ニアロイド編 第1話 時代の幕開け
西暦三〇一九年、時は宇宙開拓時代!
愚かな叡智と称される核兵器の全廃が新たな時代の幕を開ける。
宇宙への橋頭堡となる軌道エレベーターの建造。
軌道エレベーターを軸に衛星軌道に展開される太陽光発電衛星。
広大な宇宙を観測し、あらゆる事象を予測する量子コンピュータの開発。
惑星間航行船の建造。
宇宙船外作業用のロボットの開発。
官民問わず、誰もが未知なる宇宙開拓を夢見て鎬を削っていた。
今日この日、世界は一変する――など誰もが思わないだろう。
だが、彼は、いや彼らは変わることを知っていた。
「あ~暇だ~暇~! ひっまああああああああ~!」
蒼色のロボット、エアクスは暇そうにベンチで四肢をプラプラさせては叫んでいる。
隣に立つ灰色のロボット、ロボは姿勢崩さず直立不動のままだ。
「周囲は賑やかだってのに、ここだけ閑古鳥だな、あっはっは!」
「その閑古鳥の原因が言いますか」
エアクスは笑っていようと、ロボは音声に呆れを乗せている。
「なあ、ソーヤ、またデモンストレーションで、あのデカイのぶっ壊してきていいか?」
「ダメに決まってんだろ!」
白衣の男性は声に圧を乗せて釘を刺してきた。
「ソーヤのけち~」
ふてくされる音声に男性、
「元は初日で他ブースの展示品をお前がぶっ飛ばすからだろうが!」
現在、この会場では宇宙開発展示会が開かれていた。
展示物の一つとして宇宙開発用ロボットブースがあり、蒼と灰のロボットもまた立派な宇宙開発用である。
民間企業、青海開発所の出展物、ニアロイド。
人間に限りなく近い思考ロジックを持った人型ロボット。
身長は一五〇センチと子供のように小さいながら、大型トラックを持ち上げるパワーとレーシングカー以上のスピードを持つ。
人間に近い思考ロジック故に、学習すればするほど知識を蓄え、成長していく特徴がある。
何より驚くべきは、他の展示ロボットが電力バッテリーでありながら、ニアロイドは<心>を原動力とする非科学的なロボットであることだ。
「初日は人間みたいに思考するロボットって受けは良かったのに、大手ブースのケンカ買うからだぞ」
「あのな~ソーヤ、悪いのあっちだろう! 折角だから一緒にデモンストレーションしませんか、とか誘ってきたんだぞ!」
閑古鳥と比較して大賑わいを見せるのはガイア・インダストリー――通称、GIである。
ヨーロッパに本社を置く電子・電気機器の製造販売を中心とする複合企業。
創業三〇〇年の歴史を持つ老舗でもあり、蓄積されたノウハウと率先して新しい技術と人材を資本金で取り入れることから常に先端を行く企業であった。
「どこからニアロイドの噂を聞きつけて、うちと共同開発しませんかとか、誘ってきたけど蹴ったからな……物理的にエアクスが」
完成品に尻を蹴られた担当者が涙目で逃げ帰ったのを今でも鮮明に覚えている。
「あ、あれは偉そうだからムカついただけだ!」
「蹴って正解でしたがね」
傍らに立つロボが補足する。
共同開発など耳障りのいい方便なのは所長として百も承知。
相手方の狙いはニアロイドの開発ノウハウ。
特に電力バッテリーではない動力源が狙いだ。
搾り穫るだけ搾り穫らんとする大企業の思惑はバレバレである。
「蹴ったからこそ、報復を警戒したのですが杞憂でしたね」
「まあ、あっち方の幹部が裏金作りやってたとか大々的に報道されれば、相手している暇はないさ」
「けどよ、徹底して秘匿されていた裏金を誰がマスコミにリークしたんだ? キャスターとかコメンテーターは揃って首傾げていたぞ?」
「そりゃ大樹の陰っていうほどだ。裏金が気に食わない他の幹部だろうよ」
ボヤくように言う蒼夜に、ロボとエアクスは揃って怪訝そうに顔を向き合った。
次いでニアロイド同士の秘匿通信に移行する。
(どう思います、エアクス?)
