

 壁面を攻撃することで砕片を漂わせ、不可視の攻撃に対する目印としたのだ。

 何より、先の被弾により一つの攻略法を見つけ出した。

『おい、ロボ、デュナー、聞こえるか!』

 衛星軌道上で、ゼベルガと交戦中のエアクスから緊急通信が入る。

「ちょうどよかったエアクス、そちらも苦戦中のようですね」

 エアクスが苦戦しているのならば、同じ人工重力波システムを搭載している可能性が高い。

『おう、ゼベルガの奴、重力使って攻撃してやがる! こっちの攻撃が通らねえ!』

「奇遇ですね、こちらもサーバーと交戦中ですが、同じように重力のバリアで攻撃が通りません」

 だが、すでに攻略法は見つけた。

 ロボとエアクスの音声が重なる。


「「攻撃と防御は同時に行えない!」」

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