ゼロ編 第6話 虚無に還れ!
あ、ありのままに起こった出来事を三つ話すぞ。
一つ! 可愛い妹と幼なじみの三人で買い物に出かけた。
二つ! フード男が誰彼か待わず無差別殺人を起こしだした。
三つ! 変な声に導かれ、俺、北斗零司は変身と叫んでいた。
四つ! 気づいたら宇宙服もどきの格好で、フード男は皮剥いで中から虎の怪人になった!
あ、これじゃ四つか。
と、ともあれ、タダで助かる命などない!
俺、北斗零司は壱子とこだまを守るため、戦うのであった!
『殺す殺す殺す!』
殺意と怨嗟を振りまきながら虎怪人は迫る。
『普段通り動けば問題ない! 構わず殴りつけろ!』
謎の声は当てにならないアドバイスを送ってきた。
理由は分からないが、零司は今、ずんぐりむっくりとした宇宙服もどきの中にいる。
全身鎧のように覆われているもウェットスーツを着ている感覚に近い。
四肢は丸太のように太いながら、柔軟に動き、グローブのように大きな手、草履のように幅広い足とありながら干渉せず動く。
だから、零司は両手を開いて迫る虎怪人に右拳を叩き込んでいた。
「くっ!」
零司より放たれた右拳は風切り音を生む。
伸びた右腕の下に虎怪人が獣のように身を屈めている。
腕を引っ込めるよりも先、虎怪人が跳び上がり鋭利な爪で切り裂いた。
硬い金属音が繁華街に響き、飛び上がった虎怪人が舌打ちらしき音を漏らす。
「切られたかと思ったぞ」
零司は傷一つない腕の装甲に胸をなで下ろす――暇など、与えられず、高く滞空する虎怪人に真上からの集中砲火を受ける。
『アーマーの硬さに助けられたな』
「なんて暢気な声!」
雨のように降り注ぐ火球に苦悶の声を漏らす零司だが、纏う宇宙服もどきにはコゲ一つない。
『これは嬉しい誤算だ。本来、ハルアーマーは
「つまりは未完成だって、おおっと!」
虎怪人のギロチンのような脚が真上から迫り、紙一重で零司は回避する。
謎の声に耳を傾け続けていれば、直撃を受けていたはずだ。
直撃を受けたアスファルトは深々な亀裂を走らせ、遅れて空気の破裂音を生む。
亀裂は中の配管にまで及んだのか、勢いよく水を噴き出し、飛び散る瓦礫の破片に混じって零司の着込むアーマーの表面に当たる。
『万が一の暴走を抑える拘束具も兼ねている故、このアーマーは例え奴らでも砕けない頑丈さを誇る。だから、君がこのアーマーに慣れるまでいくらでも攻撃を受けるといい!』
「ああ、そうかい!」
拳と爪を衝突させながら零司は苛立ち気味に返す。
グローブを握ったような野太い拳だが、見かけに反して柔軟性があるだけでなく、ゴムのように腕を一,五倍の長さまで伸長できる。
脚もまた同じであり、試しに放った蹴りが二メートル以上離れていた虎怪人の腹部を捉えていた。
虎怪人の表情が軋む。
腹部を抑えて距離を取り、接触部位を入念に触れだした。
「なんだ?」
浅い当たりだと脚の感触が答えている。
虎怪人は腹部の毛皮が乱れた程度と知るなり、笑うように吼えていた。
『ふ、過去のトラウマでも思い出したか』
謎の声の含みある発言に、眉根を尖らせる零司だが、問い質さなかった。
ろくに説明しない声だが、もっとも重要なことを聞くべきだと判断したからだ。
「おい、謎の声、あの化け物を倒す方法はあるのか!」
『ふむ、倒す。倒すと言ったか?』
「倒さなきゃ殺されるだけだろう!」
現に大勢の人命が不条理に奪われている。
虎怪人の正体云々はどうでもいい。
一度死んだ人間が蘇ったことで得た能力なのか。
どこぞの国が遺伝改造で生み出した生物兵器か。
はたまた、遠い宇宙からの侵略者なのか。
答えなど目の前の怪人を片づけた後でいいはずだ。
『一つだけある。だが、今の状態では一回しか使えない手だ』
一回だけだと、の返しを零司は行えなかった。
笑うように奇声をあげる虎怪人が爪を煌めかせて急迫してきたからだ。
上から、下から、右、いや左と零司を切り刻まんとする。
「効かないっての!」
爪との接触はアーマーに不規則な打楽器のような音を幾重にも響かせる。
右から左に裂く一撃を半歩下がる形で回避した瞬間、虎怪人は身を捻らせれば強かな尾を叩き込んできた。
「くっ!」
