ニアロイド編 第3話 雹のち雪崩

 目の前で繰り広げられる圧倒的な展開に兵士は飲み込まれていた。

「す、すげぇ……」

 あのギガンマキア一機を人間の部隊が対するには最低でも一〇〇名必要とする。

 それも戦車や戦闘機などの攻撃支援を入れてようやく一時機能停止に追い込めるレベルでしかない。

 対して、あのニアロイドが搭乗するモジュールは戦車のように寸胴でありながらレーシングカーのように滑らかに走り、内臓火器が火を噴けば、敵機械の装甲を紙のように撃ち貫く。

 敵機械の肉薄を許そうと、両サイドから展開されたアームが敵機械の脚部を櫛のようにへし折ってしまう。

 人類軍支給の携行式レールガンですら装甲を凹ますだけで精一杯のはずが、ニアロイドが放つレールガンは同型ながら装甲を貫通し、爆散せしめている。

 リペアマシン内蔵、無線供給システムがあろうと、中枢システムを破壊された鋼鉄の巨人はジャンクに成り果てていた。

「たった三機であの数を……」

 ニアロイドは逆にたった一機でギガンマキアを二〇は軽く破壊できる。

 装着モジュールの効果もあろうと、人間の子供サイズでしかないはずのロボットがそれほどまでの性能とパワーを引き出している。

 何故、機械でありながら<モイライ>に操られることなく人類の味方として立つのか、不思議でたまらない。

「あれを生み出したのが一人の若造だって話だが」

「お前ら、ぼさっとするな! 道は開けた、撤退するぞ!」

 人間が機械に助けられるなど屈辱だが、次なる戦闘のために苦渋として飲み込んだ。

 生命なくして今はなしだと。

「後方のイノベーターの動きは!」

「速力変化なし! 列を乱すことなく真っ直ぐに迫って――高熱源反応! イノベーターの右翼より超高速で接近する熱源あり!」

「敵の増援か!」

 隊長は叫ぶように部下に問い質す。

「いえ、人類軍の識別信号を確認! 認識コードは――エアクス! あ、あのエアクスです!」

「くっそったれが! 戦場荒らしのあいつだと!」

 誰もが新たに現れた救援に歓喜などしない。

 現れたのが戦場を荒らしに荒らす問題児だからだ。

 命令違反、無断出撃は日常茶飯事。

 補給物資のオイルを堂々と摘み食いすれば、口と性格が悪い。

 ニアロイドに不信感を持つ人間ががんを飛ばそうならば、このエアクス、報復にガンから弾を飛ばしてくる。

 開発者の若造と殴り合う姿が度々目撃されるなど悪評に暇がない。

「何故、総司令部は戦場荒らしを処分しない!」

 隊長は苛立ちながら不満を口走る。

 開戦から二ヶ月、ネットワークと機械を抑えられたことで各国は足並みを揃えられず、機械の軍勢に敗走を繰り返した。

 敗走に敗走を重ねた者たちは、明日が見えぬある日、上空からばらまかれるビラを拾い上げる。

 ビラには『人類諸君、反抗の志あるのならば集え!』と活版で印刷されていた。

 ビラには集合日時もまた印刷されている。

 罠だと唱える者、わずかなる可能性に賭ける者。

 意見は割れようと、指定された場所に集えば、一隻の大型船が停泊していた。

 出迎えに現れたのは一人の女性将校だ。

『よくきた! 私は人類軍総司令官、結城紫苑ゆうきしおんである!』

 各国の正規軍が壊滅する中、まだ反抗を続ける勢力がいた。

 その勢力は人類軍と名乗り、反抗を重ねながら各地で敗走者や避難民の救援に当たってもいた。

 大型船に揺られ、たどり着いたのは極東の島、日本。

 驚くべきは各国が壊滅的な被害を受けながら、日本は多少の被害を受けた程度で、壊滅などほど遠い。

 たどり着いた者たちはどのようにして凌いだのか興味を抱く。

 戦術か、兵器か、祖国奪還の切っ掛けとなるからだ。

 知ると同時、困惑と落胆が混じる。

 ニアロイド。

 青海蒼夜博士が開発した宇宙開発用アンドロイド。

 この国は機械の侵攻を機械で退け続けていたのだ。

「尺に障るが!」

 確かにニアロイドは敗戦濃厚であった人類に勝機をもたらした。

 この二ヶ月、押すに押され、削りに削られていくしかない戦場の劣性を優勢に反転させた。

 防衛から攻勢に出るなり、奪われた領土の八割を取り戻す成果さえ上げている。

