ニアロイド編 第4話 ハーツ・クリスタル
『青海博士!』
投影されたモニターに映る軍人はご立腹である。
整った鷲鼻が特徴のロシア系だが、顔は真っ赤な茹で蛸ときた。
「あいつが言って聞くタマじゃないのは経験含めて重々承知のはずですよ?」
モニターに目を向けず、耳を向ける白衣の男性は、作業台の前で破損した機械腕に部品を組み込んでいた。
『幸いにも隊員たちは砲撃に巻き込まれず無事だったとはいえ……開発者無勢め、身の程を弁えろ!』
聞き逃せぬ発言に白衣の男性は組み立て作業の手を止めた。
「私及びニアロイドの意志決定は当人に委ねられる。例え将校であろうとそれを侵害してはならない。そういう軍規を理解した上で人類軍に参入したはずでは?」
作業台を背に白衣の男性は、モニター越しの軍人に言葉の圧をかける。
「軍、いや人間だからこそ機械に不信感を抱くのは分かる。だが、何度も言ったはずだ。ニアロイドはただの機械ではない。私たち人間がただの
モニターからの反論はない。
ただ唇をひきつらせ、顔を苦く染めている。
『今回の件もまた問題提議として軍法会議に提出させてもらう!』
「捨て台詞だね~」
怒鳴り声と共にモニターは通信を終えた。
「と、いうわけで、毎度やらかすな、お前は~」
白衣の男性から言葉の圧が消え、メンテナンスベッドで横となった隻腕のエアクスに苦笑いする。
「試作機持ち出して敵部隊壊滅、そうしてオーバーフローでドカーンと、人間だったら死んでるぞ?」
エアクスは人形のようにピクリとも動かず、口部マイクから返答はない。
いつもなら、声かける前から起きあがり、殴り込みをかける勢いなのだが、はてと、白衣の男性は首を傾げるも、理由を思い出した。
「あ、悪い悪い、メンテモードにしたから音声カットと関節ロックしてたんだった」
メンテナンスベッドに備えられた端末を操作して音声だけを入れる。
修理完了前に暴れられるのは困るので関節部のロックは維持だ。
「ぷふぁ~んだよ、あのタコ親父、ネチネチネチともう!」
「気持ちは分かるが、あの軍人はニアロイドの運用に懐疑的だからな。成果を上げれば上げるほど、いつ人類を裏切るのか気が気でないのさ」
「だからハゲんだよ!」
あれは剃っているのだが、ハゲについては同意する。
「まあ今回も大金星上げたんだ。ちょっとお叱りを受ける程度で済むだろうよ、ほれ」
「おお、サンクス」
白衣の男性は機械腕をエアクスに接続する。
不具合確認を行えるように関節のロックを解除した。
「どうだ?」
「ばっちし、流石はソーヤだ」
五指を動かして可動を試すエアクスは出来の良さにご機嫌である。
仮にも開発者なのだ。
ニアロイドの損傷を満足に修理できる者など他にいない。
「でもよ~ソウヤ~あの雪崩なんだけどさ~」
「ん? <アヴァランチ>か?」
コーヒーメーカーから合成コーヒーをカップに注ぎながら蒼夜は背中越しに問い返す。
「そう、それ! なんだよあれ、すこぶる快調だったのに、どでかいビーム撃った後でドカーンだぞ。出力調整ミスってないか?」
「いや、<アヴァランチ>は名目上試作型だが、充分実戦で運用できるレベルだぞ? 問題なのは、エアクス、お前だ」
「はぁ? 俺の扱いが悪いってことか?」
「性格にはお前の心が強すぎるってことさ」
ニアロイドは<心>を持つロボットである。
本来、ロボットはバッテリーにより電力稼働する。
だが、ニアロイドにバッテリーは搭載されていない。
「心、つまりは<ハーツ・クリスタル>ってことか?」
ニアロイドの動力源である人工結晶石集合サーキット<ハーツ・クリスタル>。
ニアロイドをニアロイドと至らしめる根幹。
サーキットの名の通り、これそのものが超高度な情報集積回路と演算処理システムを持っている。
人間のように外部から食物を摂取してエネルギーとするのではなく、ニアロイドは<ハーツ・クリスタル>から自己生成される無尽蔵のエネルギーを自己消費するサイクルができあがっていた。
「お前はどのニアロイドと比較しても我が強い。あ、別に我が強いのを悪いとか言ってないぞ? 強すぎる故に、接続機器にオーバーフローを起こしてしまうんだ」
