モルフォ編 第7話 モルフォ

『いえ、違います』

 優しい母のような声が愛那に響く。

 目の前を光の粒子が集い、白き蝶の群を形成する。

「も、もしかして、ルチェ・アゲハ?」

 映像で見た白き蝶の群体そのものに藍那は目を見開いた。

「なら、この映像を見せたのもあなたなの?」

『はい、かつて私たちが一つだった頃の記憶。融和を求めながら異なる道を歩んでしまった記憶。私たちは違うと止め続けました。ですが、度重なる衝突に疲弊し、今ではほとんど力が残っていません』

「あ、死に体なんだ。けどなんで私なんかに映像を見せたの?」

『この惑星に降下した際、ハオス・アゲハとの衝突で弾かれた私たちはその衝撃であなたの網膜を通して、あなたの神経網に入り込んでしまったのです』

「????????」

 コンタクトレンズ以上の大きさを持つ白き蝶が愛那の身体の中に入っているなど理解が追いつかない。

『神経に走る電気信号を依り代に、あなたの身体を器代わりにしてどうにか存命している状態なのです』

「………………はい?」

 愛那の動向は狼狽えて泳ぎ、脳は理解を組み立てない。

 確かに筋肉や神経などは微弱な電気信号で動いていると生物で習った記憶がある。

 生物の授業で行ったカエルの解剖で電気を流してピクピク動いてたのを……思い出した愛那は気分が悪くなり口元を手で抑えた。

『え、えっとつまり、何度も呼びかけていたのも警戒を促すためでして』

「つ、つまりは幽霊みたいに憑りついているってこと?」

『そ、それに近いですが――まだ死んでいません! 辛うじてあなたの中で生きています!』

 光の生命体だとルチェ・アゲハが必死に説明するも、愛那が理解できたのは宇宙生命体という一点のみであった。

「とりあえず、私の中にあなたがいるってのは分かった。けど、私は今、コンコンチョーネクタイになっているんでしょ?」

『正確には混沌超越体です。確かに取り込まれましたが、私たちの力で辛うじてあなたの自我と肉体を保っている状態です』

「え、私を保っている! なら、美夏とかも助けてよ!」

 自分を助けるために犠牲になった友達。

 助けられたからこそ、助けねばならぬと心が訴えてくる。

 非力だからこそ力ある相手に救いを求めたのは当然であった。

『今の私たちだけでは現状を保つのが精一杯です』

「そ、そんな……」

 語られる現実に愛那は声を震わせる。

 またなのか、また助けられず、助けられてばかりいるのか。

 失望が愛那の胸を鋭く締め付ける。

『ですが、あなたと私たちでなら可能です』

「ほへ?」

 意味が分からぬ愛那は素っ頓狂な声を上げてしまった。

『私たちの残る力をあなたに与えます。どうか混沌となった同類を、わたしたちを止め、そして融合された同種を助けてください』

「え、え、えええ、つまり、あのコンコーチェーコータイと戦えと!」

『大丈夫です。友達を想い、変わりたいと願う心を持つあなたならばきっとできるはずです』

 同意する間すら白き蝶は与えてくれない。

 その羽先より白き粒子を散らしながら白き蝶の群は愛那の全身を包み込む。

『想いは強さ。例え、非力であろうと無力ではない。非力ならば非力なりに強き心を持って進めばいい』

「……ええい、女は度胸よ! 美夏、今助けるからね!」

 愛那は覚悟を決める。

 一つの生命体にまとまるのはお断りだ。

 美夏には背中を押してもらった。腕を引っ張られた。

 落ち込んでいた自分を励ましてくれた。

 なら、自分は友達に何が出来る?

 今の自分なら友達を助けることができる――はず!

『イメージするのです! こうありたいと! こう変わりたいと! 誰かを救いたい心を描くのです! その心を私たちが形にします!』

 愛那の脳裏に蒼き蝶が羽ばたいた。

『確かにイメージしろと言いましたが、このイメージは!』

 イメージの形成は止められない。


『この心は!』

 ハオス・アゲハは混沌超越体の中であり得ぬ心を感じ取る。

 身も心も一つに融合された生命体の中に別の心が芽生えるなどあり得ない。

 心は秒単位で増幅し、蒼き燐光が混沌超越体から噴き出していく。

『ルチェ・アゲハではない。違う。心の波長はこの惑星の生命体、だが、既に一つとした。戻るなどありえない。だが、現に戻っている。なんだこれは、知らないぞ? この惑星の種は我々を拒絶する術を持っていたのか!』