 特にニアロイドが搭乗するモジュールユニットは、機体が少数ながらローリスク・ハイリターンの一騎当千の成果を上げていた。

 残るはアフリカ、軌道エレベーター、<モイライ>が本陣を敷く大陸となる。

「なんだ、これ!」

 接近するエアクスの熱源が異常なまでに高い。

 原因は搭乗するモジュールユニットだと気づく。

「せ、戦艦一〇隻分の出力だと!」

 戦闘機から機首を取り除き、戦車砲を二つ、両サイドに取り付けた形をした武装ユニットの観測値は常軌を逸脱していた。

 前方で暴れる三機のユニットは戦艦一隻分の出力しかない。

 戦車サイズしかないユニットに、その出力を保持させるのは破格の規格外だというのに、新たに現れたユニットは非常識の規格外だ。

「コード確認、試作コード<アヴァランチ>です!」

 雹に対する雪崩だとジョークが悪乗りしている。

<ヘイル>が無数の砲弾を雹のように敵に降らすのならば<アヴァランチ>は雪崩の如く敵味方を一瞬で蹴散らす未来しか見えない。

「誰だ、こんなふざけたユニットを開発したバカは!」

 隊長はあまりの規格外に怒鳴り声を荒げる。

「確認しました。あれの開発者です」

 律儀に答える部下に隊長を筆頭とした誰もが絶句した。


<アヴァランチ>は着膨れした戦車の側面に大型ジェットエンジン四基を取り付けたような形をしている。

 真っ正面からの砲撃戦にて規格外の火力での殲滅をコンセプトに開発された陸戦用モジュールユニット。

 ただ殲滅するだけではない。降り注ぐ砲弾の雨を物ともせず突き進む頑強さ、追随する敵を置き去りにする機動性、万が一接近を許そうと針の穴を通すほどの精密さで突き崩す。

 持たせられるだけの性能を過剰なまでに持たせられていた。

 

 荒野を削り取るように荒々しく駆ける<アヴァランチ>に騎乗するエアクスはすこぶるご機嫌であった。

 火力、推力、機動力とどれをとっても規格外の非常識。

 どうしてこんな愉快なものを今の今まで隠していたのか、人間は不可解だ。

「ひゃっほ~爽快だね! まあ、やることは破壊なんだけどね!」

 ロボたち三機が前方の敵部隊と交戦している。

 ならば、エアクスの相手は後方に展開するイノベーターだ。

「え~っと、これ使ってみるか!」

 機械である以上、人間のようにスイッチを押す、ペダルを踏み込み動作をニアロイドは一切必要としない。

 ただ無線接続されたユニットに操作コマンドを送り込めばいいのだ。

「ポチっとなと」

 エアクスの口部内蔵スピーカーから擬音が漏れる。

 同時<アヴァランチ>の背面武装コンテナが無数の口を開き、中より弾頭が顔を覗かせた。

「よっしゃ~ミサイル発射だ、ごらっ!」

 意気揚々のエアクスの背後でミサイルが獲物を求める貪欲なピラニアの如く推進機関を唸らせ飛び出した。

 イノベーター部隊はミサイルが撃ち出された瞬間から対空防御に移行、掌からぶつ切りにされたビームを放ち、撃ち落としていく。

「うおっ!」

 ミサイルの群は無惨にも撃ち落とされる。

 だが、爆散により生じた黒煙を貫くように現れたのは無数の鉄球。

 雹の如くイノベーターの部隊に容赦なく降り注いだ。

「このミサイル、クレイモア内蔵だったのか」

 呆気にとられるエアクスは基本、マニュアルを読まない主義だ。

 データを閲覧する暇があるのなら、あれこれ試しながら操作方法を実践で学習するのが効率的であると考えているからである。

「ならこれはどうだ!」

 一番エネルギー消費の高い兵装を選択する。

 つまりは威力がけた違いに高い、はず。

 エネルギーがユニット前面に集中していくのをエネルギー経路からエアクスは把握。

 稼働データを閲覧すれば、前面装甲の一部が展開、大口径の砲口が伸展して粒子を集わせていた。

 大口径高威力収束粒子砲だとその名を知る。

「よし、発射だ!」

 エアクスは放たんとする射線軸の先に、どの陣営に属する部隊がいるのか、興奮のあまりセンサーから失念している。

 当然、発射された後でも気づくことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る