第2話 悪党の日常

 酒場「フェンリル」

 ワケあり客限定の酒場は相変わらず暇とカネを持て余して昼間から飲んでるバカヤロウ共がイカサマポーカーに興じていた。


「おやおや悪党ヴィランさん。これだけ早いお越しというと……賞金の引き換えでしょうか? とりあえずウェルカムドリンクのソーダ水をもってきますので少々お待ちいただけますか?」


 酒場のマスターの男……20代半ばに見える終始作り笑いの青年に見える野郎が彼を出迎える。

 ヴィラン……『悪党』とでも言えば良いだろうか、それが彼女の名前だった。無論あだ名であり正式な名前ではないが、世界的に見てもこっちの名の方が知られている。


「お待たせいたしましたっと。ではこちらを。ところでそちらが出すものはございますか?」

「ああ。割りと手間取らずに済んだ。マスター、報酬をちょうだい」


 そう言って、先ほどはねた勇者の首と彼の体内に入っていた石を出されたソーダ水を飲みながらテーブルに置く。


「首をテーブルに置くのは辞めてください。血液の汚れを落とすのは難しいんですよ。困ります」

「じゃあ床に置くけどいい?」

「床なら……まぁギリギリOKでしょう」


 見え透いた演技をしやがって。困ったふりをするマスターに内心呆れると同時に毒づくが金を受け取るのは忘れない。

 それを見ていた外野の1人が騒ぎ出す。傷だらけのスキンヘッドにいかつい目、という「私は裏稼業で生きてます」と書かれた看板を堂々と掲げているような顔をして、勇者の血と本人の汗で汚れて臭うレザーアーマー(彼が言うには霊獣の革で出来た希少な鎧らしい)を着た男だ。


「おーおーヴィランさん、真面目に働きますなぁ! 感心するぜ!」

「うるさいねぇ初心者ノービス。感心する暇があるなら昼間から酒飲んでないで働いたらどう?」

「ちょっと待て。そういう言い方はねえんじゃねえのか? 寛大な俺もカチーンと来たんだけど?」

「少なくても昼間から飲んでる連中にマトモな奴なんてアタシの人生の中では1人もいないよ」


 険悪な雰囲気が漂うが、それに気づいたマスターが2人の間に割って入る。


「お2人ともお辞め下さい。せっかく出会えた希少な同業者なんですし、仲よくしてくださいな。お2人の好物、サービスでお出しいたしますので」

「はいはいわかりました」

「分かったよマスター。今日はマスターの顔を立てて引き下がってやるから」


 マスターの言うとおりだ。勇者を殺すのを生業としている奴は勇者との戦いに敗れて死ぬか、勇者側に寝返って賞金首になるかのどちらかだ。

 「真っ当な」勇者殺し屋というのはそれだけで砂漠の真水みたいに貴重な存在であり、そんなやつと知り合いになれるというのは何よりも大切な宝だというのはお互い痛いほど良く分かっている。

 あわやケンカかと思われたが何とか衝突は回避され、酒場に平穏が戻る(店にいる大半の連中にとっては期待外れだったが)。

 サービスで出された本日2杯目のソーダ水を飲んでいたヴィランにマスターが声をかける。


「ヴィランさんも何か飲んでいかれますか? ノンアルコールカクテルもご用意できますけど?」

「いや、いらない。カネが欲しいだけだから」

「そんなぁ……寂しいですねぇ。その稼いだお金をほんのつま先程度でもウチに還元してくれませんかねぇ?」

「マスター、アンタは賞金手配の手数料でも儲けてるでしょ。それで十分店は潤ってるんでしょ? じゃ、もう行くよ」

「はいはい。またのお越しを」


 そう言ってヴィランは店を後にした。




 次にヴィランが訪れたのは孤児院。慣れた足取りで中へと入っていく。


「あ、ヴィランさん!」

「ウェンディか、1ヵ月ぶりね。これ今月の分」


 そう言って彼女は10万ゴールドの小切手を渡す。勇者の首にかかった賞金の一部だ。


「いつもありがとう。おかげで多くの子供を養えるわ。あなたのおかげよ」

「良いって事よ。こんな仕事やってるんじゃこれくらいでしか支援出来ないんだし、じゃあね」




 もろもろの用事を終えて自宅に帰ってきたのは夕暮れ。石製のアパートの1室である自宅へと戻ってきた。


「……ふぅ」


 彼女はふかふかのソファーに身体をゆだね、そばに置いてあったぬいぐるみを抱く。この時だけは緊張がほどけて落ち着ける。

 しばらくぬいぐるみに癒された後、寝間着に着替えてベッドへと向かう。

 食事は外食で済ませ、公衆浴場にも入ったので後は寝るだけだ。夕日が差し込む窓にカーテンをかけ、眠りについた。

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