「つまりは明鏡止水だな!」
「待てこら!」
ロボットが悟りを開くなど、頭が良いのか悪いのか、蒼夜は苦笑する。
「というか、お前、何時間も座禅できるほど我慢強いか?」
「あ~ダメだな!」
納得してくれて結構だが、問題はそこではない。
「だったらさ、ユニットに出力制御つければ解決じゃね?」
「俺がその案をやってないと思ったか?」
「つけてあれなのかよ~」
理解してくれて大助かりである。
エアクスは最初に造られたニアロイドの一機だ。
なんだかんだで開発者である蒼夜とのつきあいは長いため、阿吽の呼吸で理解してくれる。
ただ無礼な相手に対して無礼で返すのが目下の悩みでもあった。
「くっ~ずっとベッドにいたから関節がゴキゴキだ。油注しとくか」
メンテナンスベッドから下りたエアクスは軽く背伸びをして、各駆動部の動きを確認すれば、作業台にある潤滑油の入ったボトルを手に取った。
「いくら半永久的に動くと言っても無限じゃねえからな」
「まあそこは最終的な到達点だな」
機械だからこそ、人間のように自然治癒能力を持たない。
壊れたら部品を組み込んで修理し、関節部にはオイルを注す。
ボディが破壊されれば、新たなボディにハーツ・クリスタルを移植する。
機械だからこそ可能である面、機械だからこそ不可能な面もあった。
「ナノマシンで完全メンテナンスフリーとかできれば楽なんだが、あれ、完全制御すると意識データまで処理に持って行かれてデク人形になっちまう」
人間が汗を拭うように、エアクスは各関節に手を回して器用にオイルを注していく。
「かといって敵さんみたいにリペアマシンを使うのも処理を持って行かれる。困ったもんだ」
オイルを注し終えたエアクスはボトルを作業台に戻す。
ふとツインアイがデスクの上にある紙製の本を捉えた。
「へえ~紙の本なんて珍しいもの持ってんな。このご時世、貴重品だぞ」
「ああ、ちょっとコネでな。無理して知り合いに用意してもらった」
今の時代、本とはタブレットなどの端末で読むものであり、紙を束ねて製本された代物はアンティークの類だ。
中には本一冊の価値が軍艦一隻と同じすらある。
紙から電子に移行した背景には、やはり原料となる森林減少の影響が大きい。
あらゆる機械が<モイライ>の制御下にあろうと、それはインターネットを介しての支配であるため、ネットワーク機能を物理的に排除した端末ならば電子書籍として変わらず使用することができた。
「え~っと、阿頼耶識に、ユング? アオーン? それに集合無意識? なんだこれ?」
精神科医の著書ようだが、エアクスは探求より先に面倒臭さが先に出たため、閲覧する気が起きなかった。
何より興味を奪ったのは壁際に安置されたコンテナラックだ。
「それよりさ~ソーヤ~」
おねだりするような猫撫で声に、蒼夜は舌打ちする。
「ちぃ、気づきやがったか」
エアクスの視界カメラは壁際に設置されたコンテナラックに釘付けである。
興味に動かされるまま観音開きの扉をエアクスは開く。
中には製造過程のニアロイドボディが、アームに固定された形で収納されていた。
「おいおい、これタイヤとかついてるぞ。骨格フレームとか見る限りこれ、変形するだろう! なあ、そうだろう! そうだと言え!」
「ああ、そうだよ、製造中の可変型フレームだ。た・だ・し!」
エアクスの魂胆など分かり切っているからこそ蒼夜は断言した。
「お前用じゃない!」
「がび~ん!」
ノリがいいのは結構だ。
人間の機微を計算してショックな電子音声を流すのだから、大したタマである。
「シミュレーションでは上々な結果が出ているが、あくまで舗装されたサーキット内での話。戦場で走り回るのには向いてない」
「なんで戦場で役に立たないもの造ってんだ?」
「戦場じゃないフィールドで自由に動き回れるってどう思う?」
「そりゃ楽しいに決まって――ああ、そうか」
エアクスはどこだろうと自由気ままに暴れるのだが、指摘するほど蒼夜は野暮ではない。
「いずれ戦争は終わる。それも人類軍が勝利する形でな」
合成コーヒーを口に含みながら、蒼夜は重く告げる。
劣勢と敗走を重ねていた人類はニアロイドの登用により、破竹の勢いで領土奪還を続けている。
