王城侵入


「なあネームレス、こういうの着た事あるか? 俺ちゃんと着れてるかな……?」

「きょろきょろするな、いくら王女様と一緒でも怪しまれたらおしまいだぞ」

 礼服に身を包んだ二人は王女の後ろを付き人のように、というか付き人というていで歩いていた。

「お二人とも、中に入ってしまえば、そこまで警備は厳しくありませんので、どうかそのまま、私に付いて来てください」

 小声で語りかけてくる王女に頷く二人。

 普段、遠くからしか眺めない王城の門をここまで間近で見たのは初めてだった。

「お帰りなさいませエンビシェン様。そちらのお二人は?」

 門番が当然の質問をする。

「私の客です」

 一言だった。

(説明になってねぇ!?)

(やっぱ包帯は外したほうが良かったかな)

 二人それぞれ、違う想いを抱きながら審判を待つ。

 門番は二人を一瞥すると。

「そうですか、ではどうぞ」

 そういって、大きな門の横、人が通るのにはちょうどいい大きさの門を開けてくれる。

「さあお二人とも、参りましょう?」

「お、仰せのままに」

「はい」

 三人はこうしてあっけなく第一の関門を突破した。


 王城内。

「さて問題はこっからですわ」

 メイドやら執事やらが行きかう中を、すんなり進み、エンビシェンの部屋にまであっさり到達してしまう。

 天蓋付きのベッドやら見るからにふっかふかなソファやら豪奢なドレッサーやらに若干、庶民として近づくのも恐れ多い的な感覚に陥りかけていた二人だが、王女の声でなんとか正気を取り戻す。

「再確認しますけど、俺達の任務は武器庫にある『救国の宝剣』をアイアンに見つからない場所に移す。でいいんですよね?」

「はい、アイアンがどこにお父様の右手を隠しているか分からない以上、残るは剣をどうにかするしかありません」

「剣の圧倒的な力がなければクーデターは起こせない。そして継承の儀が終わってしまえば、もう二度と計画を実行することも出来ない……いや待って下さい」

 考え込んだ様子でネームレスは、エンビシャンへと手を向けた。

「……? どうしました。もう事は目の前だというのに」

「アイアンが、継承の儀の後、アンビシャス王女を狙うとは考えないんですか?」

 レイジが目をじとーっとさせている。

「お前それ、ここで言うなよ、店で言えよ」

 だが王女はなんだそんなことかといった様子で意にも介していない。

「なんだ、そんなことですか。それなら心配いりません。アイアンは継承の儀が終わった後は故郷に帰ると公言しているのです」

 思わず二人は顔を見合わせた。

「……そんな人がクーデターを?」

「また胡散臭くなってきたな」

 王女は腰に手を当て前かがみになって二人を睨みつける。というか主にネームレスを。

「心外ですね。それはアイアンなりのカモフラージュですよ。ですが公言したからには帰る以外の選択肢はないでしょう」

 流石のレイジも怪訝な顔をする。

「そんな楽観的でいいんですか?」

「お二人とも、あまり王家の事情には詳しくないでしょうけど、そう目立った行動というものは出来ないのですよ? 例えば毒殺などは我が城にいる優秀な毒見役のおかげで不可能と言っていいでしょう、そういった人を代表に、今日まで王家に忠実でいた皆が裏切る理由がないのです……アイアンを除いて」

「そのアイアンが裏切る理由って?」

 ネームレスはまだ疑い深く王女を見つめている。

「実はアイアンは、過去の大戦、我がダイヤモンド王国と戦った敵国の末裔なのです」

「……どうしてそんな事分かったんです? 大戦なんて大昔の話でしょうに」

 王女は上を見上げる。それは恐らく何かを思い出している時の仕草だった。

「……私が幼いころ、アイアン本人から聞いたんです」

 ネームレスはそれ以上の追求を止めた。

 レイジもエンビシェンの言葉を信じる事にした。

 それは、彼女の表情があまりにも悲しげだったから、優しかった人の蛮行、悲しくないはずがない。


 改めて、クーデターを阻止するための作戦会議が始まった。

「確か、武器庫には二人ほど見張りがいるって話でしたよね?」

「相手が一人で素手なら、俺で対処出来るんだがな、武器持ちな上に二人となるとちとキツイ。王城で働くくらいの手練れじゃあな」

「あら、ネームレスさんは武道の経験がおありで?」

「まあ、少し」

 人差し指と親指を近づけるネームレス。

「それと、扉には魔法の鍵と、物理的な鍵が、二重にかかっていると」

「そうです。魔法の鍵の方は、私が居れば問題ありません」

「物理的な鍵のほうは俺とネームレスがいれば問題ないです……となるとやっぱり見張りをどうにかしないと」

「それも心配いりません。深夜になれば二人とも寝ています」

 さらっと放たれた言葉に、いやいや王城の見張りがそれでいいのかとか、なんでそれをあんたが知ってんだとかそういう言葉が脳裏に浮かんだ二人だったが、そこはもちろん心の中にしまっておく。

