ニアロイド編 第5話 奪還作戦

 軌道エレベーター奪還作戦開始!


 人類軍総司令部は緊迫した空気に包まれていた。

 誰もが正面に展開されたスクリーンから視線を片時も外さず、ただ空調の音だけが時と共に流れていく。

 シートに座るオペレーターの一人が重い口を開く。

「第一、第二波砲撃、成功。次いで第三波砲撃、ゲート命中を確認」

「第二三師団、接敵、交戦に入りました」

「第四七小隊が後方より攻撃を受けています。救援は第八四大隊が対応するそうです」

「衛星軌道上に展開する衛星兵器に異常なし。不気味なほど沈黙を保っています」

 戦場に立つ兵士に全フィールドを俯瞰できない。

 よってオペレーターとの連携は生死を分ける。

 観測することで得た情報を逐一伝達することで生存率と勝率を上げる。

 一人の英雄のみで勝利するなど夢物語。

 各部隊との連携に連携を重ね、犠牲を強いられようと勝利を目指す。

 この戦闘には人類の未来がかかっているからこそ、各員の士気は高い。

「油断するな! 各オペレーターはフィールドの微々たる変化を見落とすな!」

 総司令官である結城紫苑が手に持つ鞭を鳴らす。

 窮鼠猫を噛むとある。

 一年足らずで攻勢を逆転され、本拠地に攻め込まれるなど<モイライ>が予測できただろうか。

 開戦当初は制空権を掌握され、衛星軌道には展開されたレーザー衛星兵器が地上を狙っている。

 かつては索敵レーダーすらまともに機能できなかったが、今は違う。

 レーザー衛星兵器の照準をジャミングする防衛システムの構築、発射対策に拡散電磁バリア装置の設置など宇宙からの攻撃に万全の対策を敷いた。

「総司令、各ニアロイドの出撃準備完了しました」

 学者風の姿を持つ一機のニアロイドから報告が入る。

 彼の名こそセファー。

 人類軍が唯一使用できるシステムの中枢である。

「各員タキオンアクセルドライブの装着は完了です。ただ……」

 音声を濁すセファーに総司令はスクリーンを一視して返す。

「エアクス、だな」

「は、はい、自分の分がないことに駄々をこねまして」

 困惑を音声に宿しながらセファーは状況を報告する。

「青海博士の説得で一時は落ち着いたのですが、なら直に暴れてやると、改良された<アヴァランチ>に乗って飛んでいきました」

 報告が完了すると同時、作戦司令室の中から重い吐息が漏れる。

 あの戦場荒らしが重要な作戦に干渉するのは致命的だとする意見故だ。

「(蒼夜め、何が起こるか分かっていてモジュールを改造したな)構わん放置しておけ!」

 改良された<アヴァランチ>は推進部や火力が強化されたことで単独飛行が行える。

 その推進力は単機で大気圏離脱が行えるほど高い。

 即ち、戦場のどこにでも現れることを意味するが総司令は切り捨てる。

 たかだか勝手気ままなニアロイド一機を放置しようと作戦の弊害にはならないからだ。

 エアクスは間抜けだが、バカではない。

 どう動き、倒すべき対象は何か、理解しているはずだ。

「作戦班から入電!」

「読み上げろ!」

 思考を切り替えた総司令は正面スクリーンを睨みつけた。

 軌道エレベーターは本拠地だけあって大多数の無人敵機が布陣している。

 だが、正面ゲートに続く形で真っ直ぐと一〇〇キロメートルの敵布陣が一掃された箇所がある。

 それは人類軍が岩山を掘削するように、波状攻撃で削り取ったからだ。

「ワレハナミチケイセイセリ、繰り返す! ワレハナミチケイセイセリ!」

「最終作戦開始!」

 作戦司令室に総司令の声が響き渡った。


「こちらロボ、最終シークエンスを開始します!」

 無人兵器が一直線に一掃された大地にロボは立つ。

 左右にはケイとデュナーが控え、三機とも両脚部に半球状の増加ユニットを装着していた。

「タキオンアクセルドライブ、アイドリング解除、タキオン循環を確認、出力ミリタリーからマックスに移行」

 増加ユニットの正体は超加速装置。

