モルフォ編 第6話 混沌超越体
遠く、遠く、地球よりなお遠く。
いや、地球すら観測できぬとある惑星があった。
この惑星は、遙か遠くに知的生命体があるとさえ容易く観測でき、気軽に銀河間を散歩感覚で行き来できるほど高い技術を有していた。
だが、惑星から争いが絶えることはなかった。
友好の兆しが見えようと、争いにより生じた疑念が手を取り合うことを阻害する。
何か裏がある。企んでいる。
争いにより生じた心は他者と分かり合うのを拒絶する。
撃たれる前に撃て。撃たれるから撃て。撃たれるより撃つのが正解だ。
今日もまた誰もが疑心を抱き、信頼せんとする他者を拒絶する。
世界に争いが途絶えることなく、荒廃の一途をただ辿るしかない。
『このままではいけない』
ここに未来を危惧する一人の科学者がいた。
高い銀河間航行を有するこの惑星が争いを続ければ、その火種は他の惑星を巻き込みかねない。
人と人は本来争うべきではない。
争おうと、手と手を繋ぎ、分かり合うべきだ。
『誰もが他者を疑い、分かり合うのを拒絶している』
肉体という個である故に、思考と思考が伝えられぬ故に。
ならば、伝えればいいだけだ。
伝えられる手段を生み出せばいいだけだ。
『誰もが心を閉じている故、他者の心を拒絶している』
心は誤解と不和を生じさせる源泉であろうと、その奥には他者とわかりあわんとする源泉でもあるはずだ。
ならば、人と人との心を繋げるもの、心を伝達する触媒を生み出せばいい。
『確かに人は疑い、争うと醜いだろう。だが、誰もが同じ心を持つからこそ、わかり合えるはずだ』
閉じた心を開くには機械ではダメだ。
一歩間違えれば、洗脳装置だと争いを激化させる元凶となる。
大切なのは内なる想いを、心の声を相互に伝えあわせること。
たどり着いたのは粒子を利用した思考伝達システムであった。
『ただ伝達するだけでは意味がない、心の扉を開け、疑念に固まった心を解す声も必要だ』
他者に声を伝えるための声を伝達粒子に付与させる。
言わば、声を届ける伝達者――いや伝達蝶だ。
形を蝶としたのは、かつて一匹の蝶が手紙を届けることで戦争回避に成功した伝承からあやかった。
『そうだ、誰もが心を伝えあうことができれば、争いを終わらせ、わかりあうことができる!』
ある日、伝達粒子に付与された声は意志を芽生えさせる。
魂なき人形が歳月を経て魂を得るように、人の心に触れ続けたからこそ、心を芽生えさせると科学者は想定していたから驚かない。
『そうだ。名前だ。お前は道具ではない。ましてや戦争の兵器でもない。人と人の心を繋ぎ、分かり合わせる。そう、お前の名はアゲハ。この飽くなき闘争の中で、融和を目指すコスモ・アゲハがお前の名前だ!』
そして、コスモ・アゲハは融和を目指して惑星に解き放たれた。
「なに、これ?」
藍那は俯瞰する形で科学者の苦悩を見せられていた。
明らかにSF映画を越えた惑星の戦争光景。
戦争など教科書でしか知らない藍那にとって映し出される光景は凄惨だった。
「男多い!」
驚くべきは戦場に立つの人間が男であることだ。
いや、男しかいない。
戦争とは女同士が行うものではないのか、藍那はショックを受ける。
女はいないのかと思えば、戦地外におり戦火に巻き込まれていた。
遙か天高く落ちてきた棒きれ一つで大陸一つが容易く消失している。
叫びも、悲鳴も上げる間もなく一瞬で多くの命が消えていく。
大陸が消えたのなら、新たな大陸を作ればいい。
作れば壊し、壊しては作る。人が消えたなら、生めよ増やせよ。
果てしない繰り返し。
誰が敵で、誰が味方か、区別がつかぬほど争いは混迷を極めていた。
「あ、さっきの蝶々!」
内なる声という声を届けんとコスモ・アゲハが戦場を舞う。
鱗粉のようにまき散らす伝達粒子が争う人々の心を相互に伝えあう。
混乱が生むのは必然。
誤解だと、すれ違いだと、武器を置いた者もいた。
逆に明確な殺意を、秘密にされた声を知り、武器を構えた者もいた。
融和を望む科学者の願いは半分だけ達成される。
心の奥で融和を求める者がいるのならば、逆に融和を拒絶する者がいる。
拒絶する者の心を解き開こうと動くコスモ・アゲハは次第に拒絶の心に染まっていく。
「あ、別れた!」
コスモ・アゲハは融和と拒絶の心に触れながら、それでもと融和を目指して伝達し続けた結果、白と黒に分裂する。
同時、一つだった心もまた二つに別れてしまった。
心と心を繋げるのが相互理解であり、心を繋げ続ける白き蝶、ルチェ・アゲハ。
心も肉体も全てを一つにするこそが相互理解であり、あらゆる生物の融合を繰り返す黒き蝶、ハオス・アゲハ。
新たな蝶の登場により惑星の争いは争いではなくなっていく。
「うわ、グロい」
あらゆる動植物と機械が黒き蝶により一つに融合していく。
混沌超越体だと、耳元で誰かが囁いた。
確かに一つとなれば、他者と争わない。他者といがみ合わない。心も一つになるのだから、疑心も疑念も抱かない。
老いも若きも赤子も関係なく一つに融合され、生み出した科学者ですら飲み込まれて一つの生命体となる。
最終的に惑星すら融合を果たし、一つの生命体となったことで争いを完全になくす願いは叶えられる。
だが、同時に他者もなくなったことで永久に分かり合えぬ形にもなった。
「あ、爆発した」
全生命体と融合した惑星は内包するエネルギーに耐えきれず爆発する。
爆発にて生じたエネルギーは一つとなった生命を消し去り、二つの蝶を別の宇宙へと押し出す起爆剤となった。
「まただ」
宇宙に押し出された二つの蝶は衝突を繰り返しながら別の惑星に降り立った。
同じ融和を解きながらも、行う融和は異なり、またしても元いた惑星と同じ結末を辿る。
肉体すら一つとするハオス・アゲハに心同士を伝達するルチェ・アゲハは押し負けてしまう。
心を伝えあう前に、心身共に融合されてしまうからだ。
その根幹は争いをなくす、他者との相互理解のはずが、同異なる手法で対立する。
また一つ、惑星から生命が消え去り、二つの蝶は地球に流れ着いた。
「嘘、なら地球爆発するの!」
確定された末路に藍那は絶句する。
同時、自分はもう混沌超越体の一部になったのだと現実を思い知った。
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