顔面直撃に零司は声を軋ませる。
『落ち着くんだ。直撃はしたが衝撃の伝達はおろかアーマーに破損はない』
謎の声は現状を伝えるも、視界への一打は零司を怯ませる。
装甲には傷一つなく、中の零司も無傷だろうと、尾の一打は余波だけでアスファルトを破砕している。
虎怪人は爪を立て、有り余る脚力でアスファルトを砕きながら零司を翻弄していた。
「ぐっ!」
背面から虎怪人の蹴りを受けた零司は身体をよろけさせる。
倒れかける零司に虎怪人が追撃をかけるのは必然。
右手の爪に炎を宿し、真っ正面から貫かんと迫る。
『ふんぬ!』
だが、謎の声の気合いあるかけ声と同時、アーマーの各部から何かが噴出、崩れかけた零司の姿勢を強制的に整えている。
整えるだけではない。真っ正面から燃え盛る爪を突き出し迫っていた虎怪人に噴出したそれが触れる。
「何だ今の!」
『ただの姿勢制御用のスラスタだよ! それにだ、奴を見ろ!』
促されるまま零司は虎の怪人を見た。
虎怪人の右手の爪先に白い炎が宿り、まるで火を恐れる野生動物のように必死の形相で振り払わんとしている。
だが、白き炎は潰えることない。
『この程度の血、天に届くものか!』
虎怪人は左手を高く振り上げれば、躊躇無く右肩から腕を切り落としていた。
「こいつ、自分の腕を!」
『推進粒子レベルでは致命打にはならないが、効果はあるようだな――いかん、離れろ!』
謎の声には人を動かす不思議な力があった。
零司は咄嗟に跳ねるようにして後退する。
虎怪人から切り離された右腕と肩の切断面より飛び散る赤き血がアスファルトを溶解させている。
『ふん、腕一本を固まらせるのが精々なのは変わらずか』
炎が潰えた右腕は石灰状に凝固し、虎怪人から飛び散る血を浴びて欠片残さず消失する。
「なんだあれ、強酸性の血でも持ってんのか!」
『それだけではない奴の血は空気に触れれば瞬く間に猛毒へと気化する特性がある。それにだ』
虎怪人の切断面より漏れ出す血が意志を持つかのように凝固していく。
まるで映像の高速逆再生のように、血は骨に、神経に、筋肉に、そして右腕に変わり、欠損部位が一秒もかからず完全再生していた。
「おいおい、右腕生えてるぞ!」
『完全再生だ。仮に微塵切りにしようと、傷を負った瞬間に再生が始まっている。故に奴は不老不死の化け物、殺すことなど不可能だ』
「一つあるとか言っておいてなんて酷い手のひら返し!」
迫り来る爪の連撃を拳の甲でいなしながら零司は悪態つく。
「ええい、ちょこまかと!」
拳や蹴りを放とうと、虎怪人は児戯だとあざ笑うかのように避けていく。
腕や脚を伸長させて不意を打とうと、距離を把握されたのか、伸びた部位に立たれていた。
「何か武器とか無いのか!」
『徒手空拳がこの形態での最大の武器だ!』
宇宙服もどきの動きに慣れてこようと、状況は好転していない。
吐き出された火球は有機無機物問わず焼き尽くし、気化した血は毒となり、周囲の空気を蝕んでいく。
「今度は空中で壁蹴りかよ!」
虎怪人はなお零司を素早さで翻弄する。
何一つ壁などない空中を蹴りながら零司の頭上を取れば、足爪を煌めかせて降下する。
加えて、着地点を読ませぬよう、稲妻のようにジグザクに動いてきた。
「どういう仕組みだ!」
『あれは気流を熱で操作して空気の足場を形成してる。空気と熱がある限り、四方八方から奇襲を受けるぞ』
「ああ、そうかよ!」
現象の説明よりも攻略へのアドバイスを期待したが、するだけ無駄だった。
虎怪人は、風のような俊敏さで零司を翻弄する。
すれ違いざまに、真上に、股の下に滑り込んでの切り上げ。
攻撃と同時に距離を取るヒットアンドウェイを忠実に繰り返している。
「あ~イライラする!」
零司の攻撃は一切当たらない。
かといって、相手から与えられたダメージは一切ない。
アーマーの表面には傷一つなく、ギロチンのような蹴りの直撃を真上から受けようと、凹みすらしない。
好転せず、ただ時間のみが減っていた。
『落ち着いてチャンスを待つんだ。動きはだいぶ良くなっている。この調子で行けば』
「死人が増えるだけだろう、おらっ!」
謎の声に言い返しながら、零司は懐に踏み込んだ虎怪人の顔面に拳を放つも空振りする。