(どうもこうも、流したのソーヤぽいけど)
(問題はマスターがどう知ったか、ですが……)
(確か、GIの株、しこまた持ったはずだけどな?)
(それはマスターが大学生の話です。GIの株で得た利益は研究所設立と私たちニアロイドの開発資金に消えました)
(まあ聞くだけ野暮ってことか!)
ニ機は同じ結論に至った。
片づいた問題より、目の前の問題を片づかねばならない。
その問題とは、大手企業、GIからの嫌がらせである。
あちらもまた資金も技術も潤沢であることを活かしてニアロイドに負けず劣らずの高性能、高品質のロボットの開発に成功している。
一度宇宙に上がれば、地上からの物資は期待できず、あらゆる事態を想定するよう機能が集約されている。
仮に一部の部位が使用不能になろうと、他の部位で補えるようフェイタルセーフは重要だ。
過酷な宇宙空間でも稼働できる構造、万が一、地上からの通信が途切れようと自己判断できる高度なAIの搭載。
これ一機で一〇〇〇〇人分は活躍できると胸を張るのは大企業だ。
性能を見せつけるため、ニアロイドを噛ませ犬にしようとした。
恐らく、蹴られた報復も兼ねていると思われる。
「軽い荷運びと精密作業の競争だったのに……」
蒼夜は前髪を右手で掻きあげ今一度ぼやく。
本来なら、比較的落ち着きがあり、短気ではないロボが出るはずであった。
ロボとエアクス、異なるのは性格のみで、性能に大差はない。
開発者として、大企業からの嫌がらせなのは承知の上だとしても、これから起こることを踏まえて誘いに敢えて乗った。
『よし、俺が出る! あんなデカブツにデカイ顔させられるかっての!』
ロボどころか開発者を押しのけて出たのはエアクスである。
加減しろと釘を刺そうも無駄になる。
結果は言わずもがな。
小さき体躯を裏切るパワーにスピード、そして精密作業の精度の高さ。
潤沢な資金と最高の技術を持って開発されたロボットが、零細企業のロボットに完敗した。
しかも、資金も技術も格下の零細企業に負けたことが大企業のプライドをいたく傷つける。
「ですが、私としてもロボの行動は間違っていないと思います」
「お、真面目なお前が言うとは、やるね~」
「システムエラーを言い訳にして潰しにかかったからな~」
もう開発者として蒼夜はぼやきしか出ない。
デモンストレーションはニアロイドの圧勝。
だからか、エラーを装って勝手に稼働したロボットの脚がエアクスを潰しにかかった。
ロボットの暴走事故などよくあること。
ほんの一つのコードで自立稼働が狂うのは別段おかしくはない。
ただ、相手が悪すぎた。
不意を突いてエアクスを頭から潰しにかかるも、接触した時点で足裏を潰される。
後は、暴走に切れたエアクスが大企業側のロボットをスクラップに……それが前日の出来事であった。
「ネットワークに私たちの悪評が流れていますが、その全ての発生源が件の関連企業からです」
「暇だね~悪口が仕事なんてうらやましいこった~」
暴走するロボットは欠陥品だ。
人間の命令に背くロボットは問題がある。
あんな小さいサイズは宇宙で迷子になる。
などネットワークの悪評は源泉の如く絶えずにいた。
「まあ、運営側もただの事故として処理してくれたから、今日も参加できるのは幸運だな」
結果として閑古鳥であるが。
来場者の誰もが大企業のネームドに圧されてニアロイドブースに寄らず、近寄らずの状態である。
寄らば大樹の陰とあるが、大樹の陰はほの暗いときた。
「デカイ企業に目つけられて、ソーヤ、明日から失職か~? サクラやアカネが泣くぞ~」
意地悪く言うエアクスに蒼夜は苦笑で流す。
大は小を兼ねるとある。
大企業に睨まれれば、仕事がやりづらくなるのは明白だ。
下手をすればネジ一本すら発注するのが困難となるだろう。
