偉大なるアギスの王最期の晩餐

栗丸(柑橘系)

第1話


※ ※ ※


 紀元前四百○年ヘラクレスの子孫アリストデーモスから続く五百年の王国スパルタは他のギリシア国家と共に国家存亡の危機に瀕していた。

 東方オリエント世界を破竹の勢いで支配した世界帝国ペルシアが二百十万もの軍勢でギリシア世界征服のために攻めいってきたのである。

 それに対しギリシアのポリスはポリス間の紛争の解決を即座に行い、同盟を締結、ここにギリシア連合が誕生した。

 しかし、状況はなかなか好転しなかった。

 援軍の要請をしていたケルキュラ、シチリア、クレタに相次いて断られ、陸での主力となるはずであったスパルタがアポロンの栄光を讃えるカルネイア祭によって全軍を出征できないという状況になってしまったのである。

 ギリシア連合はペルシア軍の二百七十分の一という圧倒的不利な状況で戦わなければならない状況となってしまった。

 八月、ギリシア半島の付け根テルモピュライ、ギリシアの諸ボリス率いる先遣隊七千七百の前に立ちはだかるはペルシア軍二百十万、圧倒的不利な状況の中戦いの火蓋が切っておととされた。

 ギリシア連合軍は圧倒的数的不利な状況の中で、山と海岸の間の陸地の幅が、1十五メートルしかないテルモピュライの地形を活かしスパルタの重装歩兵を先頭とする強力なファランクスで数に任せて突撃を繰り返し突破をはかる敵に対して甚大な損害を与え、更には敵将ヒュダルネス率いるペルシア随一の精鋭部隊不死部隊の一部隊をを撃破してみせる。

 しかし、戦いが始まって三日目、裏切り者のギリシア人によって助けられたペルシア軍が西の山中を抜けてギリシア軍の後方に出現したのである。

 この状況を確認したギリシア連合総指揮官スパルタ王レオニダス一世は会議を開き徹底抗戦を主張したが、参戦しているポキスを始めとした多数の参戦国家が反対を表明し、撤退してしまった。

 テルモピュライの地にのこったのはスパルタと、テバイ、テスピアイの合わせて千四百の重装歩兵とスパルタの軽装歩兵千のみとなってしまった。

 この状況を観ていたペルシア軍迂回部隊はレオニダスに対し投降を呼びかけたが、レオニダスの答えは「モーロン・ラベ(来たりて敗れ)」であった。こを聞いれをたペルシア軍は全軍による全面攻勢を決定、これはペルシア軍攻勢前日のギリシア連合軍陣地での話である。


※ ※ ※


「ーーもう終わりだヘラクレスから続く王国スパルタも、そしてギリシア世界も」

 そのような声があちこちから聞こえるギリシア連合陣地。皆が戦況に絶望し、家族のこと、祖国のこと、死後のことを考え、憂いていた。士気は過去類を見ないほど低く、このような状況で明日前後から押し寄せてくるペルシア軍を迎え討つと考えると悪寒がする。

「スパルタの兵は至急南の丘に集まってくれ、レオニダス王が直々にお呼びだそうだ」

ーーザワザワーー

 王の待つ陣地に向かって見ると、そこには見たこともない豪華絢爛な料理が並んでいた。鳥の丸焼きに、ラムの焼き物、焼き立てのパンに、人の身長よりも大きなカジキの丸焼きに最高級のワイン、どれも皆が一生のうち一度は食べてみたかったと思うような料理だ。

「皆集まったようだな、今宵はここまで祖国のために、ギリシア世界のために決死の覚悟で戦ってくれている皆を労いたいと思ってこのような席を用意させてもらった。普段は、精強な武人として戦に備えるために贅沢をせず鍛錬に励んでいる皆であるが今日の日は存分に楽しむが良い」

「鳥の丸焼き最高、俺みたいな一端の兵士には、一生のうちでも一度食べれるか食べれないかの贅沢品だ! 」

「このカジキマグロあぶらが乗っててワインのお供に最高だ、ここまで美味いワインは二度とお目にかかれないぜ」

 食事を楽しむ声が聞こえる。

 皆宴を楽しんでいるように見えるが、眼の奥からスパルタに残してきた家族のことや、死への恐怖といった不安が伝わってくる。ただ、皆それを覆い隠すように沢山のごちそうを食べ、美味しい酒を飲み、仲間と世間話をし、大声で笑うのである。

 レオニダス王も宴に混じり、兵士たちの話を聞いて回る。

「質実剛健な軍もいいですけど、もう少し息抜きが必要だと思うんです~~」

「そうだな、だが、息抜きや娯楽を認めてしまっては、皆々の忍耐力がさがってしまって、またへロイタイ(奴隷)たちの反乱を招いたり、他の数や技術力で勝る他のポリスの侵攻を受けてしまうのではないか? 」

「それもそうっすね...... っは失礼なことを、つい酒が入って王に」

 一端の兵士の酒に任せた無礼な物言いにも真摯に答えるレオニダス王

「いいのだよ、今夜は皆を労う宴だ、無礼講だ無礼講」

 それから暫く時間時間が過ぎ、皆がすっかり料理を食べきり談笑し始めた頃

「皆、宴は楽しんでもらえただろうか。楽しんでもらえたなら嬉しい」

 レオニダス王が演台に立ち話しだした。

「諸君らも承知の通り、我々スパルタ、そしてギリシア世界は今かつてないような危機に瀕している。しかし、その中で我々は数で圧倒的に勝るペルシアの侵略者共に深刻な打撃を与えてきた。それも諸君らの強さあってこその戦果である。この場で礼を言おう。さて、我々は今現在、数千倍もの数を有するペルシア軍に包囲され、他のポリスの軍は逃げ出し、いよいよ絶望的な状況に立たされている。

 明日の会戦ではこれまでにない多大な犠牲を払うことになるだろう。しかし我らは必ず勝つ、槍が折れれば剣で、剣が折れればヘラクレスがネメアの獅子を絞め殺したかのように敵を絞め殺せばよいのだ」

 レオニダス王は拳を強く握って天に向かって突き上げた

「大義は我々にある、神々も我々に味方してくださるだろう。スパルタに、ペロポネソスに、ギリシア世界に栄光あれ!」

レオニダス王の演説が終わるとともにスパルティコールが巻き起こる。

「スパルティ! スパルティ! スパルティ! 」

 ギリシア軍陣地に漂っていた暗く重苦しい雰囲気は完全に吹き飛んだ。

 『スパルタは必ず勝利する』私はこの言葉が現実となることをこの時の偉大なアギスの英雄レオニダス一世の姿に確信した。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偉大なるアギスの王最期の晩餐 栗丸(柑橘系) @kurimaru0116

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