ゼロ編 第7話 胸の痛み

 生存者:一二四名。

 死者:七六名。

 行方不明者:三九名。

 パーソナル・リンクスのバイタルサインにより、現在把握できた被害であった。

「はい、こちら神崎、本庁どうぞ」

 神崎は苛立ちを抑えながらパトカーの無線機を掴む。

 時代は移ろおうと直に操作する機材は廃れることなく使用されていた。

 ただ変わったのは電波から量子に変わったことだろう。

『状況の説明を』

 端的に求めてきた。

「一言でしっちゃかめっちゃかだよ。大通りのど真ん中が爆撃を受けたみたいに穴だらけだ。目撃者の証言によればそこで宇宙服と虎人間がド派手なプロレスとしたとある。宇宙服が虎人間の尾っぽを掴んで振り回してビタンビタンに叩きつけていたそうだ」

 平時ならテレビの出来事だと一笑に付すものだが、記録された映像と目撃者の証言に齟齬はない。

 何より虎人間は警察官襲撃の容疑者、山田隆だ。

 皮を引き裂く形で虎の姿をした化け物となり、無差別殺人を引き起こした。

 頭部を砕き、臓物を引きずり出す殺害方法から、件の連続殺人の犯人で間違いだろうが、これはもう殺人の枠を超えている。

 鏖殺だ。 

「今、救助隊と合同で人員を動員して負傷者の保護と行方不明者の捜索に当たっている。だが、リンクスのバイタル信号消失は殺害された時間にぴったり符合する。遺体すら残さず殺すなど、あれは人間の仕業なのか?」

『神崎警部はそのまま現場での陣頭指揮をお願いします。後、報告にあった宇宙服の行方も追ってください』

「虎人間ぶっ飛ばして、負傷者を癒してからドロんだよ。ご丁寧にカメラ映像から自身の姿を消した痕跡がある。だが、何か知っていそうだからな、重要参考人として見つけだす」

 警察の一人だとしても神崎は一人の父親だ。

 いくら、リンクスの緊急搬送者リストに娘と友達の名があったとしても、甚大な被害を思えば素直に喜べない。

 何よりクソ生意気なガキこと零司のリンクス反応はなく、生死の判別つかぬことが私人として苛立ちを抱かせる。

「おい、零司、てめえ、勝手に死んでこだまを泣かして見ろ。俺があの世まで直に殴りに行ってやる」

 無線に拾われぬよう神崎は小声で呟くと、大通りが騒がしくなる。

「おい、生存者だ! 生存者がいたぞ!」

「くそ、このマンホール溶解して開かない!」

「油圧ペンチあるだろう! それ持ってこい!」

 オレンジ色の服を着込んだ救助隊が一カ所に集う。

 油圧ペンチの駆動音が一帯に響き、次いで歓声が上書きした。

 神崎のリンクスが信号を感知。

<北斗零司>

 行方不明者リストが自動更新される。

 どうやらマンホールの下から救助されたようだ。

「ふん、早々くたばるタマじゃないか」

『どうしましたか、神崎警部?』

「生存者が一名、五体満足で見つかった。ともあれ本庁からの指示は了解した。何か判明すれば報告する。以上だ」

 通信の傍ら神崎は遠目で零司の五体満足を確認する。

 救助隊員に支えられることなく、自力で歩いているも、神崎に気づくなり制止を振り切って駆け寄ってきた。

「おっさん!」

 間近で見ようと零司は煤で汚れているもケガらしいケガはなかった。

「ちょっと君!」

 追ってきた救急隊員が零司の行動に困惑している。

「ええい、離せ! 俺は平気だっての! それより!」

 言いたいこともあろう。

 聞きたいこともあろう。

 神崎には公人として答える義務がある。

「こだまと壱子ちゃんは無事だ。二人とも病院に搬送されたがケガらしいケガはない」

「よ、良かった」

 零司は安心するなり膝をつき、胸をなで下ろす。

 神崎にとっては気に入らない相手だが、嫌いな相手ではない。

 娘婿に相応しいか云々は絶対に考えないようにしていた。

「いいから、お前も病院行ってこい」

 神崎は内の嬉しさを苦笑で誤魔化しながら、零司の頭をクシャクシャに撫でた。

「後退しつつあるからって前進している俺の頭皮を撫でるな!」

「さっさと行かんか、バカモン!」

 減らず口を叩く零司に神崎は頭を叩いていた。


『さて、生存の感動はひとまず置いてもらおうか』

 救急車に乗るなり、零司のリンクスに謎の声が割り込んできた。

 周囲に気取られぬよう思考通話に切り替える。

(マンホール下に俺を押し込んでおいて茶番もいいところだ)