またもや身を深く沈み込ませて回避され、虎怪人の口端が嘲笑を宿す。
尾が動く。力ため込むバネのように、虎怪人を弾丸として弾き出した。
「うおっ!」
全身を質量弾とした虎怪人は風すら追い越す速度で零司に激突する。
真っ正面から受けた零司は身体をよろけさた。
背面から微々たる振動を感じ、姿勢制御用のスラスタが起動。
背中を押される形で体勢を立て直した時、虎怪人は零司の頭上高くを跳び上がる。
口から吐く火球で周囲に残留する白き火の粉を着弾の衝撃で吹き飛ばしていた。
「あいつ、遊んでいるのか!」
降りかかる火の粉をとっさに腕で防ぐ零司は悪態つく。
現れた当初の動きは親の敵でも討たんとする勢いだったはずも、時間経過により遊び心が芽生えたような動きときた。
『奴はそういうタイプだ。虫を潰すのが楽しく面白くて仕方がないのさ』
零司は謎の声に言い返さなかった。
詳細を知っていようと、詳細を語らないのは現状に不似合いだからだろう。
「おい、謎の声!」
ふと零司は思い立った。
『何かな?』
「あいつの行動を予測できるか?」
『さて、どうだろうな?』
すっとぼけた返答に零司は確信を得る。
「いいからとっとと予測しろ! それぐらいできるだろう、ポンコツアーマー!」
『な、だ、誰がぽ、ポンコツアーマーだと!』
「お高くとまっていても、所詮、着られるだけの物か!」
『いいか! 私が敢えて声だけで君にアドバイスをしているのは、君にアーマーでの戦い方を身体で覚えてもらうためだ! 断じて、着られるだけの物などではない!』
謎の声に感情が乗り始めた。
零司はもう一押しだと畳みかける。
「ならやってみろよ? あ、着られるだけだから、できないか」
『い、言わせておけば! いいか、あの程度の予測など君が瞬きする間に終わっている!』
言い返すなり、零司の網膜に虎怪人の行動予測パターンが幾重にも投影される。
虎怪人の虚像が幾つも重なって表示され、ご丁寧に不可視である空気の壁すら熱センサーらしきもので把握しているではないか。
「一回程度ではないだろう?」
『当たり前だ!』
予測とは起こり得る事象を情報にて推し量るもの。
だが、高度に処理された予測は予言の如く高い的中率を誇る。
「おらっ!」
爪と見せかけて尾を叩きつける虎怪人に零司は拳を開く。
鞭のようにしなる尾を開いた手で掴みあげれば、勢いを持ってアスファルトに叩きつけた。
背面から叩きつけられた虎怪人は何が起こったのか一瞬だけ把握できず、両目と口を開いてしまう。
「おら! どりゃ、どららららっ!」
舌を巻くような声をあげながら、零司は虎怪人を幾重にも叩きつける。
叩きつける。叩き上げる。
尾の付け根が遠心力で千切れかけようと、持ち前の再生力が千切れさせない。
尾を切断して拘束から脱せんとする虎の手を零司は踏みつけ、踏み躙る。
叩きつける度、アスファルトは亀裂が走り砕け散っては陥没していく。
『な、なんて野蛮なんだ。だから私は声だけでいようと』
「うるせえ! 殺す殺される戦いに卑怯もラッキョもあるか! これはルールある試合じゃねえんだよ!」
現場にもいないで遠くからピーピー叫ぶうるさい輩と同類である。
確かに戦いに、戦争にだってルールはあろう。
非武装の民間人を殺すな、虐殺はするな、禁止された兵器を使用するななどあるが、生命を賭けた場では綺麗事。
冗談抜きに戦わなければ生き残れない。無抵抗ならば蹂躙される。力がなければ後悔抱いて死亡する。
やるまえにやる。
戦いに勝利さえしてしまえば後は官軍。
いくら被害が出ようと勝ちの一言で全てが終息される。
批判する輩は口でしか批判しない。いやそれしかできない。
そのような輩を零司は国内国外問わず見た、触れてきた。
「捕まえた!」
左手を大きく開いた零司は身体をよろけさせた虎怪人を掴みあげる。
幾多にも振り回されたことで一瞬だけ意識を失っていたのか、我に返るなり、爪を立て、火球を吐くなどして左手の拘束から逃れようとする。
「効かねえっての」
至近距離から直に受けようとアーマーには微々たる傷すら入らない。
逆に立てた爪は砕け、叩きつける拳は血が滲み、骨が砕けては再生する。