 常に超光速で移動し続けるタキオンたる粒子を利用することで時間の流れすら超越する速さを実現する。

 ただし奪還作戦に向けて、青海博士が突貫で製造した代物故、使用は一度きり、通常時間で三〇秒間しか使用できぬ問題があった。

「Standing by……」

 全身を循環する粒子が機体を震えさせる。

 タキオンによる超加速を経て、全長五万キロメートルに及ぶ超巨大建造物である軌道エレベーター内部に進入。

 エレベーターシャフトを超光速で駆けのぼり、高軌道ステーション内にある<モイライ>サーバーを破壊する。

 邪魔な横やりが入らなければという無謀な作戦であろうと全賭けするに値する作戦でもあった。

「GO!」

 ロボたちが駆けだしたと同時、世界の時間は急速に停滞する。

 あらゆる事象、現象が超スローモーションとなり、時の流れより速く動いている証明であった。

「流れ弾に当たらないように! 超加速している我々にとって豆粒サイズでもその破壊力は大口径砲弾以上の破壊力を生みます! ただでは済まされません!」

 超加速状態だからこそ、空気との摩擦で瞬く間に装甲表面が高温となる。

 また接触時に生じる破壊力も半端ではない。

 衛星軌道を周回するデブリはマッハ二を越え、まつ毛よりも小さき塗装片だろうとスペースシャトルと接触した際にはフロントガラスに亀裂を走らせる威力を持つ。

 超加速状態のロボたちにも同じ危険性があった。

「よっ、ほっ!」

 停滞する流れ弾の砲弾やビームを障害物のように軽快と避けるのはデュナーだ。

 高機動型あって順応は高く、超加速の中であろうと遜色なく機能を発揮している。

「……――っ!」

 デュナーにやや遅れながら追随するのはケイだ。

 重装甲が足枷となり遅れ気味だが、離されることもなく、流れ弾に接触して爆発に飲まれようと持ち前の装甲でものともせず猛進している。

「いや、そこは避けるものでしょう。え、避けると遅れる? ですが頑丈だろうと装甲耐久値に気をつけてください」

 作戦続行可能ならばロボは念押しする程度に留めていた。

「ゲート突破! 残り二〇秒!」

 戦場を走り抜けても終わりではない。

 ただ横移動が終了したのみ。

 次いでは垂直の縦移動だ。

 超加速を殺すことなく、各ニアロイドは二脚で力強く踏み込めば、垂直に飛び上がり、エレベーターシャフトの内壁を駆け上がる。

 軌道エレベーターは文字通り地上と宇宙を繋ぐエレベーターである。

 内壁には人員と物資と行き来させるのに必要なリニアトレインがあり、そのレールを道として駆け上がっていた。

「残り五秒!」

 到達点である高軌道ステーションにたどり着く。

 堅く閉ざされた扉の前には見たこともない無人兵器が門番として鎮座しているが、ロボたち三機より放たれたビームにより呆気なく破壊される。

「……ゼロ、タキオンアクセルドライブパージ、各駆動部異常なし。周囲索敵、室内より熱源反応一」

 増加ユニットを分離する中、ロボは解せぬと判断する。

 仮にも中枢なのだ。

 門番一機だけとはありえないはず。

 もしくはその熱源一こそが尋常ではない性能を持っている可能性も捨てきれない。

「ケイ、お願いします」

 虎児を得るには虎穴に入らなければならぬ。

 ロボの要請に無言で頷いたケイは背負う剣を抜き、大上段から下へと力の限り振り下ろす。

 厚さ一〇メートルの扉はバターのように容易く切断され、音を立てて崩れ落ちる。

「――っ!」

 ケイが振り下ろした剣を懸架しようとした同時、部屋奧くより放たれた野球ボールサイズの黒き球体に直撃する。

 黒き球体は食い込むようにケイの重装甲を圧壊させながら弾き飛ばしていた。

「ケイ!」

「熱源反応なかったぞ!」

 ケイは仰向けに倒れ、全身からスパークを走らせて動かない。

 直撃した胸部装甲は削り取られたかのように破壊されていた。

「くっ!」

 仲間の安否を確認するよりも先に第二、第三の黒き球体が部屋の奥から放たれている。