 正体露見を防ぐ目的とはいえ、マンホール下に押し込まれていい気分はない。

『奴を倒そうとそれは大勢いる一人を倒したにすぎない』

「どういうことだ、よ?」

 リンクスにより網膜投影された映像に、零司は声を凍てつかせた。

 各国、各都市が炎に、いや氷や、雷、果ては竜巻に包まれている。

 逃げ惑う人々を蹂躙するのは人の形をした獣たちだ。

 活火山を永久凍土に閉じこめるマンモスの姿を持つ者。

 高原一体を打ち抜く無数の雷を放つのはウナギの姿を持つ者。

 広大な草原を蹂躙するは幾本もの竜巻、操るは竜の姿を持つ者。

「ま、まだいるのか、あんなのが……」

 絶句以外の感情が零司から出力されない。

 最初は警察が対応しようと、銃弾は通じず圧倒的な力の前に壊滅。

 次いで軍隊が緊急出撃するも警察と同じ末路を辿っている。

 このまま蹂躙されるしかないと思われた矢先、誰もが一斉に蹂躙を中断、とある方向に向けば移動を開始していた。

(ど、どこに!)

『無論、この国だよ』

(に、日本だと!)

『奴らが行動を中断した時間は君が虎を倒した時間だ。怨敵がいると知れば殺さずには居ても立ってもいられないのだろう』

「どういうことだ。説明しろ!」

 零司は苛立ちのあまり声を荒げてしまい、側にいた救命士を驚かせてしまう。

「で、ですから、病院に搬送を」

「あ~分かった。分かったから!」

 非常識な展開に興奮していると勘違いされたのか、なだめられる。

 零司はどうにか心を落ち着かせながら謎の声との通話に戻っていた。

『簡単に説明すれば、奴らは一人一人、リンクスを持ち得ずして距離、遮蔽物関係なく意志疎通が行える』

(要はSFとかにあるテレパシーってやつか)

『その通りだ。絶命する瞬間、虎の思念が伝えられたのだろう』

(つまりは仲間の敵を討ちに日本に現れると?)

『いや、奴らは一言で自由主義の塊だ。信頼や仲間意識を一欠片も持ち合わせていない。ただ自分たちに痛手を与え、封じた前の虚無への復讐を我先にしたいだけだ』

(封じ? なんだよ、ゲームに出てくる魔王の類なのか?)

『君風に言えばそうなる。君の前のアーマーの主、先代の虚無は奴らを一人残らず封印した。だが、この時代にて封印は破られ蘇った』

(そういえば、俺のことを虚無虚無とか虎のが言っていたな)

 零司を指すのではなく自らを封印した先代を怨んでの発言だと気づく。

 人違いだが、結果としてその一人を消失の形で倒した身。

 同一人物と見なして襲い来るのは謎の声からして決定されている。

(つまり俺はアーマーを装着した以上、そいつらと戦わないといけないのか?)

『その通りだ。運命は覆らない。だが理不尽で不条理な死の運命を君は覆すだけの力がある』

(勇者の剣を抜いた者は勇者として魔王を討たねばならないってか?)

『その通りだ』

 皮肉ったつもりだが、謎の声からすれば例え話として受け止められた。

『ともあれ、今は病院で検査をして、家族と再会するがいい』

(な~にがするがいいだ。上から偉そ~に)

 謎の声はもう聞こえない。

 ただ聞こえるのは救急車のサイレン音。

 確かめたいこと、聞かねばならぬことがある。

 何故、零司がアーマーを装着できたのか?

 謎の声の正体は?

 誰がアーマーを開発したのか?

 あの怪人どもの正体は?

 いつの時代に封印され、いつ封じが解けたのか?

 死なぬ不死者を殺す原理は?

 ただ現状を踏まえて確認の実力行使は後にする。

(まあ、確証はあるからな、物理的に問い詰められるが、口を割るかは別問題)

 毒づきながら零司は腕時計をした左腕で首筋を掻いた。


「お兄ちゃん!」

「レイちゃん!」

 病院の待合室で零司は待望の再会を果たす。

 壱子とこだま共に、ケガらしいケガは何一つない。

 零司は胸に飛び込んできた二人を無言のまま抱きしめていた。

「よかったよかった!」

「行方不明者リストにあったからもう会えないかと!」

 再会の包容の中、その温もり、香りを存分に堪能する。

「運良くマンホール下に落ちて助かったんだ」

 癪に障るが茶番で誤魔化した。

「ただ、素直には喜べない、よな」

 待合室に設置されたテレビには世界各地で発生した無差別殺人でもちきりだった。

 謎の声が見せた通り、世界各地で怪人が不条理な力で理不尽に人命を奪っている。

 アーマーの不可思議な力で負傷者の傷は癒えようと、死んだ人間は戻らない。

「よく探しください! うちの人が運ばれてきたはずなんです!」

 被害者家族と思われる女性が看護士に詰め寄っている。

「な、なんでいないんですか、あそこでのケガ人は全員この病院に運ばれたと」

 リストにはない事実を知るなり、女性は泣き崩れる。

 名前すら知らない赤の他人なのに、零司の胸に痛みが走った。

「北斗零司さん、どうぞ」

 別の看護士が零司を呼ぶ。

 だから、感動の再会を一端打ち切り、別れを告げる。

「それじゃちぃと検査してくるから、二人は待っててくれ」

 二人の耳元でそっと囁いた零司は胸の痛みを消しされぬまま、診察室に足を踏み入れるのであった。

(なんで赤の他人なのに、胸が痛むんだよ?)

