モルフォ編 第3話 地球外生命体

 ――さい……――な――


 誰かが遠くで呼んでいる。

 誰かが愛那に呼びかけている。

 慈愛溢れる母のような優しい声。

 声は暗闇に沈んだ愛那の意識を光へと引き上げていた。 


「……ほへ?」

 目覚めた時、愛那は病院のベッドにいた。

 窓辺から昨日いた高台が小さく覗き見える。

 備え付けの時計から日付を知り、一夜開けたと知る。

「というか、なんで私病院にいるの?」

 誰かが囁いていたような夢を観たのは覚えている。

 一方で昨夜のことがよく思い出せない。

 白と黒の光が激突していた――までは覚えているも記憶は曖昧だ。

「とりあえずはナースコール……ポチっとな」

 テレビをつけようにも、作動させるためのカードとコインを持っておらず、ポケベルも受信専用であるため美夏たちに情報を求められない。

 財布は引き出しの中に見つけたも、小銭は乏しく、テレホンカードも度数が一桁しかなかった。

(む、虚しい……アルバイトは校則で禁止されているし、お小遣いも心許ない……)

 息を吸い込み、ため息を出そうとした時、ドアが外から開かれる。

「はい、どうしましたか?」

 現れた看護士に愛那は驚嘆してため息を呑み込んでしまった。

 男はいるところにいると、いうよりもどこか顔立ちがお兄さんに似ていた故であった。


「特に異常はないようね」

 愛那を診察する女医はペンライトで眼球を照らしながら告げる。

 聴診器を首に下げ、着込む白衣の下はワイシャツにタイトスカート、年齢は三〇代と若いながら、どこかできる女の空気を香水のように漂わせている。

「血圧、心拍数も異常なし」

「さいですか……」

 やや棒読みで愛那は返すも解せなかった。

 では、何故、高台で倒れたのか、今なお釈然としないからだ。

「先生、私なんで倒れたんですか?」

 血圧に異常がないならば血圧ではない。

 心臓の持病を抱えているわけでもない。

 心に自信のなさを抱くこと以外、身体は健康体のはずだ。

「客観的になるんだけど……」

 女医は言葉を濁しながら、椅子の上で足を組んでいた。

(おお、まるでドラマに出てくる女医さんだ!)

 一挙手一投足の仕草が絵に描いたような女医だ。

 いや、目の前にいるのは本当に医師免許を持つ女性なのだから当たり前である。

「光過敏性発作」

「ひかりかびんせいほっさ?」

 発作と聞けば喘息をイメージする愛那だが、呼吸器官はすこぶる良好である。

 発作のホの字もない。

「分かりやすく言うと、視覚、つまりは目に飛びこんできた光の刺激が強すぎて身体が異常反応を起こす症状よ」

「すいません、先生、よくわかりません!」

「え~っとね、激しい光の明滅を目が受けると、気分が悪くなったり、吐き気を催したりするの。あなたが倒れて意識を失ったのも強い光が原因なの」

「原因はなんとなく分かりました!」

「そ、そう……」

 一先ず理解してくれて助かったのか、女医は胸を撫で下ろす。

 医者として患者に説明し理解させる義務があろうと、理解に届かぬ相手には難儀する。

 言葉を噛み砕き、内容を柔らかくして伝えに伝えて、ようやく相手が理解してくれる。

 理解が及ばぬのなら理解するまで何度でも―ー

「強い光が原因なら流星群の時か……」

 時間経過と女医の説明により、愛那は微々たるながらも昨晩の記憶を思い出していく。

「あれ、なんで目の前で隕石落ちたのに私生きているの?」

 ふと疑問に至る。

 端的に流星とは宇宙にある物質――塵や岩石――が大気圏内で燃え尽きた際に発生したプラズマ化したガスが発光する現象である。

 ただ、愛那の中での流星のイメージはでっかい石が地球に落ちてくる隕石のイメージが強かったりする。

 イメージとして間違っていないが、流星と隕石とではサイズが違い過ぎた。

「それはね」

 女医は苦笑しながらも説明してくれた。

「落ちてきたのが今話題のハオス・アゲハだからよ」

「はおすあげは?」


 診察を終えた愛那は情報を得るため、薄っぺらい検査着のままペタペタとスリッパを鳴らして待合室にやってきた。

 情報を得るにはテレビが一番手軽で手っ取り早いからだ。

<驚喜! 地球外生命体招来!>

 待合室に設置されたテレビのブラウン管にはお昼のワイドショーが流れている。

 誰もが看護士からの呼びかけに気づかぬほどテレビに釘付けである。

 テレビに釘付けである理由を右上に表示されたタイトルから知るも愛那は二度見した。

「はおすあげはっていう地球外生命体? つまりは宇宙人?」

 レポーターがいるのは昨夜、愛那が流星群を見に集まった高台入り口である。

 高台の出入り口は警察により封鎖され、関係者が忙しなく行き来しているのが映し出されている。

 レポーターによれば出入りするのは天文学や物理学などの専門家のようで、高台には昨夜までなかった大型テントとが設営されている。

『現在公表された情報によれば、地球外生命体はハオス・アゲハと名乗り、政府関係者との会話を行っているそうです。ただ言葉ではなく、非科学的ですが、テレパシーでの意志疎通で行っているようです』

 映像がスタジオに戻れば、ナレーターやコメンテーターが何やら意見を言い合っているようだが、聞くだけ疲れるので愛那は流す。

 ただ、待合室にいる人たちの声は否応にも耳に流れてきた。

「黒い蝶々みたいな形しているみたいだけど、宇宙人ってこうヒョロヒョロのガリガリじゃなかった?」

「あれって想像の創作物よ。事実は小説より奇なりって言うでしょ」

「なにしにきたのかな~?」

「お友達になりに来たのよ」

 腑に落ちる愛那。

 詳しく知らないが、SFに登場する宇宙生物は悪役、つまりは侵略者として描かれている。

 地球環境が綺麗なこと、豊富な地下資源、そして地球人を奴隷化するために侵略戦争を仕掛けてくる。

 対する地球人は互いに手を組み、多大な犠牲を出しながら宇宙からの侵略を総力戦で乗り越える。

 苦難を乗り越えた果て、勝利にてわかりあうという筋書きである。

 何故、たいして詳しくもない愛那がおおまかに知っていると言えば、友達の家でレンタルビデオの鑑賞会が開かれたからであった。

「パピヨン流星群に乗って地球にやってきた、か」

 ふと、違和感を愛那は覚える。

 分厚いブラウン管テレビに映る蝶は黒一色。

 意識が途絶える寸前、黒だけではなく白い蝶もいたはずだ。

 蝶だけに夢と現の区別がつかぬ胡蝶の夢だったのか。

(――なさい)

「ん?」

 ふと愛那の耳元でか細い声が囁いた。

 振り返ろうと背後にあるのは壁だ。

「気のせいか」

 頭が完全に覚醒していない故に起こった空耳だと愛那は片づける。

 得られるべき情報を得たからと、スリッパをペタペタ鳴らしながら病室に戻るのであった。


 逃げなさい! ハオス・アゲハから逃げなさい!

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