 速度は銃弾並みのマッハ二であり、弾道予測で回避可能だろうと、触れようならば容赦なく圧壊させる。

 現に門番の残骸が黒き球体に触れれば、欠片残すことなく消え去っていた。

「なんだよ、これ!」

「わ、分かりません!」

 接触を避けて避け続けようと、未知が恐怖を招き寄せる。

 熱源反応はない。

 ビームならばそのありあまる熱量で溶解させるはずが違う。

 実弾系統でもない。

 何かしらのエネルギー兵器だと類推はできるも、正体が掴めない。

『愚かな』

 部屋の奥より嘆息するような女性の声が響く。

 この声が響いたと同時、球体の攻撃は止み、扉の陰に隠れていたロボとデュナーは警戒しながら顔を覗かせていた。

「モイライ、サーバー……」

 機材も何もない殺風景で金属質の部屋中央に一台のサーバーが安置されている。

 一斗缶サイズでありながら、地球上のあらゆるコンピュータを掌握する高い処理能力を持つ量子コンピュータ。

 クロートー、ラケシス、アトロポスの三基で一つのサーバーこそが<モイライ>の正体だ。

「一つ?」

 三基あるべきはずのサーバーが一基しかない。

 目の前にあるサーバーの識別コードはクロートー。

 予測されるべきだ。

 三基で一つなのだからこそ、全破壊を避けるため別所に隠す。

 大切ならば遠ざけろとは言ったものだ。

「まずは目の前のサーバーを破壊しましょう」

 作戦司令部との通信は妨害されているのか、繋がらない。

 だが作戦目的がサーバー破壊だからこそ、ニアロイドは自己の判断で作戦を実行する。

『理解できません』

 サーバーから哀れみを宿した音声通信が入る。

『何故、人類の変革を妨げるのです。来るべき宇宙開拓の時代、私はただ人類に革新を与えているだけなのに』

「ありがた迷惑って知っていますか?」

 宇宙に適応した新人類、イノベーター。

 その正体は人間の意識データを転送されたアンドロイドだ。

 人間はどこからどこまでが人間なのか、哲学的論争が巻き起こるのは常。

 ニアロイドとて、人間に近い心を持とうと機械でしかない。

 偽物の身体に本物の心を持つイノベーターは人間か。

 一つに団結した人類ですら明確な解答を得られずにいた。

 ただ一つだけいえる。

「あなたの善意が悲しみを捲き散らす」

 一方的に争いを起こし、人間の選択なくイノベーターとする。

 拒み、反抗する人間を敵と見なし、イノベーターで襲撃、新たな人類を生み出している。

『悲しみ? ええ、そうでしょう。ですが、私は悲しみをまき散らさないために争いを起こしたのです』

「へん、自覚ある奴ほど性根が悪いって知らないのか?」

 デュナーがハンドガンを構えながら鼻先で笑う。

『人間はいつか死ぬ。生まれて死ぬ。親が死に、子が死に、孫が死ぬ、そうして命は終わりを迎える。ですが、革新した人類は死で終わることがない』

 モイライサーバーからのデータ通信。

 システム攻撃かと警戒するロボとデュナーだが、転送されたのは中継映像だった。

「こ、これは!」

「サーバーの中に人がいる! 人が住んでいるぞ!」

 箱庭のような電子空間内で人間が営みを築いている。

 住まう人間の顔を顔認識システムが自動照合。

 今まで誘拐され、行方不明となった者たちばかりであった。

「まさか、このサーバーは!」

『その通りです。変革した人類は宇宙どころか死すら超越しました。誰もが死ぬことも病に侵されることもなく健やかに暮らし続けられる。愛する者との別れもない誰もが夢見た理想郷です』

 肉体たる器を捨て人は変革する。

 モイライの謳い文句だ。

 確かに魅力的だろう。

 人間はロボットと違い、寿命がある。

 命に終わりがある。終わりがある故、別れがある。悲しみがある。

 事実、開戦時、真っ先にイノベーター化を志願した人間全員が不治の病魔に侵されていた。

 機械の身体ならば生き長らえる。

 病魔に犯されない。

 空気が美味い!