ただ再生と損傷を繰り返していた。
『ええい、こうなったらもうヤケだ!』
謎の声は自暴自棄になったのか声を荒げてきた。
「おっ?」
零司の意志に反して右腕が勝手に動き、握り拳を作る。
『出力調整は私がする! どこでもいい! 君はそいつをしっかり掴んだまま殴りつけろ!』
右拳が熱を帯びる。
アーマーの内側を何かが高速で循環していく。
まるで全身に巡る血液のように、一カ所に集中しては熱を帯びる。
『いいか、先にも言ったが一発で決めろ!』
「可愛い妹と幼なじみを傷つけた――あ~もう分かったよ!」
一発で済ます気などないが、謎の声の無言の圧力に了承する。
『ZERO Blood Maximum Charge!』
「おらっ!」
零司は握った拳に怒りを込めて、虎怪人の顔面を殴りつけた。
『ゼロナックル!』
殴りつけた瞬間、拳に宿った熱が衝撃として一気に放出される。
まるで杭を打ち込んだような反動が零司の右腕に走り、白き炎が虎怪人を貫通していた。
『今だ! 左手を離せ!』
「おらよっと!」
謎の声が言うより先に、零司は虎怪人をアスファルトの窪地に放り込んでいた。
虎怪人は頭部が損壊しようと尾を振ることで宙で体勢を立て直す。
『どうした虚無! 昔の方がまだ歯ごたえがあったぞ!』
窪地に二本足で着地した時には、損壊した頭部の完全再生を終えていた。
「おい、ぜんぜん効いてないじゃないか!」
虎怪人の損傷は既になく、口元をにやつかせながら爪を煌めかせている。
舌先には炎を、口端にはいかにして遊ぶかと愉悦を宿していた。
『いや、もう終わっている。かつての<血>は封じるしかできなかった。だが、今の<血>は死なぬ不死者を殺す矛盾を実現できる!』
生きているならば、不死者とて殺すことができる。
『さあ、
ピキと、どこからか亀裂音が走る。
秒刻みで増えていく音の発生源は虎怪人。
拳を撃ち込んだ箇所から亀裂は侵食の枝分かれを繰り返し、全身に伝播する。
そして、亀裂より噴き出す白き炎が全身を包み込んだ。
『ぬ、ぬああに固まらず消えるだと!』
虎怪人は爪先が消失していく姿に絶句する。
『ば、バカな、て、天の血が、虚無の血に! き、消える! 絶対なる天の血が、虚無如きに、この天があああああっ!』
あり得ぬと、絶叫する虎怪人は白き炎にて灰も残らず消失していた。
「き、消えた」
『色々言いたいことはあるが、奴を倒したのだ。及第点としよう』
「何が及第点だ!」
試験官気取りの謎の声に零司は苛立つも我に返る。
「壱子、こだま!」
愛しき大切な者たちの安否を確かめんとした。
『はい、ストップだ!』
「ぐおっ!」
アーマーの間接部にロックをかけられたのか、零司は駆けだした姿のまま固定された。
『今行けば君は変なコスプレ不審者扱いだ。それに、周辺大気には奴の血により生じた毒素が滞留している。放置は看過できん』
謎の声は零司の網膜にデータを投影した。
『ふむ、残存エネルギーでも使用はできるな。では早速』
「できるとか、また他人事な」
謎の声が指示をし、零司が行動に移す。
言いように使われている感が否めなくも、かといって毒素の放置はできない。
だから、零司は謎の声に促されるままシステムを起動させた。
「ヒーリングジィールド展開!」
唱えるなりアーマーの全身から白き粒子が激しく噴き出し、雪のように広範囲に降り注ぐ。
白き粒子が人肌に触れるなり、火傷に蝕まれていた皮膚は逆再生のように回復し、炎に喉を焼かれた者は正常な呼吸を取り戻す。
ただ、焼失した者、既に死に絶えた者に白き粒子の効果はなかった。
『効果は絶大だ。よし、撤収するぞ』
「て、撤収って、おい、ちょ、身体が勝手に!」
アーマーのロックが解除されるなり、零司の意志に反して勝手に動き出した。
謎の声が操作してるなど百も承知であるが、一刻も早く妹と幼なじみの安否を確かめたい零司すればたまったものではない。
「壱子、こだま!」
零司が最後に目にしたのは救急隊員により搬送される二人の姿だった。
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