 零司は胸を抑えながら自問する。

 自分の身内だけ助かったからか、女性の家族を助けられなかったからか。

 何一つ罪を犯していない零司が罪悪感を抱くなど、己の内より芽生えた感情に当惑していた。

『それは君が不条理と理不尽な死を振りまく存在に怒りを抱いているからだよ』

 待合室に踏み込んだ時、謎の声がそう答えた。


 検査結果は問題なく終わろうと、零司は解放されない。

 次に警察署での事情聴取が待ち構えていた。

 何しろ、零司は虎怪人の人間だった容疑者を通報した身。

 警察官襲撃事件と関わっているのならば避けられない。

 壱子とこだまは体調を配慮して後回しになったのは幸いだろう。

「とりあえず、俺がいえるのはそれだけだな」

 疲労を声に乗せながら零司は刑事に伝えるだけ伝えた。

 知っていることは知っていると、知らないことは知らないと。

 ただ、あの宇宙服もどきの正体は知らぬ存ぜぬの一点張りで誤魔化した。

 刑事は神崎警部の身内なのと、リンクスに保存された現場動画の提出を受けてか深く踏み入ろうとせず、ある程度頷くだけだ。

「そもそもあの虎みたいなのなんなの?」

 逆に質問しようと捜査中とした返ってこない。

 零司の質問を最後に事情聴取は終了するのであった。


「さて、と」

 警察から解放された零司は出入り口ではなく屋上に足を運んでいた。

 周囲に誰もいないことを確認して呼びかける。

「お~い、謎の声、色々と教えてもらうぞ」

 やや演技臭いなと、零司は自嘲する。

「当然、反応はなしか、なら……」

 謎の声が呼びかけに応じないなど想定済みである。

 よって零司は左腕に装着した腕時計を外せば、投手よろしく振りかぶり屋上から投げ捨てた。

『待て待て待て、待てええええええええええっ!』

 遠ざかっていく腕時計から謎の声が絶句する。

 腕時計の各所から白い何かを噴出させては宙でUターンをして零司の手元に戻ってきた。

「やっぱり、その腕時計に潜んでいたか」

 確証は当たった。

 リンクスの通信で繋がっているのか、それとも腕時計に人間臭いAIが搭載されているかの真偽はさておき、同時に黒幕の正体を確信した。

『問答無用で投げ捨てる奴がいるか!』

「いるかと問うた! 居留守を決め込んだのはお前だろうが!」

 腕時計を投げ捨てたのも、無理にでも引きずり出すための荒療治だ。

 居留守を貫き、そのまま落ちていたら?

 拾いに行けばいいだけの話である。

 リンクスと連動している故、どこに落ちようが探し出すことができた。

『そ、それはそうだが……』

 歯切れ悪く謎の声は無い口で口ごもる。

『私を無理矢理呼び出して何の用だ?』

「いいから全部話せ!」

 零司は語気を荒げながら声高に問う。

『ふむ、全部とは?』

「全部は全部だ! ピンからキリまで全部!」

『私が語るよりも、彼の口から語った方が君も状況を理解しやすいと思うのだが? おいおい、待て待て! またしても投げようとするな! これは腕時計であってブーメランではないぞ!』

 自前の推進装置で戻っておいて、ない口が言うか。

 零司は苛立ちを表情に乗せながら、腕時計をいつでも屋上から投擲できるよう身構える。

『仕方ない。戻ってから説明する段取りだったが』

 観念した口調で謎の声は零司の拘束から回転することで脱出する。

 そのまま手錠よろしく零司の左腕に巻きつけば、硬きロック音をベルトから響かせた。

「あ、てめえ、ベルトにロックかけられるのか!」

『何かある度に投げられてはたまらないからな。当然の自己防衛だよ』

 謎の声がしたり顔でのたまう姿が目に浮かぶ。

 零司は三年間、自己防衛を率先と行ってきた身だが、相手にやられるとどこか腹に来る。

『では転送』

「はぁ?」

 不可解な単語が謎の声から出れば、零司から不可解な声が出る。

 瞬間、身体は腕時計より溢れ出す粒子に包まれ、屋上から毛一つ残さず消えていた。

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