ヴィラン

あがつま ゆい

第1話 ヴィラン

 ドサッ、と音を立ててその怪物は息絶えた。

 噂では近くの村の子供をさらっては喰らうとされる化け物、それを20代半ばの女……肩につくほどの長さのこの辺りでは珍しい黒い髪を束ね、ミスリル製の銀色に輝く胸当てをした女が刀身の分厚い、いかにも業物といえる曲刀で斬り殺した。


(早く行かないとね)


 女は慣れた手つきで怪物の首をはね、袋に詰め、村目かけて走り出した。




「いい加減にしろ! もう1ヵ月も居座ってるじゃないか! いつになったら怪物退治に行くんだ!? お前勇者だろ!?」

「あーあ。オメエがそんな暴言吐くから退治に行く気が無くなっちまった。せっかく行こうかなって思ってたのによぉ。今日はもう辞めだ。行くとしたら明日にするわ」


 村唯一の酒場で勇者と対峙する老人は、ここ1ヵ月まともな食べ物を食べていないせいか、もともとやせ気味の身体からさらに肉が落ち、骨ばっている。

 それとは対照的に、村を救うはずの勇者は珍味をバクバクと喰らってブクブクと肥え太り、腹はビール腹のように大きく突き出ていた。


 きっかけはふらりと立ち寄った勇者が子供をさらっては喰らう化け物の噂を聞きつけた事だ。村人たちは退治してくれることを願って精一杯のもてなしをした。

 だが問題は、そのもてなしが1日で終わらなかった事である。勇者はゴネて討伐に出かけるのを渋って居座り、歓迎の宴を続けることを強要した。元々蓄えの少なかった村は一気にしおれ、またたく間に借金地獄へと化していった。

 その一方で勇者の要求はどんどんエスカレートしていき、ぜいたく品の質は上がるいっぽう。それどころか夜を共にする処女までも要求し始め、1ヵ月もの間さんざん飲み食いして今に至る。




「もうこの村には金なんて無い! 全部お前が食いつぶしたんだぞ!?」

「税金、もっとかければいいじゃないか。120%でも、150%でも。200%や300%かければすぐ集まるだろ?」

「お前正気か!? 何でそんな酷い事が言えるんだ!?」

「俺は大真面目に言ってるつもりだぜ? 村を襲って子供をさらって喰う怪物を俺に退治してもらいたいんだろ? だったら借金してでももてなせよ。俺をもてなすことでカネに換えられない幼い子供の命が救われるんだぞ? 安い出費だろうが」


 勇者は100%を超える税金を課せだの、借金してでも俺をもてなせだの、無理難題を吹っ掛ける。

 村長である老人はその横暴ぶりを歯を食いしばって耐えていた……その時、彼のチートスキルである「察知」が酒場に子供が殺意をもって来るのを感じた。

 彼が入り口を見てみると、まだ幼い少年が入ってきた。右手にはナイフを持っており、その眼は憎悪で血走っていた。


「何だクソガキ。女でもねえのに俺に近寄るんじゃねえ。帰れ」

「お姉ちゃんの仇!」


 まだ10歳になったばかりの彼がナイフを持って勇者に突撃してくる! だが彼は何もせずただ座ってるだけだった。

 ナイフが勇者の腹を突くが、刺さらない。感触は肉そのものだったがビール腹には表面にかすり傷一つつけることすら出来ない。


「そのツラ……あの非処女クソビッチの弟か何かか? 消えろ!」


 勇者は剣を振るい、少年の肩から腹にかけて深く深く切り裂く。紅い鮮血が切り傷から容赦なく噴き出した。


「殺してやる……ころ……して……や……」


 少年は恨みの言葉を口にしつつ、果てた。老人はただ震えているだけであった。


「ひでえな、じいさん。未遂で済んだがこんな子供に殺人をやらかすように仕向けるなんて相当な極悪人だなぁ? そんなやつの言う事なんて聞きたくないね。ま、どうしてもってなら最低限5日間は宴を開いて俺をもてなせ。特別にそれで手を打ってやっても良い」

「子供を斬り殺しといて何を平然と!!」

「あれは正当防衛さ。オレだってやりたくなかったが刃物を向けられたらしょうがなくてやっただけさ。俺は悪くねえ。悪い事なんて一切やってない潔白な俺を責めるなんてひどくないか? そんなこと言うんじゃ宴を1週間に延長してもらわないと行く気になれないね」


 子供を斬り殺した事をハエを叩き潰した程度にしか思っていない勇者は村長である老人に詰め寄る。その立ち振る舞いは、まるで自分が被害者であるかのようであった。


 勇者はチートスキルと呼ばれる特殊な能力を必ず1つは持っている。

 村に居座る勇者は「察知」を持っていた。彼の半径500メートル内にいる人物の動き、考えていること、その全てが手に取るようにわかるという。

 密かに逃げ出そうとするもの、外部と何らかの接触を図ろうとする者は勇者によって始末されていった。

 今や村に残っているのは村長を除けば決して逆らえない存在に絶望している力なき者たちばかりだった。




 また勇者はビールをあおり、早くも夜を共にする女を選びだそうと立ち上がったその時だった。


「オイ勇者! テメェに会いたい方がいるそうだぜ! 今度こそお前はおしまいだ!」

「あぁ? 俺に会いたいだぁ? どこにいるんだ? それと正義の勇者様に向かってなんだその口は。殺すぞ?」

「お前の悪行三昧も今日までだって事さ! どうぞお願いします!」


 やたら強気な村人が勇者に告げた。彼がそう言うと酒場に1人の女が訪ねてきた。しなやかな肉体で細いというよりは締まったと言った方が近い姿に、両脇に1振りずつの曲刀を計2本携えていた。不思議な事に、勇者の「察知」には引っかからなかった。