残っているのは軌道エレベーターのあるアフリカ大陸のみだ。
「確かに最近は連戦連勝だよな。けどよ、ふと俺は疑問に思う」
「データを閲覧する限り、先手、先手を打っているようにしか見えない、だろう?」
エアクスの疑念は分かる。
コンピュータやインターネットの類は全て<モイライ>の制御下にあり、下手に使用すれば自らの位置を露呈させ、イノベーターの材料とされる未来しかない。
戦術データで戦局を予測しようにもできないが、何事にも例外がある。
その例外がニアロイド。
人類軍が独自に運用するシステムは全て一機のニアロイドが賄っている。
人類軍総司令つきニアロイド、セファー。
元は宇宙間航行における極小デブリや漂流物の軌道予測用として開発された。
無数に漂うデブリを感知し、軌道を予測、そして接触を回避する。
その高い演算予測性能を作戦立案、戦局予測など戦術予報専用として運用されるに至っている。
ただセファーはその特異性故、ニアロイドボディは移動用端末。
本体はラジエルと呼ぶ演算コンピュータであり人類軍の中枢であった。
「引きこもりのセファーの奴がそこまで戦局を計算できるわけないしな」
「おいおい、引きこもりいうな。あいつはあいつで休み無く情報リソース管理に多忙なんだ。こうして通信できたり、お前を修理できる機材を問題なく運用できるのも全部セファーのお陰なんだぞ」
「それは理解しているけどさ~」
外で元気に暴れ回っている側からすれば、内にこもっているとしか思われないだろう。
だからこそ蒼夜は言ってやった。
「一日に五万三千六四回」
「何の回数だ?」
「セファーが外部から受けているクラッキングの回数だ」
知るなり、エアクスから、うげっと不味そうな音声が漏れた。
「休み無くってことはそういうことだぞ。お前みたいに自由がない」
「あ~そうか、なら先手には別の理由があるのか?」
「理由は一週間後、否応にも身を持って理解する羽目になるさ」
「なんだよそれ」
お茶を濁す蒼夜にエアクスは音声を尖らせる。
口を割らないのはつきあいから承知の上。
答えは一週間後に知るのならば楽しみにとっておけばいい。
ふとエアクスはコンテナラックにカメラを向けた。
「ソーヤは戦争が終わったら、俺たちニアロイドを自由にしたいんだな」
「元々ニアロイドは宇宙開発用だ。戦争で運用されているのは単に<モイライ>に操られない、その一点のみだからな」
蒼夜は開発者として一つの懸念を抱いていた。
戦時の英雄は平時の犯罪人。
機械に向けられていた銃口が今度は人間に向けられる。
兵器運用された過去を危険視して、新たな人類の敵となる前に廃棄を提言する声が挙がるはずだ。
「もちろんお前もだぞ、エアクス。戦前みたいに開発を手伝うのもよし、戦後復興に勤しむのもよし、本来の開発目的通り、宇宙に行くのもよしだ」
「あ~俺バカだから先のことなんてわかんねーよ」
自分で言うのかと、蒼夜は苦笑する。
スペック上はどの量子コンピュータにも劣らぬ能力を持っているのだが、ただのジョークとして受け流す。
「まあ終わった時にゆっくりオイルでも飲みながら考えるさ」
「ああ、お前らしい」
合成コーヒーを含みながら蒼夜はほくそ笑む。
ニアロイドは確かに機械で構成されている。
だが、悩み、考え、自らで行動するルーチンワークが与えられている。
ただ違うのは器。
悩みを抱くのは、悲しみや怒りすら抱くということなのだから。
「それで、話戻すけどよ、ソーヤ、俺の可変ボディ計画は?」
「ないとダダ捏ねるからな、図面は既に引いてある」
蒼夜は端末を操作すれば、エアクスに図面データを転送する。
「お、おおおおっ! すげー翼ある! ジェットエンジンある! これ空飛べるぞ!」
閲覧するなり子供のように喜んでいる。
「すぐには無理だからな」
「おう、戦争が終わったら、俺この可変ボディで空を自由に飛ぶんだ!」
目標ができて何よりだが、一つの懸念を蒼夜は抱いて口に出した。
「お前、それ死亡フラグだぞ」
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