モルフォ編 第5話 真なる融和
世界は広がっている。
広がり、繋がり続けている。
繋がりは差違を生む。
血が違う。性別が違う。祈る神が違う。肌の色が違う。
違いはいがみ合い、不和を呼び続ける。
だとしても、分かり合うための手を伸ばし続ける。
不和なくして融和なし。
融和なくして友好なし。
この日、世界は新たな門出を迎えようとしていた。
パピヨン流星群に乗って現れた宇宙の隣人、ハオス・アゲハ。
SFにありがちな侵略者としてではなく、融和と友好を唱える良き隣人として世界は新たな門出を迎えようとしていた。
「人、多すぎ!」
美夏の叫びは呆気なく喧噪に飲まれて消える。
世界を飛び越えた宇宙友好の日を一目見ようと会場に誰もが訪れるのは当然のこと。
会場である高台から麓の駅にかけて人が集い、警察官がやかましく笛を鳴らして誘導している。
「藍那、あれ? 藍那、どこ行ったの?」
「み、美夏~!」
喧噪に飲まれながらも藍那に届いた声。
美夏の声から正確な位置に気づこうと、藍那は人の波により高台とは反対方向に流されていた。
「と、とりあえず高台で合流! 後でベル送れるなら送って! こっちも送れるのなら送り返すから~!」
「送れるのなら~!」
藍那は身を流されながらも声を飛ばす。
ただ、ポケベルでメッセージを送れるかと言えば無理だ。
公衆電話に長蛇の列が形成されているからである。
「頑張って高台目指せと!」
今、藍那の目に映る人の波は、高き壁であった。
高台に設置されたスピーカーから拡声された声が離れた藍那に届く。
『今日、素晴らしき――』
「あ~ようやく着いた~!」
這々の体で高台にたどり着いた時、ユミヅキ大統領の演説が終わりを迎えんとしていた。
人に押されて、押し返されてを繰り返しながら高台を目指した藍那の三つ編みは片側が解れ、かける眼鏡はずれかけて右耳にかろうじてひっかかっている有様。
奇跡的に生じた一人分の隙間に立ちながら眼鏡をかけ直し、解れた髪を手慣れた手つきで結い直す。
「美夏~どこ~一人にしないで~」
藍那の泣き言は無情にも喧噪に飲まれては消える。
ポケベルでメッセージを送ろうにも高台にある公衆電話まで人の壁が厚すぎてたどり着けない。
最終手段として、駅の伝言板にメッセージを書くしかないだろう。
駅に設置された伝言板はポケベルが使えぬ緊急手段として便利だ。
美夏のことだから藍那が確認するのを見越して先に書き込む可能性が高い。
「けど、この人だかりだから、書く人、確認する人でごったがいしてそう」
進むも壁、戻るも壁。
前途多難でしかない。
電話機がポケベルのように持ち運べて、どこでも通話できて、メッセージを気軽に送れる機器であったのなら、この状況に光明が差したはずだ。
「あ~それだと、誰もが伸びるコードでごっちゃごっちゃに絡まってそう」
混雑した現場が藍那から思考の一部を押し潰している。
通信によるコミュニケーション手段をあれこれ考察している時ではないと我に返り叫んだ。
「ああ、もうどうすればいいのよ!」
(だから、逃げなさい!)
頭を抱える藍那の脳裏にまたしても謎の声が響く。
ただ今回ばかりは声が鋭く、警鐘を鳴らすようだが、どこか人間臭かったりする。
『今日この日、良き人たちと出会えたことに感謝を』
マイクの主が変わったのか、やや男性よりの声が高台から響き出す。
『この惑星は一つでいながら多種多様の人たちが住み、時に手を取り、時にいがみ合おうと前へと進んでいる。性の差に開きがある中、種を存続させるために知恵を絞り未来を歩む。地球外の者であるが、どうか私たちを隣人として、友人として迎え入れて欲しい』
会場である高台から歓迎の拍手が波となって藍那に届く。
『同じ人だが皆誰もが違う。意見もバラバラ、性別は女男で数に開きがある。何より、その思考、同じ生物でありながら意見を違え、疎通を行わない』
会場から困惑のどよめきが上がる。
ほんの数秒前まで友好的だった声が、どこか圧があり膨らんでいる。
『多種との融和を生み出すため、私たちは様々な惑星を渡り歩いてきた。だが、どの惑星も同じ。バラバラの肉体故にバラバラの思考、意見を対立させ、いがみ合わせ、争い奪い合う。よって導き出した解答はただ一つ、誰もがバラバラの肉体を持つからこそ真なる融和などほど遠い』
怒っているのか、悲しんでいるのか、声に様々な感情が混ざっていく。
『全てを一つとする。肉体も思考も性別も種も有機も無機も関係なくあらゆるものが一つになることこそ、真なる融和である』
スピーカーは一際大きなノイズを発して演説を途絶えさせた。
そして、会場である高台から悲鳴が響き出す。
「な、なに?」
現状を把握しようと、藍那は疑問を口からしか出せなかった。
会場から立ち昇るは黒き渦、いや、目を凝らせば、あれは今回の主役、ハオス・アゲハの群だ。
遠目から見て様子がおかしく、ほんの先ほどまで特設ステージにいたはずの来賓やマスメディアがいない。
ただいるのは黒き塊。
あらゆる暗黒物質を煮込みに煮込んで凝縮させたような塊がステージ中央に鎮座している。
「う、嘘っ!」
双眼鏡を手にしていた女性が絶句する。
黒き塊がやにわに動く。
動き、津波のように全身を広げて高台から下へ降下してきた。
「きゃああああああああっ!」
高台に近い箇所から悲鳴が響いては消え、響いては消えていく。
黒い塊は波となり誰彼彼構わず飲み込み藍那がいる場所まで凄い勢いで迫る。
「ひ、人、え、なんだ!」
眼鏡が曇ったのかと藍那は一瞬目に映る光景を疑った。
黒い波は、波ではない。
目を凝らせば、人という人、いや放送機材や車など、有機物、無機物問わず混ざり合っている。
誰もが悲痛な声をゾンビのように漏らしながら、その顔は至福に満ちた顔をしている。
伸ばす手で人間を誰彼か待わず黒い波の中に引きずり込む。
『全てを一つに! 一つとなれば不和も、争いもない平和な世界が誕生する!』
ハオス・アゲハの声と共に黒き波が藍那に迫る。
逃げだそうと誰もが駆け出したせいで、将棋倒しが生まれ逃げられない。
「あ、あああっ!」
常軌を逸脱した光景に飲み込まれた藍那はただ立ち尽くすしかない。
黒き波は眼前に迫る。
黒き腕が藍那を掴まんと迫る。
「逃げなさい、藍那!」
真横から突き飛ばされる衝撃。
倒れ込む藍那が網膜に映したのは黒き腕に掴まれ、飲み込まれる友達だった。
「み、美夏あああああああっ!」
友達の救援も虚しく、藍那もまた黒き波に飲み込まれた。
そして、意識はブラックアウトする。
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