「まあ寝てるなら、そのまま気絶させればいいな」

「……いくら王女様が付いてるとはいえ、あんまり荒事にはしたくなかったなぁ」

「私が許可します」

 胸を張る王女。

 その姿を見て、ハッと思いついたように、首元からあるモノを取りだすレイジ。

「王女様、念のためにこれを、もしも見つかった時は王女様だけでもこれ使って下さい」

 それはかなり年季の入った紐付きの袋だった。

「……なんか、きたないんですけれど」

「ひどい!? いやお祖父ちゃんの代から伝わるお守りなんですって! この中身を使えば、短い時間ですが姿を消すことが出来る『透過』の魔法道具が入ってます。魔力を通すだけで使えますよ」

「それは……すごいですね。ですけど、そんな大事なもの貰っていいんですか? それに私がもし見つかっても特に問題はありませんよ? むしろお二人が、それを使って逃げたほうがいいのでは?」

「これは一人しか使えませんし」

「まあ、俺は使わなくても、この警備ぐらいなら逃げ出せるけどな」

「いらんこと言うな……。ええと、もし王女様が武器庫に居た事がバレたらどうなります?」

「『またいつものイタズラか』と言われるでしょうね」

「……そんな高頻度でイタズラを!? っていやそうじゃなくてアイアンですよ。大臣がどう思うかです」

「……なるほど、私がクーデターに気が付いたと悟られるかもしれないと」

「そうです。だから持っていてください」

「分かりました。ありがとうございます」

 王女は受け取った袋を首から掛ける。

「それじゃあ、深夜に武器庫の手前通路に集合……ですよね?」

「はい、お二人には客室を用意してあります。後は渡した城の図面の通りに」

 あらかじめ貰っていた図面で武器庫と客室の位置を確認し、二人はエンビシェンの部屋を出た。


 深夜。

 武器庫手前、通路の曲がり角から、見張りの様子を窺う。

「マジで寝てやがる」

「ウチの一族だったら真っ先に殺されてる」

「ネームレスさんのお家って物騒なんですね」

 そんな会話も、さっとすませ、ネームレスが一瞬のうちに見張りの一人へと近づき首を絞める。

 目覚めて苦悶の表情を浮かべる見張りも、声を上げる暇もなく気を失う。

 そのままもう一人も締め落とす。

「ひゅー」

「お見事ですね。彼は何者なんです?」

「あー……東の方の武闘派一族出身ってだけです。本人曰く」

 そんなこんな扉の前に三人が集合する。

 王女が扉に触れる。

「エンビシェン・ダイヤモンドの名をここに、扉の封を開け給え」

 すると淡い光が扉の中心から外側に向けて流れていった。

「……これで魔法の鍵は開きました?」

「はい、問題なく」

「よし、じゃあネームレス、

 礼服の数少ないポケットの中から、なんとか持ち込めた一見、鉄の棒に取っ手を付けただけにした見えない工具を取りだす。

 するとそれを見た王女が不安気になる。

「それ、魔力が通っていたりしませんよね? 魔法の鍵は魔力に反応して再発動してしまう仕組みなんですけど……」

「心配ご無用ですよ。特製工具ですから」

「へー……、あれ、じゃあさっきのお守りは!?」

「母方のです。こっちは父方の」

「あ、そうですか、どちらとも仲が良かったんですね」

「おい、レイジ早くしろ。疲れる」

 ネームレスから催促された。

「すまんすまん、じゃあいくぞ」

 工具を鍵穴に差し込むレイジ。

「右か? 左か?」

「左、その次は右、そんでその次も右」

「了解了解」

 レイジがネームレスの指示通りに工具をひねるとスルスルと鍵穴の中に入っていく。

「奥までいったか?」

「あと少しだ。そこで右に回せば終わりだ」

「よし手応え有りだ。よっと」

 工具の取っ手に付いていたボタンを押す。

 するとカチャカチャカチャと音、最後にカチリと金属が噛み合った音が鳴った。

 おそるおそる扉を押してみる。

 何年いや何十年も開けられていなかったのだろう。開けただけで木が軋むような音が盛大に鳴り響いた。

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