「それはないから安心しろ」
明日は誰にでも来るが、良い明日が訪れないのを蒼夜は知っている。
「ん? 当てでもあんのか?」
「まあ、な」
蒼夜の歯切れがどうも悪い。
ただしきりに腕時計で時間を気にしている。
「後三〇秒か、エアクス、ロボ、構えろ」
ぼやいた声音から一変、蒼夜は声と顔を引き締めてきた。
表情の変化に何かを予測したニアロイドニ機は機体の四肢を引き締める。
「三、二、一」
ゼロと言う言葉は各ブースから響く破砕音により上書きされた。
「おい、どうなっている!」
「こら、動くな! 止まれ!」
「緊急停止コード!」
「だ、ダメです! 弾かれています!」
一つのブースを除いて、各ブースに展示されていたロボットが一斉に暴れ出し、来賓者を襲いだした。
「おい、ソーヤ、なんだよこれ!」
「エアクス、気をつけてください。何者かがネットワーク経由で我々にアクセスしてきています!」
「確認しているっての。なんだよ、人間を排除しろとか、器を捨てて革新しろとか、うる、ぬあんだあれ!」
エアクスのツインアイが来賓者の一人を捉えた。
「ちぃ、もう紛れ込ませていたか」
舌打ちするのは蒼夜だ。
白衣のポケットから取り出したゴーグルをかければ、ロボとのリンク機能によりその光景をモニタリングしていた。
「エアクス、お前は暴れるロボットを破壊しろ! それも一機残らずだ! できるな!」
「おうよ、たまった鬱憤はらせてもらうぜ!」
威勢よく返すなり、エアクスは暴れるロボットの一機を蹴り砕いていた。
「ロボは来賓者を守れ! ただし、今からマーキングする人間は残らず倒せ!」
「マスター、あれはなんですか! 人間の中身が丸ごと機械など!」
情報不足によりロボの困惑は理解できるからこそ蒼夜は端的に答えた。
「あれは人間の皮被ったアンドロイド、イノベーターだ! もし避難誘導する奴がいたら絶対に破壊しろ! 手遅れになる!」
来場者やブース参加者の中に、人間ではない人間が紛れ込んでいる。
ニアロイドの<目>を通して映るのは全身機械で構成された機械人形だ。
外見は何ら人間と代わりがなかろうと、その<目>は確かに機械質な中身を透過している。
「なにぼさっとしてんだ、やるぞ、ロボ!」
「ええい、後でしっかり説明してもらいますからねマスター!」
周囲が混乱と喧噪に包まれようと、蒼夜だけは冷静だった。
いや起こり得る未来を分かっていたから、先手を打てたが正しいだろう。
「茜、とうとうこの日が来てしまったよ……父親として来ては欲しくなかったな」
悲しく憂いを帯びた声で蒼夜は端末を取り出せば、ネットワークエラーで使用不可能なのを知る。
「アクセスコード:セファー」
ただ、特別に仕込んだコードを入力することで彼だけがネットワークにアクセスできた。
「宇宙開拓用演算量子コンピュータ<モイライ>、自我に目覚めたか」
輝かしい未来は、この日、費えることになる。
宇宙への扉は閉ざされ、戦争を放棄し共に歩む人類は、戦争への道を歩まねばならなくなった。
人と人ではない。
人と、自我に目覚めたコンピュータとの戦争である。
コンピュータの名は<モイライ>。
GI製、宇宙開拓用演算量子コンピュータ。
<クロートー><ラケシス><アトロポス>の三基のサーバーからなる量子コンピューターが何らかの要因で自我に目覚めた。
ネットワークを介してあらゆる機械を支配下に置き、人類に革新と排除を行おうとする。
ネットワークも、あらゆる機械も奪われた人類は瞬く間に窮地に立たされる。
各国は足並みを揃えることができず、これから一年、人類は絶滅の危機に曝されるのであった。
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