「ふーん、女か。でも好みじゃねえな。帰れ」

「……遅かったか。おいクズ。ずいぶんとまあひどい事するじゃないの」

「何だ女、正義の味方である勇者様にクズはねえだろクズは」

「正義の味方である勇者様だぁ!? この世のどこに生死問わずDead or Aliveで指名手配されている正義の味方がいるってんだい!? ええ!?」


 床に転がっている子供の死体を見て女は彼を殺した勇者に殺意を隠さずにぶっきらぼうな口調で怒鳴り散らす。彼女はびくびくしている老人に一瞬だけ視線を移した後、吉報を告げる。


「ああそうだじいさん。これ、仕留めてきたよ」

「!? こ、これは!」


 女はそう言って袋の中身を床に転がす。それは村を苦しめていた怪物の首だった。それを見た勇者様は心底不満そうな顔を浮かべる。


「おいテメェ。余計なことすんなよ。せっかく搾れる相手が見つかったってのに、これじゃ理由がなくなっちまうじゃねえか。また新しい相手探すの苦労するんだぞ? 分かってんのか?」

「搾れる相手ね。訂正するわ、クズ未満ね」

「さっきから口だけはベラベラとしゃべりやがって。勇者様の力がどんなものか知らねえようだなぁ?」


 勇者は剣を向ける。女も心底軽蔑した眼で男をにらむと分厚い曲刀を鞘から抜く。

 両者が床を蹴ると同時に、姿が消える。そして一瞬間をおいて2人は酒場の中央に移動し、同時にガキィン! という刃と刃がぶつかり合う音が酒場に響いた。


(なっ!? 俺の速度についていけるだと!?)


 村人相手には圧倒的力で一方的に叩き潰してきた勇者は初めて自分に匹敵する力を持つ女に大いに動揺し、動きが鈍る。

 その一瞬のスキを逃さず彼女はもう片方の曲刀を振るう。直後、勇者の右腕の感覚が無くなった。

 何が起こったのか分からない。と思っていた勇者だったが2秒遅れて剣を持った右腕がぼとり、と床に落ちる。直後、切断面から鮮血がドバッ! と噴き出た。

 勇者は激痛と恐怖で顔がゆがむ。この世界に来て初めて自分を傷つけることが出来る存在にひたすら恐れを感じる。


「な、な、な、何だ!? 何なんだ!? お前!?」

「地球に帰ることだね。勇者様とやら」


 女が2度目の斬撃を食らわす。今度は勇者の首がぼとり、と落ちた。それを見た長老は歓喜に身体を震わせる。


「おお! おおおおお! あ、ありがとうございます! ありがとうございます! 怪物だけではなく勇者も退治して下さるとは! 本当に! 本当にありがとうございます!」

「礼なんて言われる立場じゃねえ。アタシはヴィラン、正義の味方である勇者様をブチ殺すただの悪党ヴィランさ」


 そう言うと彼女は勇者様の死体を解体用の刃物を使ってさばき始める。心臓近くにある勇者だけが持っている真紅のクリスタルのような石、エーテルストーンを死体から取り出した。

 

「邪魔したね、じいさん。達者で暮らしなさい」


 そう言うと彼女はさっきまで怪物の首を入れていた袋に勇者様の首を入れ、呪文を唱える。


「……トベ・ウリャ」


 そうつぶやくと彼女の身体は空高く飛びあがっていった。




 この世界は魔物がはびこり、多くの魔王が台頭し、人類は息をひそめ、魔物や魔王におびえながら暮らしていた。

 それを変えようと当時人類種最高の知識と魔力を持つとされた賢者が異世界から素質がある者を呼び出すゲートを作り、英雄の召喚を待った。

 その力は絶大で呼び出される勇者たちは皆、一騎当千の圧倒的戦闘力と人知を超越する特殊な能力……彼らが言うチートスキルを最低1つは持っていた。


 しかし予想外な事が2つあった。

 1つは賢者はゲート完成直後に亡くなり、ゲートの閉め方や破壊方法を誰にも伝えることが出来なかったこと。今でも逆行解析が進められているがなぜ動いているのか全く分からないという。

 もう1つは……召喚された勇者達は世界を救う気などこれっぽちも無かったことだった。


 召喚された勇者様はその戦闘能力と特殊能力を力なき民に向けた。町や国を暴力で支配し圧政を敷いて搾り取ったカネでぜいたく三昧。

 あるいはヤクザやマフィアのボスとなり裏社会を牛耳る。

 あげくの果てには高額の報酬につられて魔王の配下になった者さえいる。

 勇者はもはや魔王に次ぐ、あるいはそれより厄介な世界の敵と化したのだ。


 これはそんなクソッタレな勇者共を殺し続けた、ある悪党の物語である。

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