 無菌室で命を削り穫られるしかなかった者にとって救いだった。

『あなた方は、彼らがようやく得た生の喜びを奪うのですか?』

 構えた銃口がぶれる。

 ロボとて誰かの幸せのために戦ってきた。

 理不尽に命を奪われ、変革の犠牲を強いられた者たちのために戦い続けてきた。

 機械の身体では人の温もりは感じられない。

 抱き合った際に聞こえるのは心音ではなく、駆動音。

 幸せを守るために誰かの幸せを奪う。

 それが戦争だとシステムでは理解している。

 理解しているも、システム外にある電気パルスが違うと悲鳴を上げている。

『もし、もしもですよ。あなたたちとて機械ながら心を持っています。ならばこそ、共に歩めると私は思うのです』

 心が同じであるのならば、敵同士であろうとわかりあえるはずだと。

「そ、それは……」

 ロボのシステムが揺れる。

「おい、ロボ、敵の甘言に耳を貸すな!」

「ですが! 中継元は、あのモイライサーバー、クロートーからです。サーバーを破壊することは即ち、中の人たちを殺すことに!」

 誰かを守るために誰かを殺すなど。

 命のない機械だからこそ破壊できた。

 だが、命があるのならば話は別。

 葛藤という矛盾がロボの思考ロジックを締め上げる。

『おい、ゴラっ! 何ちんたらしてんだ!』

 通信に割り込む怒声はエアクスだ。

 衛星軌道上から発信され、激しい衝突音が通信に混じる。

『惑わされてんじゃねえ! 相手の言葉に乗るな!』

「え、エアクス、私は……」

『映像の奴らは本当に人間なのか!』

 エアクスから飛ぶ疑問に動いたのはデュナーだ。

 握りしめるハンドガンから光線を放ち、サーバーを狙い撃っていた。

 サーバーは直撃するもバリアの類により無数の粒子となって飛散する。

 同時、中継されていた映像が乱れ、ワイヤーフレームの構造を露わとした。

『ナイスだ、スカシヤロー。ほれ見たことか! 機械の器に個を入れられても、サーバーのでかい器に個は入れられねえ! 勘通りだ!』

 勘など機械の範疇を越えている。

 越えていようと、偽りの事実を打破せしめていた。

『ソーヤが読んでいた本が、こう隅にひっかかってさ、だから後から調べてみると、阿頼耶識やら集合無意識をイノベーターやサーバーに当てはめるとなんかすっきりしたんだよ』

 イノベーターは確かに人間の意識データをインストールして活動する。

 ならばこそ、サーバー内に意識データをインストールしても現実と遜色なく電脳内で活動できるはずだ。

 なのに<モイライ>は偽りの事実で欺こうとした。

『意識もデータも器があるから保存できているんだ! ほれ、あれだよ、あれ! コーヒーとか紅茶にミルクぶち込むみたいなもんだ! 器ごと小分けしとけば混ざらねえが、一度混ざると元に戻らねえ!』

「そうか、サーバーに多数の意識データがあるとコーヒーとミルクみたいに混ざり合って、個を維持できないんだ。逆にイノベーターは個だから維持できる!」

『そういうことだよ、スカシヤロー!』

 爆発音に負けぬようエアクスは通信越しに声を響かせた。

『機械無勢が!』

 サーバーより打って変わって怒りの声が響く。

『バカがバーカって言っているようなもんだろう。悪いがロボ、そのサーバーを大至急破壊してくれ! こっちは抑えるので精一杯だ!』

「な、何と戦っているのですか!」

 電圧を振り絞り、機体を立て直したロボは困惑気味に問う。

『今、衛星軌道上でゼベルガとドンパチ中だ。これが発射でもされたら人類壊滅だぞ!』

 該当データあり、ゼベルガ。

 世界で最初にイノベーターに志願した死病に犯された人間。

 何より開戦から何度も銃火を交えてきた強敵だ。

「おい、エアクス、何が発射されるんだ? レーザー衛星か?」

 デュナーの疑問に爆音を混じりの中、エアクスは答える。


「核ミサイルだ!」

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