 次に響くはあり得ない声だ。

『いいえ、違います!』

『ルチェ・アゲハ、生きていたか!』

 あり得ない声に黒き蝶は誰何する。

『地表激突の衝撃で消滅したと思えば――そうか、なるほど、光情報となって近場の人間の神経網に憑依して難を逃れたか。ならばお前たちが生きていた理由にも説明がつく!』

 実際は違うが、相手の勘違いを意表を突くため利用する。

『ええ、間一髪ですけど。まあ、消滅は時間の問題でしたが、それはもう解決済み。もうあなたたちの好きにはさせません』

『共に使命は同じ。異なるのは手法のみ。何故、同じでありながら拒絶する!』

『同じだからこそ拒絶するのです! 確かに一つとなれば悲しみも憎しみも消える。同時に、誰かと分かり合うことさえできなくなる!』

『何を言う。争いをなくす。分かり合わせる。それこそが使命の根幹ではないか!』

「それは違うわ!」

 混沌超越体の中より年端もいかぬ少女の声が響く。

「確かに一つになれば誰かを失った悲しみを抱かない。一つになれば誰かとケンカもしない。なら、一つとなったら誰と遊べばいいの? 誰と友達になればいいの? 誰を抱きしめればいいの? 誰と笑いあうの? 一つとなった先にあるのは寂しい孤独だけよ!」

 蒼き燐光が一つの輝きとなり、混沌超越体の身体を食い破る。

『なんだ、その姿は! ま、さ、か!』

 ハオス・アゲハは人の形を形作る蒼き燐光に声を凍てつかせた。

『ルチェ・アゲハ、お前たち、自分たちの力をこの個体に与えたな!』

『ええ、私たちの消滅を回避するために、あなたたちを止めるために、力を与えました!』

 蒼き燐光より愛那は現れる。

 どこか自信なさげであった目はもうなく、常に前を向き、明確な意志を持つ力で輝いている。

『さあ、行きますよ、愛那!』

 愛那の手に蒼き燐光が集い、一枚のカードを形成する。

 カードには蒼き蝶が描かれ、一対の羽を羽ばたかせた。

蝶変身モルフォーゼ!」

 手に持つカードを高く掲げた愛那は叫ぶ。

 自分を変える。

 鈍くさくて、自信がなくて、一歩進むのに時間がかかる自分の殻を自分の意志で破る。

 蛹が羽化して蝶となるように、自分自身を変えるための変身。

 ふと、お兄さんの横顔が浮かんだ。

「お兄さん、あの時、笑顔を守れたからいいって言葉、今理解できた気がするの」

 他者のいない世界での笑顔に意味はない。

 誰かと笑い、誰かと繋がりあう。

 分かり合うとは心と心が繋がり合うこと。

 想いを、伝えあうこと。

 だから、伝えねばならない。

 ただ一つに融合するだけでは誰かを笑顔にできないことを。

「今度は私がみんなの笑顔を守る番よ!」

 カードより放出される蒼き燐光は愛那の全身を包み込み、その容姿を変容させる。

 三つ編みの髪は解け、流れるような蒼き髪となる。

 地味な衣服は蒼いスカートワンピースに変わり、身体のラインを浮き出させる。

 蝶がとまるように赤きリボンを胸元に形成、そして顔の上半分を黄色のマスクが覆い隠した。

『そ、その姿は!』

 黒き蝶は変容した姿に絶句する。

 黒でも白でもない。蒼き蝶で姿を変えた。

『そう、彼女の抱くイメージを私たちの力で光子変換させました。発達した化学は魔法と区別がつきません。だからこそ、魔法少女――』

「違うわ」

 凛とした声音で愛那はルチェ・アゲハを遮った。

「魔法少女じゃない。そう、私の名はモルフォ! みんなの笑顔を守る魔法笑女まほうしょうじょモルフォ=マジア!」

 蝶の片羽をあしらった杖を握りしめ、愛那改めモルフォは告げる。

「さあ、コンコーチエータイ! 私の友達を、みんなを返してもらうわ!」


 この日、みんなの笑顔を守るヒーローが誕生する。

 その名も、魔法笑女モルフォ=マジア。

 人の心と心を繋げ、融けあったものを元に戻す奇跡の使い手。

 誰かの心を救いながら、己の心を救えぬという矛盾を繰り返す戦いの幕が今落とされた。


 ぷぎゃあああああ、ようやく二人目!

 腹減ったあああああああああああああっ!

 この雌、胸に脂肪ありすぎて旨味ねーじゃねーかよ!

 笑顔にするだ? なら僕ちんも笑顔にしてよ!

 ともあれ、次のニアロイドで最後だ!

 けど、ニアロイドって無機物ぽいぞ!

 僕ちんが食うのは有機物だ!

 食えるか、んなもん!

 

 

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